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 生徒会役員ではない私が生徒会室のドアを率先して開くことは憚られる。だから私は会長にドアを開けてもらった訳なのだけど、後から会長に開けてもらうことの方が恐れ多い事だったのではないかと入室した瞬間に思い至った。いや、もう入っちゃった以上どうにか出来ることではないのだけどね。


 でもそんな考えも吹っ飛ぶものが一つ存在していた。うん、見慣れた生徒会室の真ん中の机に鎮座する久々にみる黒い塊。私が会長にお世話になる原因を作ったかのわんぱくさんがそこに居たのだ。


「クロだ」


 勉強会中一度も見かけなかったその猫に私は少し驚いた。いや、雨の中会長が探していた猫さんだから会長の傍のどこかには居るとは思っていたんだよ。でもあれ以降は一回も見なかったからかなりフリーダムな猫さんなのだろうと思っていた。だからクロが生徒会室に居る事に私は驚きを隠さなかった。


「ああ、お前昼休みに生徒会室来るのはじめてだったっけ。クロのヤツ、普通昼休みはいつも此処に居る」

「へえ、そうなんですね」

「むしろ昼に此処にクロがいないってなると大ごとだよね。暇つぶしに備品壊されてる可能性高いからね。いなかったら俺ら総動員でクロの探索をしなきゃなんない」

「へー……って、え?」


 クロはそんなにヤンチャサンなのかと私はそれに気を取られていたので、一瞬気が付くのに遅れてしまった。掛けられた声の後半のものが会長の声とは異なる事に。

 私がぎこちなくクロから声の発生源に向けて視線をずらすと、そこには良く言えば落ち着いた見目の……但し雰囲気が落ち着いている訳ではない……少し失礼な言い方をすれば私と同種の外見を誇る人物が居た。いや、彼の方が私より遥かに見目は良い気がするけれど、きらきらオーラのない人種という意味では同類だ。けれど同種とはいえ相手は見知らぬ人であり「あー、そうなんですね!」なんて言える気がしなかった。え、誰。この場所にいるからには生徒会役員さんで有ることは解るけど、誰かわかんない。

 けれど「誰?」なんて聞いたら先程会長に人の顔を覚えるのが得意と言ったことが早々に嘘だと露見してしまう。いや、不可抗力で言った言葉だけど……!!私は焦りながらも打開策を考えた。

 相手の正体を知るために一番有効な手立ては?そう頭の中で必死に私は答えを探る。そしてようやく導き出した答えは、本来なら考えるまでもなく始めるはずだろう自己紹介というイベントだった。初対面なんだから自己紹介しても不思議じゃないよね!!

 今更過ぎる発案なのだが、私には「名案すぎる!」と思ってしまうくらいの助命策であった。


「えっと……はじめまして。私は、」

「うん、はじめまして。笑い童子ちゃん」


 ……あの、すみません。人が何とか自己紹介しようとしている時に何て事言って下さるんですかこの人は!!初対面でも私は怒りますよ!!


 頑張って取り繕った笑みを崩さないように気を使いながらも、顔は徐々に攣っていく。それでも初対面の相手に感情的になってはいけないと思い冷静に言葉を選ぼうとしていると、私の隣でぐっと息の詰まる音を発生させた。……あの、ちょっと会長、さっきから笑いすぎじゃないですか?少しは味方になってくれるだろう事を期待したのにと、私は思わずギロリと会長を睨んでしまった。もっともその美貌にすぐに目をそらす羽目になったんだけどね!!く、くやしい……!!今に見てろ!!

