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第十三章:交錯する契り

第十三章:交錯する契り

      *

「あの、だから―――」

 薄暗い地下の鍛冶場でその低い声を出すのは、一人の牛人。

 名をホール・サイ・ナブラカル。インド神話体系局、その代表クラスの一人で、半獣族ミノタウロス系の継承襲名者だ。襲名神は技巧の神トヴァシュトリである。因みに、ホールという名は偽名だ。

 インド代表の殆どの呼称は通称の名で、本名を公にしているアウヴィダやドルガーも通称を一般に用いている。理由は風俗的な事もあるが、コードネームみたいで格好いいとアウヴィダが言い出した事に端を発している。故に、代表クラスの名は新名か愛称、通称となる。

 彼は先程から困惑していた。どうしていいか分からない。何故なら、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい食べないでわたしおいしくないからぁあ……!」

 濃紺の髪を伸ばした小さな少女が、ずっと念仏を唱えるように泣き崩れているからだ。

「自分は何もしませんから、だからあの、どうか泣き止んで下さい。お菓子とかご飯あげますから―――」

 ホールは泣き止んでくれるよう色々言ってみたが効果はなく、最終的に物で釣ってみた。すると少女は、ぱっと念仏を止めて、

「ほんと?」

 良かった、食べ物で釣れるとは素直な子らしい。

 ……紺色。濃色の髪という事は自立性を持つ精霊種のようですね。珍しい。食べ物を好んでいるようですから、リュウ属か人狼ワーウルフ種でしょう。

 濃い異色髪は、ある程度高い位にある精霊種の特徴の一つだ。そして、淡い緑や水色、赤色は位が低い、もしくは自然界に密接した関係を持つ精霊である証拠。一概に区別できるものでもないが、ホールは自分の洞察力に自信を持っていた。

「ええ、自分は地下が殆どなので食べ物は余計にあります。それに貴女、神州外交官であるアオイ・ソラさんですよね」

「うん、でも何で知ってるの?」

「服装を見れば神州の方だという事は分かりますし、階級章は〝大尉〟。以前特務官として来られた際に配布された資料で情報だけはありましたから、そこから推測で」

「すごい、頭良いんだね」

 まだ怯えているふうにも見えるが、取りあえず少女はこちらの言葉に耳を傾けてくれるようになった。 一歩前進だ。内心でほくそ笑みつつ、ホールは少女に言葉を掛ける。

「――場所が悪いですが、自己紹介をさせて頂きます。自分、インド神話体系局、技術開発科班長のホール・サイ・ナブラカルです。今日はよろしくお願いします」

「あ、ええと、わたしは神州神話機構、新東合学園陸上科所属、大尉相当官の蒼衣・空だよ。――おじさん今日はよろしくね」

 少女の笑みは太陽だった。が、

「自分、まだ三十九ですから、おじさんでは」

「え、おじさんじゃないの?」

 小首を傾げたその姿は愛らしくて天使のようだった。

「お、おじさんで結構です。――本来は自分が上に行く筈だったんですが、少し手が離せなくなってしまいまして、わざわざご足労頂き光栄です」

「別に大丈夫だよ。でもおじさんは何していたの?」

「愛用のハルバート、自分は〝ルドラ〟と呼んでいるんですがそれの手入れを」

 ホールは自慢げに自分の胸板ほどはあろうかという刃を持った斧を見せた。途端、

「……や、やっぱりおじさんはわたしを食べるの? ご飯で肥えさせて食べるの?」

 予想通りの反応をされて逆に面白いと思ってしまった自分は重傷なのだろうか。否定する。

「食べませんから安心して下さい! 自分、ベジタリアンですから。牛ですし」

「良かった。で、ご飯は? お菓子は?」

 きらきらとした顔で食べ物をねだる空。

 ……一々子供のような、まるっきり子供ですが、愛くるしい応答に自分、困ります。

 独身だが娘を持った気分だった。自分からこんな可愛らしい子が生まれる訳がないが。

「取りあえず奥の部屋に行きましょう。お好きな物を食べて下さい」

「わーい、お肉とどら焼き食べ放題だあ!」

「…………」

 はて、自分はいつ肉とドラヤキとやらがあると言ったのか。

 ……自分草食だと言いました。ドラヤキとは、何なんでしょうか?

