第68話 胡散臭い屋台のおやじ
「アキラ、そう言えば、さっきの子にどうして飲食物の持ち込みが大丈夫か聞いたのよ?」
部屋に荷物を置き、宿の外に出ると、ラフィが話しかけてきた。
「いやぁ、これだけ人が多いと、店に入れるのかなって思ってさ。
もし空いてなかったら、何か買って部屋で食べた方が良いだろ?
ラフィは席が空くまで待てる?」
「無理ね」
ラフィは即答だった。
馬車に揺られていただけとはいえ、生きていれば、何もしていなくても腹は減ってしまう。
時間帯的にはすでに夕飯の時間だ。
飲食店のある通りは、かなりの人混みだ。
結構広い通りのはずなのだが、夕飯を食べようとする人で埋め尽くされている。
「うわぁ・・・予想以上に凄いな」
「空いてますかね・・・」
俺が、吐き気を催しそうな程の人混みに引いていると、ララが不安そうに呟いた。
ララは、自身のくびれたお腹をさすっている。
チューブトップとアラビアンパンツの間に見える、アスリートのように引き締まった腹筋が眩しい。
ララの履いているアラビアンパンツは生地が薄く、デリケートゾーンを包む白い逆三角形の布が透けて見えている。
正直慣れてはきたが、最初は目のやり場に困ったのは言うまでも無い。
「とりあえず手当たり次第に回ってみましょうか?
空いてなかったら、屋台で何か買って帰りましょう」
「そうだな、正直早く移動したい・・・」
俺の提案に、アギーラが珍しく居心地悪そうに答えた。
ただでさえ身体の大きいアギーラは、人混みに揉まれ、凄く窮屈そうにしている。
「とりあえず二手に分かれて探しましょう。
俺とララさんが通りの右側、ラフィとアギーラさんは左側をお願いします」
「アキラさんが私と一緒ですか?ラフィさんじゃなくても良いんですか?」
俺の指示を聞いたララが首を傾げる。
「俺とラフィだと、何か揉め事があった時に戦力的に不安なんだよね・・・。
ラフィとララさんが一緒にとも思ったんだけど、見た目は美人な2人が一緒だと男に絡まれそうだろ?男女のペアなら男もあまり寄ってこないかもしれないと思ってさ」
「見た目はって言い方が何か引っかかるけど、案としては良いわね・・・。
まぁ良いわ、アギーラさん行きましょう!」
ラフィは俺をジト目で睨んだが、ため息をついて了承し、アギーラと共に通りの左側に向かった。
「本当にアキラさんは毎回毎回一言多いですよね・・・。
私は気にしませんけど、そんなんだからラフィさんに殴られるんですよ?」
ララは愚痴をこぼしつつ、はぐれない様に俺の手を握り、通りの右側に引っ張って行った。
「すんません・・・悪気はあります」
「悪気はあったんですね・・・。
アキラさんは、痛みに快感を覚える人だったんですか・・・?」
俺の答えに、ララは呆れた様に笑った。
「別にマゾじゃないですよ?ただ、なんかラフィに殴られないと逆に心配になるんですよ・・・。
ラフィの体調が悪いんじゃないかって思ってしまいます」
「そんなに頻繁に殴られるんですか?」
「最近はちょっと減りましたけど、今までに殴られた回数は10回や20回じゃ足りないですね!
