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 はい、一学期の中間テスト終了です!!終了しましたっていうか『終了DETH☆』みたいな感じもしなくはないんだけど、ひとまず赤点は回避できたんじゃないかなと思っています。ちゃんと自信が有る問題の数を数えたけど、多分大丈夫!ちなみにこの高校では赤点は30点ではなく平均点の半分以下らしい。だから30点あっても赤点になる時もあると注意を受けたのはテスト前日のことだった。うん、その情報知ったからってそこから急成長できる訳もないんだけどね。


 今は一学期なので次のテストは七月の期末。その前に今回と同じように予備テストがあるけどね。実力テストは長期休暇明けにあるんだけど一年生は入学直後だからとの理由で一学期は無いらしい。まぁ、仮にあっても“こっちの世界”に迷い込んだ(?)のがGW前だったからどうせ終わってたんだけどもね。うん。


 え?テスト期間中どうやって会長と勉強したのかって?

 ……描写できないくらいのプレッシャーを受けた私の心を察してください。いや、ホント。スパルタの兵士と比べたら比べ物にならないくらい優しいものだろうけど、胃がキリキリするくらいには黒い圧力感じてました。甘い空気?そんなものある訳なかろうて。


 まあ、それはさておき……とりあえずテストも終わったしゆっくり羽を伸ばそう。私はそう思うんだけど、世の中そんなに甘くない。解っています。はい。中間テストが終わった瞬間に入ったメールに『テスト問題もってこい』とだけ書かれていたら、羽を伸ばしに行く時間なんてありませんよね。すぐに生徒会室に行かないと怒られますよね。ちなみに私は送り主を『魔王』の名前で登録しています。誰だって?もちろん会長の事ですよ。何時の間に魔王とお呼びするようになったかというと……大体テスト勉強初めて3日目かな?あくまで心の中で、ですが。あ、ちなみにメールアドレスはテスト前日に教えられました。正直に申し上げてものすごく要らなかったのですけどね!!うん。だって、コレはあれですよ。点数悪くても逃げるなよっていう脅しが送られてくるだけなんですから!!


 確かこの学校で会長って人気あるからこのアドレスって貴重だと思うんだよね。凄く。でも全然嬉しくないの。アドレスってだけで声も入ってないしさ!!


 とまあ文句たらたら言っていますが、会長には感謝しています。ありがとうございます会長様、恐らく一学期中間で退学危機という回避難度なイベントは避ける事ができました。ぶっちゃけいくら憐れだろうが接点のない一年に勉強教えてくれる人なんて普通いないよ。心までイケメンすぎる。


 そんな感じで会長に勉強を教えてもらっている間に、私はテスト対策以外にも色々気づけることが有りました。そうですね、中でも特に印象的だったのは『イケメンがイライラすると本当に怖い』ということかな。綺麗な顔に般若降臨とか本当に心臓がバクバクいっていました。かっこいいんだけど怖いっていうか畏れてしまう、そんな感じ。今まで感じた事のない恐怖でした。でもそんな恐怖を感じるくらいに苛立ちを出しても根気よく教えてくれる会長には脱帽です。よく投げ出されなかったなって自分でも思うもの。会長、ほんと面倒見良すぎです。きっと彼なら本物の犬の調教もお手の物だと思います。アホな事いっていますが、ものすごく感謝しています。


 うん?…そんなに恩義を感じているなら早く生徒会室入れって?ノンノン、これはそんなに簡単な話じゃないのです。


 覚えておいででしょうか?会長は私に70点を目指せと言っていたのですよ。うん。……ごめんなさい、私赤点は回避したと思うけど……ミッションはクリア出来たと思うけど、どう考えても70点は到達してないのです。その事実が有るだけに生徒会室の扉を開けることが躊躇われます。やっぱり般若が来るよなー、あれだけ一生懸命教えてもらったのに足りてなかったら怒られるよなー……って思うと、怖いというより申し訳なさでいっぱいになってしまう。やるだけやったつもりです、でもまだ努力不足でした。でも時間は戻せないのでもう今更どうしようもありません。