 そんな私の様子を見ていた地味仲間は会長と同じようにブッと吹いた。そしてとんでもない事を言って下さった。


「いやー、君、会長が面倒見るって言ってた子でしょ。どんな子かと思ったけど、これはなかなか。申し遅れたけど、俺は体育祭実行委員長兼運動部総括の平岡だよ。よろしく」


 よろしくと言われたけれど、いきなりにしては失礼な発言をぶっ放した相手によろしくはしたくない。そう思うものの、相手が上級生であると理解した私は渋々ながら「……よろしくお願いします」と言うしかなかった。うん、私は長いものには巻かれるし、くだらない事で上級生に立ち向かうという反骨精神なんて持ち合わせてないからね!多分相手には不服に思っている事がバレバレだとは思うけど、それでも私は渋々ながらに応対しました。えらいでしょ、褒めて。褒めちぎって。

 けれど納得していないのはおわかりでしょう?だから私は尋ねてみた。


「私、何で笑われたんですか」


 うん、笑われたのだからこの位のことは尋ねる権利があるはず。笑いの提供料はきっちり徴収しますよ。そう思いながら私がジッと平岡さんを見ると、平岡さんは何故か会長の方へ視線をずらした。私も釣られて視線をそちらに向け……その瞬間に平岡さんに大笑いされた。え、何この人。私は逆にこの人の事が心配になった。ひょっとしてこの人はワライタケでも拾い食いしたのではないか、って。

 そもそもこんな人、ゲームにはいなかった。……いや、ごめんなさい。いたわ。いましたよ、忘れていた。声はなかったけど、ナビゲーター的なキャラの一人に居たわ。学年は確か三年生。うん、名前はなかったというか、【体育祭実行委員】としか表示されてなかったから私が気付けないのも無理ないよね。しかも体育祭のシーズンにしか登場しないキャラだったし、薄いものね。うん、そういうことにしておいて下さい。決して記憶力が弱いとかいうことじゃないのよ、うん。

 しかしそんな平岡さんは私の妙な表情も呼称に対する不服さ故にだと判断したらしい。ええ、まさか自分が『薄いキャラだから忘れていた』なんて思われるなんて思わないものね。私が逆の立場でもそんな事思わないよ。そもそも初対面で失礼な発言を放ってくれる平岡さんは決して薄い印象が残るようなキャラじゃなくなっているし。平岡さんは徐々に笑いを抑えると、ようやく私の質問に答えてくれた。


「いや、表情に感情全部出るって聞いてたから確認してみたくて。意地悪してごめんね?」

「意地悪って自覚してる事する人、キライです」

「ごめんごめん、でも会長が悪いよ。これを教えたのも会長だし」


 そう言いながら平岡さんはさらりと罪を会長になすりつけた。イヤなバトンを投げられた会長はそれを受け取ることを全力で拒否している。面倒だという顔だ。いや、これは余計な事言うな、かな?

 どちらにしても私がそんな会長の表情を憂慮してやる必要なんてない。私がこんな扱いを受ける原因となったらしい会長を睨めば、会長は肩をすくめた。どうやら会長も逃れられるとは思っていなかったらしい。やれやれ、と言わんばかりの動作である。


「言っとくが、俺は『図書室の笑い童子に勉強教えるから生徒会室貸してくれ』って言っただけだからな」

「嘘はだめだよ、俺が『笑い童子って誰』って聞いたら会長は言ってくれたじゃん。『なんか犬の尻尾ついてそうな一年』って」

「それだけだろ」


 会長は『これ以上なにも言ってくれるな』という風に言い切ると話は終わったとばかりに自分の席にさっさとついた。うん、この様子……会長はどう見ても逃走モードにはいっているのだけど、多分会長も嘘はついていない。本当だと思う。それに犬みたいだからっていうのは前に直接会長から言われている。だからそれについても不服はない。むしろ会長には恩を感じている。うん、ついていきますご主人様って誓ったしね!会長が教師を目指すという夢を持ち、尚且つ私に犬っぽいっという属性を見出していなかったら私は赤点一直線で泣かされていたのだろうし。自分で犬属性があるとは思わないけれど、そう思われている事に対し文句はないのだ。ともすると私の怒りを向けるべき矛先は残ってはいなかった。……いや、平岡さんに怒ってもいいのか?けれど平岡さんだって生徒会室の使用を認めてくれた人の一人である。お、怒るに怒れないじゃないか……!

