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鳥の家  作者: 両角忘夜
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第一話:くたびれた家は、まるで男の心のようだった

 夏に、格安で中古住宅を購入した。柱の傾いた、木造平屋建。瓦には蔦が生え、外壁には無数の亀裂が走る。

 男はホームセンターで、脚立とコーキング材を買い、汗をかきながら亀裂の一本一本を塗り潰した。それがかえって外壁の醜さを際立たせた。

 不気味な染みの浮いた天井の隙間から、水が漏ってくる。

 秋晴れの続いたある日、男は決心して屋根に上り、瓦を外しながら丁寧に蔦を抜いた。土を落としてブルーシートで覆ったところで、その日の作業は終わった。次の日は早起きし、あらわになった野地板に防水紙を貼り直し、瓦を並べて固定した。

 見回すと、周りの家はすべて男の家より高く、洒落た外装をしていた。それでも、くたびれた家は男の心のようだったから、羨ましいとは思わない。

 暗い道の向こうに沈んでいく憂鬱な光を眺める。男は自分の作業に満足して屋根を下りた。

 一週間後、17番目の台風が列島を舐め、天井やサッシの隙間から、以前に増して雨漏りがするようになった。変色した畳の上に、プラスチックの容器を並べて雨を受ける。

 隙間風の冬を越し、春を迎える頃、男の家に、中学生のアキオとレイコが遊びにくるようになった。

 始め二人は、男の家を、お化け屋敷のようなものと思っていた。また、大人や同級生に隠れて愛し合う隠れ家にしようとも考えていた。ところが誰も住んでいないと思って侵入した家のなかで男と出くわし、二人は驚き頭を下げた。

 しかし、男に怒る気持ちはなく、今にも逃げそうな二人を部屋に招いた。男は台所に立ち、お茶を入れてきたが、二人は飲まなかった。

 それから、二人は数日置きに遊びにくるようになった。お茶は近所のコンビニで、ペットボトルのものを買ってくる。男の分も。

 三人でお茶を飲みながら会話をした。男は中学生のテンポについていけないときもあったが、静かに相槌を打った。

 打ち解けてくるとアキオは、唐突に、驚かせるようなことを言う。「おじさん、俺の兄貴な、東京で右翼やってるんで」

 別の日には、「プロレスラーになるには、何が何でも体力や」など。

 レイコが、「あたし、ここで犬飼いたいな」と言った。

 レイコの自宅は線路向こうのマンションで、両親は潔癖症で動物嫌いだから、犬はもちろん、小鳥やハムスターも飼えない。

 男は動物が嫌いじゃなかったが、好きでもなかったから、飼いたいとは思わなかった。

 そういえば別居した妻や娘も、一度も動物が欲しいと言ったことはない。テレビがあり、パソコンがあり、携帯電話があって個室があったから、それでペットはいらなかったのだろう。

「犬なら兄貴が、殺したことあるで」。アキオが言う。レイコが怒って、「何それ。ひどすぎる。自分が死ねばいいのに」

 三人はそれから黙ってお茶を飲んだが、アキオが話題を変え、「しかしこの家、ボロいよな」と言った。「放火魔いたら、燃やされちゃうで」

 男は言葉を返さなかった。レイコが立ち上がり、「帰るよ」と言って外に出た。アキオが追い掛ける。

 二人が帰ると男は片付け、みすぼらしい壁や畳を、指で押したり撫でたりしてみた。壁の裏が湿気で、黴や虫の巣になっているだろう様子が頭に浮かんだ。

 中学生たちは次に来たとき、もう犬の話はしなかった。

 アキオが、ミニスカートであぐらをかくレイコを横目で見、「おじさん、こいつのパンツ見たくないか」と言った。

 男は立ち上がり、平手でアキオの頭を打った。

 それで沈黙があり、次はサッカーの話題になった。

 男はスポーツには興味がない。レイコも、お気に入りのかっこいい選手の話題以外は話さず、アキオだけが興奮した大声で話していた。

 アキオは、敵チームや嫌いな選手を目茶苦茶にけなす。レイコはかっこいい選手を、本当の恋人のように褒めちぎった。

 男は突然思い立ち、アキオの話を遮って訊いた。「君たち、家づくりに興味はあるかい」

アキオは少しポカンとしてから、「どうでもいいやん」と言った。

「お城なんか好きだろう」

「俺、ガキじゃないっすから」

 レイコに、「君はどう。素敵な家に住みたいよね。どうやってあれが作られるか、知ってるかい」

「あたしの家は綺麗よ」。つまらなそうに答える。「ここよりずっと綺麗だな」

「そう。こいつの家、すげえマンションや」

 男は、何度か外から見たことがあるレイコのマンションを思い浮かべ、外壁タイルの浮き具合や、屋上に上がって防水の仕上げを確認したい、と思った。

「おじさんは、建物の診断士だったんだ」。男は言った。

 それからまた沈黙があり、テレビドラマの話題になった。



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