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第十七章:今を生きるから

第十七章:今を生きるから

      *

 始めの交渉時とは打って変わり、今回の交渉場所は宴会場だった。

 インドが神話体系局。その一フロアを貫通するほど広大な宴会場には、歓談用にテーブルが大量に置かれ、裏口からは次々と晩餐の料理が運び込まれてきている。

 陸と海、様々な幸が巧みに調理され、香しい匂いを空間内に瞬く間に広めた。

 晩餐会は、まず両陣営の代表たちによる挨拶から始まった。

 神州は蒼衣、インド側はドルガーだった。海瀬、そしてアウヴィダは姿を見せていない。

 際どい発言や暴力沙汰もそこそこに、乾杯の音頭を二人が取った後も晩餐会は順調に進み、やがて交渉の時間が差し迫った。

 インドの下官たちがせっせとテーブルと食事を片付け、フロアに残ったのはテーブル二つと椅子たちだ。そして、広間にドルガーの声が響いた。

「いかがでしたか、晩餐会は?」

「中々に愉しめた、独特の料理だったぞ。――ああ、揚げたチョコなぞがあったな」

「チョコを包んだロールキャベツもありましたわ」

「美味しかったの? わたしも食べたらよかったなぁ」

「珍味だったな。――で、ドルガーよ。貴様らの長はどこへ行った」

 晩餐会が始まる前から一向に姿を見せないアウヴィダ。

 蒼衣を含め、神州側は、また彼らが何かを企んでいるのではないかと勘繰っていた。が、ドルガーは澄ました顔で、

「アウヴィダ様は今多忙でして、補佐である私が交渉のテーブルに着かして頂きます。ご了承頂けますでしょうか?」

 まだ訝る様子を持つ蒼衣だったが、いいだろう、と無理くり納得した。

 前回同様、椅子に座るのは三人ずつ。神州側に変わりはなかったが、インド側はドルガーを初めてとしてアナーヒアとアッシュが着いた。

 神州側の面子は、蒼衣、波坂、空が前に座って、宿禰、朝臣、エリス、田中が後列に位置している。エリスの方はいつも通り、後ろで何やらこぞごぞとしているが、誰も気にしないようにしていた。

 そして、インド側の顔ぶれは、ドルガー、アナーヒア、アッシュ、ホールだ。やはり、

「長が多忙だとは先程聞きましたけど、インドはそれほど人員が足りていませんの? アナンタ・カーリア、プラ、パティ、――ワタクシの知る限り代表はまだいますわよ?」

「交渉に連れてきても左程意味がありませんので、アナンタ様はご自身の興味にある事にしか動きませんし、サキュバスの二人は訳あってこられません。もう一人、貿易艦隊と護送船団の指揮官であるマーリーがいますが、今は早朝のミサイルの件で始末書を書いていますので」

 ドルガーの淡々とした喋りに、尋ねた波坂はやや嘆息したい気分になった。何故なら、

「……どこも大変ですのね。色々と」

 ええどことは言いませんが。

 数度言葉を交わした後、話が進まないとしてアッシュが口を開いた。自ら進行役を引き受ける形で、そのデブ犬は、

『早速で悪いが、これよりインド神話体系局と神州神話機構の代表会議を催す。――この会議は、いかにこの世界を平和に導き、発展を遂げさせるかを両者が話し合い、今後の展開に深く影響するものとしたい。双方、その理解で文句はないな?』

 異議を唱える者はいなかった。アッシュは頷き、

『では、まず両者の主義主張を聞きたい。――どちらが先に述べるか決めてくれたまえ』

「神州が先手を取ろう。構わぬだろう?」

 ドルガー以下、インド側は了承した。

 ……交渉においては後手の方が有利に立てる。が、ここは先に釘を刺す必要があるようだ。

 自分、そして相手の手札を思慮しつつ、蒼衣は言葉を作った。

「神州は貴様らの知る通り、常に神役、魔術、異能、異属、十年前の変革について研究し、その成果を世界に発信してきた。それがどれほど貴様らの役に立ったかはどうでもよいが、神州は、世界との契約を望んでいる」

 それは、

「世界機関の設立だ。時期尚早ではあるが、時が経てばそれが必要となる事もあろう。故に、インドに関わらず全ての襲名組織にはしかと心得てもらいたい。――神州はいつか貴様らの領地に足を踏み入れ、平和条約を結びに行く、とな」

