神の誘い
私は何故か、夢を見ない。
しかし……今日は違っていた。
ふわふわと、白い雲の上のようなところに私は立っていて。
周りが霧のようになっていて曖昧な中、目の前には若くて変わった格好をした青年が立っていて。
ウンウン、と唸りながら私を見てくる。
一体……なんなのだろう。
「田原月子……なんて可哀相な女の子なのだろう」
「……」
「ん、どうした? 僕が君の名前を知ってる事に驚いた? それとも、いつも夢を見ない君が夢を見ている事に驚いた?」
「……別に」
「ははぁ、思った通りつまらない女の子だ。とりあえず、自己紹介をしよう。僕は神だ、よろしく」
そう言って、はにかむ青年。
なんだろう、雰囲気が胡散臭い。
確かに派手だが威厳のある格好こそ神らしいと言えば神らしいが、突然現れて自分から神を名乗る人物をどう信じろと言うのだ。
しかし……これは夢だった。
夢なら、神が出ようが、悪魔が出ようが、問題ない……そういうものだと、私は悟った。
「僕は普段から可哀相な目に遭っている君に、素敵な話を持ってきたんだ」
「いらない」
「まあまあ、せっかくの機会だ。話だけでも聞いていくといい。僕は君に、言霊の力を貸そうと思ったんだよ」
「言霊?」
別に特に興味があったわけではないが、とりあえず聞き返しておく。
「大雑把に言ってしまえば、言葉に宿る力の事だね。言霊の力を持つ者は、発した言葉通りの結果を現す事が可能だ」
「……よくわからない」
唐突だし。
「うーんそうだね……願望をちょっと口に出せば、ばばーっと叶えてくれる力。簡単だろう?」
自称神は、両手を広げて擬音語を混じえながら説明する。
一応理解はできるが、ますますわかりにくくなった気がする。
何を言っているんだろう、この人は。
……いや、一応神か。
「……そんな顔しないでよ月子ちゃん。考えてみてよー、タダで神の力が手に入るんだよ? 上手く使えれば、世界征服だってできちゃう力なんだから、言霊って」
私の反応が悪かったからか、神はがっくりとしながら私を見下ろす。
「人間の君にとってこれ程理想的な事は無いと思うよ? 願い事し放題、叶え放題!」
神は無邪気に笑う。
なんでも思い通り……か。
「私の、願い……」
そんなものが、あるのだろうか。
あるとしたら……私の望みとは、何だろう?
「……その力を貰う、代償は?」
頭の中で答えは見つかっていないのに、私は自然と口が動いていた。
「そんなのいらないよ。僕は天から、君の行動を見物させて貰う」
「制約とかは? 何か、決まりがあるとか……」
「真面目だねぇ。別に決まりは無いけど、まあそうだなぁ……信じて貰えてないみたいだし、お試し期間って事にしよっか。力の効果は今から24時間だけ。今、丁度0時だしね」
神は、懐から取り出した派手な装飾の懐中時計を見てそう言った。
「1日……思い通りって事?」
「そういうことさ、それ以降はまた僕に会って決めればいい。口に出せば願いが叶う、君は一種の神になれるんだ」
「……」
「さ、決めてよ月子ちゃん。この力、受け取る? それとも、やめとく?」
神は、私に手を差し伸べた。
誰も、私に手を差し伸べた事なんてなかったのに……。
ふと、そんな事を思った。
そして、私はいつの間にかその力の魅力に惹かれていた。
「私は……力が……欲しいです」
まるで何かに操られるかのように唇が動き、私は神の手をしっかりと握っていた。
そのまま神はニヤッと笑いながら、私に囁いた。
「契約……完了だね。それでは、良い一日を……」
景色が、真っ白な霧で覆われていく。
どこまでも白く、白く。
そして、暗転して。




