第5話:管理外の領域
「ハァ、ハァ……! ちょっと、速すぎだってば!」
クロの細い指が、俺の若返った身体が着ている、無機質な灰色の服の裾を強く引っ張る。
居住セクター09の真っ白な通路は、どこまで行っても景色が変わらない。窓もなければ、標識もない。あるのは等間隔に配置された、意味不明な記号が明滅するホログラムパネルだけだ。
「俺より身軽なんだったんじゃなかったのか?」
「身軽と足の速さは別物なの!」
クロが顔を真っ赤にして言い返す。
背後からは「キーン」という、耳を突き刺すような甲高い金属音が徐々に迫ってきている。
(この感覚、覚えがある。昔、納品を急ぎすぎて速度超過した時に、パトカーに追われたあの時の感じだ。嫌な汗が背中を流れる……)
だが、今の俺の体は、かつてのヨレヨレの50歳じゃない。若く、疲れを知らぬバネのような筋肉が躍動している。
「あそこのパネルを見ろ、クロ。あそこの変な文字っぽいのが書いてある方向へ行くぞ」
「えっ、あんな変な文字、読めるの?」
「文字じゃない。お前も知ってるだろう。俺が道に迷った事がないことを。俺には絶対的に信頼出来る方向感覚があるんだよ」
俺は直感に従い、右に折れる。そこには他の場所とは明らかに違う雰囲気の、淀れたハッチがあった。長年のドライバーの勘が、ここが目的地であることを直感的に悟る。
「ここだ。潜り込むぞ!」
ハッチの隙間に指をかけ、力を込める。若い力に溢れた体は、俺の想像を遥かに超えていた。重い金属の扉が、信じられないほど滑らかに開く。
「ちょっと! 後から丸い変なのが凄いスピードで迫ってきてるわよ!!」
通路の奥からは、赤い光を放つ球体ドローンが急速に接近してくる。
「クロ、こっちに来い! 舌を噛むなよ!」
俺はクロを抱き寄せるようにして、ハッチの向こう側――暗い縦穴へと飛び込んだ。
落下した先は、それまでの清潔な白の世界とは一変していた。
湿り気を帯びた空気。錆びついた鉄の匂い。そして、幾層にも積み重なった文明の残骸。
「……ここが、西の廃棄区画か?」
俺が呟くと、俺の腕の中でクロが顔をしかめながら言った。
「ここが目的地? なんか臭くない?」
今まで必死に逃げてきたというのに、この猫の身勝手な物言いには苦笑いするしかない。
目の前には巨大なスクラップの山が広がっている。その中には、以前の仕事で見覚えのある形の部品も混ざっているように見えた。
「確かにちょっと臭うな。でもここはヤツらの管理外のようだ。さっきまでいた場所とは明らかに雰囲気が違ってる」
俺は立ち上がり、若い体の鋭い視力で暗闇の奥を見据えた。
「何にせよ、今はどっかで腰を落ち着かせたいな。体は若くなっても、中身の俺の疲労は尋常じゃないんだよ」
俺はため息混じりに、呆れ顔のクロを見ながら苦笑した。