 昼食は平焼きパンとポトフしかないし、菓子は須昆布くらいしかない。神州の子どもなら須昆布も好きだと思うのだが、果たしてそうなのだろうか。

「……そもそも、彼女が来るとは聞いていませんし―――」

 言い訳を考え始めたホール。しかし、空は意気揚々と奥の部屋へ走っていった。

「本格的にどうしたらいいのか分かりません。はあアナーヒアさん、どうして自分にこんな重荷を課されたのでしょうか」

 いざとなれば外に出てひたすらご飯を奢っていくしかない。だが、

「ドラヤキはムンバイにあるのかですか。そもそも食べ物なのですか―――?」

 ホールは葛藤に身を悶えさせながら、そそくさと奥へ歩いていった。

      *

      *

 インド体系局を出てすぐ、蒼衣は港に着いた。

「おい、そこな船。オレをエレファンタとやらにまで連れていくがよい」

『我が肉体もできれば乗せてほしいところですな!』

 蒼衣は、体系局の所有する護衛艦に向かって告げていた。

 彼の身なりと口調から、竜王だと直感した護衛艦の船員は、拡声器を介して応答する。

『――竜王様、あの島は代表の許可がなければ立ち入れない禁止区域なのでありますが?』

「黄色の魚人は構わないと言った。故に連れてゆけ」

『アナーヒア様がですか? 分かりました。今確認を取ります。少しお待ち頂けますでしょうか』

船員は動揺しながらもアナーヒアに連絡を取ろうと艦橋に走った。

「スライムよ。椅子になれ」

『分かりましたぞ竜王様。我が肉体、存分にお座り下さいませ!』

 スライムは軽く増殖して体積を増し、水分調節して椅子の形状になった。蒼衣が腰を据えてしばらく経つと、再び船員の声が聞こえた。

『竜王様、入島許可が下りていました。――この艦自体は動かせませんが艦のジャイロで島までご案内しますので、乗艦下さい』

「やっとか。随分と待たせるヤツらだ」

 彼はそう呟くと立ち上がり、港から艦へ架けられた橋を渡ろうとした。しかし、

「……? この音は―――」

 リュウ属の聴覚が捉えたのは、ムンバイに響いた不意の警報だった。

      *

      *

 警報の種類は分からなかったが、蒼衣はこれが緊急性の高いものだと悟った。

 足元のスライムを無言で掴み、両足に魔力を溜めて一気に艦橋部に辿り着いた。インドは飛行可能種が比較的多いため、艦橋外部にも扉が設置されている。

 無論内部専用だが、蒼衣はそれを蹴破り、艦橋内に侵入した。驚くインド軍の船員たちを尻目に、彼は船長らしき人物に言葉を放った。

「何があった。言え」

「え、あ、――は! 現状、ムンバイ沖合、南方より対地ミサイル四本の射出を確認。以上であります!」

「迎撃指示は出ておるのか」

 機器の傍にいた通信士が叫ぶ。

「可能な艦、者は迎撃態勢を取り、零れそうなミサイルを迎撃せよ! との事です。工事の影響で、我が艦では撃墜困難です」

「どういう事だ」

 蒼衣の問いかけに、艦長は即答した。

「海岸線結界が改修中の影響でレーダーの探査能力が落ちており、迎撃を万全の体勢で行うには港から出航する必要が。しかし時間が」

「ミサイルは来ているが、時間がなく、海に出ている艦もない、と?」

「海岸線結界の発動を確認! 未改修の部分を死守しろと追加命令が!」

「どこだ!?」

「ここであります!」

 何故、と問う暇もなく艦長が叫んだ。

「市街地の防衛が最優先の工事だったからであります! 全乗員に通達、迎撃術式を持つ乗員は甲板上で待機だ!!」

『うむ、何とも慌ただしい事態でありますなあ竜王様』

 手に掴んだスライムの言葉に、蒼衣は冷静に答える。

「テロか何かは知らぬが、オレの予定を遅らせる物は見過ごせぬ。今はオレも乗員だ。面白そうだな」

『問題になりませんか?』

 問題あるまい、と蒼衣は艦長の肩を叩いて、蹴破った扉から再び外に出た。

 スライムを掴んだ状態で甲板に落ちた後に床を蹴り、蒼衣は艦橋の頭部に昇った。

 彼は周囲を一望した。周囲の海岸線には、地脈をフル稼働させた魔力の柱が幾つも起っている。おそらくあれを支柱にして結界陣を作るのだろう。ここが危険なのは、近くに柱が無い事を見れば一目瞭然だった。

