直視する
ある日、工房の扉の鐘がいつも以上に大きな音を立てた。
「サーシャちゃんが商会を休んでるって本当!?」
飛び込んできたのは、人の良さそうな顔を驚きに染めた婦人だった。
彼女は商会の近所に住む、シンディの古くからの知り合いだ。互いに年の近い子どもがおり、サーシャもよく可愛がってもらっていた。
「おやローラ様、いらっしゃいませ。ご注文のお品は出来上がっておりますよ」
以前からこの工房を贔屓にしてくれているローラだが、最近はもっぱら仕立て直しに訪れている。昔の勤め先に呼び戻され、慌てて手持ちの衣装を直しているそうだ。
「ネネさん、ルルさん、いつもありがとう。次はこっちの修繕をお願いしたいのだけど、できるかしら?」
そう言ってローラが運び入れたのは、くたびれたドレスの山だった。
「おやまあ。これは、なかなかにお時間を頂戴しなきゃいけませんね。うちのお針子総出でやっても、一月はかかりますかと」
「わかったわ。できた順からもらいに来させてもらうから、お願いね」
用件がひと区切りつくと、ローラはまた思い出したようにサーシャに向き直り、早口で訊ねた。
「それでサーシャちゃん、あなたここでとうとうネネさんたちの弟子になるの?」
サーシャは「まさか」と笑って答える。
ネネとルルも口々に「こんな手のかかる弟子はいりませんよ」と言って顔をしかめた。今サーシャがここでやっているのは、針仕事以外の雑用だけだ。
「じゃあ今後はどうするの? 将来のことは何か考えてある? 商会にいつ戻れるかもわからないのでしょう?」
それはサーシャがあえて考えないようにしていたことだった。いつかきっと戻れる。そうやみくもにでも信じていなければ、心が折れてしまいそうだったのだ。
できることなら今すぐにでも戻りたい。サリシャの量産に着手し、もっと色々な商品を作りたい。意欲はどれだけでも湧き出てくるのに、それを口に出すことはできない。
いつか服飾部門をローディック商会の屋台骨に押し上げる──その夢がこぼれ落ちていくのを、ただ見ているしかない。自分が取り残されたまま時間だけが進んでいくのが、本当は怖くて悔しくてたまらなかった。
サーシャは唇を噛んだ。
こらえようとするほど、目元が熱くなり鼻の奥がツンと痛む。
「お嬢……」
ネネとルルがかけてくれる声に、いつものように返事をすることができなかった。
いくらかの時間が過ぎ、ローラが真剣な表情をふとゆるませる。
そしていつもの朗らかな調子で言った。
「サーシャちゃん、王宮で働いてみる気はない?」




