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改めまして『笑い童子』もしくは『童子』と呼ばれている私ですが、風紀委員長なんて恐れ多い任に就いてしまいました。正直自分でもよく引き受けたな、ノリって怖いなと後になって思ったのですが、取り消すつもりはありませんよ!ほら、女は度胸っていうし、ノリに任せてしまった現状だろうが全うするのが女子力ってもんでしょう!!って、あれ?違う?……いいの、うん。愛嬌はヒロインさんが担当するべきものだと思うからね。
……という、前置きは此処に置いておいて。
生徒会に入ってもこの学校では特に生徒にお披露目をしたりはしない。けれど生徒は生徒会の人間を見分けることはできる。実は生徒会役員には校章のピンズが与えられるんですよ。だからお披露目なんてしなくても制服にコレが付いていると「あ、生徒会の人だ」って分かるんだよね。もちろんこれだけじゃ役職までは分からないんだけどね。ちなみにこれは特別予算で作られたというわけではなく、数年前の制服変更の前までは全校生徒が装着義務を負っていたものなのですよ。制服が変わる時に『まだまだ在庫がある』という理由から学校側が引き取って、それ以降は生徒会メンバーのみ着用義務という事にかわったらしい。
しかし当然のことながら生徒会内でのお披露目はある。
「えっと……お昼休みに入会いたしました。風紀委員長を担当します。笑い童子とでもお呼び下さい。所属は一年三組です」
緊張で声が裏返っているのは見逃してね?自己紹介は私の一番苦手とする分野なのですよ。もちろん会長と平岡さんは知っているし、白森会計と茜井副会長も姿は知っているけどさ!!でも会長達以外は話した事が無いから緊張するのですよ。白森会計との遭遇は会話にカウントできないものだしね。あとは文化祭実行委員長と、同じく一年で先に入会していた書記くんもいるし。
私の自己紹介は自分で言うのもなんだが随分ヘンテコなものだったと思う。けれど私の緊張は声にも表情にも表れていたので、その様子の方に初対面メンバーは「大丈夫かこいつ」という雰囲気を見せている。……うん、こんな新人来たら私だって不安だよ。わかるよ。でも治らないんだよ…!
「えーっと……童子、ちゃん?それは……お名前ではない……よね?」
一番初めに、混乱しつつも私にやさしく声を掛けてくれたのはヒロインさん。白森会計様だ。相変わらずの聖女っぷりである。そしてこの様子だと白森会計は笑い童子のネタを知っていない。……しまった、早まったか。ばれずに過ごすという可能性も残っていたのか。そう思ったが、
「確か、お前って図書室の笑い童子だよな?何、生徒会興味あったんだ?」
そう、茜井副会長が笑顔で言ってくれたので一瞬でその解説が終わってしまった。副会長には嫌みが無く「知ってる知ってる、歓迎します!」という様子であるが、かえってそれが私にとってはダメージになる。さわやかに笑い童子って言われた……!うう、言うんじゃなかった。言わなくても平岡さんがすぐにバラしたと思うけど。しかし副会長は幼馴染を推薦しようかという話をしていた割に私の事は大歓迎のご様子だ。うん、これはアレかな?本当に誰もいなければ生徒会のために幼馴染を推薦しようとは思っていたけど、自ら呼んで来たい訳ではなかったってことなのかな?副会長ルートは当然一回もクリアしてないから彼の事については会長ルートで通らざるを得ない最低限の事しか知らないんだよね。
そう思いながら私は少しだけ下がり、隣に居た会長を盾に半身隠した。うん、やっぱり人前恥ずかしい。人見知りさせてください。けれど会長はそんな事を認めるタイプではない。
「おい、風紀委員が隠れてどうする」
首根っこを掴まれ、結局前に出されてしまった。うう、この空気苦手なんですって。
そう思う私とは正面から視線をずらす。が、そこにも当然人は立っていた。ええっと……少し髪が長くて一つで束ねているこの人は、確か文化祭実行委員長。そして文化部の統括さん。少しのんびりしている様子で、彼は「……まさか君が生徒会に興味あったとは、少し驚きだね」と言ってのけた。うん、この人にも図書室に居たことがばれていますね。そして多分その笑い童子の噂も耳にしているのだろう。恐らくだけど、この人には直接目撃されているのかもしれないと私は思った。だって文化祭実行委員長、とても本が似合いそうな感じなのですもの。ちなみにこの人の名前は坂本さん。三年生。その坂本さんと同じように「俺も君が生徒会入るなんて思わなかった」と書記くんに言われた。確か……瓜生くんと言っただろうか。確か瓜生くんは隣のクラスだったような気がする。瓜生くんはベリーショートなツンツン頭だ。
「まぁ、何にせよ童子って呼ばれたいなら俺も呼ぶよ。俺の事は変な呼び方するな。瓜生で良い」
「う……うん。わかった、瓜生くん」
出来れば私も名字で呼ばれたかったような気がするけれど、平岡さんがいる手前再び呼び方論争をするのは避けたいと思う。だから渋々承諾する以外に道はない。
「じゃあ、私は瑞奈が良いな。良いかな、童子ちゃん?」
「あ、え、はい」
白森会長に言われ、私は戸惑いつつも了承した。え、これはヒロインさんを瑞奈先輩と呼ばなければいけないのだろうか。え、ちょっとこれは想定外なのだけども……!しかし茜井先輩からも「じゃあ俺も譲で良いよー」とにこやかに笑っている。え、譲先輩なんて呼ばないといけないのですか。……まぁ、嫌だなんて言えないけどね!!言いたいけどね!
