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第二十一章:戦いの流動

第二十一章:戦いの流動

      *

 煤焦げた入り口。

 厨房は凄惨な状態だった。飢餓で足下がおぼつかない犬と、全身大火傷を負って倒れている少年。そしてその後ろで、少年を呆然と見下ろす色白の少女が一人いた。

「―――――ぁ」

 朝臣は動けなかった。

 予想だにしていなかった敵の反撃。完全に自分に失態だが、自分が死ぬかも知れないと思うとどうしても動けなくなってしまった。

 結局のところ、朝臣は一介の非戦闘員でしかない。

 しかし、朝臣は資金の粉塵爆発を受けながら無傷だった。

 宿禰だ。

 ここにいる筈のない宿禰が、その全身と彼の英知を詰め込んだ〝本〟によって朝臣を守ったのだ。術式残留媒体、通称〝本〟。その主用途は光子情報の記録と索引登録だが、〝本〟の活用範囲はそれだけではない。

 朝臣の後方、そこにはもう一冊〝本〟があった。〝本〟の向こうの廊下は爆発に晒されており、朝臣を挟む形で爆発の衝撃が伝わっているのが分かる。〝本〟は、情報だけではなく、一時的にだが現象そのものを情報化ダウンロード、転移し、任意の場所に上書き(インストール)できるのだ。

 宿禰は馬鹿だが、その稀代の天才ぶりを〝本〟に詰め込んだ末の馬鹿なのだ。

「ヘルさん……」

 静かな、しかし痛みに苦しむ声が、朝臣の耳に届いた。

「え、あ、―――」

 呆然自失から立ち直れず、返答ができなかった。が、

「ヘルさん。ごめんな、俺のせいで、敗けちまった。だいじょうぶ?」

「いや、あたしは、何も」

 何も出来なかったのだ。

 出来なかったから、自分は負けたのだ。

 決して、宿禰の不当介入による反則負けではない。自分は死する運命をその身を挺して守ってもらい、あまつさえ敗北の汚名すら背負わせた。お礼などという生易しい感謝では言い表せられないほどの行為だった。

