ぼくとむらかみさん
小説祭り純愛編参加作品一覧
作者:靉靆
作品:白への思い出(http://ncode.syosetu.com/n1608bl/)
作者:立花詩歌
作品:彼と彼女の有限時間(http://ncode.syosetu.com/n1556bl/)
作者:射川弓紀
作品:僕と私の片思い(http://ncode.syosetu.com/n1365bl/)
作者:なめこ(かかし)
作品:ちいさな花火(http://ncode.syosetu.com/n1285bl/)
作者:一葉楓
作品:わたしときみと、芝生のふかふか(http://ncode.syosetu.com/n0273bl/)
作者:失格人間
作品:僕と幼馴染(http://ncode.syosetu.com/n1374bl/)
作者:三河 悟
作品:天国の扉~とある少年の話~(http://ncode.syosetu.com/n1488bl/)
作品:天国の扉~とある少女の話~(http://ncode.syosetu.com/n1490bl/ )
作者:葉二
作品:ハンバーグに砂糖を入れてはいけません!(http://ncode.syosetu.com/n1534bl/)
作者:えいきゅうの変人
作品:魔王を勇者は救えるか(http://ncode.syosetu.com/n1580bl/)
作品:恋の始まりの物語…?(http://ncode.syosetu.com/n1579bl/)
作者:一旦停止
作品:神様って恋するの?(http://ncode.syosetu.com/n1581bl/)
入学初日。
綺麗な黒のランドセルを肩に背負い、戸惑いと不安と希望を抱きながら、ぼくは小学校の門を通った。
小学校は六年間過ごすところらしい。
ぼくにとって六年間という時間は実感が湧かないのでどれくらい長いのだろうと思っていたけれど、ぼくが今まで生きてきた年月と同じくらいなので、きっととても長い時間なんだろうなと思っていた。
小学校には幼稚園よりも更にたくさんの人がいた。年少組にいたときに年長組のお兄さんやお姉さんはとても大きく見えたけれど、小学校一年生のぼくにとっての小学校六年生のお兄さんお姉さんは更に大きく見えた。ぼくもいつかこういう風になるのだと思うと、わくわくした。
ぼくのクラスは一年二組に決まった。クラスにはたくさんの机があって、それぞれ生徒の机になっている。僕は自分の机に座ったとき、なんだか言葉では言い表せない感情になった。お父さんやお母さんが褒めてくれる時に感じる思いに似ている。心の中にじわりとにじみでる感触に、ああ、ぼくは小学生になったんだと思った。
「ねえ」
その時、ぼくに声を掛ける人が居た。ぼくの左隣から聞こえてきた声だった。女の子の不安そうな声だ。
ぼくの座っていた机は左隣の机とくっついていた。要するにぼくの隣の席だ。
ぼくの隣の席の子はむらかみさんというらしかった。
どうして解ったのかというと、学校の中で受け取った名前札が胸元につけられていて、そう書いてあったからだ。『むらかみ ゆきこ』、そう書かれていた。
「わたしと、友達になってくれる?」
突然、むらかみさんはぼくと友達になろうと言った。勇気を振り絞って言ったのだろう。
ぼくは最近になって、友達という言葉を知った。
人間には友達という存在があって、自分と親しくする間柄の人をそういうみたいだった。むらかみさんも、きっと不安を胸に抱きながらも、友達を作りたかったに違いない。ぼくは一つ返事で『いいよ』と返した。
ぼくはあまり女の子と話す機会が無かったけれど、友達になってくれたむらかみさんとだけはよく話していた。むらかみさんはとても頭のよい子で、国語の授業の音読なども難無くこなしていた。皆がつっかえて読み上げる中でも、むらかみさんはすらすらと読み上げたりする。そんな授業が終わった後はぼくが大抵、むらかみさんすごいねと言ってあげるのだけれど、そのたびにむらかみさんは照れながら『そんなことないよ』と言っていた。
とある日、小学校の遠足をすることになった。近くの大きな公園にまで歩いていって、少し遊んで帰るそうだ。ぼくは体を動かすことが好きだったので、とても楽しみだった。天気も良くなるみたいだったから絶好の遠足日和だった。
公園まで歩くのはちょっと疲れたけど、クラスの人達とたくさん話すことが出来たので、とても楽しかった。
公園の広場に着くと、自由時間がやってきた。好きなように遊んでいいそうだ。野原を駆け回る男の子や、ブランコを使って遊ぶ女の子達など、色々だった。ぼくも色々なところを見て回り、どうしようかなと悩んでいると、むらかみさんの姿を発見した。
彼女は、泣いていた。わんわんと、泣いていた。その姿を見て、ぼくは一目散にむらかみさんの元へと走り出した。
「どうしたの」
ぼくは泣いているむらかみさんに声を掛ける。