 故に、

「――インドよ。金と物を湯水のように持つインドよ。貴様らのやり口は好かぬ。やるならばこちらの方針に従ってもらおう」

 彼の悠々とした宣言に、インド側は表情を硬くした。が、横から、

「(あ、あの会長? ワタクシたちそのような事聞いてませんけど。そもそもインドと言っている事と大して変わってませんわよ?)」

「(どういう事? わたしにはお兄ちゃんが平和しようって言ったようにしか聞こえなかったよ?)」

「(言葉の途中途中の表現が危ない、って事よソラ)」

「(ヘルさーん、俺にも分かりやすくしてんちょ。際どいヘルさんの発言集的な感じで)」

「(………………)」

 無言が返ってきた。

「(念話で無言はねえよ! ビックリし過ぎて心臓止まるかと思ったぞ。俺のドMセンスが放置プレイに快感を覚えたらどうすんだよ!? ひどいぜヘルさん!!)」

 応じる者は誰もいなかった。が、ややあってから、蒼衣が、

「(――一種の揺さぶりだ。これにのるかそるかでこちらの対応も変わる。相手の表面的な思惑だけならば読めるからな)」

「(表面的、つまり結果や行き先など人目に出るモノ、という事ですわね?)」

 蒼衣は念の中で肯定した。

「(ここでオレの侵略意思に近い発言に食い付き、平和条約の締結に協力すると言うか、それとも揚げ足をそのまま取りにくるのか。どちらが来ても想像は容易くなる)」

 蒼衣の余裕を持った態度に対して、インド側は確認を取るように言葉を選んできた。

「今のご発言、否、会議の議事録は後の公式発表で全面公開する事になっていますが」

「弁えているぞ」

 ドルガーは渋い顔を浮かべて再度口を噤んだ。

 短い沈黙が周りを浸らせている。と、

「(何で皆黙ってるの? お兄ちゃんまたなんか変な事したの?)」

「(蒼衣・空、簡単に言えば、会長はあえて幾つか発現の失敗をしてますの。世界に対する平和条約と、インドに従えと、そういう発言らですわ。――平和条約は戦争をしない条約、つまり戦争を起こした後の終戦条約みたいなものですの。それを相手の領域内で交友もなしにするという事は、)」

「(世界全部をこれから愚弄するか、直接宣戦布告してるみたいなものだよ)」

 エリスと波坂の注釈で、ようやく空も合点がいったようだ。少女は、

「(じゃあ、インドの人たちに従えって事は―――)」

「(植民地的な考えもあるが、この場合は相手と手を組む意味合いが強い。結果論で言えば、無法地帯か、法治地域か。相手がよりどちらを欲しているかが分かる)」

「(インドの目的が両極端に見えるという寸法ですわね。インドの発言は無法地帯の一刻も早い平常化を求めるものでしたけど、それが領土的欲求ならば、ここで是が非でもこちらへの道を着けたい。または可能性を残したい筈ですの)」

 廃れた土地よりも、活力のある地域を欲するのは当然だ。運が良ければ覇王からおこぼれを預かる可能性とてあるという考え方だ。

 発現自体はほぼ外交問題に発展するだろうが、辻褄合わせや帳尻を合わせばどうとでもなる事だ。後々の問題よりも、今は、

 ……この者どもの魂胆を看破する事が先決だ。昨夜でもまだ底を見せなんだからな。

 インドの返答を、蒼衣は待った。そして、

「インドとして、先に返答を致しましょう―――」

 ドルガーは告げた。

「――どうぞ御自由に、我々インドは貴国に対して大きく関与する気は御座いません。ただ、今後も今まで通り貿易関係を続ける事は問題ありません」

「貴様……」

 蒼衣は思わず言葉を失った。

 ……こやつは馬鹿か何かか! 関与せずに貿易だと!?

      *

      *

 不条理にもほどがある。

 奥歯を噛んだ蒼衣は心底そう思った。

 眉をしかめ、ドルガーを直視する。怒気の含んだ口調で、

「良い性根を持った奴だ、貴様は。だが駄目だ。貴様の言は到底受け入れられぬ。こちらの意思を含め、いいように買おうとしているだけの者に興味なぞない!」

 彼の言葉に、しかしドルガーは反撃を示してきた。

「そうでしょうか?」

「何がだ?」

「我々は貴国の行動に対して干渉する事は叶いません。故にそう申し上げた。そして、貿易は今まで通り続けるのを拒む必要は無い。これからも関係は変わらないと、そうお伝えしただけです。――貴国が世界とどのような関係になろうと、我々が態度を変える気は御座いません」

 成程、訂正で体裁を整えに来たか。しかし、

 ……こちらの領土的野心に興味があるという答えである事に違いはない。もし成功すれば寄ってくるといった思惑か。まぁオレとしてはそんなものどうでもよいがな。条約さえ結べればそれで十分だ。

 インドが最終目標を何としているかは不明だが、彼らが領土的野心を持つ組織に対して興味を持っている事は分かった。そして平和も平等に目指し、自立を尊ぶという事は、

「貴様らは、表に立つ事を良しとせぬ、そういう事か?」

「どういう意味ですか?」

「そのままだ。貴様らは、世界を自立させ、自ら先を進んでいこうとする世界を望んでいる。故に動こうとする者、自立しようとする者に興味があり、支援して結果を待つ。いずれ立つであろう世界が来るのを待つ。そうやって、また己が場所に帰ろうとしている。――違うか?」

 ドルガーは肯定も否定もしなかった。ただ、

「我々インドとて、何億という人間が住み、明日を目指して生きています。その中で、特異な考えを持った人間が一人や二人、いたとしてもおかしくはないでしょう。貴殿の言も、そう解釈すればあながち間違いとは言えません」