 二人は、そのまま医務室に担ぎ込まれていった。朝臣も検査を受けるよう促されたが拒否、彼女は宿禰の集中治療の陣頭指揮を取った。彼の行為に報いるにはこれしかない。

 そう。いつも、彼には励まされてばかりだった。今度は自分が助けて見せる。

      *

      *

 第二戦の呆気ない幕切れに、しかし両陣営の反応は薄かった。

 神州は何事もなかったように平静を装い、しかしインドは、

「とんだ試合ぶりでしたね、アッシュ」

 老婆の笑みにつられてか、代表たちは犬に苦笑を向ける。すると、犬は、

「本当に面目次第もない。少々熱が入り過ぎて当初の目的を忘れていた。――まぁ、行き過ぎた結果にならずに済んだ事が、不幸中の幸い、と言ったところか……」

 ぐったりと床に寝そべりつつも、アッシュはそう言葉を返した。

 見た目こそ太ったままだが、今アッシュの体内に即費できるエネルギーはない。しかし参謀長として健在を示すためにも、無理をしてそこにいた。

 彼の犬の苦労を労うように、傍に立っていたドルガーが足を屈めて口を開いた。

「ある程度の痛みがあってこその成功です。問題ありません。貴方の使命は、次を行う私が担いましょう」

「申し訳ない。が、君は大根役者だからな。途中で台詞を忘れてもらっては困る」

 アッシュの毒に、ドルガーは眉をしかめた。が、後ろのマーリーが思わず吹いていた。

 インドは比較的和やかな雰囲気だった。

 そして、彼らを遠目に見て不安そうにする少女がいる。

 空だ。

 第三戦、神州側代表の彼女は、そわそわとして落ち着かない。顔には緊張と怯えで一杯、今にも逃げ出しそうなほど怖がっているのが見て取れた。

 しかし、空を心配する雰囲気は神州にはない。兄である蒼衣でさえ、じっと腕を組んで目を瞑っているだけだ。が、ややあってから、

「ねえ、君。ソラだったかな?」

 空の肩を誰かがぽんぽんと叩いた。

 肩越しに振り返った視線の先、そこには銀と白があった。くすんだ銀髪に身を包む白の服は胸の辺りで大きな峰を持つ。かち合った視線は、淡い碧色。

 その顔に薄い笑みを貼り付けるのは、遠野の義母であるエリスだった。

「……? 何、和時君のお母さん」

「お願いがあるんだ。ちょっと、先にやらせてくれる?」

 得意げな笑みを浮かべるエリスは、唐突にそう言ってきた。

「順番? 入れ替え?」

「どちらかというと繰り越しかな、二回。エリスさんはあそこの色黒君をちょっと苛めたくなったの」

「んー、――分かった」

 取りあえず願ってもない提案に、うん、と空は頷いた。

 傍にいた蒼衣は何の反応も示さなかったゆえ、二人の会話を聞いていた神州代表たちも異論を唱えはしなかった。

 しばらくしてから、インド側から距離を取る陰が現れた。

 ドルガーだ。

 彼は落ち着き払った様子で靴音を単調に響かせ、両陣営の相中ほどで立ち止まった。顔には腹黒さを隠す気もない笑みを湛えて、彼は、

「さあ、それでは第三戦といきましょう。時間も惜しいので、こちらの第四戦の代表者もお教えしましょう。第四戦の代表はマーリー、マーリー・カウ・クリシナです。そちらの代表、二名、どうぞ前へ」

 青年の呼びかけは、しかし彼自らの追伸で遮られた。

「ああそれと、私の武器は少々規模が大きく、色々と便利なものですゆえ、降参は常に勧告しておきましょう。――というのも、私の武器はこの神の名の特性そのものですので」

「ほお、どのようなものか、自らの口で述べるが良い」

 蒼衣が目を瞑ったまま、声だけを発した。それは分かっていたかのような口ぶりだった。

 いいでしょう、とドルガーも予想通りの展開なのか返事が速い。そして、

「――私の神名はスカンダ。神軍の最高指揮官という立場が明確に記された神です。その強さは不倶戴天の如き。あの最強といわれたインドラさえ蒼ざめたほど。故に、この強さ、そして権力こそが我が武器。インドは神の国。国に住まうもの全てが神軍に属するといっても過言ではありませんでしょう」

 その台詞を契機に、突然局内が揺れた。

 大きな揺れではない。だが確かな揺れで、微細に、大量の何かが動き出したような、体動する震動だった。

 そう。

「――私の武器は、武装蜂起したムンバイの全市民です!!」

 局の外から、一斉に吠声が鳴り響いた。

 震動が強まる。一体何十万のヒトが集まったのかは計り知れないが、こんなものを独りで相手に出来る訳がない。これはつまり、敗けろ、と言っているのだ。勝てる訳がないから自ら降参しろ、と。

 反則まがいの行為と理論だが、誰も量には勝てない。圧倒的な火力をもってでしても、十年前に力を得たヒトたちでは押し倒せる保障はどこにもない。

 批判を受けてでも、彼らは勝ちを取りに来ている。

『どうしますの!? こんなもの反則どころではありませんわ!! 即刻中断させるべきですの!!』

 波坂が念話越しに叫ぶ。ジョニーや空も、動揺のあまり蒼ざめてしまっていた。

『無駄だ。ここで降りる事だけは出来ぬ。闘って負けたとしても言い訳は起つ。が、逃げ道を作られたこの場合では、今後の計画に支障を来す』

『そうはいっても一介の市民を傷付ける訳にはいきませんわ!それにここでをあの方を出すのはいくらなんでも―――』

『耐え難きを耐えよ。アヤツらが自ら罪を犯したのだ。こちらがどうしようと構わんだろう。たかだが人選一つ、国一つを武器にするヤツらにしてみれば軽いものよ』

『――――――』

 波坂は黙り込んでしまった。

 否、何か言おうとして、しかし遠くからの市民の猛りによって打ち消されてしまったのだ。

「さあ神州よ。私たちはすでに準備、士気ともに万端であります。どうぞ、代表の方々は前へお出でになり下さい」

 ドルガーはじっと空の瞳を見詰めた。

 が、不意に、声が挙がった。それは空ではなく、蒼衣でもなく、波坂でもない、

「ふふ、――そこの子。ドルガーとか言ったかな?」

      *

      *

 神州側の代表たちの中から、独りの女性が動いた。

 見た目二十代の見目麗しい銀髪の女。彼女はゆったりとした歩調で前へ出ていく。

 エリスだ。

 蒼衣たちの横を通る中で、エリスは言葉を紡いでいく。

「君は知ってる? 二十年前、魔術師たちを牛耳る組織が壊滅している事」

「――〝魔法機関〟とやらですか?」

「当たり。プロティスタは若い魔術師たちの反乱によって崩れたの。反乱の理由は、ただ友を守りたいがため。プロティスタが探し求めていた材料が、偶然にも一人の少女が持っていたものだったから」

