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婚約者に不倫されて捨てられた公爵令嬢ですが、隣国の冷酷王子に拾われて溺愛されたので今さら謝られてももう遅いです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/27

 それは、王宮の舞踏会でのことだった。

「エリシア・ローゼンベルク。君との婚約は、ここで破棄する」

 公衆の面前で告げられたその言葉に、会場がざわめいた。

 わたくし――公爵令嬢エリシアは、ゆっくりと顔を上げる。

「理由を、お聞きしても?」

 冷静に問うと、婚約者である第二王子レオナルトは鼻で笑った。

「君のような冷たい女より、愛を知る女性を選んだだけだ」

 そう言って彼が腕を引いたのは、隣に立つ女――リリアナ・ベルンシュタイン子爵令嬢だった。

 彼女はわざとらしく涙ぐみながら、わたくしに向かって微笑む。

「ごめんなさい、エリシア様。でも……愛し合ってしまったんです」

 ――滑稽ですわね。

 愛し合った? 婚約者がいる男に色目を使い、寝取っただけでしょうに。

「つまり、不倫ということですわね」

 静かに告げると、会場の空気が凍りついた。

「なっ……!」

「違いますっ!」

 狼狽する二人を見ても、わたくしの心は不思議と冷え切っていた。

 ――ああ、そう。

 やはり、そういう人だったのですね。

 幼い頃から決められていた婚約。義務として接してきた関係。愛など最初からなかった。

 ならば、未練などあるはずもない。

「分かりましたわ。では、その婚約破棄、受け入れます」

「は?」

 あまりにあっさりした返答に、レオナルトは目を見開いた。

「ただし――」

 わたくしはゆっくりと微笑む。

「正式な書面と、王家としての責任ある声明をお願いいたします。不貞の事実も含めて」

「ふ、不貞だと!?」

「事実でしょう?」

 会場に集まった貴族たちの視線が、一斉に二人へ突き刺さる。

 リリアナは顔を真っ青にし、レオナルトは言葉を失った。

「では、ごきげんよう」

 わたくしは優雅に一礼し、その場を去った。

 ――その瞬間から、すべてが始まったのだ。

 数日後。

 わたくしは社交界から孤立していた。

 王子に捨てられた令嬢。冷たい女。愛されなかった女。

 好き勝手に言われる噂など、もはやどうでもよかった。

 だが――

「ずいぶんと、ひどい扱いだな」

 低く落ち着いた声が、背後から響いた。

 振り返ると、そこに立っていたのは――隣国の第一王子、アレクシス殿下。

 冷たい銀の瞳と整った顔立ち。氷の王子と呼ばれる人物。

「……何のご用でしょう?」

「君に興味がある」

 あまりにも直球な言葉に、わたくしは目を瞬かせた。

「不倫を暴き、あの場で一歩も引かなかった。あれは見事だった」

「ただ、事実を述べただけですわ」

「それができる者は少ない」

 アレクシス殿下は、わたくしの手を取る。

「エリシア。俺の婚約者になれ」

「……は?」

 あまりにも唐突な申し出に、さすがのわたくしも固まった。

「拒否権はあるが、後悔はさせない」

 その瞳は真剣で、冗談の欠片もない。

「……なぜ、わたくしを?」

「強い女が好きだ。それに――」

 彼はわずかに口元を緩めた。

「傷ついたままの君を、放っておけない」

 その言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。

 ――この人は、違う。

 直感がそう告げていた。

「……条件があります」

「言ってみろ」

「わたくしに、復讐の機会を」

 アレクシス殿下は、静かに頷いた。

「当然だ。俺も協力しよう」

 その瞬間、すべてが決まった。

 数ヶ月後。

 わたくしは隣国の王宮にいた。

 そして、再び訪れた舞踏会。

 かつてわたくしを嘲笑した者たちが、今は一転して媚びを売る。

「エリシア様……!」

 青ざめた顔で近づいてきたのは、レオナルトとリリアナ。

「久しぶりですわね」

 微笑むわたくしの隣には、アレクシス殿下がいる。

 彼は当然のようにわたくしの腰に手を回した。

「な、なぜお前が……!」

「彼女は俺の婚約者だ」

 その一言で、場の空気が一変する。

「そんな……!」

 リリアナが崩れ落ちる。

 その様子を見下ろしながら、わたくしは静かに告げた。

「王家から正式に発表がありましたわね。不貞による婚約破棄」

 すでに噂は広まり、二人の立場は地に落ちている。

「君たちは、自らの選択の結果を受け入れるべきですわ」

「エリシア……戻ってきてくれ……!」

 レオナルトが縋るように手を伸ばす。

 だが、その手が届くことはない。

「お断りします」

 わたくしは微笑む。

「もう遅いのです」

 アレクシス殿下がわたくしを引き寄せる。

「彼女は俺のものだ」

 耳元で囁かれたその言葉に、頬がわずかに熱くなる。

「……ふふ、随分と独占欲が強いのですね」

「当然だ。君は俺の最愛なのだから」

 そのまま、彼はわたくしの手に口づけた。

 ――ああ。

 ようやく、分かった。

 これが、愛なのだと。

 それからのわたくしは、隣国の王太子妃として迎えられた。

 アレクシス殿下の溺愛は日に日に増し、甘やかされる日々。

「エリシア、今日も美しい」

「毎日言わなくても結構ですわ」

「いや、毎日言う」

 そんなやり取りをしながら、穏やかな日々が続く。

 かつての傷は、もう痛まない。

 それどころか――

「……幸せですわ」

「それは良かった」

 彼は優しく笑い、わたくしを抱き寄せた。

 裏切りも、屈辱も、すべてを乗り越えて。

 わたくしは、ようやく手に入れたのだ。

 ――本当の愛と、幸せを。

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