 そんな私を見てか、平岡さんは笑い方を少し変えた。ぷくくくっといった何か変な音がする笑いに、だ。


「俺、やっぱり笑い童子ちゃんの事は笑い童子より百面相の方がいいと思うんだよね。ここは百面相童子って改名しない?」

「し、しませんよ……ってか何ですか!!」

「だってこんな何もかも表情に出るヤツめったにいないって……なんかおかしくて涙でてきた」

「私は言いたい放題されて泣けてくるんですけど。百面相はやめてください、どこぞの怪人を思いだしますから」


 これ以上変な名前を増やされてたまるか!!そう思った私は自ら不名誉な呼び名を肯定してしまった。……うん、何だか変な名前をつけられるくらいなら、笑い童子でいいかもしれない。だって……まだ可愛いじゃないか。百面相みたいな妖怪まがいの名前よりは。そもそも私は表情をだいぶ抑えているつもりである。なのにこの様子……まるで本当に全て出てしまっているようではないか。納得ができない。

 しかし私が願い出たにも関わらず平岡さんは「いやー……」と謎の思考を止めてくれなかった。


「いや、やっぱり笑いを提供するならお笑い提供童子の方がいいかな?それとも笑い提供百面相?」

「え?!も、もう笑い童子でいいですから!!いいですから!!むしろ童子がいいですから!!何変な名前つけようとしてるんですか!」

「うーん。そこまで言うなら仕方ないか」


 ようやく新しい事を考えるのを諦めてくれたらしい平岡さんは私に向かってにこやかな笑顔をくれた。……うん、この笑顔を見て確信した。平岡さん、多分私に童子の呼び名を認めさせるために誘導していたな。ちくしょう、のってしまったぜ……なんて今更思っても仕方がないか。この場合、私は百面相という新たな名を食い止めた功績に満足するべきだろう。


「じゃあ童子ちゃん、とりあえず座ったら良いよ。笑ったお詫びにお茶入れてあげるから」

「まずいお茶入れたらしばきますからね」

「うーん、女の子にしばかれる趣味はないから上手にいれるよ。あ、でも放課後とかに茶をしばきたいなら付き合うよ?」


 テンポよく帰ってくる言葉に、私は少々疲れを感じざるを得なかった。うん、うすうす気づいてはいたけれど……まずい、この調子の人は苦手な人種かも知れない。そう思いながら会長にヘルプを求める視線を送った。すると会長はため息を一つこぼした。


「平岡、お前ナンパはやめとけ。校内、しかも生徒会室だ」


 って、会長。止めてくれるのは良いんですけど、理由は場所だからなんですか!外だと良いんですか!!いや、外だと私なんか相手にされない事わかってるけどな!!!そう思っている私をよそに「ハイハイ」と平岡さんは椅子から立ち上がる。そして粉茶を置いている棚に行く……事は無く、机の上に座っていた猫を抱きあげた。


「ほら、クロはこっち」


 そして抱き上げた猫を平岡さんは会長の膝の上にどすんと置いた。……うん、結構でかいんだよね、クロって。会長の膝の上に置かれたクロはクアァとあくびをし、最初からそこに居たかのように丸くなって収まった。おおお、会長の膝枕。ヒロインだってしてもらってなかったぞ!と、私は妙な事を思ってしまう。いや、この場合は膝枕ではなくベッドになるのか?


「クロ、昼休みは此処でずっと寝てるんですか?」

「ああ。基本ここに居る間は大人しいが物品壊されても困る。だから普段昼休みは平岡が此処に居る」

「お昼休みが終わったらクロは此処に一人です?」

「いや、昼休み終わったら外に出す。昼休みを過ぎればなぜかクロもいたずらしなくなるからな」

「へー……でも昼休みだと壊すって、クロにも何かルールがあるんですかね?」

「さぁな。猫の考えは正直わからん」


 会長はクロの背をなでながら何でもないように答えている。でも、その顔は最初に話した日に盗み見てしまった極上の笑みじゃない。ただ何か堪えるように見えるのは私の気のせいではないだろう。そもそもどうして会長があそこまでの笑顔を見せるくらいの猫好きなのに、昼休みは猫のいない図書室に居るのか。それが私には疑問だ。会長の笑み……というか爆笑はよく見たけど、無邪気な猫相手の笑みはあの一回しか見ていない。それほど好きなのに何で?そう思った私は首を傾けながら尋ねてみた。


