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サブタイトル【MOBな私とMOBな友人】
キーンコーンカーンンコーン…と、いつもの合図で朝のHRが始まりました。そうそう、このチャイムのメロディってイギリスのウェストミンスター宮殿の時計塔のメロディらしですよ。普通に小学生の時から聞いていたから、私はてっきり日本生れのメロディだと勘違いしていました。ロンドン生まれの、しかも凄く綺麗な宮殿のものだと知った時は驚いた。ちなみに知識の入手元は例の図書室の雑学本からです。いやぁ、一度は行ってみたいね!ウェストミンスター宮殿!……とか言ってる私ですが、宮殿の写真も本で見るまで知らなかったんだけどね。世の中知らない事ばかりです。でも行ってみたくなったのは本当だよ?
遅ばせながらおはようございます、ワタクシです。私が英国の宮殿に想いを馳せている間に、本日の朝のHRは終了致しました。そしてこの時間を以って中間テストの返却が全て終わりました。
勿体ぶっても仕方が無いので、結果から言います。
「……見事に全部平均には届かなかったね、うん」
まぁ、赤点ぎりぎりからの起死回生だと思えば素晴らしいんだけどね!!返却の時には「よく頑張ったな」って先生から満面の笑みを貰っちゃっいましたよ。本来進学校でこの成績なら貰えないだろう満面の笑みを、ね。……うん、むしろ満点を取った小学生に向ける笑みだった気さえするよ、あれは。
そんな担任の担当科目である英語のテストがフィナーレを飾り返却されると同時に、私たちクラスの一同は科目別に得点・順位・平均点が記載された紙切れも渡されてしまった。これを見た私は自分の位置が下の上か下の中か少々悩んだ。でもすぐにその考えは止めた。……うん、悩むほどではない差だよね。
「一番苦手だからってちょっと数学にかかりすぎたかなー……まぁ、仕方ないか」
既に返却されていた化学も古典も、終わった時の手ごたえより良くない点数が結果に出ていた。今却ってきたばかりの英語もそうだ。とはいえ他の教科はほぼ想像通り……嘘です。強がりました。残念ながらその他の科目も想定よりちょっと低いかな。点数だけで見れば想定範囲内だったけれど、順位が思ったより低かった。まぁ、それでも概ね誤差の範囲だとは思うけれど……やっぱり残念だと思う気持ちは出ちゃったね。あと、やっぱり会長に対して申し訳ないと思う気持ちもね。あ、数学に関しては会長の見立て通り58点でした。すごいよ会長。
私はこの残念な紙切れ眺めつつ、一応会長にも報告した方が良いのだろうかと少し考えた。私の答案は数学しか見てもらっていませんから。それにその後、順次返却された他教科については何も結果をお伝えしていませんからね。
けれど私は少しだけ考えて、やはり報告は止めようと思った。
だって、体育祭前で会長は忙しそうだもの。
テスト中、私が図書室に立ち寄ることは一度も無かった。おそらく会長は居たと思うんだけど、会長に出された課題を昼休みに終えないと放課後の勉強会IN生徒会室に間に合わなかったのです。だから私は昼休みの美声鑑賞は断念し、一週間真面目に教科書と向き合いましたよ。……そもそも怒声という種類ではあるけれど、放課後たくさん会長の美しい声は聞かせてもらえるのだ。だからもったいないとは思ったけれど、無理に行こうとは思わなかった。大体それ以前に課題をこなさなくちゃと必死だったし、余計な事を考える余裕は一切なかったっていうのが正解ですけどね。それにテストが終われば再び会長の声を盗み聞きに図書室を訪ねることだって出来んだから、私としては図書室に行けない事より無理していく方が余程問題だった。だから行かなかった。
