第62話 考察
俺とラフィは、ララ達が準備してくれた食器に出来上がったばかりの朝食を盛り付け、席に着いた。
「ラフィ、手伝ってくれてありがとね」
「別に良いわよこれくらい。村を出てからは久しぶりにまともに作ったし、楽しかったわ」
ラフィは満足そうにしている。
これからは道中で野宿する時にはラフィと交代で作っても良いかもしれない。
「いやぁ、すみませんね・・・私も料理が出来たら良かったんですが・・・」
ララは目玉焼きの黄身の部分だけを切り取って食べ、申し訳なさそうに呟く。
「気にしないでくださいよ。誰にでも苦手な事はありますから!」
俺は先日野宿をした時に、暇な時間にララが料理が出来るか聞いてみたのだが、彼女の体験談を聞いて耳を疑った。
働いていた酒場で試しに料理をしたらしいのだが、食材を切る時に包丁でまな板ごと切り落とし、炒める時には店を燃やす寸前だったらしい。
それ以降彼女は、料理を運ぶ時以外は厨房を立ち入り禁止になったそうだ。
「俺も調理は出来ないからな・・・今までも生か焼くかしかした事がない。料理に関してはアキラとラフィに頼る事になる・・・その代わり、護衛と荷物持ちは任せてくれ」
アギーラも申し訳なさそうにしている。
「まぁ、お互い出来ない事をフォローしあって行けばいいんですよ!ね、ラフィ?」
「えぇ、料理は好きだし任せてくれて良いわよ!まぁ向こうの料理を知ってる分、アキラにはレパートリーでは勝てないけどね・・・」
ラフィは苦笑しながら頷く。
俺の方がレパートリーが多いのは仕方のない事だから別に気にする必要はないと思うが、負けず嫌いの彼女は悔しいのだろう。
「アキラに一つ聞きたいのだが、お前の居た向こうとこちらでは、どの位の差があるんだ?」
アギーラはパンを食べつつ問い掛けてきた。
「差というと例えばどんなことです?」
俺は、アギーラの質問に首をかしげた。
差と言っても色々ある。
技術や習慣なのか、はたまた時代背景なのか、アギーラの考えている差というものが何を指しているのかがわからない。
「すまない、漠然とし過ぎていたな・・・。そうだな・・・こっちは、向こうと比べてどの位遅れている?こちらは、技術もそうだが人々の生活など様々な部分で向こうとはかけ離れているのだろう?年月で言うならどの位の差があるんだ?」
アギーラはひと言謝り、質問の内容を具体的に説明してくれた。
「そうですね・・・実際微妙なところですね。お風呂はまだしも、重力を利用した上下水道があったのは、俺の住んでいた国では約200年程前になりますが、こちらの人々の普段の暮らしを見る限りは、向こうでは中世後期から近世初期くらいに見えますから、だいたい600〜700年程前ですかね?恐らく、俺の前の転移者達のもたらした技術や習慣などで、向こうの色んな時代の技術や習慣が混在しているんだと思います。向こうでは、700年程前はコショウは同重量の金と同等の価値で取引されていましたが、こちらでは既に一般に普及しています。それと紙と印刷技術もですね・・・向こうで活版印刷と紙の需要が高まったのは600年程前ですが、こちらも既にある程度普及しています。しかも、パピルスや羊皮紙等ではなく、紙漉きで作られたものを少なからず量産していますから、時代で言うなら300年程前です・・・これだけ見てもかなり時代がちぐはぐなんですよね・・・」
俺は腕を組んで眉間にしわを寄せた。
俺の予想が正しければ、俺の居た時代より後の技術はまだ無い。
だが、それも確証があるわけでは無いから断言は出来ない。
情報が少な過ぎるのだ。
「アギーラさん、ララさん、最初の転移者が現れたのってどの位前で、どんな人だったのかわかりますか?俺とラフィの見た本では、あまり詳しい事は載ってなかったので・・・」
俺はアギーラとララに聞いてみた。
アギーラは長い年月を生きてきた・・・それは俺よりも遥かに豊富な情報を持っている事に他ならない。
ララにしてもそうだ・・・彼女はミクラスの王族だ。
王宮等には歴史書などの大量の書物があってもおかしく無い。
そうでなくても、俺やラフィが知らない伝承などを知っている可能性もある。
ただ、2人共体育会系だからそう言ったものに興味が無かった可能性だってある。
「ふむ・・・俺もあまり詳しい訳ではないが、俺が聞いた話では、今から2000年程前に現れたと言われている。噂では相当な変わり者だったと言われているが、そいつはすぐに自殺したらしい。あまり詳しく書かれた書物が無いのはそれが理由だな」
