第37話 ララ・ミクラス
「さてと、ララさんは今日は出勤してるかな?」
「どうかしらね?居たら良いんだけど・・・」
今、俺とラフィはララの働いている酒場の入り口の前に来ている。
先程パスカルに着き、宿に荷物を置いて夕飯を食べに出て来たのだ。
ララが居れば、彼女の暇な時間にでも話をしようと思っている。
だが、それも彼女が出勤していなければ出来ない。
「取り敢えず入って夕飯を食べようよ。お腹空いたしさ・・・。うわっ!繁盛してるな!?」
俺は店の扉を開けて中を見て驚いた。
前回来た時も客が多かったが、今日はそれ以上だ。
繁盛しているのは喜ばしいが、座れる席はあるのか心配になった。
「まぁ、中に入って確認しましょ?奥の方が空いてる可能性もあるし・・・」
俺が迷っていると、ラフィが中に入る様に促した。
俺達は店に入り、給仕の女の子達を見たが、ララは見当たらない。
「あれ?もしかして、アキラさんとララさんじゃないですか・・・?いらっしゃい!どうしたんですか!?」
俺達が店の中を確認していると、背後から声が聞こえて振り向いた。
「ララさん!?」
そこには私服姿のララが立っていた。
相変わらず露出度の高い際どい服を着ていて、目のやり場に困る。
「また来てくれたんですね!ありがとうございます!」
彼女は深々とお辞儀をする。
チューブトップの上着に支えられ、たわわに実った2つの果実が重力により真下に揺れる。
これは凶器だと思った。
「アキラ・・・鼻の下伸びてるわよ?」
ララの胸を直視していた俺の背後から、ラフィが注意してきた。
「何で背後にいるのにわかるんだよ・・・」
「貴方ならそうなるでしょ?絶対、確実にね!」
俺はラフィに背中を蹴られた。
ララはそれを見て笑っている。
「お2人が相変わらずなようで安心しました!もしかして、お2人も今から夕食ですか?私は今日はお休みで、夕食のついでにお店の様子を見に来たんですが、良かったら一緒に食べませんか?」
「丁度良いわね!それならゆっくりと話も出来るし、私は構わないわよ!!」
彼女達は楽しそうに頷き合う。
「俺も嬉しいです・・・でも、席は空いてますかね・・・?」
「ちょっとだけ待ってて下さい!マスターに確認してきますね!」
ララはそう言うと、店の奥へと入って行った。
「おっ、兄ちゃんはあの時の!また戻って来たのかい!?あんたが奴等を追っ払ってくれたおかげで、この店もまた楽しく飲める様になったよ!!」
俺達がララを待っていると、2人組の男達がジョッキ片手に俺に近寄り、肩を乱暴に叩きながら笑顔で言ってきた。
「あ痛っ!?痛いですよ・・・。その節は、見苦しいところを見せてしまってすみませんでした・・・。貴方達は、いつもこの店に来られてるんですか?」
俺は彼等に見覚えは無かったが、あの夜の一件を見ていたようだ。
邪険にするのも申し訳ないので、ララを待つ間話をする事にした。
ラフィは俺の背後で彼等に軽く会釈をしている。
「あぁ、ほぼ毎日来てるよ!いやぁ、俺達常連も、奴等には困ってたんだよな・・・毎回の様に問題を起こすし、我が物顔で威張り散らしてたからな!今思い出しても頭にくるよ!!でも、あんたのおかげでまた楽しく飲める様になった・・・だから、気にしないでくれ!」
俺の肩を叩いた男が笑顔で言ってくれた。
俺がその男達に笑顔で頷き頭を下げると、厨房からララが戻ってくるのが見えた。
「おっ、ララちゃん!今日は休みって聞いて残念だったんだ!良かったら今夜一緒に飲まないか!?」
「またまた、冗談ばっかり辞めて下さいよ・・・お誘いは嬉しいですけど、今日は先約があるのでまた今度お願いしますね!お2人共、今日も楽しんで、いっぱい飲んでいっぱいお金を使って行ってくださいね!私のお給料が増えますので!」
彼等も彼女に気付き、冗談めかして言ったが、彼女にあっさりと振られた。
彼等は笑顔で頷き、手を振って自分達の席に戻って行った。
「お待たせしてすみません、マスターが、前来てくれた時に使った奥の席が空いてるから使っても良いって言ってくれたので、そっちに行きましょう!」
ララは俺達の手を引いて嬉しそうに歩いて行く。
「なんかすみません・・・レスターさんにも後でお礼を言わないといけませんね・・・」
「気にしないでください!マスターもあの日以来お客さんが増えて喜んでましたし、アキラさん達が来たって言ったら、後で挨拶に来るって言ってましたよ!」
ララは俺達を振り向き、笑顔で言ってきた。
「まぁ、ありがたく使わせて貰いましょ?あの席なら人に聞かれずにゆっくりとあの話も出来るしね!」
俺はラフィの言葉に頷き、ララに引かれるまま奥に向かった。
「さて、今日はじゃんじゃん飲みましょう!最近お給料が上がって懐事情もだいぶ良くなりましたから、私はいっぱい食べて飲みますよ!!」
ララは、席に着くなりメニューを見て料理とお酒を選んでいる。
おれとラフィはそれを見て苦笑した。
「ララさん、お酒を飲む前にお話しがあるんですけど良いですか?」
メニューを見ていた彼女は、顔を上げて俺を見る。
きょとんとした表情で、猫耳がピクピクと動いていて可愛い。
ラフィは黙って俺を見守っている。