その度に頑丈になってる気がしますよ・・・最近じゃ回復も早いですしね!!」
俺が拳を握って力説すると、ララが引きつった表情をしていた。
「まぁ、あまりしつこく言いたくはないですが、ラフィさんはあれでなかなか繊細なんですから、アキラさんも気にかけてあげて下さいね?」
「了解です!まぁ、地雷を踏まないようにはしてますから、大丈夫ですよ!」
俺が頷くと、ララは「地雷って何?」と言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
「空いてねえなぁ・・・」
「空いてませんねぇ・・・」
俺とララは一通り右側にある飲食店を見て回ったが、どの店も満席で、外には行列が出来ていた。
「とりあえず、ラフィ達と合流しましょうか?」
「そうですね・・・もしかしたら、向こう側には空いてるお店があったかもしれませんし、合流しましょう」
俺達は通りを真横に突っ切り、左側に行く。
俺は道端に置いてあった木箱の上に立ち、通りの奥を見渡す。
アギーラを捜すためだ。
アギーラは滅茶苦茶身長が高い。
2mは軽く越えている。
俺はこの世界では平均より少し高い位だが、アギーラは俺より頭2つ分は高い。
木箱の上に立つと、全くと言っていいほどに呆気なくアギーラは見つかった。
やはりまだ居心地悪そうにしている。
俺が手を振ると、アギーラはそれに気付いて表情が明るくなる。
それに気付いたラフィが、ぴょんぴょんと跳ねて俺を見た。
「見えましたか?」
「アギーラさんは看板背負って歩いてるような人ですから、すぐに見つかりましたよ。
あと少しでここに着きそうなので、待ってましょう」
木箱から降りて2分程待っていると、ウンザリした表情のアギーラとラフィがやって来た。
「人が多すぎて、生きた心地がしなかったぞ・・・」
「お疲れ様です!そちらはどうでした?あっちは全く空いてませんでしたよ・・・」
「こっちも似たようなものだったわ・・・。
それにしても、どうにかならないの?
人が多すぎて息が詰まるわ・・・」
疲れ果てた2人を労い結果を聞いたが、2人は項垂れたまま答えた。
「やっぱりダメだったかぁ・・・仕方ない、何か買って帰りましょうか?」
「もう、この人混みは勘弁してくれ・・・」
アギーラは弱々しく呟いた。
相当まいっているらしい。
「屋台の通りはまだ見てませんが、ここの通りがこんな状態なら、そっちもヤバそうですね・・・。
まぁ、あと少しの我慢ですから、頑張りましょう!!」
俺はしゃがみ込んでいるラフィとアギーラを立たせ、近くの人に道を聞きつつ、少し離れた場所にある屋台通りに向かった。
「さっきよりはマシかな?」
俺は通りを確認し、ラフィとアギーラを見る。
「あまり大差無いように見えるけど?」
「いや、マシだな・・・腕が当たるほど窮屈じゃないのはありがたい!」
ラフィは相変わらずだが、アギーラは少しだけ元気になったようだ。
「どうするラフィ、俺とララさんで買って来ようか?
どの道、宿に戻るのにはここを通るから一緒だよ?」
「行くわ・・・流石に荷物持ちを任せてばっかりじゃ申し訳ないしね」
ラフィは苦笑して立ち上がると、ヨタヨタと歩き出す。
「危ないなぁ・・・ほら、掴まりなよ!」
俺はラフィの隣に並び、手を取る。
「ありがたいわ・・・」
ラフィは力なく礼を言った。
ララが先頭を歩き、俺とラフィの後ろにアギーラがついて来ている。
俺とラフィを守るような方だ。
「おっ!そこの美人な猫人族のお嬢さん、良かったら買って行かないか!?」
しばらく見て回っていると、ややくたびれた屋台のおやじがララを引き止めた。
「私ですか?」
「あんた以外に誰が居るんだ!?私はあんたみたいな美人な猫人族を見たのは生まれて初めてだよ!!」
立ち止まったララが聞き返すと、屋台のおやじは大きな声で大袈裟に言った。
白髪頭にちょび髭、赤い鼻の上に丸眼鏡を掛けた見るからに胡散臭いおやじだ・・・。
「いやぁ、照れるなぁ!私、そんな美人ですか?まぁ自分で言っちゃ何ですが、結構自信はありますが・・・」
褒められたララは、ふらふらと胡散臭いおやじの屋台に近寄る。
「ご自分で解ってらっしゃるとは流石だ!どうです?売れ残りなんですが、安くしときますよ?こんな美人に買って貰えたなら仲間への自慢になりますよ!!」
ララは見るからに照れまくりだ。
確かに美人だしスタイルも良いのは認めよう。
ミクラスの王族で血筋も良い。
パスカルでは多くのファンが居たのも事実だ。
だが、女子力は極めて低い!
