第四話:鳥の家
娘から電話があった。手のなかで死んだ雀の感触を思い出し、胸の奥がワサワサするという。それから他愛のない話を少しした。
「お母さんは相変わらずか」。男は訊いた。
「うん」
「家の話は伝えたか」
「うん」
「ちゃんとやってるか」
「ココアを飲んでた」
「ココアを」
「そう。ココア」
男は、「外壁の亀裂を放置しておくと、水が入って傷むからね」と念を押した。
「伝えておきます」
男は少し考えてから言った。「カナエ、死んだ小鳥はなぜ寂しいのだろうね」
「寂しい?」
「うん。それはきっと、家がないからじゃないかな」
「鳥に家なんかいるの」
「家はみんなに必要なんだ」
「死んでからも?」
「あの世でも必要だ」
カナエは少し笑い、電話を切った。
帰宅した母に、父との話を告げると、「あの人、相変わらずね」と溜息をついた。
冬になり、雪が降った。カナエは冬休みの間、死んだ雀のために建ててあげる家を想像しながら過ごした。ノートに家の絵を描いてみる。何頁も。色えんぴつで色を塗った。赤い屋根や青い屋根。やがて一冊を書き終え、それを父に見せたいと思った。
雪が溶けると、娘は淡いオレンジ色の家を訪ねた。部屋には数人の中学生がいて、父と何かを話していた。
「はじめまして」。彼らに挨拶をし、それからノートを渡して見せると、父はそれを見ながら言った。
「柱が弱いな」
「柱?」
「そう。これでは地震で倒れてしまうから、筋交いを入れて補強しなきゃ駄目だ」
「死んだ世界で地震なんかくるの」
「台風もな」
カナエは、少し考えてから言った。「お父さん、やっぱり違うよ。家が大切な鳥なんて、寂しいよ」
中学生の一人が、「変な話をしているや」と言って、笑った。
カナエはそれには応えず、喋り続けた。
「鳥には、ときどき休める枝があればいい。それからいろんな場所に行って、好きなだけ鳴いて、いなくなればいい」
「それじゃ、みんなに忘れられてしまうで」。中学生が言った。
カナエは黙って家を出た。
角を曲がって走り出す。疲れて、道端にしゃがみ込んだ。心臓が痛んだが、胸の奥のワサワサした違和感はもうない。言葉で雀を自由にした。
春が来て、休みの日にカナエが公園のベンチに座っていたら、どこかで見たことのある少女が歩いてきて、隣に座った。
「ノート、忘れてったね」。
レイコが言った。
「あんたのパパ、面白い人かも」
「そうですか」
「あのさ、あたしは鳥より犬が好きだな」
「どうして?」
「だって鳥は小さくて、つまんないじゃん。あたしはでっかい、フカフカの犬が好き」
「フカフカの犬、飼ってるんですか」
「ううん。あたし、犬、飼ったことない。ただ好きと思うだけ」
「そうですか」
「そうなの」
カナエは言った。「あたしたち、仲良くなれませんね。きっと」
レイコは顔を遠くに向け、「そうかなあ」と呟いた。
それから二人はしばらくの間、テレビゲームやアイドルの話をし、手を振って別れた。
夏になって、男からカナエ宛に郵便が届いた。開封すると一冊のノートが出てきた。
どの頁にも、紙いっぱいに家の絵が描いてある。カナエが描いた貧弱な鳥の家に、色ペンを使って増築されていた。
三階建や四階建。バルコニーの手摺りがアールヌーボー調なもの。一階がガレージになったもの。屋上が庭園になっているもの。
こんな家に鳥は住まない。カナエは思った。
女がマグカップでココアを啜りながら覗き込み、「相変わらずだわ」と呟き、溜息をついた。