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生徒会に入る。

それは私にとって考えもつかない選択肢である。だからその言葉を現役生徒会員に言われ戸惑うのは……分かるよね?


 そもそも私の持つ生徒会のイメージは『真面目で頭が良いリーダー格の生徒が集う学生自治組織』だ。不真面目なつもりは無い。しかし頭脳に関してはこの学校では悪い部類に入り、一般にも良い方には入らない、ごく一般的な自分だ。それにとにかく長いものに巻かれるタイプの私がそんな恐れ多い集団の仲間入りをすることは……どう考えても生徒会にとっても良くないと思う。うん、駄目だよ。私にとっても学校側にとっても良くないよ……!


「平岡さん、明らかにそれ勧誘相手間違えてますよね……?」


 束ねかけのプリントを落とさぬよう気をつけながら私は平岡さんにそう尋ねてみた。けれど平岡さんはゆるゆると首を振る。間違いではないとの主張だ。


「いやあ、今年の一年から最低二人は生徒会役員ほしいのに一人しか決定してなくて困ってたんだよねぇ」


 そういう平岡さんは、私に軽く生徒会の実態を説明してくれた。


 平岡さんいわく、現在生徒会は三年生三人(内訳は会長・文化祭実行委員長・体育祭実行委員長)、二年生二人(副会長・会計)、書記担当になった一年生一人を擁しているとの事だ。そして今困っているのが風紀委員長のポストを埋めることだという。


 ……て、え?風紀委員長?委員長……?!


「ムリムリムリムリなんで委員長何ですか私そんな目立つの無理ですってば!」


 普段なら絶対噛んでしまうだろう速度で息継ぎもせず言い切って否定をしながら、私は精一杯の拒否を全身で示した。いや、だって無理だって。ただでさえも私が担うには難しいだろう生徒会役員、しかも風紀委員長なんてとんでもない。仕事の内容がどのようなものなのか想像できないが、“長”とつくからにはエラい人になのだろう。……人の前に立つタイプでない事は私がそんな役割を全うできるわけがない。っていうか明らかに人選ミスだろ!!そう私ががくがくと震えていると、しかし平岡さんはそれさえも楽しいと言わんばかりに笑っている。


「だぁーいじょうぶだって。ここの風紀、さほど乱れてないだろ。だから例年一年ポストなんだって」

「え、そういう問題なんですか」

「そうそう、一部はとーっても乱れてるし腕っ節も強いけど、まぁ俺とか会長とかもいるし平気平気」

「それって平気とは言わないですよね!!」


 っていうかこの学校ってそんなに風紀乱れた人いるの!?そう驚く私に会長がぽつりと「まぁなまじ勉強ができるだけに自己主張の強い輩がいることは否定しない」とあっさりと言った。その言い方、オブラートに包んでいるのかストレートなのかわかんないよ会長……!


「俺や平岡の前じゃすぐ正すけど、見てないとこじゃすぐ乱すからな。いたちごっこだ」

「ちなみに……どんな……?」

「殆どが制服の着方だ。中には授業中抜け出すヤツもいるけどな。まぁ授業中に関しては先生方の管轄だからそこまで手は回さない」


 うん、それって全然大丈夫って言わないと思う……!ゲーム内ではそんな人もちろん出てこなかった……と、思う。ごめんなさい、会長ルート以外はホントわかんないから居たかもしれないけど。でもクラスだって平和だからそんな人が居るなんて思っていなかったのだが……そう考えて私は気付いた。うん?そもそも風紀委員長って、確か……体育祭実行委員長とともに、名前だけは出てた気がする。

私がそう思っている間に今度は平岡さんが現状について教えてくれた。


「一応候補が他に居ない事も無いんだけどねぇ……副会長が誰もいないならって幼馴染を推薦してくれようとしてるけど……俺、あの子より童子ちゃんのが良いね。裏表なさそうで」

「はぁ……。副会長の幼馴染さんって裏表有りそうなんですか」

「なんか腹に一物抱えてそう。だよな?会長」

「俺に振るな。誰であろうとこの学校の生徒だ、変な事は言うな」


 眉根を寄せた会長に平岡さんは肩をすくめた。……裏表有りそうな副会長の幼馴染?