「あぁ、それなら私も読んだ事ありますよ!2人目以降の転移者については色々と書かれてたのであまり覚えてませんが、最初の転移者は1ページも無かったのでよく覚えてます!初めてそれを見た時は、これだけかよ!?って突っ込んだなぁ・・・。まぁ、無理矢理召喚された方としては堪らなかったでしょうね・・・自殺しようと思う気持ちも解りますよ・・・」
「えっ、自殺したの?私が読んだのには消息を絶ったって書いてたけど・・・」
話を聞いていたラフィが不思議そうに呟く。
「たぶん、書いた人が違うんじゃないかな?人によって表現は様々だし、死んだのも消息を絶ったのもあまり変わらないって思ったんじゃない?」
俺は首をかしげるラフィに説明した。
向こうの世界でも、海外の本や映画の翻訳は人によって異なる。
この件に関してもその可能性は高い。
2人の話してくれた内容は俺が知っていることと大差はなかったが、相当な変わり者という表現が気になる。
「相当な変わり者って具体的にどんな人だったんでしょうね?」
「書物には書いてないようだが、意味不明な単語を話し、何かを造ろうとしては挫折していたらしい・・・もしかすると、向こうの物を再現したかったのではないか?」
「アギーラさん・・・2人目の転移者ってその何年後で、何をしたか覚えてますか?」
俺はアギーラの言葉を聞き、自分の予想に確信を覚え始めた。
「確か600年後だ。そいつ農耕技術を広めた事で有名だ。当時世間に知られていなかった食材などを発見し、その栽培方法などを広めたと言われている。コショウもその一つだ」
「その次は?」
「む・・・忙しいな・・・3人目は300年後、主に有名なのは、さっきお前が言っていた紙と印刷技術だ・・・」
「4人目は400年後、お風呂に入る習慣や上下水道などの水道技術ですよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
俺は頭の中で今話した内容を整理する。
俺で5人目、前の転移者から500年経っている。
それと、2人目以降は人数が増えるほどに100年ずつインターバルが増えている。
農耕技術、印刷技術、水道技術など、2人目以降の転移者は他にも色々と広めているらしいが、主だったこの3つを見るに、徐々に近代化が進んでいるようだ。
恐らく、転移者の持っている知識量でインターバルが長くなっているのではないだろうか?
奴が時間軸を無視して召喚を行えるのはほぼ間違いないだろう。
なぜなら、奴は最初の転移者の時に失敗したからだ。
1人目から2人目までのインターバルが600年である事を考えると、恐らくは俺よりも後の時代の人間である可能性が高い。
俺よりも未来に生きている存在という事は、俺の生きる時代以降の歴史を知っているという事だ。
それは知識であり、技術を持っている事になる。
だが、そんな人間をいきなり何も無い異世界に召喚したところで何が出来るだろうか?
何かを造ろうにも元になる物は無く、周りの人間の知識量は自分からはかけ離れて低い。
そんな状況では世界を変える以前の問題だ。
俺だって途方に暮れて死を選ぶかもしれない。
0から2は作れない・・・2を作るには、元となる1が無ければならないのだ。
奴は最初の失敗から学び、2人目以降は徐々に後世の人間を召喚しているのだろう。
そして、ゆっくりと時間を掛けて向こうの世界を再現する・・・その為には人間以外の種族は邪魔になる。
自分以外の高位の存在を封印し、邪魔者を排除した上でこの世界を自分の理想とする世界に変え、神として君臨する。
俺が辿り着いた答えはこれだ。
「アキラ、どうしたの?」
俺が思案していると、ラフィが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、悩んでた問題の答えが見つかった気がしてさ・・・アギーラさん、色々と教えてくれてありがとうございました!」
「いや、別に構わないが・・・」
俺が明るくお礼を言うと、彼は不思議そうにしながらも何も聞いてこなかった。
俺としてはありがたい・・・もしその事を奴に聞かれ、それが奴の思惑通りだった場合、何をしてくるかわかったものじゃない。
もし皆んなに話すならば、奴の干渉できない場所を探す必要がある。
「まぁ、皆んなにはいずれ話しますから待っててください・・・」
俺がそう言うと、俺以外の3人は顔を見合わせ不思議そうに頷いた。