表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/238

第90話 平原を行く 夜の平原

 

「今日はここまでにするニャ」


 休憩を終えた俺達は、変わらず平原を進んでいた。

 コテツが移動の中断を決めたのは、太陽が地平線に沈みかけてきた頃。

 夕焼けに染められた草花が風邪に揺られて、なかなかに美しい光景だ。


 速度を落としたバルバトスは、やがてその歩みを完全に止めた。

 俺は荷台から飛び降り、近くの地面にダンジョンを繋げる。


「それじゃあ、お疲れさん。あとは自由な時間だな」

「ニャハハ、ご飯だニャ。バルバトスも行くニャ!」

「コッ!」


 元気なものだ。

 コテツとバルバトスから疲れが感じられない。

 休憩を挟んでいるとはいえ、バルバトスは走りっぱなしだし、コテツもバルバトスの背中に乗って移動していた。

 荷台で寛いでいた俺よりも疲れるはずなのにな……。


 流石に俺ばかり楽するのも悪いと思って、休憩後はコテツに交代することを提案したのだが、バルバトスの方から拒否された。

 「お前は絶対、背中に乗せん!」という意思ありありで威嚇してきたのだ。


 そんな状態で、俺が無理矢理交代するわけにもいかない。

 休憩後も引き続き、コテツがバルバトスの背中に乗ってくれていた。


 そんなコテツとバルバトスがダンジョンに入ったことを確認して、入口を閉じようとしていると――


「マスター、少しだけ良いですか?」

「ん? どうしたんだ?」


 ノアが何か言いた気な様子だ。珍しいな。


「ボクは生まれた時、マスターと一緒に平原で生活していました。だけど、キバやビーク達はそうじゃないんです。ボクは皆にも見せてあげたい。マスターと一緒にいた時に見た景色と……あのきれいな月を」


 ノアの言うとおり、ダンジョンの外は太陽の代わりに月が顔を出している。


 あの頃と変わらない姿を見せている二つの月。

 神秘性を感じさせる蒼い月と……禍々しさを放つ黒紫の月だ。


 ノアの言う『きれいな月』とは勿論、蒼い月のことだ。

 森に入ってからは、じっくりと月を眺めることも無かったからな。久しぶりに見る月は本当に美しい。


「よし、分かった! ノア、皆を呼んできてくれ。眷属だけじゃなくて、コボルトやトードマン、希望する奴は全員だ。皆で月見をしよう!」

「月見……ですか?」

「ああ、月見だ。そういう風習があるんだよ。きれいな月を皆で眺める文化、かな? 俺も詳しくないけど、あんなにきれいな月なんだ。皆で眺めるのも良いもんだろ」

「マスター……ありがとうございます!」


 お礼を言いたいのはこっちだよ。

 ノアに言われないと、俺は全く気が付かなかった。


 それにしても、『きれいな月』か……ノアの感性は人間と変わらないんだよな。改めて実感する。

 キバやビークだってそうだ。他の眷属達も。


 まあ、ちょっとクセが強いところがあるかもしれないけどな?


 ……


 程なくして、ノアは皆を呼んできてくれた。

 思ってたよりも人が多い。眷属は全員来ると予想していたが、コボルトやトードマンもここまでの人数が来るとはな……。

 見積もりがちょっと甘かったかも。


「マスター、我らは外で警戒に当たります」

「ほどほどで良いぞ? 俺も気配は探ってるしな」


 キバが平原での警戒を申し出てくれているが、ちょっと説得力が無い。

 キリリとした表情とは裏腹に、感情が尻尾に表れているのだ。


 もしかして、広い平原に興奮しているのか? まさか、月にってことは無いよな……?


