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第88話 平原を行く 束の間の夢

 

 待ちに待った朝だ。

 夜通しの訓練も終わりを迎える時が来た。今日のところは、だけどな……。


 俺が大広間で一息ついていると、バルバトスを引き連れたコテツがダンジョンに入ってきた。


 くそぅ……よく寝たって顔してやがる。


「何ニャ? そんな恨めしそうな顔されても困るニャ」


 恨めしいと言うより羨ましい。


 バルバトスもコボルト達と馴染んでいたようで何よりだ。

 一応、心配になってノアに一緒に行動するように頼んでいたが、誰も突いたりせずにおとなしく過ごしていたらしい。


 じゃあ、やっぱり俺だけなのか?


 バルバトスを見ると、「突いて欲しいか?」と言いた気な顔をしている。

 鶏だから表情では分からないが、ともかくそんな目をしているのだ。


 コテツはそんなことに気付く様子も無く、黙々と旅の準備をしていた。


「こっちの準備は終わったニャ! 旦那はどうかニャ?」


 俺は荷車に乗り込み、ノアに呼びかける。


「ノア、ここに乗るんだ」

「分かりました!」


 それは、ふとした思い付きだった。


 この旅は平原を移動するんだし、別に俺とコテツだけじゃなくても良いんじゃないか?

 キバやビークはデカすぎて流石に目立つだろう。遠目であっても、人に見られたら言い訳するのも一苦労しそうだ。

 しかし、ノアとコノアはそこまで大きくない。その上、『擬態』というスキルもある。

 余程、急接近されなければ、スライムが一緒にいるなんてバレないだろう。


 そこで俺は、この道中だけはノアも同行させたいとコテツに提案したのだが……意外なことに、コテツは俺の申し出を二つ返事で承諾してくれた。


 どうやら、コテツはノアの『収納』を当てにしているらしい。

 考えてみたら、俺はともかくコテツは食事をしないといけないのだ。

 ノアがいれば食料やその他諸々を運搬する必要が無い。おまけに道中の安全も確保してくれる。


 だったら、ノアの同行を拒む理由は無いだろう。 

 そうじゃなくても、コテツは俺の頼みを聞いてくれたかもしれないけどな。


 ともあれ、ノアとの旅は俺の念願でもあった。

 ノアが荷台に乗ったのを確認してコテツに合図する。


「オッケーだ! いつでも行ってくれ」

「了解ニャ! バルバトス、今日も頼むニャ!」

「コケーッ!」


 出発地点は昨日の中断地点。ラビットマンの集落から少し離れた森の中だ。

 コテツの話では平原まであと少し。魔獣の気配も感じないし、警戒する必要も無さそうなので、俺は荷台で仰向けになるとしようかな。


「ノア、早速で悪いけど頼めるか?」

「はい、大丈夫です!」


 俺がノアに頼むことは、荷台の上でクッションになってもらうことだ。


 ……だって、この荷車、本当に乗り心地が悪いんだぞ?


 車輪は木製だし、サスペンションのような衝撃を緩和するような構造なんて付いていない。振動が直で響いてくる。

 今だって道なき道を進んでいるわけだし、どこもかしこも土壌が剥き出しで、凹凸もある。

 正直、こんな荷車で旅をしていて大丈夫かと心配になるぐらい、ガタガタと音を立てていた。


 取りあえず、荷車のことよりも俺の乗り心地を優先する。

 申し訳無いと思いつつも、ノアにクッションになってくれと頼んでいたのだ。


「旦那、そんな理由でノアさんを乗せたのかニャ……」

「別に良いだろ。コノアだと、俺の体重で潰しかねんからな」

「ボクはマスターと一緒にいられて嬉しいです!」


 ノアのクッションは最高だ。いや、クッションというよりも、大きさはベッドに近い。

 ひんやりとしながらも、温かみを感じる不思議な感触が俺の全身を包んでいた。

 こんな風にノアと触れ合うのは、魔窟で犬になった時以来かな?


「旦那、気持ち良さそうだニャ」

「俺、一晩中訓練してたんだぞ、今ぐらいのんびりしてても良いだろ? 何かあったら呼んでくれよ」

「暫くは何にも無いと思うニャ。旦那はそのまま寝てくれても大丈夫だニャ」

「寝る、か。それができたら最高だな」


 俺は眠る必要が無い。眠くもならない。

 とは言え、こうも眠らない日々が続くと、寝るという行為に憧れすら感じ始めていた。

 転生直後は便利だと思ってたんだけどな……。


 あれか? 隣の芝生は青いってやつか?