「ならば、この柱のない間を守れば良いという訳だな。スライムよ、足場の固定をしろ」

『アイ・サー!!』

 スライムは艦橋から落ちていき、海に飛び込んだ。海底と港と船底を一緒くたにするのだ。

 直に波の揺れもなくなる。と、不意に、視界の奥から飛来物があった。

 海の遠くから、三本の筋が見える。方向は拡散的で、あのままの軌道ならば結界に阻まれて迎撃されるだろう。

 大気を割く音と共にミサイル三発は見えない壁にぶつかり、数秒後、宙で爆散した。

 横目でそれらを確認し、蒼衣は正面を向く。

「残り一発は、やはりこちらか。遅延させた理由は知らぬが、集中できそうだ」

 腰をやや落として彼は構えた。

 意識するのは光。手中に淡い光を集め、徐々に形を創り出す。しばらくすると、蒼衣の手には弓と矢があった。

「――神力〝月光柱げっこうちゅう〟」

 正直に言えば弓は要らないのだが、ここは気分として必要だろう。

 弓を空に向け、弦に矢をつがえる。

 遠くから、愚直な進路を取る標的がやって来る。ミサイルは豪速で距離を詰め、瞬く間に射程内に入った。

 矢を命一杯引き、蒼衣は光の矢を放った。

 飛ぶ。

 矢は一直線に飛んでいき、ミサイル目掛けて直進した。数秒後には上空で矢とミサイルが交錯する。その瞬間、彼は呟いた。

「――爆ぜろ」

 矢が爆発、その衝撃にミサイルも誘爆。蒼穹の天に黒い花が咲いた。

      *

      *

 大海原を悠々と走る姿がある。

 それは一つではない。十、二十、三十。否、それ以上の艦影だ。

 それは総勢四十九隻の、大艦隊だった。

 先頭を行く旗艦は、全長二百メートルを超える大型の巡洋艦。艦隊外輪の二十隻近い護衛艦群が守るのは、最大級の排水量を誇るコンテナ船とタンカーたちで、最後尾には正規空母が控えている。