「あー……とりあえず紹介は此処までな。茜井と平岡は入場ゲートの組み立てを体育倉庫で、白森と坂本は手分けして部活対抗リレーのメンバー表もらってこい」
会長のその宣言で、ひとまず紹介大会は終了した。そしてボスの宣言に従うメンバーはそれぞれの担当現場に散って行った。そして残されたのは私と会長のみである。
「会長、私は何をすれば良いんですか」
「お前はとりあえず昼の続き。体育祭の準備の状況なんて分かんないだろうし」
そう言いながら会長が親指で示したのは昼間はまだ物置になっていた席である。どうやら此処が私の席らしい。……片づけてくれたんだ。何だかこれだけでも歓迎されていると思え嬉しくなった。
少しドキドキしながら椅子に私は座った。椅子はギシギシと少し年季の入った音をたてた。それでも私の嬉しさはそのままだった。
私が席に着いたのを確認した会長はのんびりと口を開いた。
「ウチは皆一応役職名持ってるけど、その時その時で皆一緒に行うからあんま気負うなよ」
「……私、気負ってなんて、いませんけど」
「嘘つけ。あんだけビシビシ緊張してますってオーラ放ってたくせに」
きしし、と会長は笑って見せた。おおう、直視しちゃいけないやつだ。毎度毎度良い声だとつい発生源……この場合は発声源とでもいうのだろうか?そちらを思わず見てしまう。私は慌てて先輩から顔をそむけ、私はプリントの山と向かい合った。うんうん、早く完全になれないと心臓持たなくなってしまうな。
けれど会長は私のこんな心情なんて把握する訳もない。彼はいつも通り言葉を続けた。
「お前でも緊張することあるんだなって、さっきは少し驚いた」
「会長、私を何だと思ってるんですか」
「正直で面白いヤツ」
「………」
うん、良い。分かっていたはずの回答を聞いたのは私だし、問題無い。そう思いながら私は昼休みと同じように指に輪ゴムを引っかけようとした。ちょっとだけ別の答え……私の思いつかないような回答をもらえるかなと思ったのは私の勝手だもん。だから勝手に残念がる訳にもいかない。そう思いながら輪ゴムを一つ掴んだのだけど「おい」と会長に言われて一時中断した。何だろうと首をかしげて会長を見ると、会長は指サックをつまんでいた。ピンク色のそれは会長が持つには可愛すぎる。
「くれるんですか」
「ああ、好きに使え。予備は備品庫にある。ここの茶も好きに飲め。ついでに淹れてくれると有り難い」
「あはは、了解です。今の気分は緑茶です?ほうじ茶です?」
「ほうじ茶」
私は席から立ち上がり会長から指サックを受け取り、その流れでお茶を淹れることにした。会長のカップは瑠璃色だ。多分これはどこかの工房で作られたカップだと思う。色の具合が大量生産のものとは違う事がうかがえる。絶対落とさないように注意しないと替えが効かなさそうだ。一方私は裏に「お客様用」とマジックで書かれている湯呑みを拝借することにした。……何でマジックで書いているのだろう。そう思いつつ、加えてもうお客様じゃないんだけどとも思いながら『お昼もコレ使ってたし、いいよね?』と結論付けた。自分のカップは明日持ってくる事にしよう。
ティースプーン一杯の粉を淹れて、お湯を淹れるだけの単純作業。コツもなければコクも少ないがまずい茶を淹れる心配も無い素敵無敵のインスタント、此処に完成。あとは会長にお渡しすれば任務も完了。
この頃になると、私は緊張した自己紹介の事など綺麗に忘れ始めていた。こんな単純なやり取りだが、いつも通りの会長との会話をさせて貰えたお陰で気が抜けたのだ。先程までは少し固くなっていた指先も戻っている。ひょっとして、会長は気付いていて誘導してくれたのだろうか?彼の表情からは読めないけれど、その可能性を思いついたとたんそうだとしか思えなくなった。会長、凄い……!
