くろっく
『きみが好き』
この言葉を口に出せたら、どれほど楽になるのだろうか。
ああ、そうか。恋い焦がれるってこういうことか。
¢¢¢
(あ!先輩だ!)
昼休みの中庭に、ベンチで佇む先輩を見つけた。
私より一つ年上の先輩。
中学の頃から、ずっと片想い中だ。
先輩のまわりには、いつも人がいた。
今だって、大きな桜の樹に隠れてはいるが、誰かと話しているようだ。
(彼女…いるのかな。先輩、かっこいいもんね…。)
その答えは見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。
(伝えなきゃ、伝わらないよね。)
そんな決意が芽生えたころ、まだ桜は散っていなかった。
直接伝えることも考えたが、距離が出来てしまうかもしれないのが嫌で、手紙で伝えることにした。
書き溜めて、伝えられなかった言葉のノート。
恥ずかしくて、言えなかった衝動。
はち切れそうなほど、想い募った感情。
何度も何度も書き直して、やっと書き上げたこの手紙。
『あなたが大好きです』
(ちゃんと、伝えます…!)
¢¢¢
(ちゃんと、伝えます)
あの日の決意はどこへやら。
渡す直前になって、逃げ出してしまった。
彼女が居たのだ。
(そう…だよね…。先輩、かっこいいもんね…)
そう頭ではわかっていたのに、気持ちが、心が追い付いてこない。理性に抑えつけられて、感情に焦らされて、心に惑わされている。
諦めなきゃ、でも...諦めたくない
ああ、そうか。恋い焦がれるってこういうことか。
片想いは楽しいって聞いたことがあるけど、そんなの嘘だった。
焦がれて、拗らせて。先輩を想うだけで胸が苦しくなる。いつまでも諦められない自分に胸が締め付けられる。
別に、付き合いたいとか、キスをしたいとか、その先に行きたいとか、そういうことじゃない。先輩には彼女もいる。
(でも、伝えたい。ちゃんと、この気持ちを…!)
そう思った。
季節は次々に進んでいって、先輩も自分も学年が一つ上がった。先輩は「受験生」になっていた。
伝えるチャンスは、もう今しかない。
思いきって、はじめの一歩を踏み出した。
口から心臓が飛び出そうだ。
先輩の背中に、一歩ずつ近づいていく。
ふと、先輩の笑顔が見えた。
満面の笑み。隣には彼女もいた。
(ああ…。これは、この彼女には勝てないな…。)
静かにその場を後にした。
¢¢¢
たった一年の差なんて、すぐに取り返せると思っていた。
でも、私が中二の時、先輩は中三で、
私が中三の時には、先輩は高校に入って、彼女とも出逢っていたのだろう。
私が高校に入った時には、先輩にはすでに好きな人がいた。
私では、彼女には勝てなかった。
あと一年、私が早く出逢っていたら。
先輩の隣にいられたのかな。
先輩と普通に話せたのかな。
(なんて…、そうじゃないよね)
「先輩、お幸せに」
先輩に聞こえないように呟いて、ゆっくりと踵を返した。
告白できた訳じゃないけど、不思議と清々しい気分だった。
これで前を向けると、そう思えた。
未練がないと言えば嘘になる。が、今はこれで良かったんだ。
泣き出しそうな気持ちを抑えて、もう一度呟いた。
「お幸せに」