藪の中
あの敷布騒動のあと、ミカエラの足は商会から遠のいた。スタンリーから男爵に顛末を知らせたと言っていたので、もしかすると夫である男爵から注意くらいはされたのかもしれない。
しかししばらく経つとまた以前のように、何食わぬ顔で商会を訪れるようになった。
ネネたちから聞いた『男爵領の機織場』の話が気になっていたサーシャは、これを好機ととらえ、申し出ることにした。
「ミカエラ様、こんど機織場にお邪魔してもいいですか?」
「突然なあに? 職人に色目を使って引き抜こうとしてもダメよ」
「ええっ、そんなこと考えたこともありませんよ。それよりも、私が将来商会の仕事を始めた時にきちんと連携が取れるように、挨拶をしておきたいんです」
「あらそう。それならいいわ。邪魔にならないようにするのよ」
サーシャはあの日工房で聞いた話を、帰ってからもずっと考えていた。
織り上がった時点では生地は光らない。なら、どこで変わるのだろう。水通し? 縫製? 洗濯? それとも最後の熱延し(のし)──?
シンディが調べることができなかったそれらの手順を、サーシャは調べようとしていた。
男爵領へは、シンディと一緒に出かけた。光る布を調べると伝えると、多忙の合間を縫って時間を作ってくれたのだ。
シンディは以前の聞き取りの際だけではなく、副商会長として何度も機織場を訪れていたため、みな礼儀正しく親切にしてくれる。
見当をつけていた持ち場の人たちに訊ねて回ったところ、端切れを見たことがあると答えたのは、最後の工程となる熱延しを受け持つ人物だった。
「ああ、それなら何度か見たことがある。俺たちは熱変って呼んでるやつだ。まあ稀なことだが、熱変が目立つようなのは抜き取って処分してる。これは目立たないから見過ごしてしまったんだろうな」
それは大きな手がかりだった。
しかし部分的な変質を起こす原因が何なのか、そこまで突き止めて初めて前進といえるだろう。
サーシャは洗濯場へ行き、物干し場を見渡した。
生い茂る草木の間を風が通り抜け、洗濯物がふわりとはためいている。しかし干している間にどこかに当たっているわけでもなさそうで、新たな手がかりは見つけられなかった。
洗濯婦から石けんを少量譲り受け、機織場をあとにした。
その後、もらった石けんで新布を洗い、熱ゴテをかけた。念のため、石けんの濃さを変えて別の布でやってみたが、熱変はしなかった。
行き詰まり悩みながらも、仕事をおろそかにするわけにはいかない。サーシャは商会の受付で帳簿整理を始め、やがていくらも経たないうちに来客があった。
「やあサーシャ。久しぶり」
満面の笑顔を向けてきたのは、学園で別れて以来のニックだった。