けれどそんな私の考えとは裏腹に、テストが終わると今度は会長が図書室に現れなくなった。少し不思議に思ったけれど、その疑問に対する答えは比較的すぐに出せた。ヒントは生徒会室で見た段ボールの一角。体育祭が6月にあるという会話の記憶。そう、テストが終わったら生徒会は直ぐに体育祭の準備期間に入らなければいけないと言う事なのです。この学校の体育祭は他の学校に無い特別な催しをするという訳ではないようだけれど、大いに盛り上がる行事には違いが無いようなのです。その反面体育祭の準備期間は少し短い。猶予は中間テストが終わった時点で二週間を切っていた。生徒会の仕事としてはタイムスケジュールの確認をはじめ、各クラスにゼッケン等の物品を配布したり、体育倉庫ですっかり埃をかぶっていたテントの掃除だったり、何だかんだで細かいことが多々あるらしい……と、クラスの体育祭実行委員が言っていたのを今朝HRの前に聞いた。漠然と忙しそうだなと思っていたが、細々した事で生徒会は、そして会長は忙しいようである。
あ、ちなみに私が体育祭で出場する競技は借り物競走ですよ。……うん、出来れば避けたかった、この競技は。だって、こういう種目はとんでもないお題を引くのがオチでしょう?まぁ、良い子ちゃんの多い学校だから校長先生のカツラなんてお題は無いと思うけど。そもそも校長はスキンヘッドだから有り得ないお題なんですどね。
え?あぁ、嫌なら何で借り物競走にしたって?……だってムカデ競走とか綱引きとか大縄跳びとか、クラス一体になる競技って地味に苦手なのです。皆が成功している中で自分だけが失敗する……その時の絶望感を想像するだけで身体が固まってしまうのです。うん、気が小さい私には無理ですよ。……そこ、笑わない。笑わない、本当なんだから!!でも、だからといってハードルや長距離走なんて出来る訳が無いのです。私の瞬発力の無さを舐めてはいけない。だから唯一のほほんと出来そうな玉入れを希望しようとしたんだけど……この学校の玉入れって得点配分がかなり高いらしく、野球部やソフト部の子が勇んで出場を希望したのですよ。確かに肩、とても強そうだもんね。でも玉入れって肩が強ければ良いってもんじゃないぞ!!そう思って勇んで希望を出してはみたものの、私はくじ引きに負けてしまった。無念に思いながら断念するほかなかった。そんな私は枠が余っていた借り物競走に回された。実に不運である。けど1つの競技に出たら他は観戦でもいいとのことなので、渋々諦めはしましたけどね。ごねてもしょうがないですし。
……と、そんな風に体育祭の空気が学内にも漂っているし、会長も忙しそうだし。だから私なんかの報告はしない方が良いと思うのです。うん、良いよね?だって変なことに時間を取らせるの、絶対に良くないですよ。会長は前に私の事を犬って言っていた事が有ったけど、犬は割と主人を尊重すると思うのですよね。私自身は犬を飼ったことないから勝手な思い込みだけど、図書室で読んだ『感動犬物語全集』に出ていた犬は本当に主人を大切に思っているのが伝わってきた。うん、犬な私は会長の事を大事に思うよ。声は聞きたいけど、やっぱり邪魔はよくないよね。うん。だからやっぱり報告はやめておこう。……でもそろそろ美声チャージしたいんだけどなぁ。