 しかし此処で何時までも立ち止まっていても仕方ないことだよね。……諦めます。いずれは踏みこまねばいけません。たとえその先が魔境であろうとも――そんな思いで私は生徒会室のドアを3回ノックした。「どうぞ」との魔王の声を聞いて私は審判の門を潜った。そして恐る恐る生徒会室の中を窺うと……そこに飛び込んできたのはメガネ姿の生徒会長。


――危うく、叫ぶ所でしたよ。


 ほら、うん。決して少数派じゃないと私は信じています。眼鏡好き……!

 会長ってばスマートな銀縁眼鏡を掛けてたんですよ……!!似合う、似合うよ、似合いすぎる!!イケメンに接近するのは苦手だけど、此処まで似合うなら逆に『芸能人だよマジで芸能人!!』って思えるんだから!――じゃない、そんなこと言ってる場合じゃありませんでしたね、今は。

 あ、ちなみに何だかんだ言ってるけど、素面でもある程度見慣れましたよ、会長のイケメン面。でも学んだ。美人は三日で飽きるとかアレ絶対嘘だからね。一週間見てもイケメンはイケメンでした。若干慣れたというだけで。


「…何、すっとぼけて立ってるんだ?」

「ああああすみません!!」


余計な事を考えていたら、随分間の抜けた顔をさらしてしまっていたらしい。会長は相変わらず綺麗な声で「ほら、とりあえず数学」と現実に戻す魔法の言葉を下さった。く、くそう……!でもこれはいくらイケメンボイスだからって「はい、どーぞ!」なんて軽々しく言えない要求だ。答案用紙は提出しているけど、私の回答を書き連ねている問題用紙は此処にある。そう、残念な回答が連なっているものが。清書を扱いの答案用紙と違ってガサツな字で書いてるけれど、一応読めるはずのものが。


 まぁ、抵抗しようとも此処に来た限りは提出する以外に道はないんだけどね。むしろ渡すのを勿体ぶったりすることを怒られるって可能性も高いし。


「往生際が悪いぞ」

「はーい……」


 ハイ、そう思った瞬間に怒られました。そして私が渋々問題を渡すと、会長はざっと目を通し近くにあった藁半紙を引きよせ問題を解き始めたのです。かなり素早い解き方です。わぁ、流石搭載スペックが違うな。そんな事を思いながらも、私は何だかいたたまれない気分になってしまった。会長が問題を解くと言うことは私の点数がほぼ確定されると言うことだ。ちなみに数学が選ばれた理由は呼びテストの中でも悲惨な点数を私がたたき出していたからだろう。28点ですよ。うん。やばかった。だからその事もあって落ち着かない。審判が下るのを大人しく待つ等居心地が悪すぎる。私はとりあえず生徒会室の中を見まわした。何か面白い……気が紛れるものはないかな。しかし残念なことに面白そうなものは何もなかった。生徒会室って半分物置みたいなものだから色々あるんだけど、そのほとんどが箱詰めされてて中身が解らない。うん、面白いものは見つからなかったんだけど……入口のすぐ横にある段ボールから実に面倒くさそうなモノを見つけてしまった。


「ああ、この学校体育祭6月だっけか……」


 思わず声に出てしまったその行事の準備物だろうタスキやゼッケンや鉢巻きの山。随分カラフルなのはクラス対抗だからだろう。


「お前、体育祭嫌いか?」


 私の心からの反応は会長にもばっちり届いてしまったらしい。それに気付いた会長が藁半紙に顔を向けたまま私に尋ねてきた。

 ところで、この学校の体育祭実行委員長とは対なる文化祭実行委員長と共に生徒会の役職のひとつである。大体が『派手に祭りを企画したい』という三年生が就くことが多いらしいのだが、その事もあって生徒会も随分張り切って企画を盛り上げようとするのだ。その分準備も大変……だと、ゲームの中でヒロインは言っていた。ヒロインが倒れるお約束のイベントは体育祭でも起きるからね!ちなみにお姫様抱っこが出てくるからね!