「会長は猫好きなのにお世話役じゃないんですか?」


 そう、私は知りたかっただけ……けれど私がそれを聞くと会長は猫をなでていた手を止めた。そればかりか少しむすっとした表情になった……気がした。うん、あんまり変わらないんだけど、少しだけ口元が引き結んだ気がするんだよね。どうやら不機嫌になり口をつぐんだ会長の代わりに平岡さんが説明してくれた。ちなみに彼はクロを抱いた後ちゃんと手を洗ってから茶の用意に取り掛かっていた。窓際に簡易な給湯スペースがあるって流石生徒会室!ちょっとちゃちいけど有るだけですごい贅沢だよね。


「会長は放課後担当だから昼休みは俺なんだよ。クロが初めて学校に迷い込んで生徒会室に居座り始めた時、可愛さ余って俺らで世話の時間帯を割り振って決めたんだけど、その名残。放課後はほかにもメンバーいるけど、人がそろえばクロは一番会長に懐いちゃってたから。会長は放課後担当でそれ以外出禁になったんだよね」

「えーっと……つまり、会長がいたら他の人懐かないから、会長はクロに近づけなかった?」

「うん、そうだよ。緑茶とほうじ茶どっちがいい?どっちも会長のだけどね」

「え……じゃあ緑茶で」


 当然の流れで会長のお茶をいただくことになったのだが、会長もそれについては何も言わなかった。不服そうな様子だけれど、それはきっとお茶に対してではない。

 しかし、ゲームではそんな設定は出てこなかったから私も当然知らなかった。そうか、会長……猫に懐かれる性質だったのか。そう思ったところで、私は「あれ?」と一つの違和感を抱いた。


「……あの、私、放課後にクロをここで見つけた事ないんですけど……?」

「うん。最近はあんまり放課後来ないからね。多分新しい遊び場所みつけたんじゃないかな」


何でもない事のように平岡さんは言い、そしてその様子に会長は眉間にしわを寄せ始めた。すごい不機嫌になって言っている気がする。無言が逆にそれを物語ってる気さえするよ!!


「……会長、猫に触れ合える時間が少ないんですね……大好きなのに、可哀そう」


 いわば唯一のふれあいの時間にクロは既に浮気相手……ではないかもしれないが、行きたいお散歩コースを見つけてしまったというわけか。そして会長はふれあいの時間をなくしたと。なるほど、ふれあえないからこそあのデレ反応が生まれていたのか。それ故に私は貴重なものを見せていただいたと考えれば大変有り難い事であるが、会長にすればとても大事な時間だったのだろう。そんなに好きなら今、もっと撫で回してもいいと思うのに……。私はそう思いながら会長の膝の上のクロを見ていた。クロは『私には関係ない』と言わんばかりに眠りこけている。クロ、クロよ……!あんた会長の愛を一身に受けているの気付いてないのか!!

そんな私の様子を見ながら、湯呑みに湯を注ぐ平岡さんは苦笑していた。


「うん、俺も流石に会長が猫に振られると思ってなかったし、落ち込んでる会長見てたら不憫に思ったんだよね。だから『昼休みも来ても良いよー』って正月から言ってるんだけど、ほら、この通り会長も猫に振られた訳だからプライドが邪魔して……」

「あああ、『お前が来ないなら俺も行かないぜ!!』的な感じですね!」

「そうそう。俺は気にしてない!みたいな。意地っ張りなんだからねぇ」


 そうケタケタと笑いながら平岡さんが言ったので、私も釣られて笑ってしまった。猫相手に強がる会長、可愛いじゃないか!!私としては萌えポイントが上がるだけなので何の問題もないのだが、その意地を張っている相手がこの場で黙っていたりする訳もなかった。


「お前らそろそろ黙れや?」


 うん、正直に申し上げます。会長の笑顔、今までで最高の笑顔でした。そして絶対零度を誇る笑みでした。ちょ、怖い!!怖いって!!そして一瞬で震え上がった私をよそに平岡さんは「まぁまぁ、茶でも飲んで落ち着いて」とあくまで平常心を保っていた。……すごいよ平岡さん!ただのモブ仲間だと思ってごめん、本当に!!そうだよね、平岡さんって私みたいに本編に登場すらしなかったモブとは違うよね!!でもこの氷の笑顔を引きだしたのも貴方だからね、平岡さん!!

