第一話 入学式1
春だ。
雪が去り春風が木々の間を吹き抜け、新たなる命の鼓動が大地を震わせる。
コンクリートとコンピュータによって形作られた無機質なこの都市でも、新しい季節の到来は冷めきった人の心を少しは軽くしてくれるようだった。
そんな都市の一角に、大学のキャンパスを連想させる構造をした高等学校があった。国家の長たる者にて運営され、原石を宝玉へと変える使命を受けた高校。開国の翌年、全国に八つ設置された魔術師育成高校。
広場へと続く桃色の並木道を、そこへの入学を許されたある少年と少女が歩いていた。白を基調に青と少しの黒が踊る涼しげな制服に身を包み、まっすぐに目的地の広場へと向かっていく。
とはいえ、式が始まるのが二時間以上もあとのことであるためか、門から広場まで続くこの道を同じ方向へと進んでいる生徒はほとんど見られなかった。
澄んだ青空はどこまでも広がり、涼しげな風は二人の頬をかすめて、灰色の石畳の道に華を添える桜の花びらを巻き上げていった。
少女が口を開く。
「さすがに早かったかな」
「いや、ちょうどいいんじゃないか」
あまりにも人が少ないことを不安に思ったのか、少女は心配そうな顔で少年に尋ねた。だが、彼は杞憂だというように首を横に振る。
「でも、景介はどうするの。私は会場に行かないといけないけど......」
少年――景介は、少女がそこへ行かなければならない理由を知っていた。というよりも、もともとそのこと承知の上で彼女とともにここへきたため、彼には特に気にするようなことはなかった。
「家を出るときにも同じこと言ってたけどさ、俺はそのへんで適当に時間潰すから大丈夫だって」
「そっか」
だが、なおも心配そうな顔をこちらへ向けてくる彼女を見て、景介は言葉をかけた。そうすると、少女も安心したように頷くと、今度は思いついたように笑った。
「でも、景介のやることなんて、すぐわかっちゃうけどね。どうせまた、いろんな文献を読みあさるんでしょ? 」
「ごもっとも。ま、あれは暇潰しというよりは俺のちょっとした幸福の時間だからね。逆に、家にいて気持ちが急くよりも、会場で時間が来るのを待っていたほうがいいんだ。ところで日和。もう広場についちゃうけど、どうする?」
無駄話をしている間に広場はもうすぐ近くまで来ていた。人が少ないといえど、新しい制服に身を包んだ新入生の姿も多少は見える。
「そうね。ちょっと時間もあることだし、記念撮影でもしよっか」
「そっか。それじゃ、行ってらっしゃい」
「『行ってらっしゃい』じゃないわよ。景介にもちゃんと協力してもらうんだから」
「えっ......」
「当然でしょ。
あの。すみませーん」
日和は楽しそうに笑うと、不満そうに彼女を見る景介のもとを離れ、たまたま広場の入口付近にいた少年に声をかけた。
「あの、この桜並木をバックにして写真をとってくれませんか?」
いきなり背後から話しかけられていて驚いたものの、少年は日和をみると「いいですよ」と笑顔で頷いた。景介には、日和が戻ってくるときに、彼女の携帯を渡された少年が少しだけ顔をしかめるのが見えたが、いつものことだと諦めて、寄り添ってきた日和の相手をする。
少年の方も、彼女が振り向くとそのままでいるわけには行かず、笑顔を取り繕ってカメラ機能のシャッターを押した。
日和は、撮られた写真を見に行く。景介はそんな彼女を見て小さなため息をすると、自分も写真を見ようと少年の方へ向かった。
「ありがとう。あ、ねえねえ。よかったら向こうも撮ってよ」
「おい日和......」
「だーいじょうぶだって」
日和はそう言うと満面の笑みで少年の方へ振り返る。
「ね、お願いできる?」
「あ、うん」
景介もその少年も写真はこの一回だけだと思っていたのだが、彼女の笑顔に押される形でその後「記念写真」をとらされることになった。少年は何も言わずに二人の後ろをついって行ったが、カメラマンの仕事が彼に固定したままであったことは彼にはまったくもって不本意なことであった。だがやはり、笑顔を振り撒く日和に男風情が勝てるはずもなくなされるままに写真を撮り続けた。
写真のバリエーションが10種類を超えたころ、景介はさすがに申し訳ないと思っい日和を止めることにした。
「日和、そろそろ時間じゃないのか?」
「え? あぁ、そうね」
二人の後ろをついてきていた少年は、よくわからないという顔をしていたが、日和は時間を確認すると頷いて言った。
「えっと、二人ともありがとね」
不満そうな顔をしつつも、結局何も言わずに最後までカメラマ役を務めてくれた少年に感謝の言葉を述べると、日和は一人で体育館の方へ向かう。
「日和」
そんな彼女を、景介が一度呼び止めた。清々しい風が二人のあいだを横切りさっとこちらを見る少女の顔に、流れるような髪がかかった。
「答辞、頑張れよ。俺は見てるから」
その少女に、少年は普段の調子で声をかけた。心の中で「あいつの代わりに」という言葉をつなげながら。
「うん。ありがとね」
気恥かしさで何も言えない少年を後ろに、日和は景介の言葉に嬉しそうに返事をして再び会場の方へと向かっていった。
以後、これよりも短くなるかも......というかなりそうですが、どうぞよろしくお願い致します。