一体どうしたんだろうと思っていると、むらかみさんは自分の足を指さした。その場所を見てみると、赤い血がにじんでいて、とても痛そうだった。どうやら、転んですりむいてしまったみたいだ。
ぼくは痛くて歩きづらいむらかみさんの手を引きながら、先生の所へ向かった。先生に伝えたら、きっとなんとかしてもらえるだろうと思ったのだ。
何より、友達というのは、助け合うものだとぼくは思っていた。もしむらかみさんが友達じゃなくても助けていたかも知れないけれど、友達が困っているのなら、助けるべきだとぼくは思っていたのである。
泣きわめくむらかみさんを頑張って歩かせて、担任の先生の元へと辿り着いた。先生は一瞬にして顔の色を変え、優しくむらかみさんに声を掛けていた。先生は他の先生も呼んで、すぐさまむらかみさんの傷の手当てが行われた。
ぼくはなんだか誇らしげだった。友達を助けるということが、こんなにも気分の良いことなんだなと驚く気持ちもあったのだと思う。じわりとした達成感が、心の中に広がった。
「ありがとう」
むらかみさんはぼくにお礼を言った。とても小さくて消えそうな声だったけれど、ぼくにはちゃんと聞こえた。
ある日、むらかみさんはまた泣いていた。
学校内の人気の無い廊下で、むらかみさんはえんえんと泣きじゃくっていた。今回は、どうしてむらかみさんが泣いているのか、ぼくにはすぐに解った。
むらかみさんの前には、二人の男の子がいた。両方ともぼくのクラスの人間だ。
片方は太り気味で他の子達より一回り大きい、たけなかゆうとくん。
もう一人はやせ気味で小さくて目つきの鋭い、かたやまとしきくん。
二人は意地の悪そうな顔をして、目の前のむらかみさんを面白がるような目で見ていた。
「むらかみ。お前、きりさとの事が好きなんだろう?」
言葉を発したのはたけなかくんだ。内容は意外なものだった。
きりさとくんとは、ぼくのクラスにいるとても足の速い子だ。爽やかで、勉強も得意だと知っている。
彼らは、どうやらむらかみさんがそのきりさとくんのことが好きなんだろうと言いがかることで、楽しんでいたのだ。事実、むらかみさんはその言いがかりのせいでとても悲しい気持ちになったのだろう。泣いているのがその証拠だ。なぜそんなことをするのだろう。そんなことを言って、むらかみさんを傷つけて何が楽しいのだろう。
彼らの言っていることが本当だとしても、それはどうでもいいことだ。ぼくは友達が傷つけられているのを見て、とても嫌な気持ちになる。だからぼくは言ってしまったのだ。
「やめろよ」
ぼくは一歩前に出た。ともだちを傷つけられるのは許せなかったから。
ぼくがいきなり現れたことで、たけなかくんとかたやまくんはびっくりした顔をする。
「なんだよ。お前は関係ないだろ」
かたやまくんが邪魔者が出て来たと言わんばかりに呟く。
「関係ある」
ぼくは泣いているむらかみさんを指さして言う。
「むらかみさんは、ぼくのともだち」
ぼくの放った言葉に二人は目を丸くする。
二人の顔は徐々にゆがんでいき、とても怒っているように見えた。
「なんなんだお前。むかつくやつだな」
たけなかくんがずいっと前に出て、ぼくの正面に立つ。どうやらぼくのことが気に入らないらしい。確かにいきなり割って入ったのはぼくだけれども、ぼくのしていることは正しいことだと強く思っていた。
たけなかくんは握り拳を作った。ぼくを殴ろうと考えているんだろう。よく見るとかたやまくんも同じようにしていた。
ぼくは怖くなかったわけじゃない。ただ、そのときのぼくは頭に血が上っていたのか、不思議と立ち向かえたのだ。ぼくは二人が掛かってきても、やってやろうという気持ちになっていた。
「なにケンカしてるんだよ」
そんなぼくらの元に、一人の男の子がやってきた。
うみぬましょうへいくんである。うみぬまくんはぼくのクラスで二番目に足が速い男の子だ。体を動かすのが得意で、声の大きい元気な男の子だ。つんつんした短髪がよく似合っている。
「ケンカはいけないんだぞ。まだ続けるって言うんなら、俺が先生を呼んでやる」
うみぬまくんは真面目だ。先生のいいつけをしっかり守る人だったと記憶している。
そんな彼の一喝に、たけなかくんとかたやまくんの二人は焦ったようになり、体をそわそわさせた。きっと、自分たちが悪いことをしていると感じたのだろう。二人は顔を見合わせて、この場から去って行った。
「大丈夫だったか」
うみぬまくんがぼくとむらかみさんに声を掛ける。ぼくは今までの事情をうみぬまくんに説明する。むらかみさんが、あの二人によって泣かされていたことを。そしてぼくがなんとかしようとしていたことを。
「そうだと思った」
全てを聞いたうみぬまくんはにんやりと微笑んだ。
うみぬまくんはぼくらが悪いことをしていないのだと、最初から踏んでいたみたいだった。
「お前って、いいやつだな」
うみぬまくんはぼくの肩にばしんと手を置いて言った。