「一体それがどうしたというのですか。時間稼ぎですか?」

 神州の前に出かけるというところで、エリスの容貌が、ふと不意に変化していた。

「プロティスタは究極の魔術と呼ばれる〝魔法〟、世界創造を探究していた。そして、その少女は一瞬だけ〝魔法〟を展開し、そのまま死んだとされている」

 長身美麗だったエリスの姿が、十代半ばほどの、幼さを残した容姿になっていた。

 突然の変化に、皆は言葉を失う。が、それでもエリスは言葉を作り続けていた。

「でも、反乱グループはその少女が生きている事を知っていた。故に持ち去られた少女の肉体を奪取して逃げた。そして体勢が整えば怒涛の勢いでプロティスタを滅ぼした。

 反乱グループには、プロティスタがその創世記より探求し続けていた魔法使いが二人もいたんだよ。一人は魔法の反作用に耐えれず身を滅ぼした幽霊。もう一人は、魔術さえ知らず、化け物を内側に飼った普通の少年――――」

 更に少女の容姿が変わる。

 皆は絶句した。

 神州側の先頭に立ち、ドルガーらと対峙したのは、愛らしい少女だったのだ。

 見た目九歳ほどの、柔らかで美しい銀糸を流し、淡い碧眼に笑みを湛える幼女。彼女は微笑みを持ったまま、こう告げた。

「少年の中に住み着いたのは、エリスという名の死霊。かつて天才魔術師と呼ばれ、弱冠九歳で〝魔法〟を発動させた愚かな破綻者。消える事を拒み、少年の心に住み着いた醜い化け物。

 ――さあ、私と遊びましょう?」

 少女が両腕を天に掲げる。彼女は天を見上げながら、心を繋げる彼に呟いた。

 ……カイセ。ごめんね。また、時間をもらうよ?

 ――半分は君のだ。だからエリスの好きなようにしたらいい。和時に、手を貸すのかい?

 エリスはくすりと笑った。

 ……あと二、三年を半分貰っても意味ないよ。――うん、そうだね。カズトキには何もしてあげられなかったから、消える前に出来るだけ精一杯、手助けしてあげたいもの。あの子のお母さんじゃなくて、一人の人間として。

 海瀬からの返答はない。が、彼女は微笑を絶やさない。

 内と外、そして繋がりから流れてくる魔力を全身に集める。ゆっくりと肺に外気を取り込んだ後、幼女は叫んだ。自己を解放する呪文を、

『――展開して〝愛しき死霊エリス・ネクロマン〟! 起きよ〝玩具バロン〟!!』

 少女を中心に爆風が起こった。

 凄まじい閃光が、爆風と共に急速に辺りへ広がっていくのを周囲全ての人間が知覚する。それは近くにいる者から敵味方関係なく呑み込んでいき、瞬く間にフロアを、局を、そしてムンバイ自体を包み込んでいった。

 呑まれたヒトたちは悟った。光に呑み込まれた瞬間。地面が、空気が、空間が、世界そのものが変わったのを。

 ――新たな世界が創造されていく。

      *

      *

 そこは、広大な庭園だった。

 際限なく続く庭園は、どことなく英国式の自然性を思わし、滑らかで優美な造形を持っている。その広がりは、まるで子供の見る世界そのものを体現したかのようで、どこか懐かしさめいた感情を与えてきた。

