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月日の流れははやいもので、体育祭まであと二日。
初日こそ会長に面倒を見てもらったものの、現在私は生徒会では基本的にヒロインさん……改め瑞奈先輩に面倒を見てもらっている。これは徐々に生徒会メンバーに早く慣れるよう会長が気を使ってくれたからだと思う。そして同性の方が良いだろうという気も回してくれたのだとも思う。何にも言われてないけど、そんな気がする。
瑞奈先輩は本当に良い人だよ。優しいし、とても丁寧。欠点らしい欠点はまだ一つも発見できてない。とても理想的な先輩だと思う。でも逆にそれが私には少し戸惑う原因となった。最初だけだけどね?……だって美人過ぎる女性だから眩しすぎて直視する事すら困難なのに、性格が良すぎるなんて……いや、図書室前の遭遇から予想はついていたけど!一般人の私にとってとっつきやすさは皆無なのよ。捻くれててごめんなさい。
うん、ほら。例えば音羽も美人だけど、彼女は残念な行動や発言が常に同居しているからそんなに恐縮しないのよね。でも瑞奈先輩は本当に清らかなのだもの。あ、いや、音羽の事は本当に好きなんだよ、下げている訳ではないんだよ……!ただノリが良い子だから清らかさとはちょっと違うというだけで……!
何にせよ、だから当初は随分焦った。本当に焦った。この先輩と二人で私は大丈夫なのか……!って。
でも瑞奈先輩は本当に優しくて、固まる私のペースに合わせて付き合って下さった。正直聖女なんて飛び越えて神様かと思いました。
そうして先輩の下で指導を受ける私ですが、今日は生徒会の初ソロ任務でございます。
現在地は放送室。そして右隣にはお昼の放送をしていた放送部員。左にはにこにことしている瑞奈先輩。その間……中央には固まる私。
私は緊張で胃が縮むような思いになりながら、手元の原稿を必死に見つめていた。大丈夫、何度も読む練習してきた短い文章だ……!!そう思いながら、息を吸い込み一旦呼吸を止める。それからスイッチを押し、覚悟を決めた。いざ、ソロデビュー戦。
『お昼休み中失礼します。風紀委員からのお知らせです。明日は6月1日、衣替えです。気持ちと装いを新たに学校生活を送りましょう。尚、6月の服装点検日は15日です。以上、風紀委員からのお知らせでした』
私はこれを言い切ったとたん、放送OFFのスイッチを勢い良く推した。そして大きく息を吸い、大きく息を吐いた。緊張した。ものすごく緊張した。
そうしてずるっと腰を抜かし椅子から滑り落ちそうになる私には温かい言葉が降ってきた。
「ほい、お疲れさん。なかなか上手だったよ、風紀委員長さん」
「童子ちゃん凄い凄い、とっても上手に読めてたよ」
「お、お世話になりましたぁ…!!」
放送部員の上級生と瑞奈先輩に温かく拍手を受けるも、声まで震えてきて緊張の糸はなかなか解けない。むしろ放送前よりも心臓がうるさい気さえする。……うん、その位緊張していたのですよ。原稿見ながら読んだけど、一応ソラで言えるくらいには読み詰めたのにこの緊張だからね!!おまけに本番で噛んでしまわないかとずっと不安だったので午前の授業はあまり頭に入っていない。後でちゃんと……体育祭が終わったら絶対復習しないとだ。
その後ややあって私の足腰の感覚が戻ってきたので、私と瑞奈先輩は放送室を後にした。そして向かうは生徒会室。そう、今から愛しのお昼タイム。教室で食べてもいいんだけど、どうせなら一緒に食べようと瑞奈先輩から提案してもらったのだ。断る理由は無い。