 貿易船群、護衛艦隊。そのどちらにも、船体にインド神話体系局の紋章が刻まれていた。

 それはインドの誇る貿易力の粋を集めた艦隊。

 貿易艦隊の一部だった。

 アラビア海を北進する艦隊の見据える先には、すでに母港であるムンバイが見えている。

 旗艦の艦橋、艦長席には一人の女性が腰を据えていた。自信に満ち溢れた笑みに堂々とした雰囲気を醸し出す彼女。

 一見栗色のように見える髪色は、しかし光の下では炎々と盛る赤の色を照らす。白い肌に映えて、まるで燃え盛る炎のようにそれは魅力的だった。

 すると、女性はおもむろに立ち上がり、傍の無線機を手に取った。活きのいい声で、

「――こちら第一貿易艦隊〝聖典リグ・ヴェーダ〟、及びアーディティア護送船団。総指揮官のマーリー・カウ・クリシナよ。ムンバイ海港管制、入港許可を」

 彼女の声に、返答はやや遅れて返ってきた。

『ムンバイ海港管制所。入港を許可します。入港パターンD、ビーコン送信します』

 管制所の声に、艦橋で幾つかの声が挙がった。操舵手と通信士からだ。

「艦隊旗艦操舵、ビーコン捕捉。麾下に伝達」

「ビーコン伝達。――伝達完了」

 艦長であるマーリーをその動きを見てから、再び口を開いた。

「ビーコンを捕捉したわ。あと一時間もすれば着くから、準備よろしく頼むわね」

『分かりました。無事な帰還、何よりです』

 ありがと、と言ってマーリーは回線を切ろうとした。が、

『おっとすいません。マーリー様、ドルガー様からの連絡で、今のはどういうつもりですかという怒声が入ってきているのですが……』

「あぁアレ、久しぶりの帰りだから面白いかと思って撃ってみたんだけど。どうだった?」

『最初の三発は結界で防ぎましたが、結界の隙間に一発入り、その場にいた神州の竜王が迎撃しました』

「あら抜けたの。座標指定だとそんなもんかしら。まあ結界の強度を確かめるためとか緊急事態の無通知訓練とか言えばいいのよ。どうせ竜王もそんなのやったんだし」

『通信でそのような発言は――、あ、ドルガー様からの返信で、さっさと戻って詳細な理由説明と始末書の記入をして下さいというのが入ってきました』

 ひゅーひゅー、と何故か艦橋内で歓声が挙がった。

「うるさいわよ、そこ! ――分かったわ。今すぐ行くわよ」

 まだ何か言おうとした管制官だが、マーリーは無視して回線を切った。そして、

「ま、そういう事だから、ノブル。後はよろしく。貿易船を囲んで入港、後ろの空母から二小隊出して準警戒態勢を維持しつつ、護衛艦二隻を海上で巡視回遊させといて」

「分かってますよ艦長。――艦橋内壁ロック解除。カタパルト、起動」

 副艦長に全てを任せて、マーリーは艦橋の外へ繋がる扉を開く前に蹴破った。

 潮風が艦橋内に入り込む。沖の風は冷たくも気持ちいいものだった。

 眼下、甲板まで二十メートル以上の距離があるが、マーリーは躊躇もせず飛び降りる。落下速度は一気に即死レベルに達する。が、しかし、

「……よっ、と」

 マーリーは着地寸前、炎を顕現させた。

 下半身が炎と化し、生まれる爆風が逆噴射となってマーリーはふわりと甲板に着地する。艦は現代用に改修されており、艦の側面の甲板にはヒト用のカタパルトが設置されている。

 マーリーの着地点は丁度、カタパルトの射出開始点だった。

 眼前の固定器を両手でがっしりと掴み、マーリーは下半身の火力を対数的に高めた。

『カタパルト正常に動作。東南東からの風、風力は四。ムンバイまで距離二十キロ。いつでもいいですぜい』

「(推進力あと五秒で行けるわ。射出指示、どうぞ)」

 念話を送った数秒後、カタパルトの左前方の信号が秒を刻み始めた。

 三、二、

「――フェアリー属サラマンダー系、マーリー。行って来るわ」

 一、零。

 ジェットエンジン並みの推進力を持ったマーリーは、一直線にカタパルトを走り、側方甲板から空へと飛び立つ。上空で、マーリーは火竜サラマンダーへと完全変化した。

『身だしなみにはお気を付けてぇえ』

 仲間のよく分からない声援を受けつつ、火竜は炎の翼で羽ばたいた。

      *

      *

「仲間からのミサイル攻撃とは、面白い事をするものだなインドも。で、島へは連れていくのだな?」

「は! 助力頂いた感謝として全速力で島にお連れ致します」

 ムンバイの港にいる護衛艦の中で、艦長と蒼衣は会話していた。

 インドの士官たちからの熱い眼差しを一身に受ける蒼衣。彼の足元には潮でずぶずぶになったスライムが一人気絶しているが、蒼衣は気にせず、

「ならばさっさと連れていけ」

「は!」

 艦長に連れられ、蒼衣とジョニーは格納庫へ案内される。

 十分後。護衛艦の後方から、ジャイロが離陸した。

 目的地はエレファンタ島。変革前、ヒンドゥー教の遺跡があるとして観光名所とされていた島だ。蒼衣は、その遺跡、ではなく島自体に興味を持っていた。何故なら、

「インドの研究班の動きから鑑みるに、あそこにはアレがある筈だ」

 超遺物オーパーツがな、と彼は内心で考える。

 竜王の顔は、不敵な笑みを湛えていた。

      *

      *

 間接照明に照らされた空間がある。

 ホテルの遊戯施設をそのまま残した、カジノの趣を残す場。

 そこには三人のヒトがいた。二人のヒト種と、デブ犬一人だ。

 朝臣と宿禰、そしてアッシュだった。

 彼らはゲームに興じている。ただのトランプ遊びだが。

 ポーカーをしつつも、朝臣が口を開いた。

「さっきの警報って何かしら。すぐ治まったけど」

『うちの仲間が馬鹿をやったようだ。貿易艦隊には護衛艦群がいるのだが、その旗艦が艦対地ミサイルを四発放ったらしい。全て迎撃したと、今しがた報告が念話で送られてきた』

「へぇ、そりゃまた大変。お、ペアみーっけ」

 五枚目の場札に宿禰が反応する。札は五・四・七・五。つまり最低が五のワンペアになる。

「内輪揉めとかじゃないわよね?」

 眇に、アッシュは申し訳ないとばかりに溜め息をついた。

「それは心配ない。馬鹿のやった事だ。ドルガーあたりが叱ってくれるだろうから、俺もこうやって遊びを楽しめる。――うん、スリーオブアカインドだな、ベッドしよう」

 最後の言葉に、朝臣が眉をしかめた。

 ……あたしもスリーカードだわ。五枚出たしこれだと犬との勝負ね。二回目だし、元手は少ないから適当に合わせておくかしら。

 先程は正直に言っているにもかかわらず、こちらが勘繰って痛い目を見た。ここは犬と同じ額を出して流しておこう。犬に追従し、宿禰がまた馬鹿みたいに賭けたところでショーダウンになる。

