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新しい習慣

 王女宮の一角。賓客の居室がある一帯に、今日も様々な人が行き交う。

 頻繁に出入りする使者団の随行員。立ち止まって端に寄り頭を下げる侍女たち。王宮からも官吏や隣国出身者が訪れ、使者団の長であるライナスの在室時には、明るい声が途切れることはない。



「みなさん、今日も何から何までお世話になってありがとうございます。

母国では全部自分でやっていますから、そう気遣ってもらう必要はないのですよ。まあお察しのとおり、妻には多大なる迷惑をかけていますがね。今ごろ『ああ、やれやれ』とでも思っていることでしょう。

彼女の安寧を長続きさせるためにも、私はここでお役目を全うしなければなりません。何か間違ったことをしそうになったら、どうか遠慮なく指摘してください」


 いつものライナス節に部屋付きの侍女たちはすっかり慣れた様子で、仕事の手を止めずに相槌を打っている。

 それでもぞんざいには感じさせないその態度に、サーシャは感心しながら様子をうかがう日々だ。


 ライナスに話しかけられるとつい手を止めてしまうサーシャは、ここで自分は役に立てていないのではないかと、立ち止まりそうになることも多い。

 そんな時、いつも脳裏によぎるのは、カイの『行ってこい』の言葉だった。

 カイの言葉は、自分を信じて送り出してくれた人がいることを思い出させた。

 止まらず、行こう──心のなかでつぶやいて、サーシャを呼ぶ声に大きく返事をした。




 ライナスの織物にかける熱意は、サーシャと日常的に話すことによって、いくらか落ち着いたようだった。


 サーシャとの会話で彼がとりわけ好んだのは、毎朝のハンカチ選びだ。

 それは身支度を済ませたライナスが部屋を出る直前にいつも行われる。


「サーシャさん。今日は隣国式のテーブルマナーについてお話ししてきます」


「そちらの主食は豆だと伺っております。──豆の煮汁で染められたハンカチです」


 時には、ライナスの気分を告げられることもある。


「今日は雄大な景色が見たいですね」


「こちら、広い草原に自生する植物の繊維で織られています」


 これらのやりとりを、部屋付き筆頭であるアンジーらはいつもにこやかに見守っていた。



 今朝のライナスの要望はいつになく具体的だった。彼は、王女宮のお仕着せに使われている生地のハンカチを所望した。


「あのお仕着せはサーシャさんが作ったそうですね。見るからに手ざわりの良さそうな生地が美しい陰影を描いて、この宮であのお仕着せを見たときは目を奪われました」


 織物を愛するライナスの審美眼にかなったサーシャは、嬉しいと思うよりも先に、ただ熱が体を駆けた。

 縫製室でみんなと積み上げてきた時間は、こんなにも高いところにまで届いている。

 その感慨に意識を奪われていたサーシャは、続いた言葉の違和感を見過ごした。


「市中で見たものよりも、ここのみなさんが着ているものの方がずっと素晴らしい」

お読みいただきまして、ありがとうございます。

次回は3月28日(日)に3話更新します。

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