ぼくたちのケンカにこうやって入ってくるうみぬまくんこそいいやつだと僕は思ったが、それは口に出しては言わなかった。
うみぬまくんは今までそんなに仲良く話すことが無かったのだけど、その日をきっかけにぼくはうみぬまくんと話すことが多くなった。それが、ぼくの新しい友達のきっかけだった。
むらかみさんはというと、何度もぼくたちにお礼を言っていた。涙声であったのは勿論だけれど、むらかみさんはとても感謝していたように思えた。
「むらかみさんは遠くへお引っ越しをすることになりました」
ある日のこと。先生の言葉にクラスのみんなは驚いた。
でも、なによりも驚いたのはぼくだったと思う。心臓がはねるような感じがした。
むらかみさんが、いなくなってしまう。ぼくにとってとても大きな出来事だった。
「なので、皆さんとはお別れになってしまいます。ですから、むらかみさんのために皆さんでお別れ会を開くことにしましょう」
どうしてむらかみさんが遠くへ行ってしまうのかと思ったが、先生が言うにはお父さんの転勤によるものらしい。遠い遠い、すぐには行けない場所へ、引っ越すことになるそうだ。つまりむらかみさんと会えるのは後少しだけだということだ。
その日はすぐにやってきた。
クラスの中にたくさんのきらびやかな飾り付けをして、お別れ会を盛大に開いた。むらかみさんが中心となって、楽しいゲームや贈る言葉など、お別れ会に相応しい出来事をたくさんした。
時間はあっという間に過ぎて、むらかみさんとは校庭でお別れすることになった。
みんなで外へ出て、グラウンドの中に立つ。むらかみさんはみんなに手を振りながら、次第に遠くの校門まで少しずつ歩いて行く。
校門の外でお別れだ。校門にはとても綺麗なむらかみさんのお母さんが待っていて、彼女はその元で名残惜しそうにしていた。
もう少しで、彼女は行ってしまう。遠い、遠いところへ。きっと、話せるのはもうこれが最後なんだろう。
もう、会えない。
ぼくは、走り出した。
みんなが見ている中、ぼくは必死でむらかみさんの元へ駆け抜けた。
とても目立つ光景だったと思うが、そんなことはどうでも良かった。
息が切れるくらいに思い切り走ったぼくはむらかみさんの居る場所まで辿り着くと、顔を上げて言いたかったことを告げた。
「また、会おうね」
会えるのはこれが最後なんだろうと思っていながらも、出た言葉は再会の約束だった。また、会おうと。もう会えないのは寂しいから。また会えたら、笑いあえるから。
それを聞いたむらかみさんはとても嬉しそうな顔になって、笑いながら泣くような、なんとも表現の難しい顔になって。
「うん。かとうくん、大好き」
そう言ってくれたのを、覚えている。かとうよしはる。そればぼくの名前。
その時のぼくは顔がゆでだこのようになっていたはずだ。ぼくはむらかみさんのことを友達だと思っていたのだけれど、向こうは少しだけ、特別な感情になっていたようだ。
もしかしたら友達として大好きだったのかも知れないけれど、それはそれで照れるだろう。どちらにせよ、ぼくはとても恥ずかしかったけど、すごく嬉しかったんだ。
彼女はきっとまた戻ってくる。絶対に戻ってくる。
お父さんの転勤が終われば、また一緒に学校へ行けるかも知れない。まだ会えないと決まったわけじゃない。
ぼくらは手を振り合い、本当に最後のお別れをした。
気づくと周りにはぼくだけでなく、女の子や、男の子、そして先生も。要するにクラスの大半の人が校門の手前へとやってきていた。飛び出したぼくを、実はみんなが追ってきていたのである。みんな別れが寂しいのは同じだった。
きっと、また会える。ぼくはそう信じられずには居られなかった。
むらかみさん、さようならじゃなく、また会おうね。約束だよ。
――――――――――――――――――――――――
そんな昔の出来事を、俺の結婚式直前になって思い出した。
何故今更そのようなことが頭に浮かんだのだろう。
もしかしたら走馬燈という奴かも知れない。死に目に過去の色々な出来事が頭に浮かぶというものだ。ということは、俺の恋愛事情は結婚を境にここで死を告げた、ということになるわけだろうか。なんてな。
そもそも走馬燈であったらもっと色々な恋愛模様が頭に浮かぶはずである……。
村上幸子さん、今はどうしているのだろうか? 元気にしているだろうか?
もう俺の生涯において、彼女に会うことはないだろう。例え会えたとしても、何か特別、言えることがあるわけでもない。せいぜい元気にしてます、これから結婚します、くらいだ。
それでも何か告げるとしたら……そうだな。
あの竹中君と片山君によって村上さんが泣かされていたあの時。突然現れて助けてくれた海沼昇平君。あいつ、あの出来事がきっかけで、俺の親友になったんだ。今では凄く仲が良いんだ。何でも話せるしどんなことでも協力してくれる。最高の友ってやつだね。そんな出会いをくれたのは、きっと村上さんのおかげなんだ。
結婚式のスピーチは、あいつがやってくれるんだよ。