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第91話 平原を行く カラカルに到着

 

 平原の移動を開始してから五日目、いまだカラカルへ到着するに至っていない。

 コテツの話では、今日中には着くはずなのだが……。


 いい加減、飽きた。

 前を向いても後ろを向いても平原しかない。

 変わったものなんて見つからないし、危険な魔獣が出てくることもないのだ。


 俺とコテツの会話のネタも尽きてしまった。

 間に挟んだ休憩の時間も、最終的にはほとんど無言になっているほどだ。

 せめてノアが同行していたら、俺の気も紛れるんだけど……。


「ノアの代わりのクッション、かってえなぁ……」

「それ、大事な商品なんだから、あんまり雑に扱わないで欲しいニャ。クッションにされたら困るんだけどニャ」


 俺が枕にしているのは、魔石やら何やらが詰められた袋。カラカルで取引するために積んだ商品だ。


 カラカルに到着するなら、ノアを荷車に乗せたままにはできない。そして、空の荷車で街に入るのも不自然だ。ならばと、ノアの代わりに商品を乗せることにした。

 そのおかげで俺は退屈な旅を余儀なくされ、コテツも休憩の間は簡素な食事にしかありつけず、二人して悶々とした旅路に就いていた。


 元気なのはバルバトスだけだ。ノアよりも重いはずの荷物を乗せているにも関わらず、今も結構な傾斜の坂を駆け上がっている。


 しかし、この丘を越えてもまた平原が続くのか。ちょっとげんなりだ。


 そう思っていると――


「旦那、見てみるニャ! あれはカラカルが誇る麦畑ニャ!」

「おお……! 凄い景色だな!」


 穏やかな丘陵を登り切った俺達の眼下には、一面の麦畑が広がっていた。

 風になびき、黄金に波打つ麦畑は、まさに絶景の一言に尽きた。


 そして、麦畑を越えた先の丘陵には石壁らしき建造物を視界に捉えることができる。


「あれがカラカルなのか?」

「そうニャ。あとちょっとでカラカルに着くニャ」


 今までの速度で考えると、あと一時間ってところか。

 いや、途中からは整備された道があるみたいだ。

 もう少し早く着くかもしれないな。


「この時期は麦の収穫の時期でもあるからニャ。作業している人もいるんじゃないかニャ?」


 なるほど、麦の収穫か。

 コテツの言うとおり、『遠視』を使うと収穫作業に従事している人影が確認できる。


 おお! ラビットマンだけじゃない、人間もいる!


 俺が転生してから初めて見る人間だ。

 前世と変わらない人間の姿に俺はちょっと感動していた。


 ん? ふと気付いたのだが、ここにいるラビットマンはヒマリとは外見が違うようだな。


 ヒマリとは違い、黒髪や茶髪の人ばかりで目も赤くない。肌も日に焼けているのか、健康的な小麦色をしている者がほとんどだ。


 ラビットマンにも種類があるのか?

 仮に種類があったとしても、根っこにある部分は変わらないようだ。

 ラビットマンはいち早く俺達に気が付き、警戒する素振りを見せている。


 人間はと言うと、そんな様子は感じられない。

 会釈を返してくれるあたり、友好的とも取れる。


 その姿に、俺は少しホッとした。 


 今まで聞いてきた人間像は、獣人を貶めている人間の話が多かったからな。

 コテツは大丈夫と言っていたが、自分の目で確かめるまでは半信半疑だったことは否めない。


 しかし、ようやくこの目で確かめることができた。

 少なくとも、作業に従事している人間からは邪なものは感じられない。

 あとは実際に接触してみて、交流が可能かどうかも見極めてみたいものだ。


 …… 


 近付くにつれて、カラカルの街の様相が明らかになっていく。


 と言っても、分かることは街全体が石の壁で囲まれていることと、塔のような建物が壁から突き出るように聳えていることぐらいか。


 それ以外に見えるものと言えば、門……だな。


 街道らしき道の先、石壁との接点に存在する出入り口。

 人の出入りも確認できてるし、間違い無いだろう。


「ここから徒歩で進むニャ」

「ん? 分かった」


 街道に差し掛かったところで、コテツが声を掛けてきた。

 コテツは既にバルバトスの背中から降りているので、俺も倣って荷台から降りる。


「何かあるのか?」

「ほら、見ての通り、検問やってるニャ。商人は心証が大事ニャ。マスターはまだ身分証明もできないんだから、余計に行儀良く振る舞わないとニャ」


 検問? 言われてみたら、門の辺りに人だかりがある。あれって検問なのか。


 武装した人間が訪れた人に声を掛けている。

 素通りに近い人もいれば、結構ガッツリ足止めされてる人もいるみたいだ。


「大丈夫かな?」

「大丈夫ニャ。何にも悪いことしてないし、堂々としていたら良いニャ」

「クエッ!」


 むむ……頼りがいがあるじゃねーか。

 いつもはマイペースなコテツだけど、今日に限って背中が大きく見える。

  

