「新聞部」01
「それで全部か?」
俺は目の前で俯いたまま顔を上げない女子生徒に、問うた。女子生徒もとい、幼馴染の東雲曇こと東雲は、「うん。」と小さく頷く。それを聞いた俺は呆れ溜息を吐いた。いったいどうするつもりなんだ、と東雲に問うたところで、東雲はきっと「どうしようね。」と緊張感の無い声で聞き返すだけなのだろう。東雲は昔から問題を抱えては客観的に見る癖がある。そして毎回、その問題に俺が巻き込まれるのも定番染みていた。
今年、新聞部は部員0名の廃部寸前の部活だった。文化部の中でもぱっとしない部活で、先輩も全員卒業をしてしまったから、校内でも知名度は低かったからだ。勿論、入学したばかりの俺も新聞部があることさえ知らなかった。それを、何処で知ったのか東雲が「一緒に新聞部やろう。」と誘ってきたのが切欠。断る理由もないので、俺は首を縦に振ったのだが、今思えばなんて面倒な部活に入ったのだろうと後悔している。
夏休みに入って面倒事は転がり込んできた。この部活は、一年に数回新聞を作ったり、学校のホームページを作ったりする部活らしい。ホームページは数年前から何一つ変わっていないので、過去の新聞部もホームページは放置状態だったのだろうと推測できるが、新聞を作るのは意外に手の凝る作業だ。そして今回、文化祭に壁新聞として張る新聞を作ることになったのだが、いかんせん記事がない。文化祭ということもあって、それぞれのクラスや文化部の出し物を記事にすればすぐに完成するのだろう。しかし、問題はその出し物を聞くことが出来ないということだ。
「どこのクラスもまだ、文化祭の出し物を決めてないって。文化部も一通り訊いてきたけれど、殆どの部活は何も出さないらしいよ。」
合唱部と華道部と書道部なら出すらしいけどね、と言葉を足しながら東雲は抑揚のない声で言う。そして、思い出すかのように、あ、と声を漏らしてから言葉を続けた。
「一応、いろんな人に〝文化祭で宣伝したいことがあれば新聞部へ〟って伝えておいたから、きっといい記事が転がり込んでくるよ。」
「そんなんで人が来るのか?」俺は東雲に問う。
「拡散希望って付け足したから大丈夫。」と東雲は表情を変えることなく話す。
俺は東雲の適当さにまた溜息が漏れた。溜息を吐いたら幸せが逃げるよ、と東雲が俺に言ってきたので俺は「幸せが逃げたから、溜息を吐いたんだ。」と皮肉めいた言葉を吐いた。
「いいか、東雲。新聞の完成はあくまでも文化祭の一週間前だ。まだ一か月あるから大丈夫だろうが、記事をどう文にして纏めるかとか、写真を撮ったりしないといけないんだ。そんな悠長な事言っていたらあっという間に時間が足りなくなるぞ。」
「その時は手伝ってね。」
「無理だ。あくまでも俺は、幽霊部員だ。お前は部長兼副部長だろ。」
そう。俺は新聞部の幽霊部員だ。あくまでも、幽霊部員。新聞部部員は俺と東雲の二人、ということで、一年生で部長と副部長を務めることになった東雲。俺は部長も副部長もする気は微塵もない。そもそも、入学当初は部活動に入る気さえ無かったんだ。
東雲はけちー。と可愛くもない表情で目の前の机に置かれているメモ用紙を俺に投げつけた。大きな弧を描いたメモ用紙はすっぽりと俺の手のひらに収まる。
「危ないだろ。」
「りょーくんだから、大丈夫。」
何が大丈夫なんだ。何が。
東雲は椅子に座って、ディスプレイ型のパソコンの電源を押す。ここ新聞部の部室は情報処理室・・・つまり数台ものパソコンが置かれている特別教室であり、部員二人に対しては倍以上の台が置かれていた。俺たち普通科ではあまり使わない教室でもある。
パソコンを開いた東雲は、慣れた手つきでインターネットを開き、学校のホームページを開いた。私立高校らしい、簡素なホームページだった。
「それに今年は、面白そうな話題があるからね。」
「?」
次に東雲は、別のページへ飛んだ。見覚えのない名前を打ち込んで検索をしたら、いろいろな画像が出てきては、下のほうにここの学校の名前があった。ブログ、だろうか。東雲はとあるサイトを開いては俺に見せるように体をパソコンから離す。
「立華凜華。」
「・・?この学校の生徒なのか?」聞いたことのない名前に、俺は東雲に質問する。
「うん。2年の美術部。小学生の時に一度有名になって、それから天才画家として多くの作品を生み出した芸術家の卵。」
東雲は再びパソコンの正面に戻り、マウスを動かして違うページを開く。そしてまた、体を退かして俺に見せる。
「ここ見て。」東雲がディスプレイを指さす。
東雲が指さした先には、数行の短い文だった。
〝新作は今年のS高校の文化祭にて、美術部の作品として公開します。一般の方は文化祭立ち入り禁止ですので、学校外の公開は文化祭後日とします。〟
「これは・・・?」
「芸術家の卵立華凜華の作品は、いち早くこの学校で展示されることになった。これって記事としては結構使えそうじゃない?」
東雲は、変わらない無表情とは裏腹に、楽しそうな声を出した。俺はそんな東雲に、「そうだな。」と適当に相槌を打った。その答えに東雲は不服なのか、唇を嘴のように尖らせた。
「りょーくんってば、やっぱり酷いや。」
キーボードを素早く打った東雲は、そのまま立ち上がり、すたすたと情報処理室の出口まで歩き出した。パソコンはまるでひとりでにシャットダウンしたかのように、遅れて電源が切れた。
情報処理室の扉の取っ手に手をかけた東雲は、「それで、何の用かな?」と愛想のないであろう表情で、扉を開いた。
「東雲何やって・・・って、人?」
「っ・・!あ・・あのっ、その・・えっと・・・。」
東雲が開いた扉の先に、一人の女子生徒が佇んでいた。人見知りなのか、目をこちらに合わせずに、俯いている。言葉も途切れ途切れで、内容がいまいち伝わらない。
そんな女子生徒に、東雲が言葉をかけた。
「君は確か、美術部の2年生だったよね。」
「あ・・はい!・・あっ、えっとその・・っ。」
急に大声を上げたのが恥ずかしかったのか、顔を赤らめてしまった。そんな女子生徒に、東雲がくすくすと小さく笑い、女子生徒に手を差し伸べた。
「新聞部に用があるのでしょう?立ち話もなんだから、中に入ろう。」
普段の無表情な顔から打って変わって、優しい表情となった東雲。女子生徒は、東雲の優しそうな表情に少しだけ安心したのか、差し出された手を取って、「はいっ!」と返事を返した。
「・・・・。」
そんな東雲を見て俺は、言いかけた言葉を飲み込み、唇を小さく噛んだ。