 しかし、眠れなくても、ぼーっとはできる。

 今となっては、俺の楽しみの一つでもあるのだ。


 そして、ノアを通して伝わってくる荷車の振動が何とも心地良い……。


「マスター、眠いのですか?」


 あれ? ノアに言われて気が付いたけど、これって眠気だよな?

 今まで眠くなったことなんか無かったのに……。


 まあ良いか。

 眠気に従って、このまま寝てみよう。


「お休みなさい」


 こうやって聞いてみると、ノアって結構穏やかな声してるよな。


 そんなことを感じている間にも、俺の意識が薄れていく……。 


 ……


 …………


 転生してから何度目の体験だ?

 またも、妙な空間に来てしまった。


 いつものように、俺の体が存在していない。

 視界は真っ白で何にも見えない空間だ。


 俺は確かに眠ったはず……ということは、今回は本当に夢の中か?


 夢だとはっきりしてる夢。明晰夢だったっけかな?

 夢だったら、自分の都合の良いように何か起きれば良いのに。

 こんな味気無い空間で夢だと気付いても仕方無いんだけど……。


 まあ、夢の中でも何でも良いか。

 こんな空間でものんびりしておこう。


 体が無いから、感覚だけ横になるつもり……で?


「あ、あれ……?」


 俺が横になると同時に、頭が何かを下敷きにしてしまった。

 今まで誰もいなかったはずなのに、俺の視界には人の姿が映っている。

 見えてるのは上半身だけ……俺は膝枕を受けながら、その人を見上げている状態になっていたのだ。


 雰囲気から察するに女性だろう。

 薄手のひらひらとした衣装、肩口まで伸びた銀髪は青い艶を帯びており、息を呑むほどに神秘的だ。

 女性特有の双丘が視界を塞いでいて、顔をはっきりとは見ることができないが、多分、向こうも俺を見下ろす形になっている。


 ……なんて、冷静になってる場合じゃない!

 いきなり女の人の膝に頭を乗っけるなんて、完全にアウトだろ!


「す、すみま――」


 俺の言葉を遮るように、女性の掌が俺の視界を塞いだ。

 謝ると同時に起き上がろうとしていたが……それもできない。

 額に充てがわれた女性の手は、俺の思考を優しく包み込んでいるようなのだ。


 それはどこか懐かしくもあり、心を穏やかにしてくれる。


 俺の意思は完全に遮断され、ただただ、この充足感に身を委ねるだけだった。

 できることなら、ずっとこのままでいたい。


 でもこれは夢なんだよな。

 もしかしたら、この女性も俺の願望が生み出した夢の形なのかもしれない。

 我ながら良い夢を見てくれてるものだ。


 ん? 体の感覚が変わっているな。

 この感覚は……また犬になっているようだ。

 俺の夢って、犬になって女性に撫でられるのが望みなのか?

 ちょっとマニアック過ぎるだろ。


 でも、それも良いかも……。

 夢の中なのに、また眠くなってきた。

 心地良過ぎるんだよ……。


 …………


 ……


「ふああ……久しぶりに夢を見たな……」


 俺は目が覚めると同時に、大欠伸と盛大な伸びをした。

 こんな風に寝起きを向かえることができる日が来るとは思ってなかった。

 とてつもない爽快感で、気分はスッキリだ。


 今までは眠ろうとしても眠れなかったのに……これってノアのおかげかも。


「ノア、嫌じゃなかったら、またお願いしても良いか?」

「はい、勿論です!」


 さっきみたいな夢だったら何度でも眠りたいものだ。

 夢に出てきたあの人は、また出てきてくれるかな?

 あんまり人には言えないけど……楽しみだ。


「旦那、よく寝てたみたいだニャ?」

「おかげさまでな……って、あれ?」


 起き上がった俺の目に映ったのは、今まで見ていたものとは全く違う景色。

 森の影は何処にも見当たらない。三百六十度、全てが平原に変わっていた。


「旦那、本当によく寝てたニャ。森は大分前に抜けて、とっくに平原を走ってるんだニャ」

「そう……みたいだな。俺、そんなに寝てたのか」


 太陽は真上に来ている。

 正確な時間は分からないが、出発したのは森がまだ薄暗い時間だったし、寝ていたのは一時間や二時間なんてものじゃないな。


「ちょうど良い時間だし、オイラもこの辺りで休憩させてもらうニャ。バルバトス、一旦止まってくれニャ」

「コケッ!」


 指示を受けたバルバトスが緩やかに速度を落とす。

 コテツの提案を受けて、俺達は平原の真ん中で休息を取ることにした。



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