 神州とインドの代表たちは、いつの間にか同じ場所、周囲を一望できる塔のような所にその身を置かれていた。すると、蒼衣が、

「これが世界の創造か。中々に興味深いな。物質も確かだ」

「ほほ、私も体験するのは初めて御座いますが、確かに面白い現象です」

 蒼衣の台詞にアウヴィダも同調する。が、アッシュが、

『アウヴィダ様、あちらの方にドルガーの魔力の気が』

 犬が顎で指した方向の向こうには、広い芝生の場所があった。

 皆の視線がそこに集中する。遠目でよく見えないが、スーツ姿の男と小さな少女が対峙しているのが分かった。

「前もって言うが、第三戦の代表は急遽あの銀髪になった」

「おや、騙したのですか?」

「貴様らよりかはマシであろう。で、あの色黒の言う神軍、どうやら全員連れて来られているようだぞ?」

 その言葉の意味を理解できたのは、数名だけだった。

『竜王様、我が肉体にはさっぱり分からないのでありますが?』

 ジョニーがまず疑問を率直に訪ねた。彼と同じように首を傾げるのは、空とプラ、パティだった。

 彼らの疑問を解いたのは波坂だった。彼女は塔の手摺に手を掛けると、邪眼を開いて、

「ざっと数十万人はいそうですわね。場所はマチマチ、遠いところでは数十キロ先まで飛ばされてますわ」

 おそらく、

「おそらく遠野・エリスは、ワタクシたちに敵意ある者全てをここに引きずり込んだと思いますの。どうやって戦うかは分かりませんが、彼女には勝算があるのだと思いますわ」

『波坂君は事あるごとに邪眼を開いているが、何故なのだ?』

「ワタクシの邪眼はまず魔力を視認する事から始まりますもの。実物が見えなくても霊体は見えますから、ヒトがいるか見るには丁度いいんですの。よろしくて?」

 成程、とジョニーは頷いた。が、ややあってから、

「ねえ、伊沙紀ちゃん……」

 空が、くいくいと波坂の服を引っ張った。今度はこっちですの、と思う波坂だが、

「伊沙紀ちゃん、あれ、何かな……?」

 空は少し蒼ざめた顔である場所を指差した。

 遠くの芝生、エリスたちのいる場所だった。一見それは、何の変哲もない光景だったが、

「――?」

 エリスの背後、芝生が異様な隆起を起こしていた。しかも一つや二つではない。無数の凸凹が生まれていたのだ。

 胸が締め付けられるような不安に襲われる。波坂の脳裏には、先日の戦闘が蘇っていた。

「……会長、あれは」

「銀髪は死霊を操る魔術の使い手だ。疑問する必要もあるまい」

 蒼衣の断言した通りのものが、エリスの後ろに現れた。

 黒い肉、やせ細った体躯はそれだけで異形。ヒト型だけを保っているのが、また一層に恐怖を煽ってくる。それらは、まるで墓場から這い出るように一体、また一体。ついには視界に収まる全ての地から顔を出し始めた。

「ざっと万、いえどんどん増えておりますね。噂には聞いておりましたが、成程、これが死霊魔術ネクロマンテイアを極めた家系の極致ですか」

 アウヴィダは実に楽しげな口調でそう言った。が、

「ぎやぁ―――――っ!!!」

 空は悲鳴と共に倒れた。

      *

      *

 ドルガーとエリスは真っ向から対峙する。

 相手は少女ながら、彼は言い知れぬ威圧感を覚えていた。

 計り知れぬ力量。世界一つを作り上げ、何十万という市民をも吸収し、ゾンビを大量に生み出して、しかし平然としている。

 ……恐ろしいという感情を体現したような相手です。無邪気な子どもの悪性といったところでしょうか。

 自分たちは、子どもの遊びに付き合わされたという事だ。

「嫌な遊びです」

 問題は、相手の余力だ。

 世界の維持。魔術介入の妨害。ゾンビの操作。こちらとの戦闘など。彼女がやる事は幾らでもある。戦闘だけでも相当の集中力をつぎ込む必要があり、他の事をどれだけこなせるか。

 ……たとえアウヴィダ様でも全てを行い続けられるか怪しいところです。

 視線の先、エリスは笑みを浮かべてゾンビたちと戯れている。

「よくそのような者たちと愉しげに遊べますね、貴女は」

「? 元は君たちのお友達だよ。半分は神州のだけど」

「どういう事ですか?」

 すると、呆れたような表情をエリスが浮かべた。

「死霊魔術は消えなかった幽霊を呼んで使うんだよ。エリスさんの場合は魂の中に取り込んでいつでも出せるようにしてあるから、元々の神州で見付けた子たちと、インドで見付けた子たちがここにはいるの。だから、君たちは自分の既知と戦う事になるかもね」