そのように気を使って貰っているのであればせめて早くお仕事に取り掛かろう。山ほどある書類だが早く片付けてしまわないと占有スペースがとても邪魔だ。私はそう思いながら淹れたてのお茶を会長の机に置いた。すると会長は「やる」と言ってカップと交換に飴をくれた。はちみつレモンの飴は会長のチョイスにしては少し可愛い気がした。
「……先輩っていつもお菓子もってるんですか?」
「ほう。要らないのか」
「いや、欲しいですよ!前にもらった飴も大事に持ってますよ、お守り代わりに!」
うん。学力向上のお守りより聞きそうだから大事に持っています。生徒手帳に挟んでいるから、もう手帳のカバーは緩んでしまっているけどね!けれどそれをどこぞの副将軍の印籠のごとく突き出したら会長は呆れていた。
「……いや、持っててどうすんだよ。早く食わねぇと溶けるぞ」
「大丈夫です、溶けても効力が……」
「いや、食べ物だからな、それ。お守りじゃないからな」
会長は完全に呆れ、そして「そんなにお守りが欲しいなら買ってきてやるから食え」と私に言う。え、買ってきてほしい訳じゃないし自分で買うこともできるんだけど。お小遣いは多い訳ではないけれど、買えないほど少ない訳じゃない。
「お守りってのはな、人にもらった方が効力があるんだってよ」
「へー……そんなもんですか」
「ああ。だからとりあえず飴は食え」
会長に駄目だしされたので、私は仕方なく前にもらった飴を袋から出した。……うん、最近暑かったもんね。少しねちゃっとしていたのは仕方がないだろう。大丈夫、味はそのままのはずだから。ちなみにリンゴ味だった。うん、ホント可愛いチョイスをするんですね。
「会長って甘党?」
「ああ」
「コーヒーは砂糖とミルクですか?」
「いや、コーヒーはミルクだけ。砂糖はいらない」
「意外です。ブラックとか似合いそうなのに、違うんですね」
「お前は?」
「私は牛乳がたっぷりないと……半分は入ってないとだめですねぇ」
そんな関係ない話をしつつも手を止めずにパラパラと私が紙をめくる。その間は会長もカタカタとキーボードを打っていた。やがて音が止まったと思うと給湯スペースの反対側にある大判プリンターをガタガタと動かしていた。おお、彩華高等学校体育祭の文字が綺麗に現れましたよ!!思わず珍しいプリンターに見入っていると、会長はこちらを振り向き印刷しあがったばかりのそれを見せつけるように広げた。
「あとでコレ看板に取り付けるから、お前も手伝え」
「はいっ!それまでにこれ完了させますね!」
「ああ」
正直、こういう事務仕事は嫌いじゃない。役に立つって良い事だよね。得意な事が少ないだけに、こういうことは好きなのです。
「そういえば会長はなんの競技に出るんですか?」
「俺か?騎馬戦と応援合戦と1500m走」
「うわー……とても似合いそうですね。とくに応援合戦」
良い声だもんな、やっぱり応援団長なんだろうか。学ランに白い鉢巻で白い手袋で……うん、すごく萌えそう。その場合は眼鏡もいらないよ!まぁ、そんな思いを自分の中だけでとどめるけどね!……だって引かれるのは困るから。主に勉強の面とか。
「お前は何に出るんだ?」
「借り物競走です。それだけですよ」
「……ああ。頑張って幸運引き寄せろな」
なんだろう、若干会長に同情されている気がする。でも会長がこんな反応をするということなら、きっとその内容を知っているんだと思う。そりゃ、そうか。会長は三年生だし、例年やってる競技なら知っていないはずがない。
「去年の借り物競走のお題って、どんなのだったんですか」
「……まぁ、ざっくりと言えば人を連れてこいってのがほとんどだ」
「人?」
それって借り物っていうか借り人競争なのか。しかし人だといえば余計に悪い予感しかしない。
「……心配しなくても、悪意のこもったものはない。けど、まぁ……」
「まさか『好きな人』なんてお題ないですよね」
「無い……と、思う。今年書くのは平岡だから知らねぇけど」
平岡さーん!!あなたが書くとしたら私は不安で仕方ないですよ!!そう思いながら、恐る恐る「それで、どんなものが……」と、恐る恐る口にしてみた。好きな人がお題とかだったら私永遠にゴール出来ない。いや、恥ずかしがるとかそのレベルじゃなくて相手がいない!!
