第71話 必死の抵抗
殺された小人族達の遺体を埋葬し、その後、ララに広場に残っていた血を洗い流してもらい、俺達は焼け残った家の軒下で身体を休めた。
魔力を使い果たしたララは、死んだ様に眠っている。
1人生き残った小人族のレイアは、先程まで泣いていたが、今はララにしがみつく様に眠っている。
「はぁ・・・これからどうしようか?」
「そうね・・・」
俺とラフィは、眠っているレイアを見てため息をつく。
「このままにはしておけないが、だからと言って旅に連れて行くのも難しい・・・」
アギーラも色々と考えてくれているが、俺同様なかなか良い案が浮かばない。
この世界は、地球ほど広くはない。
だが、広くないとは言え、地域による気候の変化はある。
熱砂の砂漠もあれば、極寒の雪山、湿地帯などそう言ったものは地球とあまり変わらない。
これから旅をする過程で、その様な場所に行く可能性は極めて高い。
そんな場所にレイアを連れて行って耐えられるのだろうか?
時として、人間ですら死に至る場所に、身体的に弱い種族である小人族の子供が耐えられる可能性は低い。
アギーラの話では、小人族の平均寿命は約40年、どんなに長生きしても50〜60年だそうだ。
怪我をしやすく、病気にも掛かりやすい。
さらには、近年の出生率の低さも相まって、個体数は激減している。
俺は、レイアには幸せになって貰いたい・・・誰にだって幸せな人生を歩む権利はある。
この子は、両親や仲間を理不尽に殺され、その権利を踏み躙られた。
だからこそ、例え他の種族より長生き出来なくても、これからの人生を幸せに過ごして貰いたい。
俺達はレイアを助けた・・・ならば、後は自分でどうにかしろとは言えない。
助けたからには、少なくともこれからどうするべきか考え、それを見届ける義務がある。
「本当、どうするのが一番良いんだろうな・・・」
俺は、まだ涙を浮かべたまま寝ているレイアの頭を撫でる。
10歳とは言え、見た目は人間の子供の3〜4歳くらいだ。
「アキラ、今日はそろそろ休め。
お前は身心ともに疲れているだろう?
今日の見張りは俺がするから、安心して休め」
「アギーラさんの言う通りよ。
私も見張りをするし、今日はゆっくり休んで、これからの事は明日考えましょう?」
2人は心配そうな顔をしている。
正直、2人の言った通り疲れてはいるが、色々とあり過ぎて全く眠たくない。
だが、これ以上起きていても明日に響いてしまう。
俺は2人に甘え、休ませてもらう事にした。
「2人共ありがとう・・・じゃあ、後はお願いするよ」
俺は2人に後を頼み、ララとレイアの隣に寝転んで、再度レイアの頭を撫でる。
すると、急にララが飛び起きた。
「きゃっ!」
しがみついて寝ていたレイアが振り落とされ、俺の上に落ちてくる。
レイアは、何があったのか解らず、キョロキョロと周囲を見渡している。
「ララさん、おはようございます・・・何かありました?」
「囲まれました・・・アキラさんとラフィさんは、レイアちゃんを見ててください」
ララはそう言うと、槍を手に取る。
アギーラも気配に気付いたらしく、懐からセスタスを取り出し、慣れた手つきで腕に巻いて行く。
「数はわかるか?」
「恐らく30・・・いえ、50近く居ます」
「完全に包囲されているな・・・お前は行けそうか?」
「えぇ・・・疲れてて眠いんですけど、これだけの殺気の中じゃ安心して寝られません」
ララは耳をピンと立たせ、周囲の音に耳を澄ましている。
「アキラ、念の為にこれを・・・」
ラフィは荷物の中から一対のショートソードを取り出し、片方を俺に渡す。
正直、渡されても扱える自信は無いのだが、護身用にはなるだろう。
素手の方が得意ではあるが、流石に素手で武器を持った相手に立ち回る程馬鹿じゃない。
「2人はレイアちゃんを守ってあげてください。
貴方達は、私とアギーラさんが何が何でも守ってみせます!」
ララは俺達を見て微笑む。
頼もしい笑顔ではあるが、その表情は明らかに疲労の色が濃い。
ララの事を信頼してはいるが、心配だ・・・。
「居るのだろう?隠れていないで出てきたらどうだ!?」
アギーラが真っ暗な森に向かって声を掛けると、木々を縫う様に1人、また1人と武装した男達が姿を現した。
「いやぁ、流石は竜人族と猫人族だ!まさか気付かれるとは思いもしなかった!」
リーダーと思しき男が前に出て、笑いながら俺達を見る。
長身細身ではあるが、纏っている雰囲気は、他の男達よりも暗く重い。
「あれだけの殺気を隠しもせずに、よく言えたものだ・・・」
アギーラとララはそれぞれの武器を構え、男を警戒する。
「おっとおっかねぇ!まさかこの人数相手にヤル気か?