 背筋に冷たいものが流れたのを、ドルガーは悟った。

 ……恐ろしい事を。

 死人に口なしとはよくいったものだ。こんな見た目では、本当にそうなったところで判別する事が出来ない。怖ければ逃げるしかない。

「私の策略が完全に崩されたという訳ですか。しかし、私とはどうやって戦うつもりですか。こう見えても武に関してはそれなりの自信がありますが」

「素手に決まってるじゃない」

「素手?」

 ドルガーは呆気に取られた。

 ……まさか、こんな矮躯でどうやって―――。

 エリスは今九歳ほどの体躯になっている。これでは蹴りや突きを放ったところで有効打になり得る筈もない。

 そもそも死霊を操る魔術師が素手とはどういう事なのだ。

 と、ドルガーの深慮という隙を突いて、エリスが動いた。

 芝生の地面を蹴って跳ぶ。その速度は一瞬でドルガーに肉薄するほどで、間合いを測り違えていた彼は反応するのが一瞬ばかり遅れた。

 エリスは腕を振り上げ、そのままドルガー目掛けて振り下ろす。と、先程まで彼女は無手だった手に、細く長い物が見える。ドルガーは咄嗟に、魔力で編んだ手でそれを弾いた。

 後ろへ跳ぶ。

 着地点にゾンビがいない事を確認し、青年は魔力の腕を解いて顔を上げる。

「あーぁ、避けるなんて酷いなあ。ちゃんと撃ち合わなきゃ面白くないのに」

 エリスは至極退屈しように、手に持った直剣をぶんぶんと振り回す。

「いつの間に剣を。錬金術も使えるのですか!?」

「違うよ。〝魔法〟が生んだ世界ではその創造者の意のままに世界が動くの。だから剣が欲しかったら剣が勝手にできるし、地形を変えようとおもえば変えられる。まあ魔力だけは自前じゃないといけないけどね」

「何でもありとはまた、無茶苦茶な!」

「当り前だよ。でなきゃプロティスタを滅ぼせる訳ない」

 じゃ、とエリスは再び攻めようと、腰を落として構えた。

 剣を前ではなく後ろに持って前傾姿勢を取るそれは、自ら突撃する事しか考えていない。とにかく戦いをしたい。それだけしか考えていないような構えだった。

 応じるように、ドルガーも身構えた。生憎地の利もないが、自分には魔人族の力がある。肉弾戦においてはオニ属にも引けを取らぬ自信がある。

 揺れる心を静め、神経を相手に集中させる。感覚器官は全方位に鋭敏に利かせて、随時戦況を把握できるようにしておく。いつでも戦闘の開始が可能だ。が、

「そうだ。四戦目の相手はあの茶髪っぽい、マーリーって子で良かったよね?」

「そうですが。それが何か?」

「こっちの四戦目はカイセで、二人はカイセの創った世界に行ったから。――カイセ、私の全力を止めて屈服させた子だから。心配してあげてね」

「―――!」

 しまった。

 不覚、と一瞬の動揺にドルガーは奥歯を噛んだ。

 エリスが接近する。青年は顔を歪めて、しかし敢えて前へ出た。

 剣を振ったエリスに対して、ドルガーは力任せの掌底で幼女を吹っ飛ばしたのだ。エリスは二十メートル以上飛ばされたが、意に介したふうもなく着地。再度地面を蹴った。

 ……マーリー。

 昔からどうしても憎めなかった彼女が、今危険に晒されていると思うと、どうしても動揺が隠せなかった。

 まだ人類が変革を被る前、自分は一匹の火竜サラマンダーの使い魔を持っていた。

      *

      *

 海瀬は小さく吐息した。

 暗く、静かな世界。

 直系二十キロの半球状の世界は天に満月を貼り付け、下には薄く水が溜まり、天蓋へと雨が逆行して落ちていく。

 そこは、魔術師としての海瀬の世界だった。

 海瀬は閉じた目蓋を開けて、前に立つ女性を見た。

 赤みがかった茶髪に白い肌、インド神話体系局の制服を着崩す女。マーリーだった。

「――アンタ、他のヒトはどこに行ったの。あの銀髪は」

 疑問を整理し切れていないマーリーは、明らかに焦っている節がある。

「君たちの言った通りになっただけだよ。第三戦は別の世界で行われている。第四戦はここ、二人だけだが我慢してほしい。――この世界はこちらの任意か意識が消えれば外に出られる。

 いわば勝てばいい。それでいいかい?」

 まだ釈然としないふうだが、マーリーは一応納得を示した。

「でも、ここは何なのよ? 全く分からないわ」

「変革以前の魔術師が探究した〝魔法〟という代物だ。心象風景を具現化、いや創造する原初の世界創造。その、真似事みたいなものだと思ってくれていい」

「どういう事よ」

「創造といっても実際に創るのは原子よりも小さい素粒子だ。その中に細分化世界を構築しているに過ぎない。外から見れば、この世界はただの粒子だよ」

「異世界じゃなくて、神域とか異界みたいな場所ってことかしら?」

 海瀬は首肯した。

 精霊としての知識を持つマーリーは、この世界の法則を理解し、自分の置かれた絶対的な不利に歯噛みする。物に関して、それを最も理解し得るのはそれを作った本人だ。故に、世界を創った者がいれば、その者が世界を操れるのは道理だろう。

