第三話:子供たちに
くたびれた家に二度目の夏が過ぎ、秋が深まる。
アキオが欠伸と共に、「なんか、つまんねえや。この頃」とこぼした。
レイコはだるそうに、「つまんないけど、あたしは幸せ」と言う。
「あっ、そ。俺はもう、ここには来ねえっす」。
アキオはそう言って立ち上がるが、男やレイコの反応が薄いのを見て座り直す。
「あたしはここにいるのがラク。不満ないし」
「けど、このままだと、つまらんやん」
「何がしたいの」。男が訊くと、「俺、働きたいかもしれんです」。少年は言った。
「あたしと高校行かんの?」
「悪いけど、就職する」
「何がしたいの」
「俺、おじさんみたいに、ダラダラした大人にならんで」。少年の頬が赤く染まる。
「何がしたいの」
「何でもいいやんッ」。少年は立ち上がり、男に背を向けた。
「もういい。アンタ帰れ」。少女が言う。
「お前も帰れよッ」。少年が叫ぶ。
男はそれを静かに見ていた。
アキオは怒って家を出た。少女はしばらくポカンとしていたが、小さな声で、「あいつキモいわ。絶交する」と呟いた。
男は、アキオが自分に吐いた言葉を思った。ダラダラした大人。ダラダラした……
僕たちは、お互いにすっかり飽きてしまった。この少女も、やがてこの場所を嫌いになるか、自分が彼女を嫌いになって追い出すだろう。
友達のような、ただ優しい、頷くだけの大人では駄目だ。
子供たちは、僕から何かを感じたいと思っている。でも、何を与えられるだろう。ダラダラした大人の自分に。ダラダラした……
それは家だ。男は思った。
ぐったりした顔で呆けていた少女に、男は言った。「外壁を塗り直そうと思う」
「あ、うん」
「アキオ君を、もう一度連れてきて欲しい」
「いいけど」
レイコは、不思議そうに笑った。
「一緒にやるんだ」。男は言った。
翌日、学校が終わってやって来た二人に、作業手順を説明する。まず足場を組む。傷んだ外壁を剥がす。下地の補修。マスキングをして、鏝で壁土を塗る。
三人でホームセンターに出向き、材料や工具を購入した。壁土は漆喰にする。レイコの意見で、顔料を混ぜ、淡いオレンジ色にすることに決めた。
足場材は、電話で昔の仲間に事情を話し、借りることにした。明後日、トラックで運んできてくれる。
足場を組む日、アキオが仲間を三人連れてきたので、手伝ってもらうことにした。足場材を持ってきてくれた工務店経営のセキネも、「今日は本業が休みだから」と、親方気取りで中学生たちに指示を飛ばす。
賑やかに作業していると、隣宅の夫婦が怒鳴り込んできた。
「何の騒ぎだ。工事するなら、近隣に説明してからじゃないと困るだろ」
そこで一旦作業を中止し、子供たちを連れて挨拶に回った。中学生と一緒に作業するという話を聞き、怒る人もいたが、面白がる人や、励ましてくれる人もいた。
翌日になると、興味を覚えた近所住民が見学に来、現場は混乱した。全員の手袋やヘルメットを買い揃えたり、食事を用意してくれる人まで現れた。
アキオもレイコも楽しそうだった。手や顔を汚しながら、夢中になって汗を流した。
教員や警察も、様子を見に訪れた。
二週間後、淡いオレンジ色の家が完成した。
改装祝いに食事や飲み物を揃え、みんなを屋内に招くと、荒れた天井や内壁を見てほとんどの人が驚き、「今度は室内のリフォームをしよう」と言われたりした。
改装祝いにはアキオの両親も参加したが、レイコの家族は来なかった。「でもウチの親、あたしが元気になったって、喜んでたし」
「俺、やっぱ大工か左官屋になるっす」。アキオが言った。
男は満足した。