 俺の気分が落ち着く頃には、門へと伸びる入場者の列に混じって俺達も並んでいた。

 

 並んでいる人々は、人間とケットシーが多いかな。

 グレートファウルが引く荷車も多いことから、ほとんどがコテツと同じ商人なのかもしれない。

 中には革や金属の鎧で身を包んでいる者もいるが、商人の護衛なのだろう。荷車を囲むように人員が配置されていた。

 その脇を、そそくさとラビットマン達が足早に過ぎ去って行く。


 おっ? ラビットマンは素通りか? ……いや、検問している番兵に何か見せてから入っているな。


「街の労働者は大体があんな風に簡単に入れるニャ。並ぶのは別の街から来た人、大体が商人とかその関係者かニャ。移住者や何やらもいるかもだけど、そんな人はしっかり調べられるニャ」


 じゃあ、俺は? しっかり調べられる方な気がするんだけど……。

 あー、変な緊張してきたぞ。こういうの好きじゃないんだよな……。


 それはそうとして、さっきからやたらと見られている気がする。

 列に並んでいる人も、通りがかる人も、一度は俺に目を向けていく。


「コテツ、何か見られるんだけど……?」

「コボルトが珍しいんじゃないかニャ? オイラもカラカルで見たこと無いし、気にしないで良いニャ」


 気になるから聞いたんだよ。

 コボルトが珍しいって言っても、俺にはいい迷惑だ。

 ほら、前に並んでる人なんかチラ見じゃないぞ。あれは凝視の域だ……って、マジで見過ぎだろ。


 んん? こっちに来たぞ?


「ねえ、君ってコボルト? 触っても良い?」

「ちょっ! 良いも何も触ってるじゃねーか!」


 何考えてんだ、こいつ!?

 列を離れて話し掛けてきたと思ったら、いきなり撫で回してきやがった!


「アハハ! ごめんごめん、久しぶりにコボルト見たら、ついつい触りたくなっちゃって」


 ごめんと言いながらも悪びれた様子は無い。

 撫でるのを止めてくれたけど、俺の頭はすっかりクシャクシャだ。


「お嬢ちゃん……列、詰められてるニャ?」

「あっ、ほんとだ。じゃあ、ここに並ばせてもらうね」


 何だこいつは……意味が分からん……。

 こっちの世界の人間って、こんなノリなのか……? 


 うーん……そういうわけでも無さそうだ。

 列に並んでいた他の人間、ケットシー、通りがかりのラビットマンも、この不可解な少女の行動に目が点になっている。

 なら、単に変な奴に絡まれたってことか。


「そうだ、せっかくだし自己紹介しようよ! あたしはアルカナ。こう見えて冒険者なんだ!」


 何か勝手に自己紹介始めたぞ……って、冒険者? こんな少女が?



名称:アルカナ

種族:人間

生命力:34 筋力:31 体力:33 知性:65 魔力:69 敏捷:71 器用:73

スキル:直感、風魔術、気配察知、潜伏



 自分を冒険者と言い張る少女、アルカナ。

 草色のローブを羽織り、ハーフパンツの出で立ち。年齢も二十歳に届かない、十代後半ぐらいだろう。

 その顔は端正でありながらも幼さが残っており、風に揺れるショートボブの黒髪と悪戯っぽい笑顔が相まって、健康的な美少女といった印象を受ける。


 自分でも「こう見えて」って言ってることだし、自分が冒険者に見えないことは自覚しているのだろう。

 確かにアルカナが冒険者と言われても、全くピンと来ない。むしろ冗談にしか聞こえない。


 そんな俺の疑惑の視線を感じてか、アルカナは懐から何やら取り出した。


「信じてないって顔してるから……ほら、これ!」

「ニャ? ギルドカードかニャ?」


 俺が見るよりも先にコテツが食い付いた。

 コテツが邪魔でよく見えん。金属のカードっぽいけど。


「なるほど、本物だニャ。アルカナちゃんは本物の冒険者だニャ」

「うん、やっぱりケットシーの商人さんは話が早い! そのとおり、あたしは冒険者のアルカナなのです!」


 完全に俺を置いてけぼりだ。コテツが何に納得したのか分からんが、アルカナの持つカードは冒険者の証明になるらしい。そう言えば、さっきコテツはギルドカードって言ってたな。