 絶対的な地の利。やろうと思えば、こちらの手足を捥ぐ事くらい造作もない筈だ。

 一気に警戒を強めるマーリーに、しかし海瀬は、意外な言葉を作った。

「心配は要らない。あまり卑怯な手は使わない。基本的にこちらが使うのは武器の鋳造と肉体の補助くらいだ」

 海瀬は膝を折って、水の溜まった地に右手を着いた。

 が、彼はそこからまた身体を起こしにかかった。どういう事? と一瞬訝るマーリーだったが、すぐにも疑問は晴れた。海瀬の手中には一本の棒が握られていたからだ。

 棒は細長い。槍状。否、槍そのものだ。

 彼が掴むの石突きで、矛先は地から摩擦もなく抜き出ていく。

「この動きをすれば、何か抜き出すと思っていいだろう」

「他にもバリエーションがあるっていうの?」

 海瀬は頷いて、無手である左手を右から左に振り切った。すると今度は、左手にも右手の槍と同じものが握られていた。

 マーリーは息を詰める。

 ……〝魔法機関〟を滅ぼした槍を得手とする魔法使い。アウヴィダ様が言っていたのは、もしかしてコイツの事なの?

 そんな相手に、自分が勝てるのだろうか?

 いや、勝敗などどうでもいい。こちらは全力で、相手を倒すために努力すればいいのだ。それが、我が主と見定めた者が自分に求めた事だ。

 やり遂げたい。やり遂げなければならない。絶対に、絶対にだ。

 故に、マーリーは呼吸を整えて己をたぎらせる。

 ゆっくりと吸気し、自分が炎である事を自覚していく。

「――いいわ。なら、さっさと始めましょう」

 告げると同時、マーリーの雰囲気が豹変した。

 それは静かに、しかし燃え盛る炎のように存在感が顕著となったのだ。

 眼光を鋭く滾らせて、マーリーは構えを取る。腰を低く、寮の拳を胸の位置まで掲げた。それに応じるように、海瀬もまた腰を大きく落とした。二本の槍は手に持ったままだ。

「――?」

 海瀬の構えは異様だった。

 半身の姿勢ではあるものの、槍の握りが両手とも逆手だったのだ。石突きから三十センチほどを開けて持つそれは、まるで古武術のトンファの如くだ。

 ……短槍でもかなりの重さがあるわ。軽いトンファみたいに扱うのは無理に近い筈。しかも取っ手もなしに。

 だが、彼は肉体を〝魔法〟で補っていると言った。補助がどこまであるのかは知らないが、足の悪い彼が難なく屈伸運動をしただけでも驚異である事は確かだ。

 相手の力量が分からないままでは先手を取れない。せめて隙でもあればいいが、やはりここは後手に回って賭けに出ないでいくべきだろうか。

 ……難しいわね。でも、こういう時に精霊は便利だわ。

 彼女は微笑する。瞬間、マーリーの左手が吹き飛んだ。

 彼女の左手が炎となって飛ぶ。手は炎弾だ。当たれば相当な傷を負う事になる。

 無論防がれるだろう。しかし、そこが狙い目だ。防ぐには槍で弾くが避けるかの二択。どちらにしろ動く必要がある。その隙を狙って、マーリーは仕掛けに行く。

 数瞬で炎は彼との距離を零にした。海瀬は間合いに入った瞬間に、それを左短槍で逆袈裟の軌道で弾いた。

 マーリーが行く。

 なくなったすでに炎で再生済みだ。両手から炎を後方に噴射して瞬間的なブーストとする。わずかな間で、彼女は彼の空いた左脇に潜り込んだ。

 速い。

 無防備な左を狙う。マーリーは右の拳に力を込めた。しかし、海瀬もただでやられてはくれない。素早い左の切り返しに、マーリーは攻撃を見舞う事ができずにすぐ距離を取った。

 ……対処能力は流石ね。でもどんどん攻めて消耗させてやるわ!

 マーリーは四肢を炎と化して再度突っ込む。

「や――!」

 暗く沈んだ世界で、炎の精と魔法使いが激突した。


 中編終了です。とうとう戦争始まっちゃいましたけど、後編は戦争だけではなく遠野親子の問題や他の人たちの思惑も重なって大混乱の様相を呈しそうですので、よければ後編も読んで頂けると幸いです。

 あと、遠野夫妻はチートですね(汗)。

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