料理が得意な分、ラフィの方がまだ女性らしいと言える。
まぁ、嫌いかどうか聞かれたら好きだと答えよう。
もしこんな状況じゃなければ、先日お風呂に入った時に、ラフィとララをいただいていた自信は大いにある。
ラフィに先に会ってなければ、惚れていたかもしれない。
そう思える位にはララは好きだし、何よりラフィとは違う意味で気安く接する事が出来る。
良くも悪くもララは人見知りをしなければ、お人好しなのだ。
でも、チョロすぎやしませんかね?
明らかに胡散臭いおやじに褒められて、そこまでデレますか?
ララが美人なのは事実だが、お世話も多分に入っているだろう言葉に、こうも容易く引っかかっていてはこの先不安だ。
お金を預かっていて正解だったと思う。
「おじさん、1つ味見して良い?」
見かねた俺がおやじに話しかけると、おやじはあからさまに嫌そうな顔をした。
客商売でそれは無いんじゃない?
「あんた、彼女の連れか?」
「何か問題が?」
「いや・・・」
俺はおやじに銅貨を1つ渡し、適当に選んだ串焼きを食べる。
冷めてはいるが、味はそこそこだ。
安くなるなら悪くはないだろう。
「まぁ、悪くはないかな・・・。
おじさん、あるだけ全部包んでくれない?」
俺が試食を終えて伝えると、おやじは嬉しそうにはにかんだ。
「おっ、まいどあり!俺と美人の話の邪魔したから、いけ好かねえ奴かと思ったが、結構良い奴じゃねえかあんた。
安くしてやるか悩んだが、猫人族の美人とそっちのエルフの美人さんに免じて、特別に安くしてやるよ!」
「調子の良い事言ってるけど、売れ残りをはかせないと帰れないだけなんじゃないの?」
「おいおい、安くしてやるってのにそれは無えんじゃないか?」
「ははは、そりれは悪かったね!で、いくらだい?」
「もう冷めちまってるし、売り切らなきゃ帰れねえのも事実だし、銀貨3枚で良いぞ」
おやじは屋台に並んでいた串焼きを包み、持ちやすいように袋に入れて渡してきた。
銀貨3枚にしては結構な量だ。
「安すぎない?腐ってないよね?」
「だから、あんたはいちいち失礼なんだよ!まけてやんねえぞ!!?」
「いやいや、どうにも疑り深い性分でさ!ありがとねおじさん!」
俺は慌てて謝り、銀貨を渡した。
「あ、この辺にお酒売ってるお店ないかな?」
「それなら、ここを通って行けば右側にあるよ。
それにしても、奇妙な組み合わせだなあんたら・・・獣人族、エルフ族、噂を聞いただけで初めて見たが、そっちに居る男は竜人族だろ?
そんな中に見慣れない顔をした人族のあんただ・・・ここに居るって事は、帝都に行くかその帰りだろ?何かあるのか?」
屋台のおやじは訝しげに俺を見る。
まぁ、確かに珍しい組み合わせではあるだろう。
特にアギーラは見た目からして目立つからな。
「別に何もないよ・・・ただ、皇帝陛下に用事があって、御目通り願いたいだけだよ」
俺がはぐらかして答えると、おやじは難しい顔をした。
「そりゃあ残念だが、皇帝陛下にはしばらく会えないぞ?」
「えっ、マジ?」
「おう、マジもマジだよ。
俺も昨日情報通の知り合いから聞いたんだが、皇帝陛下は今国内視察に出てるらしくてな、お帰りになるのは1ヵ月後だそうだ。
何というか、間が悪かったな・・・」
俺はおやじの話を聞いて肩を落とした。
背後を見ると、ラフィ達もため息をついていた。
「貴重な情報ありがと・・・安くして貰ったし、情報料代わりにとっといて・・・」
「お、おう・・・なんかすまねえな。
あんまし気を落とすなよ?」
俺は屋台のおやじに銀貨を1枚渡し、項垂れながら立ち去る。
ラフィ達も元気が無い。
そりゃそうだ・・・折角来たというのに1ヵ月も待たなければいけなくなったのだ。
俺は宿へ戻る途中、屋台のおやじから聞いた酒屋で大量の酒を買い込んだ。
今夜は飲もう・・・浴びるほど飲もう。
飲まなきゃやってらんねーわ!!
「はぁ、マジでどうしよ・・・」
俺は酒瓶片手に途方に暮れながら宿へ歩いた。