電車に乗る
私は仕事の都合上、電車に乗った。
窓の外を見れば、太陽が光っている。黄金の仕切りみたいだなと眺めていると、駅に停まった。
昼間だからあまり乗るお客さんも少ないだろうと思ったのだが、子供たちとその親らしき人達がたくさん乗ってくる。
全部で20人くらいだろうか。
歳は子どもが4、5歳で、大人が20代か30代くらいだった。
すでに「キャー」と叫ぶ子どももいて、車両はパーティー会場みたいな感じだった。
私は静かにしていようと、窓に肘をつき、流していると、ひょっこりと子どもがやって来る。
「お兄さん、お兄さん」
「お兄さん…? 私のこと?」
自分を指すと、子どもはこくりとうなずく。
大きな目に、つやつやの肌。ミルクの香りがしそうな、てぎたての人間。
私は「お兄さん」と呼ばれる年齢ではなく、もう少し上なのだが、黙って聞いてみる。
「何かな?」
電車が走り出し、子どもが前の席に座る。
「どこに行くの?」
「もうちょっと過ぎたところかな」
はぐらかすと、逆に聞いてみる。
「どこに行くのかな?」
「うーんとね、善光寺!!」
「善光寺? 今から行くの?」
「うん!! お母さーん!!」
子どもが母親を呼ぶと、彼女はボブカットで、可愛らしい感じだった。
母親は子どもの頭を小突くと、私に言ってくる。
「どうもすみません。うちの子どもが…」
「いいんですよ。私も暇ですから」
本当は子どもは苦手なのだが、表面上、そう言っておく。
母親はほっとしたようで、子どもの手を取ろうとする。
「行くわよ。迷惑でしょう?」
「迷惑じゃないもん。お兄さん、そんなことは言ってないもん」
私はスーツを着ており、脇に汗を感じる。
子どもはまだ私に話したいようで、粘っている。
「お兄さん、善光寺で何すると思う?」
「その前に、どうして皆で善光寺に行くのかな?」
「それは…」
子どもが母親を見、彼女は仕方ないと答える。
「幼稚園のレクリエーションてすの。今日は良いお天気なので、皆で出かけることになって」
「そうですか。…楽しいかい?」
「うん!! お兄さんに会えたし」
純粋な笑みに、私はたじろぐ。
「私と会えても面白くないと思うけどな」
「大丈夫。お兄さんが良い人だって、教えてくれる人達がいるから」
「は…?」
よく分からず、口にすると、母親が頭を下げてくる。
「この子、たまに不思議なことにことを言うんですよね。…もう、駄目でしょ!! お兄さんを困らせたら」
母親の目がつり上がったので、私はフォローする、
「安心してください。私も楽しんでいますから。…それで? 何で善光寺に行くのかな?」
「煙を浴びたり、お賽銭箱にお金を入れたり、色々とするみたい。キャー、楽しみ」
子どもの甲高い悲鳴に、私もこの歳くらいの時は、こんな感じだったのだろうかと懐かしむ。
今はくたびれたサラリーマンだが、昔は外で駆け回ったり、ゲームをしたりと、行動派だった。
ー年を取るのは嫌だな。
子どもの時に1歳、また1歳、年取るのが楽しみだったが、今は逆に1歳ずつ年を取ることに抵抗があった。
回復力も遅くなってきたし、身体も重くなって、若い時と比べると、椅子に座っているほうが楽だった。
「善光寺、空いているといいね」
子どもの頭を躊躇した後、撫でると、子どもは「えへへ」と笑う。
「唐辛子屋さんに行くの!!」
「唐辛子? ああ、あの有名なところか」
イメージがわき、そこに行って子どもは楽しいだろうかと、考えてみる。大人のお買い物タイムかもしれない。
「こら。喋り過ぎ!! …もうこの子ったら、好奇心が旺盛で申し訳ありません」
「いいんですよ。子どもと話す機会なんか、滅多にありませんから」
私は結婚して子どもがいるが、最近はすれ違い状態だった。普通なら悩みを聞いたり、今日の出来事を聞いてやったりするものなんだろうが、いつの間にか、仕事が忙しくなり、子どもと会話するのを忘れていた。
最初はつきまとったいた子どもも、飽きたのか、何も言わなくなったし、姿すら見なくなった。
ー私がいけないんだよな。あの子達、私を慕ってくれたのに。
お父さん、お父さんと、可愛い声変わりの状態で、呼ばれていたのを思い出す。
ちょうど目の前にいる子どもくらいが、1番、可愛い時期で、よく写真を撮っていたっけと、蘇ってくる。
ー私は不器用だからな。話を聞いてやりたいけれど。
家族の中で孤立無援なので、白い目を向けられるのが怖かった。
40も過ぎ、情けないのだが、子どもには子どもの世界があるので、変な風に壊したくなかった。
「…お兄さん!!」
はっとして見れば、子どもがキャンディーを出してくる。
イチゴ味らしく、包み紙にイチゴが描かれている。
「こらあげる。美味しいよ」
「ありがとう」
素直に受け取ると、口に入れる。
すべらかな表面に、イチゴの甘い味。
懐かしい味がして、泣きそうになる。
ー年取ると、涙腺が緩むんだよな。
子どもは良いことをしてれたと、私は感謝の眼差しを向ける。
「ありがとう。ああ、美味しい」
「そうだよね!! お母さんは…」
「駄目。また後でもらうから」
母親はそう言うと、私に申し訳なさそうに言ってくる。
「無理矢理すみません」
「とんでもない!! 私も救われました」
「え…」
「あ、こちらの話です。お気になさらず」
そう言うと、手の中に残った包み紙を丸める。
人生は辛くて苦しい時もあるが、こうしてキャンディーを舐めている時は幸せなんだよなと、思い出してきた。
ーロボット化していたのかもしれない。
命令であちらこちらに行ったり、残業したりと、いつの間にか、心が硬くなっていたらしい。
人間なのに、人間らしくないと気づき、子どもに礼を言う。
「ありがとうね」
「うん!!」
子どもは私を温かい目で見つめてくれ、勇気がわく。今夜、時間があったら子ども達と話してみようと決意する。
嫌がられるのは当たり前だが、まだ関係が修復できるような気がして、やる気が出てくる。
「あ、降りなくては」
私は駅に着いたので、椅子から立ち上がる。
子どもの母親に席を譲ると、バイバイと手を振る。
すると、
「お兄さん、バイバイ!!」
子どもが元気に返してくれた。
それに頬を緩め、私は電車を降りる。
ー無事、善光寺に着くといいな。
そう思い、ホームにしばらく立つ。
降りた人はまばらで、車両から子どもがまだ手を振っているのが分かる。
ふと笑い、ああ、自分でも笑えるんだと、涙ぐむ。
子どものお陰で、何か大切なものを取り戻したような気がする。
「帰りに、スイーツでも買うか」
イチゴの包み紙を魔法の札のように、ポケットにしまう。
私は上機嫌になり、キャンディーを舐めながら、あれもしたい、これもしたいと、期待するのだった。




