表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

電車に乗る

作者: WAIai
掲載日:2026/08/02

私は仕事の都合上、電車に乗った。

窓の外を見れば、太陽が光っている。黄金の仕切りみたいだなと眺めていると、駅に停まった。

昼間だからあまり乗るお客さんも少ないだろうと思ったのだが、子供たちとその親らしき人達がたくさん乗ってくる。

全部で20人くらいだろうか。

歳は子どもが4、5歳で、大人が20代か30代くらいだった。

すでに「キャー」と叫ぶ子どももいて、車両はパーティー会場みたいな感じだった。

私は静かにしていようと、窓に肘をつき、流していると、ひょっこりと子どもがやって来る。

「お兄さん、お兄さん」

「お兄さん…? 私のこと?」

自分を指すと、子どもはこくりとうなずく。

大きな目に、つやつやの肌。ミルクの香りがしそうな、てぎたての人間。

私は「お兄さん」と呼ばれる年齢ではなく、もう少し上なのだが、黙って聞いてみる。

「何かな?」

電車が走り出し、子どもが前の席に座る。

「どこに行くの?」

「もうちょっと過ぎたところかな」

はぐらかすと、逆に聞いてみる。

「どこに行くのかな?」

「うーんとね、善光寺!!」

「善光寺? 今から行くの?」

「うん!! お母さーん!!」

子どもが母親を呼ぶと、彼女はボブカットで、可愛らしい感じだった。

母親は子どもの頭を小突くと、私に言ってくる。

「どうもすみません。うちの子どもが…」

「いいんですよ。私も暇ですから」

本当は子どもは苦手なのだが、表面上、そう言っておく。

母親はほっとしたようで、子どもの手を取ろうとする。

「行くわよ。迷惑でしょう?」

「迷惑じゃないもん。お兄さん、そんなことは言ってないもん」

私はスーツを着ており、脇に汗を感じる。

子どもはまだ私に話したいようで、粘っている。

「お兄さん、善光寺で何すると思う?」

「その前に、どうして皆で善光寺に行くのかな?」

「それは…」

子どもが母親を見、彼女は仕方ないと答える。

「幼稚園のレクリエーションてすの。今日は良いお天気なので、皆で出かけることになって」

「そうですか。…楽しいかい?」

「うん!! お兄さんに会えたし」

純粋な笑みに、私はたじろぐ。

「私と会えても面白くないと思うけどな」

「大丈夫。お兄さんが良い人だって、教えてくれる人達がいるから」

「は…?」

よく分からず、口にすると、母親が頭を下げてくる。

「この子、たまに不思議なことにことを言うんですよね。…もう、駄目でしょ!! お兄さんを困らせたら」

母親の目がつり上がったので、私はフォローする、

「安心してください。私も楽しんでいますから。…それで? 何で善光寺に行くのかな?」

「煙を浴びたり、お賽銭箱にお金を入れたり、色々とするみたい。キャー、楽しみ」

子どもの甲高い悲鳴に、私もこの歳くらいの時は、こんな感じだったのだろうかと懐かしむ。

今はくたびれたサラリーマンだが、昔は外で駆け回ったり、ゲームをしたりと、行動派だった。

ー年を取るのは嫌だな。

子どもの時に1歳、また1歳、年取るのが楽しみだったが、今は逆に1歳ずつ年を取ることに抵抗があった。

回復力も遅くなってきたし、身体も重くなって、若い時と比べると、椅子に座っているほうが楽だった。

「善光寺、空いているといいね」

子どもの頭を躊躇した後、撫でると、子どもは「えへへ」と笑う。

「唐辛子屋さんに行くの!!」

「唐辛子? ああ、あの有名なところか」

イメージがわき、そこに行って子どもは楽しいだろうかと、考えてみる。大人のお買い物タイムかもしれない。

「こら。喋り過ぎ!! …もうこの子ったら、好奇心が旺盛で申し訳ありません」

「いいんですよ。子どもと話す機会なんか、滅多にありませんから」

私は結婚して子どもがいるが、最近はすれ違い状態だった。普通なら悩みを聞いたり、今日の出来事を聞いてやったりするものなんだろうが、いつの間にか、仕事が忙しくなり、子どもと会話するのを忘れていた。

最初はつきまとったいた子どもも、飽きたのか、何も言わなくなったし、姿すら見なくなった。

ー私がいけないんだよな。あの子達、私を慕ってくれたのに。

お父さん、お父さんと、可愛い声変わりの状態で、呼ばれていたのを思い出す。

ちょうど目の前にいる子どもくらいが、1番、可愛い時期で、よく写真を撮っていたっけと、蘇ってくる。

ー私は不器用だからな。話を聞いてやりたいけれど。

家族の中で孤立無援なので、白い目を向けられるのが怖かった。

40も過ぎ、情けないのだが、子どもには子どもの世界があるので、変な風に壊したくなかった。

「…お兄さん!!」

はっとして見れば、子どもがキャンディーを出してくる。

イチゴ味らしく、包み紙にイチゴが描かれている。

「こらあげる。美味しいよ」

「ありがとう」

素直に受け取ると、口に入れる。

すべらかな表面に、イチゴの甘い味。

懐かしい味がして、泣きそうになる。

ー年取ると、涙腺が緩むんだよな。

子どもは良いことをしてれたと、私は感謝の眼差しを向ける。

「ありがとう。ああ、美味しい」

「そうだよね!! お母さんは…」

「駄目。また後でもらうから」

母親はそう言うと、私に申し訳なさそうに言ってくる。

「無理矢理すみません」

「とんでもない!! 私も救われました」

「え…」

「あ、こちらの話です。お気になさらず」

そう言うと、手の中に残った包み紙を丸める。

人生は辛くて苦しい時もあるが、こうしてキャンディーを舐めている時は幸せなんだよなと、思い出してきた。

ーロボット化していたのかもしれない。

命令であちらこちらに行ったり、残業したりと、いつの間にか、心が硬くなっていたらしい。

人間なのに、人間らしくないと気づき、子どもに礼を言う。

「ありがとうね」

「うん!!」

子どもは私を温かい目で見つめてくれ、勇気がわく。今夜、時間があったら子ども達と話してみようと決意する。

嫌がられるのは当たり前だが、まだ関係が修復できるような気がして、やる気が出てくる。

「あ、降りなくては」

私は駅に着いたので、椅子から立ち上がる。

子どもの母親に席を譲ると、バイバイと手を振る。

すると、

「お兄さん、バイバイ!!」

子どもが元気に返してくれた。

それに頬を緩め、私は電車を降りる。

ー無事、善光寺に着くといいな。

そう思い、ホームにしばらく立つ。

降りた人はまばらで、車両から子どもがまだ手を振っているのが分かる。

ふと笑い、ああ、自分でも笑えるんだと、涙ぐむ。

子どものお陰で、何か大切なものを取り戻したような気がする。

「帰りに、スイーツでも買うか」

イチゴの包み紙を魔法の札のように、ポケットにしまう。

私は上機嫌になり、キャンディーを舐めながら、あれもしたい、これもしたいと、期待するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