水掛け論
お針子長が、やってきた針子に厳しい声で問いかける。
「これ、あなたが仕立てたものでしょう? 以前、私がやり直しを命じたものよね?」
言われた針子はぎくりと体を強張らせ、それから薄笑いを浮かべて答えた。
「あっ、それ、やり直しをしようと思っていたらいつの間にか無くなっていたんです。どこにありましたか?」
見え透いた嘘だと思った。
言い返そうと身体が反応する。思わず握りしめたサーシャの拳を、カイが指先で軽く叩いた。
お針子長は、判断がつきかねるといった様子でため息を吐いた。
「これは、王宮のある侍女が持っていたものです。ここの針子にもらったと言ってね。あなたが渡したのではないですか?」
「まさか。どこかに置き忘れていたものをその侍女が勝手に持って行ったんじゃないですか。私は知りませんよ」
針子はヘラヘラとしながら言った。
「だそうですが、どうしますか? これ以上は水掛け論になると思いますよ」
悔しいことに、確かにそのとおりだった。もしあの侍女をここに連れてきて、この針子からもらったと言ったところで、今と同じやり取りが繰り返されるだけだろう。
サーシャは一度強く目をつぶり、気持ちを落ち着かせてから言った。
「わかりました。ですが、どこの仕立て人もみな規定どおり作っています。一枚でも違うものが混ざれば、関わる全体の技術が疑われることになります。くれぐれも、今後は同じことが起こらないようにお願いします」
お針子長は気を悪くするでもなく、しっかりと頷いた。
「もちろん。これからは検印布をつけるよう、服飾室に進言しますよ」
お針子長は仕事に戻り、サーシャたちも腰を上げる。
その時、針子がぼそりと言った。
「なにが規定だよ、偉っそうに。あんなただのしわ、着てしまえば分からないだろ」
瞬間、カッとなったサーシャが口を開く。
しかしサーシャが話すよりも先に、カイの小さな声が響いた。
「俺でもわかる違いがほんとにわからないってんなら、あんたお針子やめた方がいいぞ」
愕然と、そして徐々に憎々しげに変わっていく針子の顔を見ることなく、カイは部屋を出ていった。
サーシャは言葉を出しそびれた口を閉じ、カイのあとに続く。
発したかった言葉は、もう残っていなかった。