 ……宿禰は馬鹿正直だから論外ね。

 三人はカードを一斉に出した。

 朝臣、二・五でスリーオブアカインド。アッシュ、一・七でツーペア。宿禰、六・八でストレート。

「アナタ何でワンペアじゃないの!?」

 朝臣が宿禰に激怒するが、彼は首を傾げて、

「え、ワンペアだろこれ!?」

「四から八まで揃ってる。これではストレートという役になる。この中では一番上だ」

「その前に何でラーナーヤナン、アナタはツーペアなの!? 騙したわね!?」

 犬はそっぽを向いて吹けない口笛を必死に吹いていた。

「お、なら俺の勝ちって事だな。やっりぃ」

 何か色々悔しいわ!!

 コインを回収した宿禰だが、朝臣とアッシュがあまり賭けてこなかったので大した利益になっていない。そもそも一回目に馬鹿みたいに賭けて敗けているので、結果的に敗けている。

「ああもう! さっさと三回戦やるわよ! 敗けたらウォッカでショット!!」

「えぇ――」

『酒は駄目なのだが』

「マタタビでもかじってなさい」

『……ブルドッグなのだが』

 インドアな連中だった。

      *

      *

 ホールは上での経緯を念話で聞いていた。

「(分かりました。もう大丈夫なんですね。――自分はこのまま神州をもてなしています)」

『(はい、お願い致します。お騒がせして申し訳ありません)』

 適当に返事して念話を切り、ホールは意識を横の空に移した。

 案の定、空の喜ぶ食べ物はなかった。仕方なく局の食堂へ行く事にし、その途中でいきなり警報が鳴ったのだ。鍛冶室直通の地下通路では何が起こったのか分からず、取りあえずその場に留まった。

 警報が鳴り止んだのを確認して部下に念話を送った。

「ねえ、おじさん。どうだった?」

「どうやらうちの幹部であるマーリーが試しに撃ったミサイルがムンバイに来たようです。貴女の兄も一発撃ち落としたそうですよ」

「おお」

「地上の被害はゼロなのでこのまま食堂へ行きましょう。好きな物を食べて下さい」

 ホールの言葉に空は笑みを浮かべた。

「お肉ー、どら焼きぃ!」

 だからドラヤキとは一体何なのですか。

 いっその事ドラヤキはない、と言ってしまおうが悩む。だが言えば、また泣き出してしまうかも知れない。子どもを泣かせたとなれば余計に自分がミノタウロス扱いされてしまう。

