ドレス工房
本日3話更新です。よろしくお願いします。
「布のことならネネさんたちに聞いたら何かわかるかも」
サーシャは一人呟いて商会を出た。
光る布に魅せられたサーシャは、その端切れを持ってドレス工房へと赴いた。
工房に入ると、扉の鐘がガランと大きな音を立てる。
店内に並ぶ色とりどりの布地とはあまりに不似合いだが、これはお針子長であるネネの要望で取り付けられたものだ。
『職人なんてのはね、指がノってるとちょっとやそっとの音じゃ聞こえないものさ』
そんな風に言われれば外せとは言えない。なにしろここのお針子たちは、みな並外れた集中力と、それに見合う技術力を持っているのだ。
「こんにちはー」
奥に向かってサーシャが声をかけると、返事とともに小柄な女性が現れた。どうやらネネは作業中ではなかったようだ。
「おや、お嬢かい。今日は『授業』の日でもないのにどうした?」
「うん、そうなんだけどね。今日はちょっと聞きたいことがあって」
「あたしらが教えられることが残ってるとは思えないがね。お嬢に必要なのは、あとは指先の器用さだけだよ」
「そうそう。あとはセンスとね!」
ネネの後ろから茶化しながら顔を出したのは、これまた小柄なルルだった。
この工房の主であるネネとルルは、老舗仕立店でかつては働いていた。しかしお針子同士のいざこざでその老舗を追われ、シンディに拾われた過去がある。
以来商会お抱えのお針子となり、数年前からは、定期的に工房を訪れるサーシャに服飾のことを教えている。
「本当にお嬢は惜しい子だよ。せっかく良い目を持ってるのに、指先の勘があれじゃあね」
「まっすぐ切れない、まっすぐ縫えない。何で出来ないのかねえ」
「私は弟子じゃなくて教え子だから! そりゃあ知識だけじゃなくて技術も身につけられたら一番いいんだろうけど……」
小さな子どものように口をとがらせたサーシャを見て、ネネが吹き出した。
「まったく、お嬢は変わらないね。不器用でも何でも私らにとっちゃ可愛い教え子だ。それで、その可愛いお嬢さんは今日はどうしたのかい?」
ネネもルルも、口は悪いが面倒見が良く弟子は増える一方だ。しかし彼女たちから服飾のあれこれを知識として教わったのはサーシャだけである。つまりサーシャは、彼女たちの文字どおり唯一無二の『教え子』なのだ。
「いけない、すぐ横道に逸れちゃうわ。ネネさんたちはこんな布、見たことある?」
サーシャが布を取り出してみせると、ネネが一目見ただけでこともなげに答え、ルルも続いた。
「ああ、この布かい。久しぶりに見たねえ」
「そうだねえ。いっときはうんざりするほど眺めたもんだけどね」
「えっ、どこで見たの!?」
勢い込んで訊ねるサーシャに、二人は一瞬驚いて顔を見合わせる。
「どこで、ってそりゃあ」「シンディさんだよ」
「──あ、そっか」
母もこの布について考えたことがあると言っていた。その時にネネたちも一緒だったのだろう。
「シンディさんとああでもないこうでもないって頭を悩ませたもんだよ。こんな小さい切れっ端なんてなんの役にも立たないって私らが言ったら、縫い合わせて大きくすればいいとか、光る糸ばかり集めて布を織ればいいんじゃないかとかね」
「ああ、確かにそんな話をしたね。けど色々考えて試そうとしたけど、結局うまい方法がなくてねえ」
「それ、教えて! 試したことや調べたこと、全部知りたいの」
「その表情、シンディさんとそっくりだ。いいよ、私らの経験が役立つんなら使っておくれ」
「まずは光る糸が混じっている部分を集めようとした話でもしようかね。シンディさんが検品担当に声をかけて、同じ撥ね物を探したそうだが、まあなかなか見つからなかったそうだ」
「そうだったねえ。で、たまに見つかると、それは全部男爵領の機織場で作られた生地だった、というところまではわかったのさ」
しかし機織場を見学に行き、仕上がった生地を見せてもらっても、どれも不具合はなかった。また、現場の者に訊ねても、そんな状態の生地は見たことがないということだった。
「そこまではよかったんだが、さらに調べようとしたら男爵夫人が怒り出したんだと。自分のところで不良品を作ってると思われるじゃないかってさ」
「シンディさんはあのとおり年中忙しい人だから、そこが潮時だと諦めてしまったというわけさ」
なるほど母はずいぶん手を尽くしたらしい。
話を聞けば聞くほど、サーシャはますます光る布に興味を惹かれるのだった。