 そうやって少しだけ平岡さんを尊敬していると、いつの間にか会長がこちらをジト目で見ている事に気がついた。あれ、なんで私だけ?怒られる予兆だろうか。そう思った私は、この時完全に此処に来た本来の目的を忘れ去っていた。


「童子。お前いい加減テスト結果出せ」

「ぐはっ」


 キマシター!!会長からも童子呼びになっちゃったよ!!まぁ良いけどね!!そもそもアドレスを笑い童子で登録をさせたのは私だしね!でも今まで呼ばれた事はなかったから、少しだけびっくりした。『お前』しか私に対する呼称はなかったし、メールだと用件のみだったしね。けれど不思議な事に別に会長に笑い童子と呼ばれるのは不満ではないのだ。良い声だからかな。良い声って得だね、会長。平岡さんの声も悪くはないんだけど、やっぱり私は会長の声が好きなのだと深く感じた。

 ……なんて、悠長に思っている暇は今はない。会長の機嫌の悪さは限界値だ。いたずらに長引かせるのはよくない……私はそう判断し、ちゃきっと立ってさっと彼に紙切れを渡す事にした。やはりというか、予想通り「なんで紙がこんなヨレてんだ」と会長が呟いたのは聞こえなかった事にした。


 私が会長に渡した紙のサイズで、平岡さんもそれが何なのか解ったらしい。私の席にほうじ茶を置くと(緑茶って言ったのに何たることだ…!)そのまま会長の後ろに回り込んで覗き込もうとした。が、それは失敗に終わっていた。座ったままの会長の長い脚が見事に平岡さんの膝に入っていた。


「お前は見んな」

「なんでだよ」

「プライバシーだ。見たかったらそいつに許可もらえ」


会長、流石です。プライバシーの厳守は素敵です!

 そう私は感動しながら、けれど平岡さんに聞かれるまでに「絶対だめです」と言っておいた。あの成績は人に見せるべきものではない。それに平岡さんも生徒会の人だもの、きっと頭は良いはず。こんな点数見せたくはない。


「えー、いいじゃん、童子ちゃん。俺、お茶入れたでしょ?」

「ええ。でも何でほうじ茶なんですか。私緑茶って言ったはずなんですけど」

「え?だって即答で緑茶って言ってたから普段から飲んでるかなと思って。新しい境地の開拓って大事だよ。駄目だった?」

「緑茶の方が好みです」

「わかった、まぁ覚えてたら今度は淹れるよ」


 ……やはり、この人苦手だ。そうは思ったが、お盆を置いて自分の席に着いた平岡さんは傍らに置いていた段ボールから大量のプリントを机に並べ始めた。そしてそれを順番に手繰り寄せ、ステイプラーで止めている。実に地味な作業であるが、そのプリントの量はとても多い。500……いや、1000はあるか?不思議に思う私に答えたのは、平岡さんではなく会長だった。


「それ、そいつの不注意の罰だから気にしなくていいぞ」

「え……」

「いやー、紙詰まりを直すつもりがうっかり丁合機のローラー壊しちゃってさ。保守入ってもらえてたから直してもらえるんだけど、運悪く部品とか時間かかるっていわれちゃって」

「ローラー壊すって……どんだけ力入れたんですか。普通壊れないですよ」

「ああ、だからそいつの完全なる不注意だ」


 丁合機というのは、紙を順番に並べるための機械である。紙を1段目、2段目、3段目にたとえば100枚ずつ入れれば1,2,3というページ順に並んだ組み合わせが100セット出来上がる優れものだ。なるほど、それが有ればこの大量の紙もあっという間にセットされただろう……だが、これを手で行うのは大変な作業だ。少なくともプリントの種類は10枚はあるように見える。それが各々500~700枚くらいだろうか?かなりの量である。

