第三話 入学式3
入学式の始まる少しだけ前の話。
景介たちが入学する高校の生徒会議室では、二人の執行部役員が雑談に花を咲かせていた。ほかの役員は入学式の準備中なのかこの部屋にはいない。
「僕は詳しく見てないからよく知らないんだけど、今年の新入生って優秀らしいね」
「ええ。平均化された数字だけ見れば例年通りか、良くてもそのちょっと上。くらいですけどね」
栗毛色の髪と優しげな瞳が印象的な少年に、艶やかな黒髪の少女が答えた。生徒会のほぼ専用教室であるこの生徒会自室は、様々な機能が備わっている。
例えば、自動可動式の机。例えば、複数台揃えられた高性能な情報端末機器。その他、座り心地最高の椅子とか。挙げ句の果てには小規模ながら自動販売機などなどがあり、歴代の会長によってなされてきた模様替えによって居心地の良さだけを考えれば、一般教室とは比較の対象にならないほどの場所となっていた。
一応彼らのために弁解しておくと、この(大規模な)模様替えはこの学校の生徒を彼らの力によってまとめあげ、結果を出すという激務の対価として黙認されているものであって、決して役員たちが楽をするためだけになされていることではない。
その部屋の情報端末を使って、先ほどの少女は新入生の成績についてのファイルを開く。個人情報として定義付けられている「入学時の成績」を自由に閲覧することができるのも、結果を出すためという理由によって認められた(少し嫌な言い方をするならば)執行部役員の特権であった。
「でも、これは少し異様です」
画面に表示された成績表を見て、少女は理解できないというようにため息をつく。
「うん、たしかに。今年はちょっと特異な子がいるみたいだね」
「はい、しかもそれがとっても多い。得点だけみたら実技も筆記も平均くらいしかないのに、ある先生からは好評でしたり、実技よりも筆記が圧倒的に良かったり」
「ふーん。あ、この子はすごいな。実技で......満点、か。筆記も学年上位クラスだし。そういえば、この子はたしかこの学年の総代だっか」
彼らの手元にあるディスプレイには、新入生の全成績が映し出されている。二人はそれを談笑とともに楽しそうに見ていたが、画面の端に映し出された時間を見てハッとなった。
「......渚さん。そろそろ行かないと会長に怒られちゃいますね」
「そうね、あの人は許してくれるとは思うけど、執行部が式に遅れるとなると、示しがつかないから」
丁寧に端末の電源を切って、部屋を出よう少年が扉に触れようとしたとき、ちょうどその扉が空いた。
その向こう側には、少年よりも頭一つ分小さい少女が仁王立ちしていた。
「こら、雅成くん。渚ちゃん。いつまでイチャイチャしてるの!
私たちは先に会場に入っとかないといけないんだから。早く行かないど入学式始まっちゃうよ!」
胸を張って言い張る少女に、雅成と呼ばれた少年は特に悪びれる様子もなく、彼女の頭上から声をかける。
「早く行かないといけないんだったら力を貸してね。それに、僕たちはイチャイチャしてたわけじゃないよ。ねえ、渚さん」
「うん。雅成くんの言うとおりだよ。とにかく風。遅れそうな私たちを連れてね」
渚は、そう言うとムスッとした顔をする風の、
女の子としては短めに切り揃えられた髪の上に手をおいての撫でて、その肩に手を乗せる。
「う~ん。わかったよ。それじゃ、二人共行くよ?」
不承不承ながら風は頷くと、雅成が渚と同じように自分の肩を持ったのを確認した。一つ。ため息が廊下に吐き出された後、三人の人影はすぐにその場所からなくなった。