私がそんな事を考えているうちに一時間目の授業が終わり、二時間目の授業が始まり、お昼休みがやってきた。私は友人の一人と机を並べ、ゆっくりとパンを食み始めた。どうせ今日も会長は図書室にはこないだろうから、ひっそりと声を聞きに行く必要もない。そう思うと自然に味わうための速度で食べることが出来た。やっぱり早食いよりゆっくり味わう方が美味しいね。今日の私の昼食は学校に来る道すがら買った焼きそばパンだよ。炭水化物天国万歳。ちなみにこれは青海苔抜きで売っているので家の外でも安心して食べられます。あ、話は変わるけど、この学校に伝説の焼きそばパンを求めて学生が押し寄せるなんてイベントはないですよ。というか購買があまり品揃え豊富って感じじゃないからね。購買は一応有るには有るんだけど、それは食堂の一角にある……どちらかというと食券販売コーナーみたいなものなんだ。まぁ、購買が品ぞろえ豊富だろうがなかろうが、結局近所のパン屋派の私にはあまり関係ないことである。私は麺と豚肉とソースのコラボレーションを堪能した。アクセントの紅生姜も効果的。がぶりとかぶりつくその目前では友人が可愛らしいフルーツサンドなるものを食べていた。昼間から生クリームをふんだんに使ったそれを常温で保存し食べる勇気ある友人はカロリーすら全く恐れないらしい。鋼鉄の胃袋と精神力の持ち主だ。その鋼鉄の友人は私に向かって口を開いた。
「ねえ、この間貸したゲーム、もうやった?」
「うへ?」
「うへ?じゃないでしょ!!ほら、貸したじゃない。世に巣食う魔をせん滅するために導かれし乙女の物語…!!いやー、イケメンだらけで旅とか羨ましいわ主人公、私も主人公になってみたい」
「……ああ、この間のあれか」
友人の声に耳を傾け、私は彼女とのやり取りを思い出した。恐らく察していただいているとは持いますが、彼女、乙女ゲームを専門分野とするゲーマーです。そしてこの世界になる前に、いろいろと会長の声の人の出演情報もくれ、そして乙女ゲーム仲間に仕立て上げてくれた友人です。今も昔も変わらない私の一番の友人です。残念なことに彼女には【虹色ライフ】の記憶は全くないんだけど、それでも彼女の乙女ゲーム大好きモードはトリップ前も後も、全く変わっていなかった。そして彼女の中の私も、乙女ゲームをする同士という括りから何も変化していなかった。
そう、そんな全く変わらなかった彼女は私がトリップが起こった当初、混乱している私に全く気付く事も気を使う事もなく『何かわかんないけど辛気臭い顔してないでこれやりなよ!』と乙女ゲームを押しつけて下さった。彼女は混乱している私に元気を与えようとしてくれたのだと思う。いや、そう思いたい。単に目をキラキラと輝かせ、私に『早く語る仲間が欲しい』というオーラを振りまいていただけでは無いはずだと思いたい。しかし混乱していた私は当然そんな余裕もなく、素直に乙女ゲームをプレイする事など出来なかった。やがて【虹色ライフ】の世界観に自分たちが混在していると気づき、会長(の声)を見つけてしまった私は……うん、あとはご存じの通りです。会長の声をひっそり鑑賞する日々を開始し……当然そのままゲームは放置してまっていた。多分今も本棚の一角に借りたままの姿で存在しているとは思う。そもそも仮に「ちょっと遊んでみるかぁ」なんて思った所でテストが有ったから出来なかっただろうけど。だがこの『当然クリアしているよね?』という期待の表情を裏切るのは申し訳ない。まぁ……嘘はつかないんですけどね。
「やってないよ」
「はぁ?!アンタなに考えてんの、金塊が有る場所知ってても掘らない訳!?何考えてんの!?」
「ちょ、怖い。怖いから!」
「怖いのはアンタがあれをやらないことよ!!解る!?」
一瞬でキラキラのお花畑から一転、どす黒い空気を背負った友人は一世代のヤンキーを彷彿とさせる目を私に向けた。あぁん?という副音声で聞こえてくる。ごめんなさい解りません。退学の危機だった友人に向かってなんという事を言って下さるんですか貴女様はという気分です。うん。ただ会長の声を鑑賞していただけじゃなくて、勉強もしてたんだからね!!