 つまり、そうなのだろう。

 これまで掴めなかったインドの思惑が、ようやく分かった気がする。

 ……そうか。あの老婆は世界を、己が世界を見ているのだな。

 理解に苦しむ訳だ。老女は、自分と全く別のモノを見ていたのだから、話が噛み合う訳がない。一人合点した蒼衣は、次の思考を巡らせた。

 ……老婆の焦燥する世界とやらを考える前に、こやつの考えを見出さねば。

 ドルガーを直視する彼は、静かな口調で問うた。

「貴様らがそう言うのならば、インドは一枚岩ではないという事だな。ならば、――貴様は一体どこを向いて、どこへ行こうとしているのだ?」

 しかし、それは犬の制止のよって止められた。

『竜王よ。会話の路線がずれている。今は主張や主義をそれぞれが話す場だ』

「だから聞いているのではないか。この男に、貴様は何を求めている、と」

『そうだとしても、問いかけ、聞き出すのはご遠慮いただきたい。まずは自ら発言させる。竜王も了承しただろう』

 面倒な犬だ。

 小さく吐息して、蒼衣はドルガーに主導権を明け渡した。青年は手に持っていた資料をテーブルに置くと、やがて、

「我々のスタンスは常に変わりません。世界の安寧を求め、そのために各襲名組織や連合、我々の声を聞く者全てに対して宣言を行った。ただそれだけの事です」

「だが、貴様らの声はどう考えても、貴様らの私利私欲のためのようにしか思えぬな。わざわざ前時代的な手法を強要しようとしている。再び、無法地帯の多くを植民地のようにしろといているように聞こえたぞ、オレはな」

「そのような事はありません。我々、そして我々の長も、そのような事態をも含めた上で計画を推し進めて来た。確かに、国や連合がその規模で動くならば、物流は一気に増す。そうすれば貿易超国である我々インドは膨大な利益を得られますが、そのような一過性のものをいちいち考えていては意味がない。――商売は、常に輪となって全てと繋がっているのです」

「商売か……」

 ええ、商売です、とドルガーも言葉を返す。

 背もたれに寄り掛かった蒼衣は、右に座る水色の髪の少女に声を放った。

「会計よ。概算で構わん。商売において、神州とインド、インドと世界を比較しろ。貴様の観点でよい」

「は、はい? ここでですの? ――声に出しますの……?」

 突然の振りに驚く波坂だが、ややあってから覚悟を決めたように表情を改めた。

「まず神州とインドを比較しますわ。神州の主な貿易物資は重工業で、軽工業と一次産業はほぼ国内向けになっていますの。国内総生産は年単位で四パーセント上昇を維持していますわ。

 そしてインドの場合は、その貿易手法が中間貿易であるため物資を特定するのは困難ではありますが、貿易品目の大部分は食糧で、次に化石燃料、特産品、重機械ですわ。国内開発にも力を入れているため、成長率は十パーセント代をまだ維持していますわね」

 つまり、

「神州の経済とインドの経済は比較にならないほどインドの方に軍配が上がりますの。それでも、神州の経済力は世界でもトップクラスを維持していますわ」

「こちらが捕捉しますと、インドと神州の基本給与ではまだ神州側に軍配が上がっています」

そうですわね、と波坂はドルガーに応答し、そして次の説明を始めた。

「インドと世界の比較ですけど、これはインド経済そのものが世界経済を維持しているも同然と捉えて相違ありませんわ。――それでも比較した場合、世界経済上の約四割の利潤をインドが関与する地域が得ている計算ですの。他六割を他十七の地域がそれぞれ分けていると考えれば合点し易いですわね」

「つまり、地政学的にも見たインドの立ち位置、そして人員の数から見ても、中間貿易という選択は大いに成功だった、と、そういう訳だな。――貿易を安泰にするべくインドは必要以上の軍艦の設備を整え、結果として大国に伸し上がり、ここまで来た」

 蒼衣は落ち着いた雰囲気でドルガーに言い放った。

「――初めからこう計画していたのだろうな、貴様らは。故に引けぬ。引く理由もない。だがこちらとておざなりな理由で動いている訳ではない。ならば、張り合うしかあるまい?」

      *

      *

 小さな苛立ちを、彼は抱いていた。

 淡々と話し、言葉を返し、そして黙々と相手の言葉を聞き取る。

 ただそれだけの行為なのに、彼は苛立ちを覚えていた。小さな、本当に小さな苛立ちだ。長年蓄積するような、鬱屈とした憤り。

 彼、ドルガーは、ずっとその苛立ちを抱き続けていた。

 青年がまだ幼かった頃、彼を孤児院から拾ってくれたのはアウヴィダという老婆だった。旅商人をやっていると言っていたが、身に着けているのは薄着に薄汚れた外套と荷物が数個。うそでも、新たに子ども 一人を養おうと思う人間の装いには見えなかった。

