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ドリィ  作者: 萩尾さく
第四章 過ぎ去り、また迫りくるもの
15/22

4-2

「それじゃあ、こないだ捕まったマグスってのは、イデのことだったのか?」

 アドの素っ頓狂な声に、セージはギクシャクした動きで肯いた。

 アドは玄関口でセージの顔をみるなり、何も聞かずにリリたちを家の中へと招きいれた。ごちゃごちゃと本や何に使うのかも分からない器具などが乱雑に置かれた部屋は狭く、リリたちがくつろぐ隙間もない。アドは申し訳程度に散らばった本を壁際に押しのけ、小さな椅子をどこからか引っ張り出し、リリたちに座るよう勧めた。

 落ち着かない部屋だった。勧められるままに座りはしたが、周りは天井近くまで積まれた本に囲まれており、いつ崩れるかも分からないそれに内心ビクビクしてしまう。アドはその間にも濡れた体を拭くためのタオルを持ってきたり、リリへ出すお茶をいれたりと忙しく立ち回っていた。

 それからようやく腰を落ち着けたアドに、セージが事の顛末を語った。とはいっても、アドとセージは顔見知りらしく、おおよその事情は分かっているようだった。セージが語ったのは「生贄を助けることは出来たが、イデが捕らわれてしまった」ということのみ。しかしアドはそれだけですべてを理解したようだ。

 そして話を聞き終えたアドは素っ頓狂な声をあげたのである。

「捕まっタって……、シシ知っていルノか?」

「まあなあ、情報収集はまめにするようにしてるから。東の方の村でこないだマグスが捕まったって話は聞いてたけど、それがイデだったとはなあ……」

「そウいう訳だかラ、早く俺ヲ直シて欲シイ。イイイ、イデが処刑さレル前にニ、助け出サナいと……」

「まあ待てよ。俺の話もちゃんと聞けや」

 アドは急かすセージをたしなめつつ続けた。

「俺が聞いた話によると、その捕まったマグス――つまりイデの処刑は中央で行われるらしい」

「チ中央で?」

「そう、つまりイデを中央まで移送する日数だけ、処刑の日は延びたということだ。具体的な日にちはまだ分からないが、まあ、そのうち耳に入ってくるだろ。だから、そんなに焦るこたあない」

「しカシ……」

「焦ったって始まらないだろ? それより、その胸に開いた風穴、見せてみろ」

 セージは言われるままに、上半身に身につけたものを脱ぎ去った。その胸のほぼ中央に痛々しいまでの穴が開いている。本当にセージが痛みを感じているのかどうかは、分からないが。

「うっひゃー、すげえな。よくこれでここまで来れたもんだ」

「直るカ?」

「直さないと仕方あんめい。お前を直さなきゃイデは死ぬだろ。イデが死んだら溜まってるツケを誰が払うんだ」

「ツケ?」

 リリが何気なく口に出した言葉に、アドが振り向く。

「おお、そうよ。コイツの整備代」

 とアドはセージを指差した。

「……って言っても分からないか?」

 確かに分からなかった。ドリィとは整備が必要なものなのか?

「ドリィてのはちょっとやっかいでな、定期的にメンテナンス――異常がないかどうか調べてやらないといけないのさ。コイツとイデは特に荒事ばっかりしてるからな、いざってときに『壊れてました』じゃ命にかかわるだろ。だからクラフトの俺がしっかりと――」

「クラフト!? あなた、クラフトなの?」

 クラフト――ドリィを生み出す悪魔使い。リリは幼い頃からそう教わってきた。しかしそれはイデの話によると「カガク」という学問を修める者のことをいうらしい。ならばこのアドも学者だということになる。

 アドは何を今さら、というような顔をして、

「おうともよ。そうでもなきゃ、マグスやドリィを助けようなんて奴はいねえだろうよ。世の中は冷たいからね」

 リリはイデがこの男を訪ねろと言った理由がようやく分かった。ドリィを作るというクラフトならば、損傷したセージを直せるだろう。

「まあとりあえず、処刑の日にちは延びたとはいえ、時間がないことには変わりねえ。しっかりと直してやることは出来ないからな。応急処置がせいぜいだ。そのかわり、特別装備をオマケしてやるから、しっかりイデを助けて来いよ。それから耳をそろえて溜まったツケを払いやがれ」

「あア……、頼ム……」

「それと!」

 アドは、この家に入ってから一言も発することがなかったインビジブルを振り返って見た。

「お前もついでに診てやるよ」

 リリは目を見張る。何故なら、リリもセージもインビジブルがドリィであることをおくびにも出さなかったのだ。それであるのに、アドはインビジブルがドリィであることを見抜いたのだ。でなければ、「ついでに診てやる」なんてことを言い出すわけがない。