 ……と、また横道に逸れちゃったけど、何にせよ生徒会が頑張ってくれているからこそ成り立っているのだ。それを嫌いと言うのは申し訳ない気がする。――しかし私は正直者だ。残念なことに嘘がつけなかったのだ。


「嫌いですよ。運動好きじゃないし、日焼けするし。まぁ、9月にされるよりは暑さはましでしょうけど」


 鬱陶しい湿気と共に楽しもうなんて私には無理。そんな思いをありったけ込めた声色で告げると、何故か会長はくくくっと笑った。うん?ここは笑う所ではなく諭すところではないのか、会長様。堂々と嫌いだと言った私が言うのは何だが『ここは準備する方の苦労を考えるべき』だとか、『楽しむ心を持て』等と言うのが教育機関ではないのかね。……うん、どうせ言われた所で素直に聞く気なんて0だけどさ。むしろ助かるけどさ。

 そんな私をよそに会長は笑った理由を教えてはくれなかった。ただ一頻り笑った後、ゆったりとした穏やかな表情でテスト問題を解いていた。それは心なしか私がここに入ってきた時よりも柔らかな表情のような気もした。気のせいかもしれないけどね。でも……うん、その表情は本来テスト問題じゃなくて花を愛でるイケメンの顔だと思うよ。そんな表情をテスト問題に向けるってどれだけ勉強好きなんだと私は背筋が震える思いがした。勉強好きってホントに居たんだ。そう思いながら私は手近な所にあったスツールを引っ張ってそこに座った。そしてそんな会長の様子を気が付いたら眺めていた。

 私の事変人っていったけど、会長の方が余程変人じゃん。まぁ、私と違って『変人な笑い童子のアホ』じゃなくて『変人で顔声共にイケメンの秀才』なんだろうけど。


「……あれ、なんだろう。こんなこと考えると涙ちょちょ切れそう」

「何がだ。また何を思いついたんだ」

「格差社会について考えていました」

「………そりゃあまた高尚な思考回路だな」


 完全に会長の声が「絶対違う事考えてるだろ」というものであることは置いておこう。私だって嘘は言ってない。嘘は。ただ(顔面)格差とか(学力)格差とか言葉を色々削っているだけのことで。そんな事を私が考えていると不意に会長のペンが止まった。


「……お前の答え見てる限りだと、54~58点ってとこだな。問題レベルから察するに平均点は65前後か」

「えっと……点数の揺れはどうしてですか?」

「部分点付けるか付けないかの差だな。……まぁ、多分つくから58だろ」


 そう言いながら会長は私に問題用紙と会長の藁半紙答案を差し出した。私は机を挟んで会長と向かい合い、それを受け取る。かなり早いペン裁きだったにも関わらず随分綺麗な字がそこに並んでいて、『うおう美文字格差』なんて思ったのは内緒だよ。しかし。


「58点……」


 なんとも微妙な点数だ。もう少しで6割だったのに。いや、6割をとれていても会長の7割を目指せと言っていた数値には届いていない。採点ミスを期待したいところだが、「お前問5の1は単純な計算ミス。問4の2は代入間違えてるぞ」なんて次々に指摘されればそんな希望は見事に砕ける。……そもそも満点の常連さんである会長が私以上のミスをするなんてありえない。

 大分呆れられてるだろうなぁ、私はそう思っていた。鼻で笑ってくるような人ではないけれど、般若……いや、修羅を背負った笑顔で「もうちょっと頑張れや?」くらい言われても土下座しかできませんと思っていたよ。けれど、会長の反応はそんなものではなかった。