 ……いや、ミノタウロスではありますけど……。

 悩んだ末、ホールはエレベータの中でふと閃いた。それは、

「……自分が作ってしまえば―――」

「ふっふふ~」

 身悶える上半身裸のミノタウロスと、その横を笑顔で歩く飛竜種の少女。

 カオスな光景だった。

      *

      *

 インド神話体系局。

 二階の一角にある談話室で、三人はソファに一人ずつ腰かけていた。

 一人は、淡い黄の髪を肩辺りまで伸ばした女性。

 一人は、長い黒髪を後ろで纏めた見た目十代前半の少年。

 一人は、水色の長髪を頭の上で一房に縛った少女。

 アナーヒアとアナンタと波坂だった。

 波坂は明らかに意気消沈していた。

「……はぁ」

 先程から幾度となく溜め息をついているほどだ。

 ……最悪ですわ。よりにもよって相手が―――。

 視線を少し動かして、波坂は、見た目が小さな少年を見た。彼は、

「じゅるり」

 涎を垂らしてこちらを眺めていた。死にたい。

 ……こんな変態に目を付けられるなんて。外に出て和時さんのお母上と交代して下さいと懇願したいですわ。何とか街に行けるよう話を持っていきましょうか。

 一途の希望を携えて波坂は顔を上げた。が、丁度アナーヒアも言葉を作っていた。

「私たちはこれからどうしましょうか?」

「プールなどはどうじゃ」

「楽しそうですね。でも、波坂様が嫌そうなので……」

 アナンタが口を開いた直後から波坂は必至に首を振っていた。

「なら、身体を動かしてはみぬか? できれば上下運動の激しいものを」

「下心丸見えなものは全部嫌ですわ!」

「私もあまり運動は得意ではないので、もう少し楽なものをお願いしたいです」

 アナンタは不服そうな表情を浮かべた。

 ネタが尽きた頃を見て、波坂はここぞとばかりに街に行く事を提案した。

「ワタクシ、少し外の街を覗いてみたいですわ」

「街ですか? でも今は雨期ですから、いつスコールが来るか分かりませんよ?」

 そ、それは少し困る。遠方で神役の負担量がいつもより大きい今、なるべく身体のケアは気を付けたい。風邪などはもってのほかだ。

 ……夜の再交渉では最悪戦い方面に流れる可能性もありますし。

 だが、降らない可能性もあるにはある。街中なら建物の中に入れば雨は凌げるし、目的はエリス組を見付ける事。賭けてみる価値は大いにあるだろう。しかし、アナンタが、

「余は嫌じゃ。世俗に塗れた場所になんて行きとうない」

「そういえばそうでしたね、アナンタ様。――申し訳ありません波坂様。良ければ街の方は控えて頂けますでしょうか?」

 気遣いのできるヒトがこれほど面倒だと感じた事はありませんわ!

 何故だと問うと、アナーヒアは苦い笑みで答えた。申し訳なさそうに、

「アナンタ様は高位精霊、無契約でここにわざわざいて下さっているのです。数千年を生きたアナンタ様は、ヒトという存在があまり好ましくないそうで。それが蛆のように密集した光景を見るのが苦手なのです。だから、よければ―――」

 そんな事を言われてしまっては、強気で押し切るにも押し切れない。

「街には遠野・エリスもいますわよ?」

「人形などに興味はない。余は柔らかい乳房が好きなのじゃ」

「街にはおっぱいがたくさんありますわよ?」

「余は上物しか受け付けぬ。その以外の乳房など見たくもないの」

 傲慢な。上物だと言ってくれるのは光栄だが、褒めて欲しいのは貴方からではなく彼の方からだ。

 しかも人形に興味がないと来た。それではアナンタの好く乳房はここにしかなくなってしまう。どうしたものか悩む波坂だが、不意にアナーヒアが口を開いた。

「――そうだ。時分も丁度良いですし、お二人とも沐浴はいかがでしょうか? 波坂様、折角インドにまで来て頂いたのですからどうです。気持ち良いですよ?」

 その言葉に波坂は絶句した。

 プールで気遣えたのに何故沐浴は大丈夫だと判断できたのだ。その思考回路を一度覗かせて欲しい。いや、きっと善意からでしかできていないのだろう。彼女の笑みはそういう笑みだ。

 ……善意だけのヒトは本当にやり辛いですわ。

 しかし沐浴ではある程度の着衣がありきと聞く。もしかしたらそんな価値基準なのだろうか彼女は?

「余は沐浴なら良いぞ。――良いぞ良いぞ」

 だからその欲望に満ちた目は止めて欲しい。

 ……これが和時さんなら良かったですわ。

 中身が遠野だと思えばかなり興奮できそうだが、遠野がこんなに欲望に満ちた目になる訳がない。なれば、それはそれで興奮できそうな自分がいるので怖い。

 ……ああ、和時さんに逢いたいですわ。逢って、話して、彼の顔を見ていたいですわ……。

 嘆息したい気分だったが、波坂はふと疑問に思った事があった。

「沐浴は遠慮しておきますわ。――でも、思いましたけど、アナンタ・カーリア。貴方は何故ここにいますの?」

 問いかけには、アナーヒアが答えた。

「アナンタ様は建前上インドの示威のためにいて下さっているのですが、本当は地脈管理のためにいて頂いているのです」

「地脈管理、ですの?」

 はい、とアナーヒアは頷いた。

「インドだけでも国土は広域であります。その保護管理はかなり難しいのですが、アナンタ様ほどの地位の方ならばその全域の地脈の流れを掴む事ができます。それを利用して、神役の保護事象が少ない場所や変化を観測しているのです。無論、アナンタ様がここに飽きられてしまえばそれもできなくなりますが」

「地脈の、観察……」

 ちらりと波坂はアナンタに視線を向けた。傲慢で愉悦ばかりを求めるその姿に、彼女は、

 ……本当にそれだけなのですの? ワタクシには――――。

 この精霊の在り様が、どこか争いを肯定する奔放な王のように見えてしかたがなかった。



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