生徒会室までの道のりは放送室からはそう遠くない。放送室も生徒会室も同じ二階で、共に第一棟の教室であるのであっという間に到着する。そんな短い時間でも私は一人で歩いている時よりもずっと生徒からの視線を浴びている気がした。正確には私に向かう視線じゃなくて瑞奈先輩に向けられる視線の端っこに私が入っているだけなんだろうけどね。もちろんすれ違った人全員ってことはないけど、振り返っている、もしくは気を向けている人はそれなりに居たように思う。それは決して好意的なものばかりではないけれど、先輩は全く気に留めていなかった。
気付いていないとしたら大した鈍感だと思うが、知った上で振舞っているならこの人以上に身の振り方が上手な人は居ないと思う。残念なことに私にはどちらが正解であるかなんて見破る術はないのだけれど。
そんな事を考えながら、特に会話をする訳ではなく生徒会室前までやってきたのだけれど、そこで不意に瑞奈先輩が口を開いた。
「明日、てるてる坊主作りましょうか」
「てるてる坊主?」
「ええ。晴れるように去年も作ったのよ」
瑞奈先輩に言われて私は首をかしげた。てるてる坊主なんて幼稚園の時以来作った事が無い。そもそも私はてるてる坊主が苦手だったりする。てるてる坊主が主役の怪談話を小学校2年生の時に読んでしまって以来、凄く怖くて怖くてたまらないのだ。ビビりなんですよ、私!!蚤の心臓なんです!肝はすわって無いんです……!ちなみにそれは雨が降ったせいで逆恨みを買ったてるてる坊主が作成主に逆襲するという物語だった。キョ●シーでも怖い私にはとんでもない恐怖だった。作ったてるてる坊主に逆襲されるのではないかとすら思っていたりする。うん。
そんな事を思いながらも此処まで綺麗な笑顔を向けてくれる先輩にそんなアホな事を言えるはずがない。
「あの……そういえばどうして梅雨ギリギリの時期に体育祭をするのでしょうか?他の時期ってできないんでしょうか?」
とりあえず作る・作らないの返事を先送りしながら私は先輩に問いかけてみた。例年の6月2日に体育祭が行われている我が校だが、梅雨入りしている年もある。今年は幸いにもまだ梅雨は来ていないのだが、もし梅雨入り故の雨天順延が起き続けばどうするのか。気が気ではないだろう。
「うーん……そうねえ。でも例え梅雨入りしたとしてもここ十数年降って無いから、大丈夫なんだよ」
あれ、そういう問題なのかな……?
凄く良い笑顔の瑞奈先輩に言われた私はそれ以上は突っ込めなかった。うん?今気付いたばかりなんだけど、ひょっとして瑞奈先輩って……結構おおらかと言うよりはおおまか……?
疑問を浮かべる私をよそに瑞奈先輩は生徒会室のドアをノックし中からの返事を聞いて開いた。瑞奈先輩に並んでいた私も生徒会室の中が見えた。
「よう、お疲れ」
まず私たち二人の姿を認め軽く右手を上げたのは平岡さんだ。彼は二段の弁当箱を机に置き、尚且つ菓子パンを頬張っていた。ちなみにそれ以外にも空になったパンの袋がいくつか転がっている。成長期の男子はとても食べるもののようだが、私としては栄養が偏っているのではないかなんて余計な心配がしたくなった。炭水化物ちょっと多すぎないか!
「お疲れ様です、平岡さん」
「平岡先輩。お疲れ様です。……クロは一緒じゃないんですか?」
クロの事まで尋ねたのは瑞奈先輩だ。そしてどうやらクロの姿が見えなければ尋ねるくらいに瑞奈先輩も猫好きらしい。いや、クロがいなければ探しに行くのが生徒会の仕事でもあるのだけどね!