 老婆は安らかに微笑んで、彼を孤児院から連れ出した。

 そこから彼の人生は一変した。今までの孤児院という閉ざされた空間から、広々とした大地という世界に入れ代わり。それを導いてくれる老婆は、彼に一種の羨望を与えた。

 この人は凄い。

 幼心に、彼はそう確信した。

 しかし、老婆のやっている事は正しいのだろうか? ふとある時、彼はそんな疑問を得た。貴重ではあるが時期や場所によって値が変わる物を、それを求めて止まない人間に法外な値で売り渡す。別段問題がある訳ではないだろうが、どうしても正しいとは思えないやり口。

「どうして、そんな金額で売るんですか?」

 彼はある日そう問うた。すると、老婆は笑みを少し薄くして、

「私は自己の裁量を貫いています。自己を守るのは自己にしかできない事。故にあらゆる場面においてに対応策を講じ、そして万全の準備を整えて日々を過ごすべきと心得ております。

 まことに身勝手ながら、それを私は他人にも求めたいのです。自己で考え、備え、動き、自ら道を着ける生き方。私も生活をするために物を売り買いしていますが、備えを誤った報いとして、身勝手に値を上げております。――無論、備える事すら困難な人間には、代償で清算を着けますが」

 言い終わると、アウヴィダはまた笑みを浮かべて荒野の道を行く。

 老婆の笑みは、日々を常に楽しんでいるように朗らかだった。

 老婆の言葉の意味はよく分からなかった。だが、彼はその時こう思った。

 きっと、この人が言っている事は至極身勝手な事なのだろう、と。

 きっと、この人もそれを分かった上でそうしているのだろう、と。

 きっと、この人は誰もためでなくただ平穏でいたいのだろう、と。

 しかし、

 ……それならばどうして、この人は私を拾ったんでしょうか―――?

 孤児院で、自分は老婆に会釈を送っただけだと言うのに。

 ……そして何故、アウヴィダ様は私に何も要求してこないのでしょうか?

 連れられ、ただ自分は老婆の探す物を一緒に探して日々動き回っているだけだ。

      *

      *

 いつの日からか、ドルガーの思うアウヴィダは本当の羨望に変わった。

 彼女のやり方はともかくとして、その考えは至極最もで合理的、容易に他人が受け入れられるものでもないかも知れないが、彼女の行うもの以外に最善なものは見付からなかった。

 だから、老婆の行為は合理的で現実的でありながら、その奥に潜める理想にドルガーも同時に探究の念を抱いた。きっと、彼女のやり方が世界を素晴らしくする筈だ。

 そう信じて、ドルガーという男はここまでやってきた。

 弱冠二十二という若さで、青年は貿易超国であるインド経済協力圏の神軍最高指揮官にまで上り詰めた。

 彼女の理想を叶えるために、青年は日々を送る。

 あの夜に行った宣言はその第一歩だ。世界を揺るがし、新たな世界を創るための一歩。その結果として、目の前には世界を先導する神州の長がいる。神州の長はこちらの言葉に耳を傾けている。良い手応えだ。逆に、こうでなくては困るほどだ。

 世界が求めるモノを、我々インドは法外な方法で与えてやるのだから。それに見合った相手でなくては困る。

「張り合うなどとは御冗談を。こちらと神州では、比較できるものに違いがあり過ぎるでしょう。経済か、研究か。優劣がはっきりしているモノで争っても意味がありません」

 挑発するように、言をある方向へ導いていく。

 竜王もそれを分かった上で、自ら尻尾を出してきた。これだから欲をかく獣は扱い易い。手を噛まれぬ 程度に気を付けねば。

「金か知識かなどという低俗な差異で物事を判断するとは見下げた奴よ」

「それならばどうなさいますか? 比較では足りず、お互いが引く事もない。どちらかが有利に立たなければ無駄足になってしまいます。

 ――どう、なさいますか?」

 苛立ちは募るばかりだった。

 あの方のやり方を誰も認めようとしない。誰もが非難し、しかしその行為を受け入れる。口で否定しながらそれを要求して来る。

 忌々しい。

 世界が、あの人を認めぬ世界が忌々しい。

 それ故に、彼は、

 ……世界にアウヴィダ様の理想を押し付けて見せます!

 たとえやり方が非道であろうとも、人としての理想はそこにある筈なのだ。

 神などという俗物に、道を進むヒトを邪魔はさせない。

 ブッタ。遠い過去、輪廻を越えて道を悟り、仏の最高位に着けたヒト。目覚めた者。

 その名を、神の役目を背負わずに名乗るあの方こそが、世界を維持していく者の相応しい。

 アンジュ・アールス・ガンジィ・スパランツァーニ。

 世界維持の神ヴィシュヌと、悪道のブッタを襲名したあの人こそが、この世界を救う。

 ……このスハルト・ラシング、――インド神を震え上がらせたスカンダとして、世界の神々を震え上がらせて見せましょう!