「…そりゃ音羽は勉強出来るから良いけどさ。私は悲惨なんだからテスト前でそんな暇無かったんだって」
「はぁ?テスト?そんなの草薙様に会えるなら大した障害に成り得ないわ。あんたは修行が足りない」
「はいはい……ってか草薙様って……また相手、かわってるじゃん。この間まではフリードリヒ様っていってたのに」
「変ってないわ!!そう、フリードリヒ様の事は少し封印しているだけ……。今は『忘れ路の乙女』に続編が出るから再び草薙様のお心に近づこうとしているだけよ!!」
「あー……はいはい、わかった。そのまま愛を忘れないようにね」
ここで彼女の事を暴露する。鋼鉄の胃と精神力を持つ友人改め音羽は、かなり勉強が出来る人種である。例えここが進学校だと言っても彼女は学年10位内には絶対入っている……いや、5位には入っていると思う。それもこれも彼女の努力の……彼女の、乙女ゲームを思う存分楽しむための努力の賜物と言っても良い。いわく彼女のご両親は勉強さえしていれば他が多少個性的でも何も言わないらしい。だから音羽は勉学に対して抜かりがない。勉強は嫌いだそうだが、乙女ゲームが絡むと話は別との事である。声が大好きでゲームをしていた私とは対照的に、音羽は純粋に乙女ゲームという存在そのものが大好きだ。そして基本的に三次元には興味がないらしい。頭が良くて美人な音羽は、多分この『三次元より二次元のイケメン』という思考さえなければ普通に乙女ゲームの主人公のようになれると思う。ただ巨大すぎる欲を背負っているせいで実現しないだけで。
私は自分の趣味を全開に出しても他人に迷惑をかけないならそれで良いと思うので、この友人の潔さは素晴らしいと思うよ。捕捉になるけど、音羽も一応気を許した相手の前でしか此処までハッスルはしないんだよ。だから相手に押し付けるという子じゃないので、勘違いしないであげてね?好きなことのために嫌いな勉強も華麗にこなす……そんな音羽の姿勢には見習うべき所が多くあると思う。しかし、徐々にヒートアップしている彼女は少々いただけない。我を忘れ始めた彼女の声は少しずつ大きくなる。そしてこのままでは他人に迷惑になり得る。だから少し落ち着いた方がいいと望んだ。何より彼女の様子が教室中の視線を集めてしまっているのも少し恥ずかしい。大半は「また北堀が騒いでる」くらいの調子なので叫んでいる内容が乙女ゲームに対する愛だなんて思っていない様子だけど。
「アンタ、絶対やりなさいよ。今日帰ったらすぐにでもやりなさいよ」
「うん、まぁ、気が向いたら」
やらないよ、なんて言えばこのまま加熱するだろうと思った彼女の勢いを、私は適当な返事でいったん緩めることにした。すると彼女はまだ何か言いたげだが、ひとまず彼女が握りしめていた拳は解放された。どうやら、一応勢いは殺げたようである。よかった。このまま落ち着いてくれれば助かる……そう思いながら、私は焼きそばパンの最後の一口を食べきった。うん、美味でございました。ごちそうさま。
「気が向かなくてもやりなさいよ。ほら、やったらどうせハマるから」