けれど今日は幸いにもクロは行方不明ではなかった。くいっと平岡さんは首で方角を示しながら短く答えた。
「会長のとこ」
「へー……?」
昼休みの会長は図書室だろう。いるはずがない。
そう思った私が少し間の抜けた声を出すと平岡さんは「ホントに居るんだって、今日は」とおかしそうに言った。そして実際に会長は居た。どうやら彼は部屋の奥で床に点数ボードを広げて組み立てを行っていたらしい。平岡さんには悪いが、どうせからかわれただけだと思っていた。だから会長が本当にいるなんて思わなかった。平岡さん、ごめんなさい。今度からもう少しだけ信用します。
「……じゃなくて、会長?!何で居るんですか」
「おい、生徒会長が生徒会室に居ちゃ悪いのかよ」
「悪くないですけど図書室にいるものだとばっかり」
私が図書室の笑い童子というのなら、会長は図書室の番人だと私は思う。昼休みは誰よりも早く図書室に居ると思っているもの。それに昼休みは生徒会室に来ないと平岡さんも前に言っていた。それなのにどうして居るのか分からない。
そう首をかしげる私に、平岡さんは笑った。
「そりゃ無いなぁ。会長がせっかくの童子ちゃんの初仕事聞き逃すと思う?」
「う?」
なんだ?と首を傾ける私をよそに、隣に立つ瑞奈先輩は理解した様子だった。
「そっか、図書室じゃ入らないもんね、緊急以外の放送は」
うん……?よくわからないぞ、そう私はより首を傾ける。
「会長、お父さんみたいですね」
「おい」
「あはは、流石に会長だって17歳で高校生の娘は欲しくないだろー」
完全に置き去りモード食らっていますよ、私!!
解説が欲しくて瑞奈先輩を見ても平岡さんを見ても二人共笑うだけ。会長は嫌そうな顔をしているから聞け無さそう。
これは、聞くなということでしょうか。私はそう思いながら少しだけ拗ねるような思いで自分の席に座った。先輩方だけで楽しむならこっそりお昼ご飯を食べるまでだ。……ちょっとむなしいけど。
しかしそんな私の様子に気づいてだろうか、会長は「あ――」と間延びした声をだした。そしてゆっくりこちらへ近づいてきたようだ。……今更ご機嫌とろうったってそうはいきませんよ。例え会長が良い声をしていてもね!!
そう思っていたのだが、会長は私に声をかけずに先にトンと机に何かを置いた。
「やる」
音の方を見ると、そこには茶色いパッケージの立方体。カフェオレだ。
「……いいんですか?」
「おーよ。先輩が良いって言ってんだ。素直に受け取れ」
思わぬプレゼントに私は拗ねていた事を忘れ目を丸くした。え、何で貰えるんだろう。
私はそのまま会長が先程まで居た場所をみた。そこには同じカフェオレが鎮座している。……と言うことはご機嫌とりで会長が飲むつもりだったものを回してくれたというわけでもないだろう。え、ということは会長が私に買ってきてくれた?そう思っていると、「白森はこれなー」と、私とは色違いの、ピンクの可愛いものを渡していた。おそらくはイチゴ牛乳だ。
「では遠慮なく、ありがとうございます」
私と違いにっこりと笑って受け取る瑞奈先輩に一切の焦りは無い。……うん?つまり、これは焦っている私の方が変なのか?だんだん良く分からなくなってきた私に瑞奈先輩は
「初仕事お疲れってヤツだから気にしちゃ負けだよ」
と、アドバイスを下さった。……そういうものなのだろうか?
「では……いただきます?」
「……言っとくが、必ず飲めよ。変に保存しとくなよ、絶対な」
疑問だらけの私の言葉に、会長は重ねて注意を下さった。え、私会長の中で本当にどんなキャラになってるの!そう思いながら私は反論に出た。
「し、しませんよ……!さすがに冷えたものを常温で長くおいときません!!痛みます!!」
「いや、問題はそこじゃないだろ」
じゃあどういう問題なのよ。そう私がむっとした表情を出すと会長は両手を軽く上げ肩をすくめた。そして元の場所に戻ってしまう。な、何か子供扱いされたみたいなんだけど!!