 さあ、

「――神州の神々よ。我々の心意気を、どうお受取りになりますか?」

 勝つ事が、全てではありませんでしょう? 買ってみなさいこの有り余る代物を。

 眼前に居座る少年、竜王は、静かな瞳でこちらを見据えている。

 竜王。強攻策で国を鎮め、しかし国に自ら混乱を落とそうとした王。彼の言葉は常に辛辣で傲慢。独裁者そのものと言える身勝手さだ。

 ……されど、その行為には全て善を見ています。国を保たせんと、世界を保たせんと足掻き苦しむような策ばかりを出したかと思えば、数年後には何やら不穏な動きを見せ、先日には部下に自らを殺させようとした。

 努力し努力し何かを成し遂げようとしたが、最後には独裁を演じ自ら死のうとする。

 ……何を望んでいたかは分かりません。が、何かを望んでいた事は確かです。

 目の前に、その人物がいる。彼の、世界を思う心をここで、

 ……利用しない訳にはいきません。

 ドルガーは、彼のある言葉を待っている。売買を認める言葉を、だ。

      *

      *

 蒼衣は深く考えていた。

 この誘導に伸るか反るか、だ。

 結論はすでに見えている。だが、その結果として何を得られるか、利益となるものがあるのか、価値あるものなのか熟考に耽っていた。

 ……おそらく、いいように動くだけでは足るまい。最良の結果を得るためには、こちらとて相応の覚悟をせねば。

 この十年やってきた事に、容易く匙を投げる事はできない。

 十年間、世界を平和にするために行ってきた。世界を平和に、北欧にいる筈の彼女のために平和にしようと。だが、今は、

 ……奴と共にいられる世界を、望んでみたいものだ。

 だから、ここでの判断は、今後の世界の行き先を決めるに重要な岐路だ。

 ……ここで乗れば、間違いなく神州の立場が一変する。愚か者か、侵略者か。どちらに倒れるか確証を得る事など到底できないが、保険を残す事だけはできる。

 それは、

「一つ、よいか?」

「……?」

 ドルガーが訝るような表情を浮かべた。が、拒否する姿勢は示さなかった。

 たとえ乗るとしても、鼻の先くらいはへし折ってやりたい。

「貴様らが交渉材料とした〝魔力併用理論〟、我が神州も先程思い付いた」

「――は?」

 約全員が、絶句した。

      *

      *

「(全く聞いておりませんわよソレ!?)」

「(言っておらぬからな。そもそも先程思い付いた理論だ)」

「(お兄ちゃんすごーい!)」

 内心ほくそ笑みたい気分だが、ここはポーカーフェイスだ。

「(簡単な事ゆえ、言う必要もないと考えていたが、この様子では更に面白い結果になりそうだな)」

「(着の身着のままの性格、どうにかしてくれないかしら。見聞きしているこちらの身にもなって欲しいわ。――それで、その簡単な〝魔力併用理論〟とは何なのかしら?)」

「(そうですわ。会長の着の身着のままはともかくとして、その内情くらいは先にワタクシたちに仰って下さいな)」

 貴様ら、着の身着のままとはよく言ってくれる。

「(俺ら馬鹿だから分かんねーなぁジョニー?)」

「(ああそうだな、宿禰殿。我が肉体は単細胞ゆえ、何も考えられない!)」

「(貴様ら二人の方が着の身着のままだな。――しかし)」

 と先を言おうとしたところで、蒼衣は眼前のドルガーが口を開くのに気が付いた。

「〝魔力併用理論〟を、思い付いたと、今そう仰りましたか? ――我々インドが独自に構築した理論を、思い付いた、と」

 インドの代表たちはにわかに色めき立っていた。

 ……まあ当然ではあろう。オレもあれを見なければ想像にもできなんだ。

 故に、

「信じられぬというのであれば、ここで言ってやろうか。中々にオレは自信があるぞ。貴様らがエレファンタに匿っているモノを見てそう確信した」

「あれを見たのですか!? しかし誰が許可を――アナーヒアさんですか!?」

「いえ、あの、見たいと言われましたので……」

 申し訳なさそうに挙手をするアナーヒアにドルガーは肩を落とした。

「機密情報なので、今後ヒトを通そうとする際は私に確認して下さい。――取り乱して申し訳ありません。いいでしょう。我々が生み出した新技術を、どう解釈なさったのですか?」

 話題を最初に戻して、機密情報の部分をウヤムヤにしようとしているのが見え透いていた。が、ここで無闇に突っ込んでも面白くはない。目的は鼻をへし折る事だ。

「――〝魔力併用理論〟、それは物理機構に直接魔力を注入する方法であろう?」

「――――」

 インド代表の顔が一瞬で真剣なものに豹変した。

 図星だったのだろう。

 ……肉体と霊体は表裏一体で存在する。が、エンジンとは肉体のみで動いている。霊体は全く動いていない。それを動かすには、おそらくエンジンの始動と共に動力源となる魔力を注ぐ事でエンジンを一種の魔力炉に変化させるのだろう。

 有体に言えば霊体のエンジン始動だ。霊体に燃料を注ぎ、それが肉体側でも同時始動されれば、魔力炉が自律する。島にあった巨大船は、魔力を注入すれば吸収し、しかしそれで終わった。魔力のみの機構は分からぬが、併用ならばこれが言える。