 会長は気にするなといっているけど、これは……一人で行う作業ではないだろう。


「……手伝いましょうか?」


 平岡さんの事は得意なタイプでないと断言できるが、流石に放置するのは気が引ける。プリントをよくよくのぞきこめば体育祭のパンフレットだった。ああ、そういえばこの学校では印刷所なんて出さずに輪転機にかけたものを使う経費エコ仕様だよね。だから自分たちで留めないと仕上がらないんだよね。輪転機はコピーと違い安いし早いし大量印刷には最高だ。考えた人はすごいと思う。……じゃなくて。

 いくら壊したのが平岡さんだとしても、これは流石に可哀そう。そう思って声をかけたのだが、平岡さんにはそれが意外な申し出のように感じたらしい。彼は少しだけ目を見開いた。まぁ、私は部外者だから驚いてもそんなに不思議じゃないかもしれないけど。平岡さんはそのままにまーっと笑った。


「だーいじょうぶ。とりあえずやれるとこまでやるよ。それに『時間的にやばい』って思ったら会長は手を出さずにはいられないはずだから」

「……えーっと、そういうものなんですか」

「うんうん」


 自信満々に平岡さんはそういうが、私はその言葉に「はいそうですか」と納得はしなかった。え、だってそうでしょう。どっちにしても会長が手伝わなければ間に合わないの確定してるじゃないですか。


「……じゃあ会長の手を最初から煩わせないように私が手伝いますよ」

「気にしなくていいのに」

「いや、平岡さんはちょっとは気にしましょうよ」


何で私が平岡さんに説教することになっているのだと思いつつ、私は平岡さんの机からプリントを束でつかんで自分の方に引き寄せた。どうせしかめっ面で成績表を見ている会長……おそらくそれは私の成績ではなく先程から買われた事に対する不服の表情だろうが、あまり見たくない怖い表情……から暫く逃れるためにも手伝うという選択肢は悪くない。


「ステイプラー、借りますよ」

「あ、うん、いいけど……ああ、留めるのは左側で上下二か所。用紙は両面刷りで下部中央にページ数は入ってるからね」

「了解です」


こう見えて、私は事務作業が割と得意だったりする。私はまず紙をめくりやすくするためにその辺にあった輪ゴムを手にし、人差し指に巻きつけた。簡易指サック完了。そして私は作業を開始した。どうだ、平岡さんより早いだろう。人間特技の一つや二つあるんだからね!

 しかし私のそんな行動を見て何を思ったのか。感心したように私を見ていた平岡さんはとんでもない提案をここで披露してくれた。


「ねぇ、童子ちゃん。君、生徒会入ろうよ」

「……はい?」


 一瞬、聞き間違いかと思いましたよ。けれど、にこやかに笑う平岡さんは再び口を開いて、同じような内容を私に告げた。


「生徒会。入ろ?」


 どうやら聞き間違いではないらしい。けれど、まったくもって意味が解らない。食堂いこ?くらいのノリで告げられている意味が解らない。

 私は戸惑って、なぜか会長の方を見てしまった。もちろん平岡さんの声は会長にも聞こえているはず。けれど会長は「何をばかなことを言っているんだ」なんて言わず……ただ、じっと平岡さんを見ている。その表情は先程から変わらないから、今の発言に対し何を考えているのかはさっぱりわからない。


 ただただ楽しそうな平岡さんと、相変わらず機嫌が悪い会長を見て、私は自分で平岡さんに尋ねないと話が進まないんだろうなとだけぼんやり気付いた。





■登場人物紹介■

・平岡さん

本名は平岡賢一。体育祭実行委員長(運動部総括兼務)。

ゲームの中じゃ声どころか名前も割り当てられてなかったよ!

猫と楽しい事が大好きで運動が大好きで体育祭の実行委員長やってるよ!人数の足りない部活に派助っ人として参加するくらい元気だよ!でもそんな事ゲームでは一切語られなかったよ!!


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