3つも荷物を抱えてんだ、いくら名高い竜人族と猫人族とは言え、守りきれるかね?」
男の言葉に、周りの奴等が下卑た笑いをする。
「ヤルかどうかは貴様等次第だ・・・」
アギーラの殺気の篭った言葉を聞いても、男達の笑いは収まらない。
「ちょっと良いか・・・小人族を殺したのはお前達か?」
俺は恐る恐る立ち上がり、リーダーと思しき男に尋ねた。
自分でも何故そのような行動を取ったかは解らないが、気が付いたら問いかけていた。
「もし俺達だとしたらどうする?」
男は笑いを堪えながら俺に聞き返す。
俺は、男の言葉を聞いて後ろを振り返り、レイアを見た。
レイアの目からは涙が流れ、唇を噛み締めて男を睨んでいる。
こいつ等で間違いなさそうだ。
「何故あんな事をした・・・」
「あんな事?うーん、なんて言ったら良いのかね・・・まぁ、試し斬りがしたかったんだよ。
先日殺した商人が、結構な業物を持ってやがってよ!
そんなん手に入れたら斬れ味を試したくなるだろう?
なんか手頃なのが居ないか探してたら、ちょうど無抵抗な家畜がわんさか居てよ!使ってみたら、あまりの斬れ味に笑っちまったよ!!」
男は堪えきれずに吹き出し、爆笑しながら腰の剣を抜いて掲げる。
男の掲げた刃渡り90cm程の剣は、月明かりに照らされ、妖しい光を帯びている。
「下衆が・・・!」
アギーラは音が聞いてくる程の歯軋りをし、男達を睨む。
だが、男達に怯む気配は無い。
数が多いため、余程自信があるのだろう。
「で、俺達に何の用だ?試し斬りが済んだならさっさと消えれば良かったんじゃないのか?」
俺は、男達に斬りかかりたい衝動を抑え、冷静に問いかけた。
俺が行ったところで、あっさり殺されるのが落ちだ。
「何か用だって?そんなん決まってるだろう?女だよ!えらいベッピンを2人も連れてるじゃないか?売ればかなりの金になりそうだからな・・・まぁ、売る前にちょいと味見をさせて貰うが、その位じゃ価値は下がんねえだろう?」
周囲の男達の笑いが一層大きくなる。
ラフィとララは射る様な視線で男達を睨んでいる。
まぁ、この2人が簡単に言いなりになる未来は想像出来ない・・・股間を食いちぎりそうだしな。
どの道、大事な仲間を差し出すつもりは毛頭無いが。
「それならお引き取りを・・・仲間を売る程下衆じゃないんでね!
別にヤルならヤルで構わないけど、この2人相手に無事でいられる?
俺は戦力にはならないけど、そっちがヤル気なら、1人か2人は道連にするつもりだよ?
まぁ、俺に辿り着く前にこの2人の相手をしないといけないけどね・・・」
正直、2人に頼らなければいけない自分に腹が立つが、剣術素人の俺が前に出ても2人の邪魔になるだけだ。
なら、2人が洩らした奴等を俺が相手すれば良い。
それで俺が死んだとしても、ラフィとレイアが無事なら構わない。
「お前凄えな・・・そんな自信満々に自分の無力を宣言した奴初めて見たわ。
ある意味貴重だわお前・・・」
「そりゃどうも・・・意地張って自分を大きく見せるほどガキじゃないんでね」
俺の言葉を聞いた男は、呆れた様に呟き、感心したのか、頷きながら見てくる。
そして、大きくため息をついて俺達を睨んだ。
殺気を孕んだ気持ちの悪い目つきだ。
「そんじゃあ、話はここまでってことで・・・お前ら、女には極力傷は付けんなよ!!抵抗するなら手足の1本2本は良いが絶対に殺すな!!他の奴等は殺して構わん!しかし、竜人族には気を付けろ!必ず多数で当たれ!!」
男が吠えると、森の中に潜んでいた男達が一斉にこちらに向かって走って来た。
「ララ、魔法はまだ使えるか?」
「そうですね・・・無理しなければ、1〜2回ってところですかね?
