いいたかった言葉
『商会の方は落ち着いたから、あなたの都合がいい時にでも、また顔を見せてちょうだい』
官舎に届く母からの手紙には、いつも同じ言葉が書かれている。
サーシャからも手紙を送って、元気でいることや仕事が楽しいことなどは伝えてあった。けれどなんとなく帰りそびれたまま、気づけばもう半年以上が経っていた。
「ほんとに帰っても、いいのかな」
一人の部屋で呟いて、サーシャは次の休みの予定を決めた。
久々のローディック商会を前にして、サーシャは緊張していた。
家族の通用口から入ることもよぎったが、商会の人たちに挨拶すらせずに去った自分が、これ以上みなに背を向けるわけにはいかないと思い直した。
しかし、いざ扉に手を掛けた時、頭に言葉があふれた。
『ただいま』『久しぶり』『迷惑をかけました』『黙っていなくなってごめんなさい』──どれも今のサーシャの中にある気持ちだ。けれど一番に言いたいことは、そのどれでもないと思った。
考えがまとまらないまま扉を開け、足を踏み入れる。言葉に詰まって固まるサーシャに、最初に気づいたのは番頭だった。
「サーシャさん!」
その言葉に、商会のみなの視線が集まる。
「あ……私……」
まごつくサーシャに番頭が近づき、頭を下げる。受付の中にいる者たちもその場で立ち上がり、同じ姿勢をとった。
「サーシャさん一人に重い役目を負わせてしまったこと、ずっと不甲斐なく思っておりました。これからは誰か一人が守るのではなく、みなで商会を支えられるよう私どもも精進します」
そして一拍ののち、続けた。
「ですから、いつでもお戻りをお待ちしています。また一緒に、やっていきましょう」
サーシャはようやく、自分が一番言いたかったことに気づく。
「ありがとう。商会を守ってくれて──本当にありがとう」
自分の居場所は失ってはいなかった。
それは、サーシャがずっと知りたくて、けれども確かめられずにいたことだった。
シンディは以前にも増して忙しそうだったが、そんな毎日すらも楽しむかのように生き生きとしていた。
「サーシャ、帰ってきてくれてありがとう。元気な顔が見られて嬉しいわ。お父さんはあなたに会えなくて残念ね」
「商会のお仕事、前よりも忙しくなってない? 建物の中の活気が違うもの」
「そうなのよ、わかる? 今日なんて、お父さんは組合で隣国の人と打ち合わせ中なの。もし取り引きできるようになればすごいことよ」
目を輝かせるシンディに、相変わらずだとサーシャは笑った。
「隣国っていうことは、王女殿下のお輿入れと何か関係があるのかしら?」
「さあ、どうかしらね。隣国の人って言ってただけで、どんな立場の人かは聞いてないのよ。あなたこそ何か知らないの? 勤め先でしょう?」
シンディの表情にほんの少し商売の色が見えて、サーシャは話を変える。
「私はお仕着せを作ってるだけだから、詳しいことは何も。ローラさんが張り切っててすごいのよ。勢いに負けそう」
「ああ、目に浮かぶわ。ローラによろしく言っておいてちょうだい。あと、もう無理が利かない歳なんだからほどほどにって」
「私もお母さんにいつも同じこと思ってるって、忘れないでね」
この日サーシャは、ずっとあった心のつかえが取れた気がした。