 私は記憶を手繰り寄せ……そして


「あ」


 唐突に思いだした。それ、阻止しないといけないやつだ。ど忘れしていたけど、副会長の幼馴染ってヒロインさんのライバルキャラじゃんか!!そう私は思いだすと同時に思わず身震いした。そう、茜井副会長のスマイルな感じとは違いとても自己主張の激しい、けれど行動には受け身が多いという面倒なお嬢さんなのだ。


 ライバルキャラの幼馴染さん。それは会長ルートでも副会長ルートでも立ちはだかる難敵だ。いずれも共通するのが「本当は生徒会に入りたかったが、私の優秀な成績なら何もしなくても誘ってもらえるわよね」のスタンス。そこから分岐に入った時点で会長ルートなら「推薦を受けて訪れた生徒会室で会長に一目ぼれしてた」、副会長ルートなら「ずっと譲くんを見てたのは私よ!!」というエピソードが披露され、それぞれのルートに突入する。……まぁ、副会長ルートは音羽から聞いた話だけどね。ライバルさんからヒロインさんへの陰湿ないじめが有るわけではないのだが、とにかくねちっこい。古風なドラマの姑役よりもねちっこい。ライバル役なだけに美人なのだが、結局ヒロインが相手を攻略してしまった場合、その相手役からライバルさんは厳しい言葉を投げられて舞台から降りてしまうのだ。それも更生できないレベルに一気にしっぺ返しをするという形でね。そしてそれまで自信満々だった彼女は少なくともゲーム終了までに立ち直ることは無いんだよね。

音羽情報によると二次創作では極度のツンデレとされて救済される事が多かったらしいのだが、退学等という事にならないまでも自信を打ち砕かれたライバルさんに何度も私は同情してしまった覚えが有る。だって、しつこいしねちっこいけど、ライバルさんだって必死なんだもん。


 ちなみにライバルさんは例えヒロインが攻略失敗したとしても相手役と結ばれることはない。ヒロインさんが失敗したとしても、ライバルさんのねちっこさに二人共アウトを出してしまうのよね。唯一の救済があるとすれば、それはヒロインが攻略失敗した時に限りライバルさんとヒロインさんが心を通わせる友情エンドだろう。けれどその内容決しては前向きではなく、逆に後ろ向きの二人が並んでブツブツ言っているようなモノである。友情エンドよりは病みエンドのほうが正しいと思う。ちなみに私も一回見てしまいました。ちょっと怖かったです。……と、こんな訳だから……つまり、どんな事をしても彼女が生徒会入会時点でライバルさんの未来は決まってしまう。


 ライバルさんの事、邪魔くさいとは思ったけど嫌いじゃなかったんだけどな。とにかく会長(もしくは副会長)に猫を被り、ヒロインさんに対してはねちっこいながらも優位に立つための努力は怠らない。ここの世界の彼女も同じだとは限らないのだが、正直な所かなり不安だ。何か回避方法があれば良いのだが……。


 その時気付いた時、私ははっとした。


 ……うん、その存在もまだ認識していないし、私としても一番お近づきになりたくないタイプであるが、そのライバルさんを助ける方法……それにヒロインさんも会長も副会長も問題なく平和な学校生活を送れる方法、あるじゃない。


 私が生徒会風紀委員長就任さえすれば……!!


 そう。気付きたくはなかったが、これはそういうことなのだろう。私は焦った。有るじゃん、回避方法。でも私が風紀委員長?それはないだろ……!じゃあ代わりに風紀委員長を務めれる人物を推薦するとか……ああ、でも駄目だ。音羽を思い浮かべたけれど、彼女は乙女ゲームをプレイするの障害を何よりも嫌う。引き受けてくれるわけがない。そして彼女ならこういうだろう。『アンタがしなさいよ』と。……やっぱり私がするしかないの!?


 突然思い至った事におろおろとし、まともな声が出せなかった私は軽く平岡さんに笑われた。


「まぁ、返事はすぐじゃなくてもいいよ。例年七月までにメンバー揃えたら良いってことになってるから体育祭の後でもね。だからまずは体育祭楽しんでよ。準備してる身としては楽しんでほしいしね」


 その言葉に私は一瞬固まり、そして視線を逃がした。……ごめんなさい体育祭嫌い宣言既に会長にしています。ほら、会長も思いだしたみたいで押し殺して笑っているじゃないですか。まぁ、私も若干びくっと震えてしまった自覚はあるんですけどね。だから続いてぷるぷると震えたのも……仕方ないよね?いや、会長の機嫌が少しでも向上してくれたのなら良いんだけど……良いんだけど!何もあなたまで笑わなくてもいいじゃないですか平岡さん!!