「まぁ、思ったより頑張ったな」

「へ……?」

「何驚いてんだよ。28点が58点って充分伸びてんだろうが……っていうかお前普段どんな勉強方法してたんだ。こんだけ伸びるなら元々ある程度安定するだろうが」


 ぽかんと口を開く私をよそに、会長は呆れていた。うん、呆れていたけど……あれ、その呆れ方は私の想像していたのとちょっと違うよ!?けれどまさか褒められるとは思っていなかった私はただただ茫然とするばかりだ。そんな私に会長は面白そうに笑った。


「お前、貪欲だな。まぁ、7割とれてないんだから褒美は無いけどな」

「う……そ、それは残念ですね……」

「つか歌う気なかったからな。考えといてやるとはいったが、正直お前が7割とるなんて全く思ってなかったし」

「な……?!」

「大体何で校歌がご褒美なんだよ。校歌をアカペラか?……何の嫌がらせだ」

「私にとってはご褒美です!!というか……会長は私をもてあそんでいたのですね?!」

「はぁっ!?なんでそうなる!!」


 会長は心外極まりないといった大きな声で反論するが、私は真剣に会長の校歌熱唱を聞きたかったと思っていたのですよ。“もしも上手く行ったら”でしたけど。結果的に無理だったことはテストを終えた時点で既に解っていたけれど、最初から達成できないと思われていた事こそ私にとっては心外だって……!!いや、私も7割って相当厳しいっていうことは解っていたし「無理だろ」とか思ってたけど、会長の教えを守って取ろうとしていたのに……!!

 そう一人熱くなって、けれど熱くなった所ではたっと気付いた。よくよく考えるまでもなく、私、数学以外も相当ひどかったのよね。28点だった数学以外にも32点だった化学や40点だった古典。それを考えると……うん、まず全教科70とか無理だよね。普通。そう思えば明らかに会長が正常だ。あはは……八つ当たりカッコ悪イ。そう私は想いながら項垂れた。


「あー……なんだ」


 私が先程取り乱したからだろう。大分気を使ったような、間延びした声を会長は絞り出していた。そして彼はゆっくりと立ち上がる。……うん?何で立つの?そう思った私の頭に会長の腕が机越しに伸びてきた。


「まぁ、よく頑張った。次は7割突破だな」


 ぐしゃぐしゃと、撫でるというよりはかき乱すその会長の手つきは一週間前、私が今生の別れと勘違いをしたあの時と同じものだった。あの時は気が動転していたので髪が乱れるという事しか思い浮かばなかったのだが、今はふと気付いたことが有る。


「……かいちょう、手、おおきいんですね……!」

「あ?そうでもないだろ」


 いや、何ていうか結構大きいですよ!男の人って感じの手をしていますよ!!

 そう思うと私は後ろへ飛びのいた。ナイスアシスト、机。これで手はふりほどけた。そう思いながら私はコホンと咳払いを一つ込めた。……いくら犬扱いでも、流石に私もレディだと言うことを……いや、ごめんなさい。私をレディだと認識なんて無理ですよね。私自身今『れでぃ(わらい)』みたいな感じに噴き出しそうになりましたから。


「と、ところで会長。お礼、いかがいたしましょう」

「は?」

「は?……って、家庭教師代がわりのお礼ですよ。ご褒美はもらえませんが、お礼はしますよ」


 肩たたきだろうがパシリだろうが、退学回避のお礼は何でもするよ!そう思いながら私は会長に尋ねたのだが、会長は「いらねーって。断固拒否する」と心底驚いた顔をした後に嫌そうな顔をして言った。え、何でそんなに驚くの。私は逆にそう驚いた。


「会長、何不思議なこと言ってるんですか。あんだけ面倒みてお礼受け取りたくないって無償の愛ですか、アガペーですか」

「何で俺は責められてるんだ」

「そりゃ責めますって!会長お人よし過ぎたらそのうち身ぐるみ剥がされますよ!!」

「誰にだ!お前にか!!」


 私の言葉に会長も会長で怒鳴り返して下さいました。うわお、般若降臨しかかったよ!いや、私だって会長を責めたい訳じゃないんだけど、そのうち詐欺に引っ掛かってしまうんじゃないかって心配したのよ。


