7.忌まわしい過去
魔法という概念が存在する世界「ウィルガルム」
クリーチャーや悪魔が生息し、魔術の知識を持った種族もいるという。
この話は術師達の中の「神出鬼没の異端術師」と呼ばれ、伝説となった
いろいろな場所に突然現れるという魔術師たちのお話。
リズはまた夢を見ていた。床は冷たくて硬く、足はすでに感覚を失っている。腕を拘束され、ろくに身動きもとれず、まともな食事も与えられない。ここに入ってから何日経ったのか、どれだけの時間が経ったのかすら分からない。
あの事件があった後、私は牢屋に押し込まれてしまった。二度とここからは逃げられない、お前は一生ここで生きるんだ。そう言い聞かせられた私の心は絶望に押しつぶされ壊れかけていた。鉄扉が軋んで誰かが入ってくる。私を攫った、両親を殺した人達のリーダーの男だと推測する。
「やぁ、チェルちゃん。調子はどうだい?」
心の底から憎悪を呼び覚ます声を聞いて全身鳥肌がたつ。私をチェルちゃんと呼ぶ男はいつもここにやってきて私にしゃべりかける。目的は私を売り物にできるほどに回復させる事だろう。私は売られるのだ、貴族達の地位争いの為に、終わらない戦争へと、向かわせられる為に。そう考えるたびにいつも思う事がある。何故、私はこんな事になってしまったのだろうか、と――
私は、昔から村では有名だった。商人の両親の間に生まれた、100年に一度の逸材、魔力量と魔力の強さが他人と比べて頭一つ抜けていた私を欲しがる貴族は山ほどいた。私一人がただ手元にいるだけで貴族間の勢力バランスは崩れ、帝王に近づける、と。何度も何度も貴族からの誘いはあった、中には自分の息子との婚約を持ちかけてくる貴族もいた。でも、私は魔術師になるつもりはなく商人を継ぐつもりだった。あの日が訪れるまでは――
ある日、私の村が盗賊に襲われた。戦力になるものは何も無い小さな村では抵抗する事もできず、歯向かう者は容赦なく斬り捨てる。そして盗賊たちは、村の家々や畑に火を放ったり、略奪と破壊の限りを尽くしていった。両親も私を守ろうとして、目の前で――。
「チェルちゃんどうしたの? 体調悪いのかな?」
男の声が聞こえて、意識が現実に戻る。とても鳥肌が立つ。
「聞いてる?ねぇねぇ…聞いてるのかって聞いてんだけど?」
徐々に怒りを帯びていく男の声に私はビクつく。いつもと同じ、この後にどういう行為が行われるのかが、体に染みついているからだ。
「…聞いてんのかって聞いてんだよクソガァ!! 優しくしてやれば調子に乗りやがってこのっ…」
私が黙っていると、男は突然キレて私を蹴る、殴るを繰り返す。私は血を吐いても、骨が折れても、ただ耐える事しか出来なかった。
「はぁ…はぁっ…また明日来るからな…」
そして、男は疲れたのか暴力を振るうのをやめると帰っていく、これを毎日のように続けるのだ。精神の回復どころか体まで壊れてゆくのを感じる。
「だれかぁ…助けてぇ…」
声にならない声で助けを求めても答えは返ってこない。
そんな生活にもついに終わりが訪れる。
ある日突然、牢屋の外が騒がしくなったと思うと悲鳴が聞こえた。まるであの日と同じように。ただ、今回は違った。壊れされた扉の向こう側に立っていたのは父の親友だった男の人。確かエドウィンといった男は静かに私を見つめて言った。
「遅くなってすまなかった」
傷だらけのエドウィンに抱きかかえられて牢屋の外に出た、外の空気を吸った、日の光を浴びた。絶望の日々にもついに終わりが来たのだ。
「あぁ…助かった…」
私は体の力が抜けて吸い込まれるように眠りについた。
私を助けてくれたのはエドウィンという父の親戚だ。なんでも村が襲われたことを聞くとすぐに駆けつけたらしい。その時に連れ去られていく私と死にかけの両親を見つけ、今戦っても勝てない事を悟った。盗賊が立ち去った後に両親を助けようとしたが遅く、娘を救ってくれと頼まれたのだそうだ。心が壊れかけていた私を、救ってくれた。精神が安定するまで、怪我が治り運動も出来るようになるまで看病してくれたのだ。
「ねぇ….エドって呼んでいい?」
「リズの好きなように呼んだらいいんじゃねぇの?なんでも呼ぶといいさ」
「今更だけど…助けてくれて、ありがとう…」
「おう…俺は両親を救う事ができなかった…すまんな」
「うん…その事はもういいの、過ぎた事は仕方が無いから…」
しばらくの沈黙の後、リズは思っていた事を口にする。
「ねぇ、エド。一つお願いがあるの」
「なんだぁ?俺にできる事なら何なりと言ってみなよ」
「…一緒に…エドに付いていってもいいかな?」
「歓迎するぜ、俺でよければだがな」
この日から二人の旅は始まったのであった。
目が覚めた。かなり長い夢を見ていた気がするが、気にしていられない。何故なら、今日は、この前の夜にエド達を襲った影使いを、裏で操っていたかもしれない暗殺者達を捕らえに、敵の拠点に乗り込むのだ。目を開けて横を見ると、机を挟んで談笑する二人が見えた。
「おはようございます。リズさん」
「おう、起きたか。今日は珍しく遅いな? あ、さては怖すぎて昨日は寝れなグハッ」
「そんなわけ無いでしょう? 今日がたまたま夢が長かっただけよ」
「朝一で腹パンはきついぜ…」
朝からとても賑やかで気分がいい。今、私はもう一人ではない、エドもケルトも大事な家族だ。
「さぁ、ご飯食べたら盗賊征伐に行くわよ!!」
「そうですね、食事を取って万全の体制で向かいましょう」
「お、おう…」
三者三様のテンションで朝を過ごす。
この後、まさかあのような出来事が起ころうとは、三人はまったく予想だにしていなかった。
どうも、設定に苦労している狼兎です。
今回はリズの過去を書いてみました。少し前にもこの話の伏線として
すこし書いたのですがいかがでしたでしょうか?
次回は戦闘回になります! 一体何が起こるのか、乞うご期待!