半ば八つ当たり気味にカフェオレにストローをさして一気に飲めるとこまで飲んで見せた。……一気飲み過ぎて酸欠になり若干苦しくなったのはご愛嬌だ。ゴホゴホしたくなる気持ちを抑えながら、私は昼食をとりだした。そしてふと気付いた。
「……会長、そういえばご飯もう食べたんですか?」
「ああ」
会長はあっさりと答える。でも、平岡さんはまだご飯食べてるよね?いくら食べるのが早いと仮定しても早すぎないか。そう思いながら私は山盛りの平岡さんの昼食を見た。うん、会長の食べる姿はみたことないけど、同じような体格の平岡さんでもあれだけ食べるんだ。普通より平岡さんが多いとしても……例え平岡さんの半分しか会長が食べなかったとしても、平らげるには少し早すぎると思う。すると私が考えていた事がわかったのか、平岡さんは心得たかのように会長の机の上を指差した。
「会長の昼飯、いつもアレ」
その指先を追うとエネルギーを3分チャージ!と書かれた銀のパッケージが存在した。
既にぺたんこになったそれは補給済みであることを示しているのだろうが……到底男子高校生の昼食としては成り立たないと私は思った。え。だってそれだけ?!って!
「……まさかお昼ご飯、それだけ……じゃ、ないですよね?」
うん、今度は騙されない。信用するって思ったけどこれは流石に平岡さんのお遊びだ。信用すると先程思った私が間違いだった。そう私は思ったが、残念なことに平岡さんは今回も誠実だった。
「作ってくれたら食ってやろうか?」
会長は私の質問を受け、否定しないでそんな事を言ってのけた。……うん、少なくとも本当にコレしか食べてらっしゃらないご様子ですね!!
「からかわないでください!!」
かわす為だろう言われた言葉であることは私にも分かっているが、それでも思ったより強い反応を示してしまった。いや、うん、作ってくれって言われいてる訳じゃないのも分かってるんだけどね!!それでも一瞬どきっとしたのは会長の顔を思いっきり正面から見てしまったからだと思います。うん。挑発的なにやりとした笑顔も良いですね、会長様。でももし私が調子に乗ったらどうしてくれるのですか会長め……!
だって……料理っていったら……出来ない訳じゃないことじゃないですか。うっかり調子に乗って作ってしまったらどうするんですか。食べてくれるんですか。残念なことに私には『美味しいお弁当』を作るほどのスキルは無い。だから本来は心配する必要は無い。もちろん普通のお弁当なら私も作れるよ?卵焼きやウインナーを入れたありきたりのお弁当だけど、一応はちゃんと作れるからね。そもそも料理ってレシピ通りに作れば失敗なんて絶対ない。大抵失敗する人は作り慣れていないのに自己流アレンジが強すぎる人ばかりだ。でも美味しいお弁当となれば話は違う。だって美味しい弁当は時間との勝負になるんだよ。手慣れているか手慣れてないかで作業効率は酷く変わるし、箱詰めする技量だって簡単に身につくものではない。だから調子に乗って作ってきてしまうという心配はない。……普通なら。
でも目の前の状況は異常事態だ。成長期の男性の食生活として、会長の状況は非常に深刻であると思う。本人の自覚はなさそうだけれど。炭水化物過多だと思われる平岡さんの問題なんて可愛いものじゃないか。
米でもなんでも、少しは口に入れた方がいいんじゃないだろうか。会長は随分しっかりした体つきで有るのに、どうしてこんなに適当な食生活を送っているのだろう。カフェオレおごってくれるより自分の食事を調達した方が良いのではないか。……いや、此処は、お世話になっている会長のために料理の勉強をするべきなのか?それとも恥を忍んでそこそこの弁当を無理やりにでも食べて貰う方が良いのだろうか?
……等と考えていた私だが、何らかの結論を出す前に綺麗な声が響いた。
「会長、だめですよ。食べないと大きくなれませんよ」
そう、のびやかに言ったのは瑞奈先輩である。会長は既に大きいので適切な発言ではないかもしれないけれど、先輩の言葉は全くイヤミがなく入ってくる。とても不思議だ。でも、何だろう。幼稚園の先生が子供に言うようにも聞こえるんだけども。
「………」
うん、よく考えたけんだけど、違和感の一つは瑞奈先輩が“ヒロインさん”にしては少し押しが弱い気がするからなのだと思う。今の発言もまるでオカンポジションだ。これがゲーム画面なら「私が作りましょうか?」という提案が、選択の如何にも寄らず行われる展開になっていたと思う。それにゲームでは会話の選択によってヒロインさんの性格が変化する事は有ったけど、最終的にオカンポジションへ行きつく道は無かったと思う。普通に進んでいくと純真天然お姫様。ちょっと外れると小悪魔ちっくになったり、意地っ張りになったりもするけど、オカンになることは無かったはずだ。大人びたと思えば良いのだろうか……?ひょっとしてこの世界での瑞奈先輩は同年代なんて興味が無いのだろうか?