「始動のタイミングが霊体と肉体で同時にいかなければ成功はしない。宣告の際見せた映像もタイミングが最も自然だったものを使ったのであろう」

「――それが正しいか否かは、実証しなければ分からない事でありましょう。それはまだ、神州の仮定に過ぎません」

 おおよそ間違いないらしい。

 ……ふん、いい具合に鼻を折れたな。誘導については乗ったところでさした問題がある訳でもあるまい。重要なのは勝つか負けるか。そしてインドがどう解釈するかだ。

 この分ならば、無用な策は講じてこまい。〝魔力併用理論〟は最後の交渉カードだった筈なのだから。 ここで言われてしまえば、もはやインドは貿易と戦争布教の論しかなくなる。

「(だからあの、何度も言いましたけど見切り発車はよして下さいな。――理論は、まあ何となくわかりましたわ。ようするに会長は結論に乗るのが癪だったんですのね)」

 波坂を始め部下たちが文句を言ってくる。が、蒼衣は気にせず、

「(よいではないか。どうせ世界中にばらまく事を前提としている。後を考えてのこれだ)」

 渋々皆納得したふうだった。すると、

「(お兄ちゃん。それで結局どうするの?)」

 ふと不意に空が念話でそう問うてきた。

 神州側もそれと同意見で、視線で皆どうなんだと問いかけてきた。

 じれったい。直接声に出して答えを急かせばよいものを。仕方あるまい。

「――やりたい事もやり終えた。うむ、ではインドよ―――」

 蒼衣は告げる。

「戦争をしようか」

 それに対して、インドのドルガーは、

「え? ああ分かりました、いいでしょう。具体的な日程はどうされますか?」

 適当だァ、という叫びは、両陣営の念話の中だけで叫された。

      *

      *

 天上の高い空間がある。

 そこは大理石に囲まれた造りで、中央には大きな円状の窪みがある。

 窪みは垂直に掘られ、中には水がほぼ満杯に近い状態で入れられている。水は循環しているのか一定の流れがあり、中に立っていると足下にほんのわずか水流の感触が来る。

 と、不意に水から浮き上がるモノがあった。

 女だ。

 淡いブロンドの髪を肩の辺りまで伸ばし、肌は白く透き通るような、うら若き乙女。その女性然とした豊かな肉体は、滴る水で一層清らかに見えた。

 アナーヒアだ。

 ここは沐浴場。日々激務を送る体系局の局員に与えられた慰安施設の一つだ。

「……ふぅ」

 全身に浄水を浴び、脳内まで洗われたようにすっきりとした感覚を得る。彼女はこの感覚が堪らなく好きで、日に何度も、そして足繁くここに通っていた。

 殆どいつも貸し切り状態なので、少し寂しいが。

「あ、でもそう言えば私が入った後は混雑するんですよね」

 たまには皆ともこの場を共有したいと思い、稀にいつもより時間をずらすと、何故かその日の混雑も丁度よくずれる。少し早めに入れば、少し混雑が早まる。

 ……何故でしょう?