「まぁ童子ちゃんがどう思うかは別だけど、僕は面白いと思うよ、生徒会。お勧めはする。部活の一つって思えば気楽でしょ?」


 そう言った平岡さんは書類を留める作業に戻って言った。

 平岡さんを信用している訳ではないが、平岡さんが軽い調子で言っているのを聞いていると不思議と本当に部活の一つにも聞こえた。嘘だとは思わなかったのだ。平岡さんのことは余り得意なタイプではないが、やはり平岡さんも生徒会の一員なだけがあると私は感じた。モブ仲間だと思って申し訳ありませんでした。余裕と説得力が言葉から現れる感じ。さすが三年生の役員という事なのだろうか。

 そんな平岡さんの言葉を頭の中で何度か再生しながら私も書類を並べ、留める作業に戻ることにした。考えながらでも手を動かさないと終わりは無い。そう思い輪ゴムをはめた指で書類をめくりはじめたのだが、不意に会長からの視線を受けている事に気付いた。


「会長、どうしましたか」

「いや……お前、無理強いされてる訳じゃないからな。いやなら断われよ」


 実に形容しがたい顔で会長は私にそう言った。顔は何とも言えない表情であるが、その声は心配が滲んでいる。か、会長の心配ボイス……!!これにときめかない人っているのでしょうか!!あ、あくまで声に惚れるという意味でだけどね?いや顔もいいけどさ!でも感激だ。


「心配して下さるのですか」

「ああ……主にお前の期末をな」


 わお、思わぬ所でクリティカルダメージ!……うん、ごめんなさい。ぐさっと頭にいろいろ刺さった気がした。いや、刺さった。けれど悲しいかな、私にはこれに反論する言葉何て持ち合わせていない。ぐぅの音もでないとはこういうことを言うのだと思います。項垂れる私に、平岡さんから生温かい視線を受けた気がする。うわぁ、これ同情って呼ばれる部類のものですよ、うん。散々めちゃくちゃに言ってくれた平岡さんに同情されちゃったよ、私。これは相当可哀そうな子だ。


「んー……でもウチは会長だけじゃなくて、茜井と白森の二年ツートップもいるし、勉強するにも最高の環境だと思うけどな」

「どんなフォローですかそれ……」


 平岡さんのフォローはどちらかというと私にはトドメのようにも感じられた。息の根止める気ですか……!

 知っていたけど、やっぱり生徒会って賢い人の集まりですよね。だからこそ足がすくむのですよね。……でも、やっぱり、入るしかないかなぁ。私は未だ曖昧ではあるものの、有る程度は決心を固めはじめていた。


 うん、あんなに綺麗なヒロインさんに苦労を負わせるなんて嫌だし、会長に迷惑が及ぶ可能性を考えると一番平穏な選択肢はこのまま就任してしまう事である気がする。もしも私がおバカ故に何らかの失敗した場合は平岡さんを巻き込めば良いのだから会長のお手を煩わせる事はないはず……多分。それに、なんだかんだ言って会長の声が聞き放題ってかなり贅沢なポジションだ。図書室の定型文以外を多く聞くなんて、モブに訪れる機会は本来なら無いんだよ。それにライバルさんだってヒロインさんに接触する機会がなくなって、悲しい結末は回避できるはず。


 そう思った私は、勢いのままにガタっと椅子を鳴らせて立ち上がった。


「私、生徒会入りたいです」


 若干足が震えているのは、まだ不安の方が大きいからだろう。

 突然立ち上がった私に会長は驚いていたし、誘った本人である平岡さんも「え?」なんて聞き返してくれた。「え?」ってなんですか「え?」って。そりゃビビってますよ、けどこの勢いで返事をしないと私は確実に後で言いだせなくなる。それが自分でわかっているから言うんですよ。

 だけどこの無言の三年生二人。これは想定外だ。え、だめ?私じゃやっぱり荷が勝つって思ってる?……私も思ってるけどね!でも誘ったんだよね……?いや誘ってくれたのは平岡さんで会長はどっちかというと辞めとけっていう雰囲気だったかもしれないけど!


 私がぐるぐると頭のなかをひっかきまわしていると、やがてほぼ二人同時にくっと笑いを漏らした。え?笑い?

 その笑いに「実は冗談でした、ドッキリでしたというオチでも用意されていたのか、そりゃそうだよね、私だもんね!!」なんて事も一瞬考えたけれど、私が助けを求めるように顔色を伺った会長は決してそんな様子じゃなかった。

 やや目を細めて、口の端を釣り上げた会長から発せられた言葉は


「歓迎する」


 という、晴れやかな言葉でした。


 そして私は不安を抱いたままではあるけれど、生徒会風紀委員長という任を任されるにいたったのです。でも……私は、その時、私は完全に一つの可能性を拾い損ねていたのです。


 そう、副会長の幼馴染――ライバルさんは、『本当は生徒会に入りたかったが、私の優秀な成績なら何もしなくても誘ってもらえるわよね』というスタンスを誇っていたのだから、当然生徒会の勧誘を待っているという状態であることを。その矛先が自分に向ってくるだろう事、まだ全然気づけていなかったのだ。






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