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冷える

 二人はしばらく抱き合っていた。

 互いの肩に顔をうずめ、何も言わずその感触に浸るように──


 やがてメリンダの声が聞こえた。


「お姉様よりも、良いでしょう?」


「まあ、そうかもな」



 サーシャの鼓動と呼吸が速くなる。心臓の音がうるさく耳障りだ。

 手足が急激に冷えていって、立っているのが不思議だった。


 サーシャの肩からショールがはらりと落ちる。


 気配に気づいたニックが顔を上げ、目を大きく見開いた。



「ちがっ! 違うんだ、サーシャ!」


「お姉様……?」


 サーシャは下を向いて首を振る。

 自分がどうしてこんなに苦しいのかわからなかった。


 だって、サーシャとニックはただの友人だ。

 ハンカチを貸して、洗濯の方法を教えて、励ましてもらって、サリシャの手がかりをくれて。そんな、会った回数も少しだけの、友人。


 なのに、どうして──


 サーシャは足早に去った。

 二人の声が、もう自分とは関係のない世界のもののように遠かった。




 あれからサーシャはどこをどう歩いたのか、気づくとネネとルルに挟まれていた。


「なんだいお嬢、そんな顔してせっかくのドレスが台無しじゃないか」


「私らが精魂込めて作ったんだ。お嬢はせいぜい笑ってドレスの引き立て役でいてくれなきゃ」


「ほらほら、帰ったらどんなご馳走食べるか考えて元気出しな」


「ちなみに私は松の実入りのミルク粥が食べたいね」


「バカッ、あんたには聞いてないよ!」


 普段どおりの二人がおかしくて、サーシャは苦しさ以外の感情を思い出した。




 持ち場に戻ると、メリンダが肩を震わせて泣いていた。

 うつむくメリンダにミカエラが寄り添い、シンディは別室へ移動させようとしている。けれどメリンダは首を振るばかりで埒が明かない。

 サーシャに気づいたミカエラが、眉を吊り上げながら目の前へとやってくる。そして──


「サーシャ! 身の程を知りなさい!!」


 頬に痛みが走る。

 サーシャは一瞬よろめいたが、かかとに力を込めて踏み止まった。

 息を荒くしてサーシャを睨みつけるミカエラに、メリンダが取りすがる。


「お母様、やめてください!」


「平民風情が! 貴族の間に割り込むんじゃないわよ!!」



 それまでの喧騒が嘘のように、あたりは静まり返っている。

 商談中だったスタンリーが駆けつけて、二組の母子を控え室へと連れ出した。



 次第に場内には音が戻ったが、それは先ほどまでとは異なり、好奇と憐憫に満ちたものだった。




「ミカエラ、今日のことは到底見過ごせない」


 スタンリーは一切の甘さもない声で告げた。


「そんな! 私だけが悪いって言うの!? サーシャがメリンダの恋人に色目を使ったのよ? メリンダは今だいじな──」


「どんな事情があったにせよだ!!」


 常にないスタンリーの大声にミカエラが口をつぐむ。


「君が起こした騒ぎは、商会の未来をつぶした。組合長の面子も、連携先の商家も、パトロンの貴族家も、全部君が損なったんだ! それを自覚してくれ!」


 スタンリーは怒りを必死にこらえていた。それでも抑えきれない感情が彼の唇をわななかせ、顔を歪ませる。握りしめた手は白くなっていた。


 日ごろ温和なスタンリーのそんな姿に、ミカエラもさすがに喚くのをやめた。それでも不満そうに、サーシャの方を睨みつけていた。



「サーシャの話はあとで聞くが、もし、娘が君の言うように貴族家同士の婚約を壊したのなら、慰謝料でも何でも払おう」


「婚約なんてまだしてないわよ! これからって時に邪魔されたんだから!」


「それはそれとして、男爵家にも賠償金を請求するから、そのつもりでな」


 その一言にミカエラは絶句した。

 やがて顔面は蒼白になり、ガタガタと震え出す。


「ウソ……ウソよ……。うちが傾いたら、商会だって後ろ盾がなくなるのよ? 賠償金なんてそんな、そんな……」



 メリンダが泣きながら「お母様、お母様」と呼びかけるが、ミカエラの耳には入っていないようだ。



 スタンリーはサーシャとシンディを連れて、控え室を出ていった。

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