それ以上は私が立てなくなります・・・」
「魔法を防御に使う事は可能か?」
「はい・・・」
「なら、お前は下がっていろ。
アキラ達に近付く奴等を頼む・・・」
アギーラはララに指示を出し、迫り来る男達を迎え撃つ。
アギーラが拳を振るう度に、男達が車にでも轢かれたかのように吹き飛んでいく。
吹き飛んだ奴等に巻き込まれて気絶する者、そのまま木に衝突して身体があらぬ方向にひしゃげて死ぬ者、リーチの長いアギーラの腕は、男達の武器を物ともせず、容赦無く吹き飛ばしていく。
その姿は、まるで暴風のようだ。
アギーラも何度か斬りつけられてはいるが、節々に生えている硬い鱗と、頑丈な皮膚に守られた身体は、奴等の攻撃を難なく弾き、まったく歯が立たっていない。
(凄え・・・こんなんチートだろ)
俺は戦うアギーラを見て唖然とした。
ララはアギーラが洩らした奴等を巧みな槍裁きで刺し殺しつつも、彼を見て苦笑している。
「何やってやがる!数はこっちが多いんだ!!馬鹿正直に正面から行ってんじゃねえ!!
おい、弓持って来い!!出来るだけ女に当てんじゃねぇぞ!!」
リアルチートのアギーラを見たリーダーの男は部下に命令し、弓で俺達を狙い始めた。
「アキラさん、ラフィさん、私の後ろに固まってください!!」
「射て!!」
ララが叫ぶと同時に、矢が放たれる。
間一髪でララの後ろに逃げ込むと、俺達の周りを囲むように水の壁が現れた。
水の壁は高速で右へと流れ、触れた矢をことごとく弾き、削り、あっという間に全ての矢を退けて行く。
「何だありゃあ・・・」
リーダーの男はそれを見て驚愕し、動きが止まる。
他の奴等も同様にその場で動かなくなった。
「余所見をしていて良いのか?」
その隙を見逃さなかったアギーラは、一瞬で距離を詰め、リーダーの男に拳を振るう。
だが、その拳は空を切った。
すんでの所で我に返った男は、近くにいた仲間を引っ張り盾にすると、アギーラの拳を避けて腕に斬りつけた。
アギーラの腕に赤い筋が出来、そこから血が流れ出す。
盾にされた男は、首から上が吹き飛び、垂直に崩れ落ちた。
「自慢するだけあって、なかなかの斬れ味だ・・・だが、持ち主が貴様のような下衆では、その剣も哀れだな」
「危ねえ危ねえ・・・。
別に俺の事は好きに言ってくれて構わねえよ。
でも、良いのかい?あの猫人族のお嬢ちゃんそろそろ限界みたいだぜ?」
アギーラは男の言葉を聞いてこちらを見ると、苦虫を噛み潰したような表情をした。
ララは今の巨大な防御壁で、大量に魔力を消費してしまい、肩で息をしていたのだ。
「この・・・!後ろには絶対に行かせません!!」
ララは必死に槍を振るうが、明らかに先程までとは違い精細を欠いている。
皮一枚ではあるが、ララの肌には徐々に切り傷が刻まれて行く。
「ララさん危ない!」
俺は、ララに横から迫る男に向かって剣を振るう。
だが、剣の重さに慣れていない俺は、男に難なく避けられてしまい、逆に窮地に立たされてしまった。
「アキラ!!」
「アキラさん!?」
ラフィとララが俺を見て叫ぶ。
俺の攻撃を避けた男は、俺に向かって剣を振り下ろした。