 それはコウガも同じな様で、我慢できてない奴は既に平原を駆け回っていた。

 何と言うか、ドッグランに放たれた犬みたいだ。


 ルズだけは至って冷静なもの……でもないか。多分、尻尾を振るのを我慢しているんだな。わずかに尻尾が動いている。


 そんな状態で警戒するって言われてもなぁ……。

 第一、俺は皆で月見を楽しみたいのだ。誰かが無理に警戒に当たる必要なんてない。

 そこまでしなくても、俺だって自然に危険な気配を探れるようにはなっているからな。


(ワシもおるから心配いらんやろ? 何か来たらワシが教えたるわ)

「フロゲル……お前、何でここにいるんだ?」

(何やそれ? ワシがおったらあかんのか?)


 駄目かどうか以前に、フロゲルはトードマンの族長のくせして自由過ぎる。

 最近は自分の集落よりもアモルに入り浸ることが多いようだ。

 今日も帰らずにブラブラしてるところを、ノアが声を掛けたらしい。


(ええやろ? マスターが何かする時はワシがおった方がええんやって!)

「意味が分からん……。お前、ただ面白そうだから来ただけだろ?」

(まあな。ワシも平原に来たのは百年以上前のことやからな。平原の様子も見られる上に、こんな美味いもん食えるんやったら、飛んでくるで!」


 そう言いながら、フロゲルは手に持っていた料理らしきものを口に放り込んでいる。


「お前、それって……」

(マスターも食うか? 美味いで)


 フロゲルが食べてるのは、スライス上にした野菜を揚げたもの。要するに野菜チップスだ。

 昨日、俺がもらった野菜をあろうことかフロゲルが食っていやがる。


 俺だってまだ食べてなかったのに……。


 いや、よく見るとダンジョンから平原にやってきたコボルト達も、袋詰めされた野菜チップスらしきものを傍らに携えているようだ。

 気が付けば、ジュースやお茶、ナッツ揚げや骨付き肉を齧りながら続々と平原にやってきている。


 俺が思ってた月見と何か違うぞ。


「マスター様、この度は素晴らしい催し物を開いて下さり、ありがとうございます」

「あ、うん……皆に喜んでもらえて良かったよ」


 皆に遅れてソフィが平原にやってきた。

 マックスに留守番を任せ、コボルトを引率する体でやってきたらしい。

 すっかり自由を謳歌しているな。


 ダンジョンの入口を繋げた場所には、ノアとコノアが用意してくれたテーブルや椅子が並べられている。

 おかげで、平原はすっかり宴の席に早変わりだ。

 以前はドゥマン平原を訪れることに抵抗があったコボルトも、一風変わった月見を楽しんでくれていた。


 月に照らされた平原を駆け回る者、座ってぼんやりと月を眺めている者、ただひたすらに食事に手を付ける者など、楽しみ方は様々だ。

 それはコボルトに限ったことではない。俺の眷属もいるし、トードマンもいる。


(そう言えば、支援者(システム)は月見に反対しなかったな?)

〈ノアの提案を受けた時点でマスターの答えは決まっていました。それに、私も賛成でした。マスターの見ている景色は私にも見えていますから〉


 俺の見ている景色? ああ、皆が喜んでくれてるところか。

 確かに、この光景は見ているこっちが嬉しくなる。

 支援者(システム)も俺と同じで、思うところがあるようだ。


(ノアには感謝しないとな)

〈そうですね。人々が喜ぶ姿というのは満たされるものがあります〉


 俺が言いたいのはそうでもあるけど……そうじゃないんだよな。

 まあ、それは言う必要も無いか。言ったら面倒なことになるかもしれないし……。


 ……


 ドゥマン平原で人知れず開かれた宴は、深夜まで続くこととなった。

 その間にも、人は入れ代わり立ち代わり、かなりの人々に楽しんでもらえたようで何よりだ。

 流石に毎日とはいかないけど、また満月の日にでも月見しても良いかもしれない。


 しかし、偶然なんだろうか? 俺は二つの月が欠けているところを見たことが無いような……。


「マスター、お茶を入れました!」

「おっ、いいね! いただくよ!」


 うん、気にすることでもないな。

 月が欠けるかどうかは別の日にでも見れば分かることだ。

 それがどうあれ、何かが変わるものでもあるまいし、ノアの入れてくれたお茶を味わうことの方が大切なのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