第3話 接触
沈黙を破ったのは、無機質なスライド音だった。
部屋の壁が音もなく割れ、二人の前に一人の女性が姿を現した。
その後ろには、威圧的な赤いレンズを光らせる二体の警備用ロボットが、音もなく浮遊している。
「……個体識別番号、未検出。バイオサイン、不一致。あなたたちは、どのセクターの所属ですか? 出自を述べなさい」
女性の声には高低がなく、まるで役所の窓口で淡々とマニュアルを読み上げられているような響きだった。表情も、まるで精巧に作られたマネキンのように動かない。
(……まいったな。こりゃ、検品漏れを絶対に認めない、一番気難しい荷主と同じだ。付け入る隙がねぇ)
佐藤は内心で舌を巻いた。長年のドライバー生活で、理不尽な要求をする相手や、激昂する相手の「目」を見て、その裏にある本音を探るスキルは磨いてきた。だが、この女性には「裏」がない。ただ、決まったルールを淡々と遂行しているだけの冷たさだ。
「ええと、お姉さん。俺たちは道に迷っただけで……」
「『道』という概念は、公共管理リンクにより一元化されています。迷うことは論理的に不可能です。所属、もしくは個体番号を」
ピシャリとはねつけられ、佐藤は口を噤んだ。言葉の端々に、微かな感情の揺らぎすら見当たらない。
その時だった。
「もう! 暗いし、お腹空いたし、ここ飽きた! 出してよ!」
沈黙に耐えかねたのか、クロが子供のように地団駄を踏んだ。隣で佐藤が止める間もなく、クロは女性管理官の目の前まで詰め寄り、その無機質な制服の裾をグイグイと引っ張った。
「ちょっと、聞いてるの!? あたしたち、おにぎり食べてただけなのよ! なんでこんなとこに閉じ込めるのよ!」
「……不規則な挙動を確認。ノイズと判断し、強制鎮静プロセスを——」
管理官が背後のロボットに合図を送ろうとした、その一瞬。
佐藤は、彼女の眉間がほんの数ミリ、困惑ともつかない「揺らぎ」を見せたのを見逃さなかった。
「……待て待て、お姉さん。この子は、ほら、まだ『ならし運転』が終わってない新人でね。整備不良のボロ車みたいなもんだ、勘弁してやってくれ」
佐藤はあえてクロを「手のかかる機械」のように扱うフリをして、女性の視線を自分に引きつけた。
「あんたみたいに優秀な管理官なら、この『不良品』がどこから流れてきたか、徹底的に調べるのが仕事だろ? ここで壊しちまったら、上に上げる報告書がスカスカになっちまうぞ」
後ろでは「不良品」呼ばわりされてクロがプンスカ怒っている。
その時、女性の手が止まった。
「……効率的な判断です。不備のある報告は、私の管理指数を下げる要因になります」
彼女はわずかに目を伏せた。その時、佐藤は確信した。彼女は冷徹なのではない。何らかの強力な教育か、あるいは洗脳のようなもので、
無理やり感情を押し殺しているだけなのだ。
「……よし、お姉さん。話が通じて助かるよ。俺もあんたの仕事の邪魔はしたくない。まずは、ここがどこなのか。それを教えてくれないか?」
佐藤は相手の目をまっすぐに見つめ、思いきり爽やかな笑顔を向けた。
「頼むよ。俺たち、本当に困ってるんだ」
そのあまりに屈託のない眼差しに、女性管理官の鉄仮面が、今度こそ微かに震えた。