「マスター、あのカードは所属するギルドから発行されてるものなんだニャ。あれは本物のギルドカード、冒険者ギルドが発行したカードに間違い無いニャ」


 首を傾げる俺に、コテツが耳打ちしてくれた。

 ちょっとまだ信じられないけど、コテツがそう言うなら本物なのだろう。


「じゃあ、君達の自己紹介の番だよ。はい、どうぞ!」


 いや、何で自己紹介しないといけないんだ?

 こんなやり取りをしてる間にも、列はちゃんと前に進んでいるぞ。


「オイラは商人のコテツニャ。そんでこっちが相棒のバルバトス、顰めた顔してるのがマスターだニャ」


 コテツ、紹介するのかよ……。

 さり気なくアルカナも列に加わってるし、バルバトスまでアルカナに懐いてる。

 何とも納得がいかない。それでもアルカナはお構いなしだ。


「マスター君か、名前は偉そうだねー」

「ほっとけよ。俺は気に入ってるんだから良いだろ」

「アハハ、君、面白いね。もっと話したいけど……」


 俺がアルカナに振り回されてるうちに、順番が来たようだ。

 コテツが代表して、門番の男に話し掛けている。


「これ、オイラのギルドカードニャ。それで、後ろのコボルトはオイラが身元引受人になるから、手続きお願いするニャ」

「カードを確認……問題無いな。申請は別室で行う。係の者の指示に従い、移動してくれ」

「分かったニャ」

「そっちの娘は?」

「その子は同行しただけだから、本人のギルドカードを確認して欲しいニャ」

「それじゃ、また後でね」


 そう言うと、アルカナは門番に歩み寄り、ギルドカードを見せている。

 問題は無いらしく、そのまま門を通り過ぎていった。


 それにしても、また後で、だって? 勘弁してくれ……。


「こっちで申請手続きをしてもらうぞ。荷車は門で預かっておく」

「マスターも付いてくるニャ」

「あ、うん」


 自分の設定が定まらん。取りあえず、少年っぽく振る舞ってみようかな。


 …… 


 対応してくれた男とは別の門番に誘導されて、俺達は門の脇にある別室に移動した。

 簡易な机と椅子が並べられているだけの簡素な部屋だ。

 係員の男は書棚から紙を取り出し、コテツに手渡す。


「よく読んでから、必要事項を記入してくれ」


 コテツは記入用紙に目を通して記入を始めている。

 俺は特にやることは無いようだし、紙と筆記用具を観察していた。


 紙はざらつきが目立つ、わら半紙みたいなものか。

 筆記用具は羽根ペン? ……初めて見たな。


 コテツは使い慣れているのか、ペンを匠にサラサラと記入していく。


 それを受け取った係員が俺に質問してきた。

 コテツの申請に虚偽が無いかの審査のようだ。


 しかし、こんなものは俺にとっては何の問題も無い。

 俺は『思念波』でカンニングもできるし、事前に打ち合わせもしているのだ。


「ふむ、怪しいところは無いようだな。しかし、森のコボルトがカラカルにねぇ……。多分、森からコボルトが来たのはカラカル初だろうな」

「そうなんですか?」

「少なくとも、私がこの仕事に就いてからは初めてだよ。記録でも見たことがない。意外と歴史的な事件なのかもしれないな」


 係員は今までの無愛想な表情から一転、柔和な笑顔で答えてくれた。

 この様子だと、俺は受け入れてもらえたってことで大丈夫かな?


「おっと、ここで足止めするのも申し訳無いか。申請は受理された。門から戻って入場してくれ」

「良かったニャ。ほら、マスターもお礼を言うニャ」

「あ、ありがとう……」

「ははは……。良い商人に拾われたな、少年」


 少年ね……。多分、あんたよりも実年齢は上かもしれないけど、まあ良いや。

 手続きは終わり、これで晴れてカラカルに入場できるというわけだ。

 さて、この世界の街がどんなものなのか、じっくり見物させてもらいますか……! 



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