そう思い至った途端同時に私に湧き上がるのは少し残念と言う思いと、会長がんばれ!という思いと、それから少しだけほっとしたような思いだ。
(……って、え?どこにほっとするの?私?)
私は自分で思い浮かべた事をかき消すように首を振った。ぶんぶんふった。振りすぎて「だ、だいじょうぶ……?」と瑞奈先輩に心配されたりもした。
「まぁ、とりあえず会長の昼飯は今更だから置いといて……白森ちゃんと童子ちゃんはコレ見といてね。本番の予定表。仕事、割り振ってるから」
「あ、はい」
「了解です」
私と白森先輩は互いに貰った紙を見た。出場競技に合わせて仕事が割り振られているので、わりと時間の区切りは細かい。……私を除いては。殆ど一本線でつながった私の役割はただ一つ。写真係と書かれている。……写真係?
「体育祭の時は腕章巻くからね。競技によって危ないって思ったら自己判断ではずしてね」
「あ、はい」
「んでカメラはこれ」
私の疑問を無視してカメラを渡してくれる平岡先輩は説明してくれる気はないらしい。えーっと……一番暇人だからカメラの受け渡しを省略するために私が担えって事なのだろうか。そう思っている間に登場しました、一眼レフのデジタルカメラ……っていうか一眼レフ?!私に使えるのか、コレが!!
私は当然の事ながら一眼レフなんて持った事が無い。渡されたのは今まで触ったことのあるコンパクトカメラより重たい王者の風格のカメラである。コンパクトカメラと同じように構えるのは難しそうだ。じゃあどうすれば良いのか?いまいち分からない。構え方すら分からないのに、こんなもの使えるのか……?私としては普通のカメラだって手ぶれをさせる自信がある。それなのにこんなに重いものを持つ自信なんてない。
しかし平岡さんはそんな私の様子を気にしない。うん、気にする人じゃないのなんて、今更ですよね。
「ちょっと重いから試しに何枚か撮ってみてみてよ。多分走ってるのとか難しいと思うから、とりあえず走ってないの撮ってみて」
「えーっと……」
「これ、コンパクトカメラと一緒でAF(オートフォーカス)でピントは合うし、望遠レンズつけとくからズームも効くし色も多いからコンパクトカメラより上手に撮れるようにみえるよ。まぁ、これでも入門用のシリーズなんだけどさ」
おーとふぉーかすって何ですか。そんなのコンパクトカメラにありましたっけ。いや、その口ぶりを伺う限りあるんですよね……?そんな質問すらできやしない。私とて写真は撮った事あるけど機能の名前はズームしかしらないんだぞ。分かるわけないぞ……!!