「別に俺は好意で教えた訳じゃない」

「それどんなツンデレですか」


 そんなツンデレはヒロインさんにでも行って下さい……心の中でそう思ったけど、すぐに心の中で『やっぱり中止で!』と叫んだ。うん、ツンデレって二次元ではとても素敵だけど三次元になると気づけない事が多くて、デレにたどり着けない事が有るからね!赤髪のスマイル君に後れを取っている会長がそんなことをすれば更に引き離されてしまう可能性が有る。今で何馬身くらい差があるのかは知らないけれど。


「やっぱ男は一本気ですよね!!」

「お前なんかまた違う事考えてるだろう」


 冷静な会長の突っ込みを頂いたので、私は一つ咳払いで誤魔化した。いかんいかん、心の声を全身で表現してしまっていた。


「あのな……俺、本当にただ単なる好意じゃないんだ。俺が教えてどこまで出来るもんなのか見てみたかっただけだからな」

「……はい?」

「俺、教職に就きたいんだよ、将来」


 会長の思わぬ告白に私は首を傾けた。だから勉強が苦手なヤツに教えたらどれくらい成績が変わるのか見てみたかった……そんな言葉が続いているが、あんまり耳に入って来なかった。先生になりたい。その発言に私は思わず固まってしまっていた。だって……だって!!!そんなイベントが有ったのを思い出してしまったのだ。まぁ、そのイベントは段ボールだらけの生徒会室じゃなくて、しかもこんな色気のない話題の最中じゃなくて、七夕か何かの時の綺麗なイベントでスチル付きだった気がするけど。いや、モブ子の私にそんなイベント来ないはずだから問題ないけどさ!でも教職か。


「あれですよね、中学ではぶいぶい言わすような不良だったけど恩人の先生に出会って先生を目指すっていう青春ものですね!!」

「なぁ……?!」

「あ」


 しまった。思った事を口に出してしまった結果、会長が固まった。そして私もハッと気付いた。会長は確か中学時代は遠くで過ごしていて、高校でこの学校のある町にやってきたということを。だから中学時代の武勇伝(笑)はこっちの人間が知る訳が無くて、『知ってますよ!』という発言はかなり危うい事を思い出した。


「も、もしかしてアタリですか?ほ……ほら、あの、あれですよ!よくあるドラマのお話みたいに適当に言ってみただけなんですけど……!!」


 く、苦しいぞ私!その言い訳は苦しい!!!

 そう思いながらもひきつる笑みを浮かべ私は全力で逃亡しようとした。何が有っても逃げ通さなければ。そう心の中で冷や汗をかいて、正面で顔を真っ赤にしている会長の言葉を待った。一秒が一分だと思うくらい長かった。


「――悪いかよ」


 やがて会長が口を開いた。それは少しふてくされたような調子で、でもちょっとだけ耳が赤くなっていて、私は不覚にも少しだけときめいた。なんだ、この人可愛いところもあるじゃない、と。だから私も仕方なしに恥をさらけ出すことにした。


「人は誰しも中学二年生の病気を経験するものなのですよ。……私は自分の名前を如何にカッコよくサインできるか研究しました。もちろん漢字でですよ」


 自分の目が遠い目になっているのは、多分気のせいじゃない。ちなみにサインっていうのは別に芸能人になりたいとかそんな思いからじゃないのよ!!単にサイン書きたいって思ったのと、親と旅行をした時のチェックイン時にサインしているのを見て(※後から知った話では親は普通に名前を書いていたつもりだが、字が汚くて私が勝手にサインだと思ってしまっただけらしい)私もかっこいいサインが描きたいと思ったのです。それこそノート3冊いっぱいに自分の名前ばっかり書き連ねたからな!!