やや難しげな面持ちでそう言う音羽もフルーツサンドを食べ終えた。そして彼女は次にスナック菓子を取りだした。カロリーの塊を次々と召喚する彼女を私は少しだけ恨めしく思った。私だって食べたいけど我慢してるのに!!と。逆恨みごめんなさい。もちろん私も運動すれば食べても大丈夫なんだろうけど、あまり運動しないからすぐに脂肪に変化するのよね。動けばいいんだけど……例え運動が得意なら体育祭だって憂鬱じゃないって話よね。そんな事を考える私をお構いなしに、彼女はポテトチップスを口に放り込んだ。パリッという良い音が聞こえた。私はそれを横目に水を飲む。
「大体アンタもどうせ立体的な良い男見つけた訳じゃないんでしょ?っていうか今まで一回も」
「ぶっ、ぐっ。り、立体的って……」
「二次元の嫁は良いわよ、三次元より。私そろそろ画面の中に入れそうな気がするの」
「……モドッテコーイ」
何気に言われたい放題だが、確かに私には恋愛対象としての男性が居た試しは無い。告白された事はないし、しようと思ったこともない。しかし恋愛対象云々ではなく『良い男』という縛りだけなら沢山いると主張したい。それに音羽が常々言っていた虹の君たちもこの学校に沢山いるんだぞ。画面から出てきた途端興味を失うとはコレ一体どういうことなの。そう言ってしまいたいが、もちろん言えない。うん……だってここ、ゲームと同じだけどゲームじゃない現実だもんね。それに、別に音羽は気づかないままでも良いと思うんだ。二次元の嫁が居る事で幸せオーラがいっぱいだし。
それに…私個人としても出来れば思い出してほしくないという想いもある。音羽がもし会長の事を“思い出した”なら、きっと私は一人でこっそり会長を鑑賞するという楽しみが出来なくなってしまうから。……なんて、こういう言い方しちゃう勘違いされるかもしれないけど、嫉妬とかじゃないよ。うん。音羽が会長の事を含めてゲームの事を思い出したら、絶対私は音羽に引っ張られて虹色の君たちを巡る羽目になると思うから、純粋に会長の声を鑑賞する時間が減るという意味だよ。音羽は会長一筋って訳じゃなくて、全員私の嫁!!って感じだったしね。だから変な意味じゃないからね!!
そんな事を考えていた私だが、ペットボトルを机に置きなおしたその時にふと自分の携帯が震えている事に気がついた。そしてそれはすぐに止まった。どうやらメールの着信らしい。ぽちっとな…そう思いながらメールを開くと、そこに現れたのは送信主の名……「魔王」であった。
「……あんた何時の間に魔王からメール受けるようになったの。討伐でもしに行く訳?魔界に電波届くの?」
「突っ込みありがと。あと討伐はしないよ、勝てる気はしないから」
無駄口を叩きながらも私はこの瞬間、会長を普通に登録していなくて良かったと心の底から思ってしまった。もしも『会長』や会長の本名で登録していたら面倒なことになっていただろう。うん、少なくとも会長と私がどういう関係なのか問い詰められるのは目に見えている。魔王にしていて本当に良かった。私はそう安堵の息をつきながらメールを覗きこんでくる音羽に隠れることなく、堂々とそれを開いた。音羽は普段は人のメールを覗きこむ子ではないけれど、おそらく『魔王』の登録が彼女の興味を引いてしまったのだと思う。そして二人で見たメールの用件は端的に書かれていた。
『図書室来るなら個別成績表持ってこい』
「…………」
“来るなら”とは書いてあるけど、これ、来いってことですよね。人がのんびり昼食を取ってるに限って何で図書室にいるんですか会長よ……!!!昨日も一昨日も来なかったくせに!!