「急に改まってどうかしましたか?」
「えっと・・・実は、俺とラフィは旅に出るんです・・・。俺が自分の国に帰る手段を探すための旅です・・・。ただ・・・もし方法が見つかって国に帰ったら、俺は二度とここには帰ってこれないと思います・・・なので、最後にララさんとレスターさんに挨拶に来ました・・・」
ララは俺の言葉を聞いて驚愕し、メニュー表をテーブルに落とした。
「そんな・・・ラフィさんの事はどうなるんですか!?」
彼女は悲しそうな顔でラフィを見る。
「私の事は良いの・・・アキラにも、向こうに親や兄弟、友人達がいるもの・・・。確かに私は彼の事が好きだけど、私の我が儘で彼を困らせたくないの・・・まぁ、帰れなかった時は私と一緒に居るって言ってくれたし、2人が後悔しない答えを出すわ!そのための旅でもあるの!」
ラフィは悲しそうなララに笑顔で答えた。
ラフィの顔には迷いは無く、ララを心配させない様に明るく話した。
「そんなに遠い国なんですか?まさか、海の向こうとかですか?」
「かなり遠いよ・・・。少なくとも、地の果てとか海の向こうよりも遠い感じだね・・・俺も、なんでこの国に来れたのか解らないくらい遠い国だよ・・・」
俺は、いまだに悲しそうな顔をしているララに優しく答えた。
「アキラさんはどうやってこの国に来たんですか・・・?陸地はほぼ繋がってますから、地の果てと言っても二度と帰ってこれないなんて事はそうそう無いと思います・・・。アキラさんの顔立ちはどの国の住人とも違って独特ですから、少なくともこの大陸の出身じゃないとは思いますけど・・・。もし海の向こうの国から来たんだとしても、海は海人族の縄張りです・・・彼等はまとまりがないので、それぞれ縄張り意識がとても強いんです。なので、渡るのも一苦労ですよ?もし漂流したとしても、途中で彼等に見つかれば無事じゃ済みません・・・。それに、海の向こうに国が有るって話は今迄聞いたが事ありません・・・」
ララは淡々と語り、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
恐らく、しっかりと話して欲しいと思っているのだろう。
俺がラフィを見ると、彼女は力強く頷いた。
俺はそれを見て深く深呼吸をし、ララの目を見つめた。
「ララさん・・・今から話す事は他言無用でお願いします・・・。俺の住んでいた国は、地の果てでも海の向こうでもありません・・・異世界です・・・。前回この街に来たのは、クルーゼさんの友人に情報を聞きに来たんです・・・」
彼女は、俺の言葉を聞いて驚愕している。
それは仕方のない事だろう。
「俺は、元の世界に帰るために旅に出たんです・・・」
「私も異世界からの転移者については、書物で読んだ事があります・・・でも、お伽話か何かだと思ってました・・・」
彼女は、信じられないと言う感じで呟いた。
「過去には何人か居たのは事実みたいです・・・。ただ、1つ大きな問題があります・・・」
「何かあるんですか・・・?」
彼女は息を飲んで聞き返した。
「過去の転移者と俺は、何者かによって故意に転移させられたと言う事です・・・しかも、この世界を変えるために・・・」
「世界を変える・・・一体どうやってですか?」
神妙な顔で聞いてくる。
「何故この世界を変えようとしてるのかは解りません・・・。ただ、転移者が現れた時には何かしら変化が起きてるんです。特に俺の前・・・500年程前の転移者が現れた時に、この世界に大きな変化が生じました・・・。神々や精霊、魔物達が姿を見せなくなって魔法が使えなくなったり、人間は増え続けているのに、他の種族が減少していると言うものです。今回俺が転移して来た事で、善し悪しはわかりませんが、また何か変化が生じる可能性があるんです・・・なので、俺は向こうに帰らないといけない。でも・・・ただ帰るだけだと、この世界を変えようとしている奴は、また別の転移者を呼び出します。なので、そいつをどうにかしなければ、いずれこの世界からエルフも獣人族も消えてしまいます・・・」
ララはあまりの事実に言葉を発せないでいる。
ラフィはただ黙ってララの反応を伺っている。
「俺は、そんな事は許せないんです・・・。この世界に来たのはそいつの所為です。でも、この世界に来た事で、ラフィやララさん達に出会えました。まだ一月程しか経ってませんが、俺はこの世界が好きです!ラフィやララさん達の居るこの世界が大好きなんです!だから・・・奴をどうにかしたい・・・この世界を守りたいんです・・・」
ララは俺の言葉を黙って聞いていた。
だが先程とは違い、その目には力が篭っているのがわかる。
「アキラさん、ちょっとだけここで待ってて貰えますか・・・?時間が掛かるかもしれませんから、料理と飲み物を頼んでおきます。必ず戻って来ますので、ゆっくりしていてください・・・」
彼女はそう言って席を立つと、厨房へ入って行った。
「どうなるかしらね・・・」
今迄黙っていたラフィが小さく呟いた。
「わからないよ・・・彼女が信じてくれる事を願うしか無いよ・・・」
俺達は、ララが頼んでくれた料理と飲み物には手を付けず、ひたすらララを待つことにした。