「どうして分かったの!?」

「分かるよ。クラフトの感ってヤツだな」

 そう言って、アドは得意げに笑った。




 中央都に足を踏み入れるのは、生まれてから二度目のことだった。

 一度目は、イデがまだ幼い頃。双子の姉といっしょに、無邪気にはしゃぎまわっていた頃のこと。

 姉が中央都で開かれる祭りへ行きたいと駄々をこね、その結果家族全員で中央都を訪れることになったのだ。

 イデが生まれた村から中央都まではだいぶ距離がある。中央へ行くだけでもかなりの出費を伴っただろう事は、幼心にも分かっていた。イデの生家は決して裕福ではなかったが、それでも両親が姉のわがままを許したのは、もうそのときには姉が生贄として、そう長く生きられないことが決まっていたからだ。

 すばらしい祭りだったことを覚えている。各地からこの日のために集まってきた大道芸人たちが道行く人たちの気をひくために、とっておきの芸を披露し、あちこちでは楽士たちの奏でる音楽が人々の合間をすり抜け、吟遊詩人の朗々たる声も晴れた空に響き渡っていた。

 楽しかった。とても、楽しかった。何が一番楽しかったのか、それはもう記憶の彼方に埋もれて具体的には分からない。それでもとにかく楽しかったことだけは覚えている。

 そして今、イデは再び中央都にいる。あの時とは違い、楽しさの欠片も漂わない、静けさと冷たさが支配する牢獄に。

「ねえ、ちょっと聞いてるの?」

 鉄格子の向こう側から、ミゼルが言った。

 この女のことも分からない。

 イデがこの牢獄に入れられてからというものの、ミゼルは毎日のように顔を見せてはくだらない話をして去っていく。この女の目的が分からないだけになんとも不気味だった。

「駄目ねえ、女性の話はきちんと聞くものよ」

 怒ったような口ぶりだが、その変わらぬニコニコ顔からして本気で怒っていないことは明白だ。

「五日後、って言ったのよ」

「五日後……?」

「そ、あなたの処刑の日」

 五日後――

 イデが捕まってからすでに十日。そして処刑は五日後だというから、合わせて約二週間。思ったより時間は稼ぐことが出来た。セージはどうしているだろうか、無事にアドのところへたどり着けただろうか。

「楽しみねえ。あなたご自慢のお人形さんはどうやってあなたを助けにくるのかしら」

「さあね。ひょっとしたら助けにこないかもしれないし」

「それはないわ」

 きっぱりとミゼルは言い切った。その女の顔を、イデは怪訝そうに見上げる。

「……どうして、そう断言できる?」

「だって、ドリィは決して主人を見捨てないものだもの」

「分からないぜ。ひょっとしたら俺が捕まったあの時、マスター登録を解くように命じたかもしれないじゃないか」

「そうかしら? あなたは助かる見通しがあるからこそ、あえて捕まったんじゃない? 少なくとも私はそう思ったけど、違うかしら」

「お前……」

 イデはミゼルを見上げる視線を鋭いものにした。

「何者だ。ただの十三使徒じゃないだろう」

「あら、どうして?」

「ドリィは決して主人を見捨てない、何故そのことを知っている。それにお前は『マスター登録』という言葉を聞き流した。普通の人間なら『マスター登録』なんていう意味不明な言葉には、何らかの反応をするもんだ」

 なんの反応も見せなかった。それは、ミゼルが「マスター登録」という言葉を知っていたからではないのか。

「あら、失言」

 ミゼルは口元を手で押さえた。

「それにお前が使っていた武器。妙な形をしてたが、考えてみりゃドリィと戦うには剣よりもあれの方が向いている」

 大きな錐のような刃のついていない武器。それはミゼルだけが手にしていたものだ。

「ドリィは人工皮膚の下に薄い装甲板が張ってある。だから剣で斬りつけてもなかなか斬れるもんじゃない。だが、お前の武器で動力回路のあるところを一突きにすりゃあ、どんなドリィだって動けなくなる。だがそんな戦い方、ドリィの構造を知っていなければ考えつかないだろ」

 一度思いついたが、すぐに打ち消した考えであった。だが、考えれば考えるほどにミゼルがドリィを知り尽くしているという結論に達してしまうのだ。

「……見事に引っかかっちゃったわねえ。そうよ、あなたの考えているとおり。頭いいのね、惚れ直しちゃうわ」

「それじゃあ……」

「そう、私はクラフト。正確に言うなら、元・クラフトね」

 ミゼルが笑みを深めた。常に笑んでいる女だが、このときの笑みが一番妖艶に見えた。

「何故だ!」

 イデは吐き出した叫びをミゼルに叩きつけた。

「あんたもクラフトだったなら知ってるだろう? クラフトやマグスがどんな不当な差別を受けてきたかを。この国に充満している不条理さを。それを知っていて、どうして十三使徒なんてやっていられるんだ!」

