第7話:名もなき瓦礫の都
「……それ以上、一歩でも近づいてみな。その薄汚れた頭に風穴を開けてやるから」
頭上の瓦礫から見下ろす女――リーダーらしき人物の声は、冷徹な刃物のようだった。
佐藤はすでに両手を挙げ、手のひらを相手に見せている。隣ではクロが身を低くして唸っていたが、佐藤は視線だけで「動くな」と制した。
「……別に、喧嘩をしに来たわけじゃない。ただ、西の廃棄区画から迷い込んだだけだ」
佐藤が努めて穏やかにそう告げた瞬間、上方の空気が一変した。
「『ニシの……ハイキクカク』……? なんだ、そりゃ。どこのことを言ってやがる」
鉄パイプを担いだ大柄な男が、怪訝そうに眉根を寄せた。彼らにとって、自分たちが住まうこの地はただ「ここ」であり、方位や管理上の名称など存在しないらしい。
「……ふん、やっぱり上の連中が捨てた『ゴミ』か。おかしな言葉を使いやがって。おい、どこの穴から這い出してきた?」
男が身を乗り出して威嚇すると、リーダーの女が鋭い視線で佐藤を射抜いた。
「……いいわ。そいつらの身柄を確保して。爺さんのところで調べさせましょう」
「へっ、了解だ。おいガキ共、こっちへ来い。マイアの気が変わらねえうちに……」
「……! 名前を出すなと言ったでしょう!」
「あ、……っ、悪い。つい……」
不用意にリーダーの名を漏らした男を、女――マイアが厳しく睨みつける。佐藤はそのやり取りを冷静に眺め、彼らの間にある信頼関係と、自分たちに向けられた拭いきれない不信感を肌で感じ取っていた。
二人は自作の銃や棍棒を持った男たちに囲まれ、迷路のような瓦礫の隙間を連行された。
辿り着いた場所は、佐藤の想像を遥かに超えた「生活」の場だった。
巨大な貨物コンテナが不規則に積み重なって長屋を作り、かつての高度な文明の欠片が、本来の用途とは無関係な道具として再利用されている。
電子基板を叩き伸ばして調理用の平鍋にし、中身が漏れた光ファイバーを縄のように編んで物干し紐にしている。そこには「科学」の理解はなく、ただ「使えるものを、使えるように使う」という切実な知恵だけがあった。
「おい、カリンコ! 足元を見て歩け、配線を踏んづけるな!」
さっきマイアに怒られた男が、錆びたパイプを抱えて走る少年に怒鳴りつける。
「わかってるよ、バイアス兄ちゃん! 今日は爺さんが『光る石』を直したんだって。夜が楽しみだね!」
どうやらこの男は「バイアス」という名らしい。
「カリンコ」と呼ばれた少年は、佐藤たちの身なりを珍しそうに眺めながら走り去っていった。教育という概念を持たない彼らにとって、外から来た佐藤たちは、空から降ってくる瓦礫と同じくらい不思議な存在なのだろう。
佐藤は周囲の様子を観察しながら、内心で舌を巻いた。
人々は皆、ボロを纏い、顔は煤で汚れている。だがその瞳には、かつて自分がいた平穏な現代社会や、AIが管理する無機質な「上」の世界にはない、泥臭い生命力が宿っていた。
やがて一行は、コミュニティの中央に位置する、ひときわ巨大なドーム状のガラクタ建築の前に辿り着いた。
「ここで待ってろ。爺さんが認めなきゃ、お前らは解体場行きだ」
バイアスが重い鉄の扉を蹴るようにして開けた。中からは、油と古い電子部品が焦げるような、独特の臭気が漂ってきた。




