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『50from17』 〜転生先は超高度文明、黒髪少女と経験値で生き抜く方法〜  作者: 五稜 司


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第9話:遺された知恵の箱

そこは地下のはずなのに、天井の岩肌からは正体不明の淡い光がしたたり落ち、辺りを満月の夜のような静謐せいひつな明るさで包んでいた。かつての国道を深夜に、ハイビームを消して走っていた頃の感覚に近い。現実味を欠いた、淡く青白い世界だ。


ジャインの背中を追う佐藤とクロ。集落を抜けると、そこには不自然なほど巨大なドーム状の建造物が鎮座ちんざしていた。

「……あの建物から、あのおじいさんと同じ『古い』匂いがする」

クロが鼻をひくつかせ、小声でささやいた。彼女の野性的な嗅覚は、すでに何かに気づいているようだった。佐藤の知らない「過去」の断片に。


「ここじゃ。むさ苦しいが、ゆっくりしていっておくれ」

ジャインが人の良さそうな笑みを浮かべ、重厚な扉を開く。中へ踏み込むと、一転して視界は完全な暗闇に閉ざされた。漂ってくるのは、クロの言った「乾いた古い匂い」。それはほこりっぽくもあり、どこか懐かしい、放課後の図書室の奥深くを思い出させる香りだった。


「ここは一体、何なんだ?」

佐藤の問いに、ジャインは「わしの家であり、『知恵の箱』でもある」と短く答え、壁から垂れ下がる太いひもを引いた。

「ゴゴゴッ……」

腹に響く重苦しい駆動音と共に、ドームの天井が左右に割れ、外の微光が室内へ滑り込む。


あらわになった光景に、佐藤は呼吸を忘れた。

壁一面を埋め尽くす、無数の背表紙。そこには何世代もの時を経てほこりかぶった「本」が、棚のきしみさえ聞こえるほどびっしりと並んでいた。床には、基板が剥き出しになった電子機器や、かつて公道を走っていたであろう車の無惨な残骸、そして佐藤が現代で手にしていたスマートフォンに酷似したデバイスが、ジャンク品の山となって積み上がっている。


「これ……全部、昔の物なのか?」

「さあな。わしが生まれた時には、すでにここはこうだった。ただ、わしのじいさまが「この紙の束には、今の我々が忘れた『何か』が記されているらしい」と言っていたな。」

佐藤は震える手で、足元に落ちていた一冊のボロボロの冊子を拾い上げた。


表紙には、見覚えのある、しかしこの場所にあるはずのない文字が躍っていた。

「……に、日本語だ」

それは、かつての小学校で使われていた歴史の副読本ふくどくほんのようなものだった。ページをめくる指が止まらない。かすれたインクの先に刻まれていたのは、あまりにも残酷な時間の断絶だった。


『西暦九〇三五年 高度自律型AIの暴走。機械知性による人類統治の開始』

『西暦九九七二年 高度自律型AIとの大規模戦争の終結。人類の約七〇%が不適合者として排除……』

ページをめくる乾いた音が、静かなドームに異様に大きく響く。

最後に発行年を確認した佐藤の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。

『発行:西暦一〇一六〇年』

「西暦……いちまん……?」

膝から力が抜け、佐藤はその場に崩れ落ちた。

五十年ごじゅうねんの人生で築き上げた常識が、砂の城のように音を立てて崩れていく。


これまで当たり前に会話が通じていた理由。地上の管理官も、地下の住人も、なぜ日本語を話していたのか。それは言語が奇跡的に受け継がれたのではなく、このいびつな文明そのものが、かつての日本の成れの果てであるという、動かしがたい証拠だった。


「……今は、⋯⋯西暦何年なんだ!」

佐藤はなりふり構わずジャインの肩を掴み、激しく揺さぶった。長距離ドライバーとしてつちかった「人当たりの良さ」という仮面は剥がれ落ち、十七歳の肉体の衝動に理性が呑み込まれていた。

「答えろ! ここは日本なのか? 俺たちは何年後の世界にいるんだ!」


「てめぇ、何しやがる!」

殺気と共に、背後からバイアスが飛びかかってきた。

鈍い衝撃。

佐藤の後頭部を、重い棍棒こんぼうが打ち据えた。


視界が急激に暗転していく。

(俺の知っている世界は、もう……どこにも……)

遠のく意識の淵で、クロが悲痛な叫びを上げ、彼女の瞳が獣のように黄金色に輝き始めるのが見えた。その姿は、もう単なる「少女」のそれではなかった。

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