そんな思いを会長に伝えると、会長は一瞬ぽかんとした後、やはり噴き出した。


「……会長、笑い童子の称号会長に差し上げますよ」


 恥ずかしがっているからこちらの恥もばらしたというのに、何だこの仕打ちは。そう思いながらジト目で会長を睨むと、会長はくくっといつもの笑いをそのままに「悪い悪い」と言い、けれど耐えられなかったのかついにはヒィヒィ言いながら笑いを収めようと必死の様子だった。


「……恥を忍んで言ったのに。会長なんてもう知りませんっ」

「悪い悪い、でも、ホント…お前、飽きなさそうだわ」


 終いには涙目になりかけている会長は眼鏡をはずして目元をぬぐった。


「でも、礼なら本当に要らないから。この指導も将来役立つかもしれないし」

「だったらもう私何も言いませんからっ!絶対会長に何かあげるとか言いませんから!」


 うん、本当はお礼はちゃんとしたかったのよ。でも、ここまで笑われるといくら私でも恥ずかしいんだもん。いや、先に恥ずかしい過去を暴いたのは私だけど。それだって会長が知らぬ存ぜぬで流してくれたらよかったんだ。なのに、なのに……!!イケメンのくせに乙女心よめないのかよ!!!いや、イケメンだからよまなくてもいいとかいうタイプか?!


「まぁ、そうむくれるな。期末もやばくなったら見てやるから」

「うっ……」


それを言われると、かなり心が揺れ動く。というかその餌に乗らなければ期末も危ないかもしれない。だって付け焼刃でテストを乗り越えたとはいえ、まだまだ学問は軌道にのってないからね……!!でも、大人しく「わかりました」なんて言うのは私のプライドが許さない。


「……会長、これ以上笑ったら、私会長の事不良魔王って呼びますからね」


 ふくれっ面になりながら私は会長にそう言った。言ってしまってからあんまりかっこいい台詞ではなかったと後悔したが、既に笑いの渦の中にいた会長にとってはそれも面白い事でしかなかったらしい。とても残念なことに会長はより笑い声を大きくするだけであった。安っぽい魔王だなって相変わらずクククと笑ってる。魔王みたいな笑い方だ。……会長は馬鹿だ。そんなんだからヒロインさんのルートから外れちゃってるんだよ。でも、ふとヒロインさんの事を考えていて私には思いついたことが有る。そういえば、ゲームでは会長は一度もヒロインさんの事を『お前』とは呼んでいなかった気がする。名前だった。私は未だ名前すら告げてないけどな!!アドレスを渡した時も『笑い童子』って書いて渡したからな!!多分そのまま登録されていると思う。でも実際聞かれたことないし、まぁ、きっと呼ぶ気はないんだろう。『お前』で良いって事だろう。……つまりあれか、可愛いは正義だから『お前』なんて呼び方はダメだけど、私なら『お前』で十分かという判断か。……うん、やっぱり可愛いは正義だもんな。


「また難しい顔して何考えてんだよ?」

「……いえ、格差社会について再び考えてました」


 突然黙り込んだ私に質問した会長は、私の答えを聞くなり「……お前早く帰って寝ろ、疲れがたまってるんじゃねぇの」と眉根を寄せ変なものを見る目で言ってきたよ。失礼な。きっと会長は『格差社会について常々考える程学を求めるヤツならもうちょっとテストもどうにかなるだろう』って思ってるんだろうね。だから、違うんだって。私が考えている格差は『ヒロインか否かによって変わる呼称の差』という格差だからね!!…いや、別にヒロインになりたい訳じゃないけれど。どう考えても私の性格はヒロインには向いていない。


 でもそれはさておき、私は会長のお言葉に甘え早々に退席させていただくことにした。今日は本当にゆっくり休もう。そう思って生徒会室から出ようとした時、会長に「おい」と呼ばれ振り向いたら飴が飛んできた。


 にっとわらって「気をつけて帰れよー」という会長を見た私は『やっぱりカッコも気前も声も良いんだな』って思ってしまった。



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