そう思いながら私は危うく携帯を握り潰してしまうところだった。いつもなら私も急いで図書室に向かっているのに何で今日に限って……というか会長だって忙しいだろうに何で図書室に居るんですか。しかも成績表持参命令……全教科報告ですか。『会長はきっと忙しい』等という正当に見える理由をつけ、これ幸いにと報告義務を回避しようとしたのがばれましたか。……いや、もう隠すようなことではないし、そう思ったのだってほんの少しだけだけどね。1mmも思わなかったっていったら嘘になるので申告しますよ。でもまぁ、来いと言われたら行くしかないよね!はっきりと言われてなくてもね!!それに私には久々に会長の美声を聞きたいという欲望が渦巻いている訳ですし。あの声が聞けるなら、ほぼ予測をつけられているだろう点数を会長に公表することくらいなら厭わなくてもいいよね?少々いたたまれない気分になるのは、我慢するよ。そもそも今だって会長が居るって知ってればとっくに図書室に行っていたと思うし。ああ、今日に限って何で行ってないんだろう、私。何という失敗してしまったのだろう。後悔の念しかない。けれど今はそんな事を振り返っている場合ではない。今から行こう、すぐ行こう。その方が考えるより余程早い。私はそう決意したのだけれど、そんな私を音羽は実に面白そうに……嫌な予感しかしないニヤニヤとした笑みで見ていた。
「ほー、アンタがいつも図書室に駆けこんでいたのは、この魔王様との逢引か」
「ぶっ」
「ちょ、何でいきなり吹くのよ、汚い」
「何でって、音羽が変なこと言うからでしょうが」
私が会長目的で図書室に通っていた事は認めよう。だが私は逢引じゃなくてコッソリ会長の声を盗み聞こうとしていただけである。もの凄い間違いをされては私も困る。笑い童子の称号を貰うよりも困る。けれど友人はそんな私を見て「あぁ」とまた人の悪い笑みを浮かべた。
「そういえばアンタこの前会長のジャージ借りてたわよね。あれ、どうなったのよ」
「ど…どうって、洗って返したよ」
「それ以外何も無いの?あんなに良い男なのに?」
獲物を見つけた肉食獣のごとく詰め寄る友人に、私は内心滝のような汗を流した。ちょっと待って、貴女さっき言い男は二次元にしかいないみたいな口振りだったくせに、会長の事を良い男っていうのか!まぁ、良い男ってのは間違い無いけどな!!……しかしそんな事より彼女のこの表情はとても危険である。危険すぎる。そう、私は知っている……音羽のこの表情は乙女ゲームの隠しルートを見つけた時と同じ笑みなんだ。
友人に妙なアンテナが立っている。それに気付いた私は意を決して個別成績表を片手に席から立ち上がった。ここを早く離れねば狩られてしまう!そんな思いが勢いにも現れてしまった。しかしそのことには触れず私は友人に真正面から言ってのけた。
「何も無いってば!変なこと言うと会長に迷惑かかるからやめて、ホントお願い」
そう、万が一にも変な話が会長の耳に入って気まずくなるのも嫌だし、ヒロインさんの耳に入って会長のフラグを変にへし折ってしまうのも耐えられない。相手は恩人だ。私としてはお人よしの会長には幸せになってもらわないといけないし、期末テストも見てもらう予定なので気まずくなるなんて論外である。
だが友人は変わらず妙な笑みをうかべるばかり。これはまるで私が魔王に、もしくは会長に惚れていると確信しているような笑みではないか。見当違いが甚だしいのもいいことである。もっとも、魔王=会長と言うことに彼女は気づいていないようだけれど。
私は言いたい事だけ言い終えると、次に音羽が口を開く前に、走らず、けれど急いで教室から飛び出した。
うん、私、違うからね。本当に違うからね!!本当に何を言い出すかわからない友人にはドキドキさせられる。心臓に悪いそれに何かこういう事でからかわれるのって慣れてないから、顔まで火照っている気がしてきた。会長と会うまでにこの火照りは収めたいと私は何度何度も右手の平に人の字を書いて飲みこんだ。全然効果は無かったし、多分すれ違った人は『あの子、何してるの?』みたいな目で見ていたと思う。私は相手をよく見れていなかったから、はっきりとは分からないけどね。
(……ただでさえも会長の声と顔で平常心なんて保てないのに、このままいけば確実に挙動不審だよ私……)
それでも会長を待たせるわけにはいかない。彼は忙しい人なのだ。そう思った私はペースを落とすことなく図書室へ突き進んだ。いうまでもなく、顔の火照りは図書室に到着するまでの間じゃ収まらなかった。
【MOBな“私”の友人紹介】
■北堀 音羽
鋼鉄の胃袋と精神力を持つ乙女。成績優秀眉目秀麗、しかし思考回路は斜め上。何事に対しても基本我慢はしない主義。しかし乙女ゲームの為ならどんな事も“愛の試練”と言い替え乗り越える。攻略本無しのやりこみ派だよ!