すると会長は「うーん……」とうなった後、おもむろに立ち上がると平岡さんの席の引き出しをガッと開けた。そして茶色い箱、そして続けて中身を取り出す。
「ほら、これ去年のお題」
「え、見ていいんですか」
「別にいいだろ。今年と同じのとは限らないし。見終わったら箱に戻しとけ」
そういうと会長はさっさと自分の仕事に戻ってしまった。いや、私も仕事をした方が良いのだろうけど……ちょっとだけなら、いいよね?そう思ってその中身を見て……予想とは違う方向ではあったけど、肩を落とした。え、なにこれ。本当にそう思ってしまったのだ。これ、高校の体育祭でする必要のあるものなのか?数々の紙をめくりながら、私は思わず私にしては低めの声を出してしまった。
「何ていうか……借り物競走って生徒同士で褒めあう競技なんですか?」
「そうじゃね?……まぁ、面倒ではあるがな」
「『頼れる人』とか『やさしい人』とか……適当に人連れて来たら良いじゃないですか」
それこそ競技者同士を借り人としてゴールに突っ込んでも問題ない。優しいとか頼れるとか、そんな主観的なものをお題にするとはどういうつもりなのだろう。客観的に判断できなければ誰でもいいではないか。そう思いながら私は会長に言ったのだが、会長はそれには緩く首を振った。
「ソレ、ゴールしたら連れて行った相手とのエピソードを暴露しなきゃならんってのがルールだからな」
「え、なにそれ。どんだけ青春しようとしてるんですか恥ずかしい」
「校長発案の競技だからしょうがない。……まぁ、今年もその程度で済むなら良いんだけどな」
「……何か懸念が?」
「平岡だぞ。……例年通りに済めば良いがな」
「…………」
私と平岡さんなんて今日出会ったばかりだけど、一癖も二癖も有りそうな人であることは分かっている。だから少し会長の言葉が理解できた気がする。
「ちなみに平岡が直接決済取りに校長ンとこまで行くから、俺も内容は知らない。もう決まってるはずだがな。この競技に関しては全部平岡が動いてる。俺は知らん。責任は校長だ」
そう言い切られて、私は眉根を寄せた。……ろくでもないと会長が推測するにろくでもない競技。嫌な予感しかしない。雨が降っても槍が降ってもかまわないから、まともなお題を平岡さんが考えてくれることを切に願う。
しかし会長は良いよなぁ。関係ないものね。借り物競走はやっぱりそういうオチが付いているんだぁ……そう思って拗ねかけた私に、会長は「まぁ、深く考えなくても」なんて他人事のように言って下さった。全ては玉入れに走ろうとした私の失敗だというのか。ああ、悲しい。そう思いながら箱に用紙を戻そうとした私に、会長はこちらを見るでもなく当たり前のように言った。
「別に借り人のクジ引いたら俺を連れてったら大概はそれで済むだろ。呼びに来い」
「え?」
「『優しい人』だろうが『頼れる先輩』だろうが、大概俺なら何でも問題無いだろ?」
極々当たり前のように言う会長はあまりに堂々としていて、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ンだよ?」
「いえ」
黙った私の反応が不服だったのか、会長は片眉を吊り上げて私を見た。私は反射的に言葉を返した。確かに会長の発言は正しい。優しく頼れる、ついでに声とルックスと頭の良い先輩。好意的な事を連ねられる借り人競争のお題としてはもってこいだろう。それは分かる。だが、だ。
「……自分自身ではっきり言っても全く否定する余地のないセリフってすごいですよね」
「だろ?」
最終的にはこの一言に尽きる。先輩半端ないです。ニヤッと笑う会長に、私も肩の力を抜いてお願いした。
「危なくなったら、お願いします」
まぁ、危険なお題を引かないのが一番なんだろうけど。私の言葉に対して会長は「おう」と満足げな返事をくれた。体育祭まではあと少しだ。