 聞くところによると男性局員が混雑の原因らしいが。

 ……やはり皆さん、交友を深めるため共に沐浴に励んでいるんでしょうか? もしかすると私が嫌がると思ってわざと時間をずらしてくれているのかも知れませんね。

 まあぁ、万が一にもそんな事はないだろう。何故ならば、

「どうせ近くの河川の水を引いて清めて、そのまま流してますから、時間がずれれば汚さなんてどこにもありませんからね」

 遠くで男性たちの乱闘するような猛りが聞こえてきた。

「あ、でも、どこから水を流しているんでしょう? 海で当たっているんでしょうけど、そこら辺の配管はやっぱりホールさんにしか分からないんでしょうか」

 どうせ気にする必要もない事だ。すぐ忘れよう。

 遠くで、男たちが一斉にどこかへ駆けていくのが分かった。

「どうしたんでしょう?」

 気になるが、明日の〝戦争の件〟もある。早めに持ち場に戻ろう。

 ……マーリーさんのミサイルのおかげで結界の最終調整のデータが取れましたし、明日の午後には完全な状態で仕上げられそうですね。

 数か月間務めてきた仕事がようやく終わる。その満足感に、アナーヒアは笑んだ。

 すると、向こうの通路に人影が見えた。背の高いヒト型にスーツ姿、あれは、

「ドルガー君?」

「……? ――アナーヒアさんですか? どうかしましたか?」

 沐浴場から簡単な脱衣所を越え、通路までの区間に仕切りはない。故に、水辺から声を掛けても通路にちゃんと声が届く。が、

「アナーヒアさん。お声を掛けて頂くのは結構ですが、その前に自分の身なりを考えておいて下さい。一応淑女なのですから……」

 アナーヒアは小首を傾げて、視線を下に降ろした。

 自分の乳房がまず見えた。その間を仕切るのは、タオル一枚を前に当てただけのという超軽装。ドルガーの言わんとしている事は一目瞭然だった。が、しかし、

「大丈夫ですよドルガー君。私、ドルガー君にならこの程度でも大丈夫ですから。元々魚人の私に裸の概念は薄いですし」

「いえ、そういう問題では―――」

「倫理的にも、ここにいるのはドルガー君と私だけですし、私が裸で沐浴するのは皆さんご存知でしょうから、心配いりませんよ」

「倫理的に言うのなら、最初からその姿を公共施設でするのは問題があります。いくら相手が女性であろうとも、無闇に肌を衆目に晒すのは好ましくないと思いますが?」

 ふふ、そうですね、と返しておいて、アナーヒアは話題を変えた。

「ですが、戦争を行うと両方が宣言してからは早かったですね。まさかものの五分で終わるとは思ってもみませんでした」

 神州との第二回交渉が終わったのは、つい一時間ほど前だ。

 時分はすでに夜に入っている。前回の分を含めてすれば、おおよそ一時間強を交渉に費やしていた事になるが、結果は五分で足りた。

 インドが戦争を売って、神州がそれを買っただけだ。

 ルールも簡単、代表者五人ずつによる、五回の個人戦闘で、戦争の勝敗を決する。現在最も被害の少ないと言われる戦争法だ。

 戦闘の開始は明日の午後からだが、代表者の選出法と具体的な時間は明日連絡される。

 無論、代表者をこちらが指定する事はできない。それは神州にも言えるが、それぞれの代表者はそれぞれの代表たちが決める。

 激戦が予想されるムンバイでは、先程から荷物を地下に降ろす作業が勝手に行われている。大した意味などないだろうが、ないよりかはマシだと、皆も考えたのだろう。

「それは最初から予想ができていましたし、元より覚悟もできていた事です。――それよりも私は、アナーヒアさん、貴女が島に竜王様を連れていった事の方が驚きです」

 ドルガーの溜め息で思い出したかのように、アナーヒアも苦笑いを浮かべた。

「その事は重ねてお詫びします。まさか二、三時間程度で私たちと同位置の理解をするとは思っておりませんでしたから。――ですけど、」

「ええ、いずれあれを解剖する予定でしたから、研究者に見て頂く事は大いに結構です。時期が早過ぎただけですから、交渉で弱くなる程度の損害で済みました。

 我々の計画が順境に至るか否かは、明日の〝戦争〟だけで決まるのですから」

 そうですね、とアナーヒアは言葉を返し、その上で、

「ドルガー君の想いが叶うといいです」

 彼女は微笑んだ。すると、

「楽しそうね、お二人さんは」

 そこへやってきたのは、女性局員の制服を適当に着崩すマーリーだった。

 白い肌に淡い赤みを帯びた栗色の髪。少しきつめの瞳が、二人を捉えている。

「ああマーリーさん。いえ、ドルガー君とちょっとお話を」

 乱入に嫌な顔せず、アナーヒアはすぐ笑顔で彼女を受け入れた。が、横のドルガーは、

「貴女の方は明日の準備、進んでいるんですか? それと始末書」

 あからさまに不機嫌な印象だった。

      *

      *

 自分でも割り込んでよかったのか自信がない。

 廊下を歩いているとアナーヒアの笑い声が聞こえたので、また沐浴でもしているのだろうと思って挨拶しようとしたら、ドルガーがいたから驚いた。思わず身を引いてしまったほどだ。

 少しの間、壁から顔をちょっと覗かせて様子を窺っていると、

 ……何よ、ドルガーのやつ、アナーヒアにはデレデレして―――。

 自分はいつも怒られてばかりで、ドルガーの笑ったところなんて滅多に見ないのに。

 大抵自分が馬鹿やってそれを怒ってくるのだから仕方なくもないが、しかし、

 ……それにしても、何でアナーヒアはタオル一枚なのかしら? ドルガーよ、ドルガーが目の前にいるのよ? それで何であんなに談笑しまくってるのよ? あたしだったら……。