「何故、ですって? 私がクラフトだってことを見抜いたあなたなら、そんなこともうとっくに分かってるんじゃない?」

「…………」

 イデが何も答えようとしないのを受けて、ミゼルは言葉を続ける。

「クラフトはドリィを知り尽くしている。何もかも。そう、弱点すらね。そしてクラフトとマグスはドリィを扱うという点で、とても近い位置にいると言えるわ。だからこそ、元・クラフトにとってオーダーや十三使徒はもってこいの転職先だとは思わない?」

 本当はそんなこと、わざわざミゼルの口から聞かずとも分かっていた。だが、認めたくなかった。

「あなたも知っていると思うけど、出来たばかりのドリィはメモリーの中がほとんどからっぽの状態よね。それから実戦を重ねることによって、だんだんと戦闘データを蓄積させていく。そうすることによってドリィはどんどん強くなっていく。けれどね、どんなに経験を重ねたドリィでも、『偏り』が出てくるものなのよ」

 それはイデにも分かっていることだった。ドリィは戦いに際して、自らのメモリーの中にある戦闘データを元に動いている。だからたくさんの経験を積んだドリィは、出来たばかりのドリィと比べて動きに幅が出る。だがどんなに多くの実戦を経たドリィといえども、そのデータには限りがある。その限られたデータの中で動いているドリィには、ある種のパターンが出来てくるものなのだ。

「この間の儀式の時も、私はその『偏り』を見定めるために、ぎりぎりまで戦いに加わらなかった。そして『偏り』を見切ったところで、グサリ! というわけ。二体いたうち、あなたのドリィを先に始末しようとしたのは、あなたのドリィの方が経験をより多く積んでいると思ったから。つまり、強そうな方を先に倒そうとしたわけ」

「……反吐が出る……」

 聞けば聞くほどに気分が悪くなっていく。確かにミゼルの戦い方は効率的で無駄がない。それはクラフトでもなければ思いつかない戦い方だ。ドリィの仕組みを理解し、近しい立場であるマグスの心情をも察することが出来る。まさにクラフトにとってオーダーや十三使徒というのは天職と言えるかもしれない。

 だがクラフトだったなら、イデの憤りをも理解できるはずだ。各地で行われている生贄の儀式の無意味さも、クラフトやマグス、ドリィに関する世間の知識が誤っていることも、そのことにより死ななくていい者たちが死んでいっている事実も。

 それを分かっていて、どうして紅の十三使徒という元の同志たちを断罪する立場にいられるのか。

「クラフトとして学ぶのは悪くなかったわ。いろいろな知識が身についていくのは心地良いことだし。でも、クラフトはこの国では罪人でしかない。世の中から隠れ住まなきゃならないのは御免だわ。日の光の下で、奔放に生きていきたいじゃない」

「だったら、この国の方を変えていけばいい!」

 間違っているのは、人々の認識だ。この国の法だ。罪のない者が罪人になってしまう世の中だ。

「私はね、クラフトとしての自分に、そこまで執着していないの。無駄なことを訴え続けるなんて、面倒なこともしたくないわ」

「無駄なことだと……!」

「そうよ。あなたは今までずっと、『生贄なんて無意味だ』とか『クラフトもマグスも罪人ではない』とか訴え続けてきたんでしょう? でもそれで何が変わった? 何も変わってないじゃない」

「確かに何も変わってない。でもこれから変わっていくかもしれないだろう!」

「無理よ。あなたひとりでどうにか出来るものじゃないわ」

「出来る! 俺はそれをやると決めた」

 右腕を失ったあの時から――

 イデとミゼルの議論に終着点は見えない。お互いの主張が交わることはないであろう。

 しかしミゼルはますます相好を崩す。そして牢の中で座るイデに視線を合わせるようにしゃがみ、鉄格子の間から手を伸ばしてくる。

「私たち、全然気が合わないわね」

 ミゼルの指先がイデの頬に触れる。

「前にも言ったけど、私はあなたみたいにがむしゃらで無茶苦茶な人が好き。なんかこう、無条件に愛しくなっちゃうのね。どうしてかしら?」

「……俺が知るかよ」

 視線を和らげることなく、イデは吐き捨てた。ミゼルはその言葉にも、くすくすと笑いを漏らす。

「それもそうね。ああ、鉄格子が邪魔だわ。今すぐあなたを抱きしめたいくらいなのに」

 ――調子が狂う。

 イデは頬に触れる指を振り払うことも出来ずに、ただこの妙な女をにらみつけていた。

(早く来い、セージ……)

 自分のやってきたことが無駄でないことを証明するためにも、イデはこんなところで死ぬわけにはいかなかった。何としてもここから逃れ、少しでも自分の考えを世の中に広めなければならないと、改めて固く心に誓った。




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