けれど分からない事は何となく伝わったことらしい。
「とりあえず構え方は左手をボディの下に。そんで軽くボタン押したらピント合うから、そのあと深く押してみて」
そう言いながら平岡さんはとりあえずカメラの横に添えていた私の手を正しい構えへ導いてくれた。平岡さんはカメラに詳しいのだろうか。それなら手間を惜しまず平岡さんが撮影した方がいいと思うのだろうが……私の手を動かす大きい手の持ち主はそんな事考えてないんだろうな。あ、そもそも平岡さん実行委員長だから写真係なんてしている暇ないか。
あと余談になるんだろうけど平岡さんだと近くでも全然ドキドキしませんでした。会長とは違う……ついでにいうと平岡さんより瑞奈先輩の近くにいる時の方がドキドキするよ。逆になんでだろうって思ったよ。
「……童子ちゃん?聞いてる?」
「あ、はい」
もちろん聞いてませんでしたけども。
等と言えませんので、とりあえずカメラはまたあとで少しいじっておこう。おお、望遠レンズって筒の部分を左右に動かしたら近くなったり遠くなったりするのか。びっくりした。
「何でこんな良いカメラが生徒会にあるんですか?まさか写真部からの借り物ですか」
「いや、生徒会のOBからの寄付。新しいの買ったからってくれたんだよ。処理速度はちょっと遅いけどまだまだ使えて問題無いし。レンズも同じで上位の買ったからくれたんだ。だからシャッター速度も少し遅いんだけど俺らが使うには十分で……」
「はいはいストップ、ストップです。私そんな話聞いても何も分からないんで良いです」
……やっぱりこの人カメラに詳しい人なのか。そう思いながらカメラを構え生徒会室ないをファインダー越しに見渡してみた。一度シャッターも押してみようかな。そう思うと、急に真っ暗になった。驚いて顔を離すと、そこにはプリントの束でレンズの先を塞いでいた平岡さんが居た。後輩である私が言うのも何だが、子供っぽい先輩だなホントに……!
「じゃあ、とりあえず撮ってみようか」
「……何を?」
「俺ら」
邪魔しくさって下さった平岡さんは堂々と撮影会を提案して下さった。
「いやー。まだ生徒会結成記念写真とってなかったじゃん。練習にはちょうどいいぞー!」
その平岡さんの案は確かに私にも魅力的に聞こえる。失敗しても問題無く、何度でも撮りなおさせてくれる被写体だ。うん?でも集合写真だと……ちょっと足りないぞ!
「平岡。それだと童子が写真には入れねぇし、坂本と茜井と瓜生がいねぇだろ。居ねぇヤツのが多いっておかしいだろうが」
「あー……そうだったな。でもまぁ、とりあえず本番はまたにして、俺らの写真に写る練習ってことでいいじゃん」
はい、私が思ったことは会長が代弁してくれました。
私はあまり写真を撮られる事が好きではないから入らなくても良いのだが、集合写真というからには坂本さんと茜井先輩と瓜生くんが居ないのはマズイと思う。ていうか、平岡さん三人がいないの忘れてたのか?それとも単なる言葉のアヤ?彼の真意はわからないが、平岡さんはそのまま場をまとめてくれた。真ん中に会長、私から見て向かって右に瑞奈先輩、左に平岡さんだ。
「………」
ファインダー越しに見えた世界。生徒会室の、もはや見慣れた風景となり始めているこの空間。そこにある三人の顔を……ごめんなさい、正しく申告します。中央にいる会長の顔を正面から覗くのですが、笑う訳でも愛想を浮かべるわけでもない真顔の会長を直視するのは辛くございます。会長写真では笑わないタイプなのか。まぁ真顔でもイケメンはイケメンだな、わかってたけどな!真ん中にピントを合わせないといけないのはわかるのだが……これは辛い。拷問だ。目を逸らせたくて仕方無い。
冷静になろうと私は思うが目をそらしたくて仕方がないとも本気で思う。
神様、私なにかしましたか―――?
シャッターを押せない私に「早く早く」とはやし立てる平岡さんに「撮るときは掛け声お願いね?」と可愛く言ってくれる瑞奈先輩。私はそんな先輩方の声を聞きながら、軽くピントを合わせ、ファインダーにあてていた右目も瞑ってから「とりますよー!!」と言ったその瞬間にシャッターを切った。
写真、ぶれてないと良いなぁ。そんな胸の内に秘めた願いは「撮ったのすぐに確認できるから見てみろよ」と言った会長の一言ですぐにジャッジが下ることになり、そして予想通りもう一度撮りなおすことになった。
こ、これは……実際の役割を担うまでに恐ろしい試練があったものだ……!!
私がわたわたとしているのを迷惑そうにクロがみていたけれど、そんな事を気にする余裕なんて全くなかった。結局撮り直しに撮り直しを重ねた結果、私が解放されたのは昼休みも終わる直前だった――。