 考えただけでも羞恥心で死んでしまいそうだ。

「ぁ――」

 顔を赤くしてマーリーは頭を振る。二、三度深呼吸してから、

「……全然逢えないのに、戻った時くらいは優しくしてくれてもいいじゃない」

 今度は憂鬱な気持ちに感情が全振りされてしまった。

 もう一度二人の方を覗くと、二人はいつの間にか真面目な顔で語り合っていた。アナーヒアの服装はともかくとして、こう見るとお似合いの二人だとマーリーは思った。

 アナーヒアはおしとやかで礼儀正しく、それでいて誰とでも打ち解けられる良い子だ。こちらに比べて胸も大きいし、可愛いし、

 ……それに比べると、あたしは海でばっかだから磯臭いし戦闘になったらススだらけになるし。

 ここだけの話、〝黒煤のマーリー(カーリー・マーリー)〟の異名は少し嫌だったりする。

拗ねた末、マーリーは二人に割り込む事にした。隙を見てから、

「……楽しそうね、お二人さんは」

 白々しく言って、しかし、アナーヒアは笑顔で受け入れてくれた。これだから彼女は憎めないのだ。が、

「貴女の方は明日の準備、進んでいるんですか? それと始末書」

 ドルガーはまた怒ったような顔をしていた。

 ……やっぱりドルガー怒ってるし、なんで怒ってるのかも知らないけど。

 そっぽを向いて、マーリーはドルガーを突っぱねた。

「うるさいわね。ちゃんとやってるわよ!」

「なら今日中に提出して下さい。明日からは私の方も忙しくなりますから」

「はいはい、りょーかい」

 適当に手を振っていなしてやった。蚊帳の外になったアナーヒアは空気を読んでか、

「うふふ、それでは私の方はもう行きます。お二人とも熱を上げた会話はほどほどに」

 服をパパッと着直して、アナーヒアは微笑みながら退散した。

「残念ねドルガー。行っちゃったわよ?」

「何がですか。彼女には彼女の都合というものがあります。必要がないのなら無理に引き留めても意味がない筈ですが?」

「あらそ。なら邪魔して悪かったわね」

 マーリーの言葉に、ドルガーは嘆息して、

「何故貴女はいつもケンカ腰なのですか……」

「別にケンカ腰なんかじゃないわよ。いつも通りよ」

 それではいつもケンカ腰になっているんではないだろうかと思うが、気にしてはいけない気がする。

 彼女の返答に、ドルガーは額に手を当てる。と、

「貴女の反応はよく分かりませんね。――まあいいです。それでは、私もそろそろお暇させてもらいます。明日の武運を願っていますよ」

「あ―――」

 踵を返したドルガー。マーリーは引き留めようとしたが、思わず口を噤んでしまった。

 そそくさと沐浴場をあとにして廊下を歩いていったドルガーを、マーリーは寂しそうな瞳で見送った。が、ややあってから、

「あぁもう!」

 不服そうにマーリーは独り、彼とは別の方向の廊下を突き進んでいった。

      *

      *

 外は暗い。

 雨が降り、カーテンを閉めた窓の向こうから雨音が絶え間なく届いてくる。

 そこは医務室。インド神話体系局の中にある医務室だった。

 三人のヒトがいる。

 ベッドの上で上半身を起こす男と、ベッドの端に座り足を投げ出す女。そして、

「貴様らは、明日の試合に出しても良いのだな?」

 高圧的な少年だった。

 蒼衣だ。

 彼の言葉に応じるのは、まずベッドの上の男。彼は落ち着いた口調で、

「問題はない。世界さえ創ってしまえば、不調は帳消しにできる。エリスも、万全ではないにしろそれなりの準備は常にある」

「ま、面白そうだったら私は勝手にするから、竜の君は好きにしてイイよ」

「分かった。覚えておこう。だが、何故オレがわざわざこのような場所に赴いてやったか、貴様ら二人には解せるか?」

 問いかけに、ベッドから身を起こす海瀬は、

「おおよその見当は着いている」

「貴様らの虚偽、吐け」

「い・や・だ」

 エリスは即答した。彼女は下に見たような薄い笑みで、

「カズトキで悪巧みした君に何かを教えるのは嫌だ」

「貴様にははなから聞く気などない。オレが問うているのは足付きだ。死人は黙っていろ」

 エリスが一瞬目を見開けた。が、すぐ、

「分かった。――いいだろう」

 意外にも海瀬があっさりと了承していた。

 エリスは何か言いたげだったが、すぐ気を鎮めて無口を装った。ややあってから、

「核心を話すつもりはない。が、事実は述べよう」

 と海瀬は言い、蒼衣も了解。海瀬は口を開いて、声を紡いだ。

「和時が無能者だったのは遠野家の〝無力〟が災いしたからだ。しかし、変革以前にも和時が魔力炉を保持できなかったのは、別の理由からだ。〝無力〟でも才能自体を奪い、使えなくする事はできない。そして、たとえ片方が魔術師でなくとも、有能な魔術師が親であれば子はほぼ魔術師に必要な適正を得る」

「興味深い話だな」

 口元を吊り上げて、蒼衣は笑んでいる。

「和時は、――遠野家の血以外の要因で、魔の道に進む事ができない。和時はただの遠野家の人間に過ぎない」

 その台詞を聞いた瞬間、蒼衣は視線をずらした。

 視線は横にスライドし、白髪の少女の許へと辿り着いた。

 魔術師の世界を壊した、大魔術師がそこにいる。

 蒼衣は口を更に歪めた。そして、くつくつと笑いを堪えるように喉を鳴らす。

 ひどく不愉快そうな眼で、しかし少年は笑みを顔に貼り付けてこう告げた。

「貴様らは、全くもってどうしようもないほどの醜悪さなだな。実に、実に面白い。――貴様の息子は、とんだ親を持ったようだ」

 蒼衣は嗤う。が、やはり瞳だけは笑っていない。

 しばらくしてから、蒼衣は踵を返す。扉の方へと歩を進める中で、肩越しに彼は、

「足付きよ。――貴様は間違っておる。どうしようもなく、だが狂おしいほど人臭く、な」

 そう言い残した彼は、さっさと姿を消した。

 エリスと海瀬が残った病室は、しんと静まり返る。

「……カイセ」

「ああ」

 小さなエリスの、呼ぶ声に、彼は頷いただけだった。


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