第25話:影の共闘
生産地区の巨大な機械群が落とす濃い影から影へ、一行は息を潜めて移動を続けていた。
(確か、SWは居住地区を抜けて中央エレベーターを目指すのが最短だと言っていたな……)
佐藤は脳内の地図を繋ぎ合わせ、足を止めた。
「マイアさん、ちょっと待ってください。闇雲に逃げても拉致があきません。まずはSWが言っていた『あの場所』……人が住んでいるという区画を目指しましょう」
肩で激しく息を切りながら、マイアが振り返る。
「確かに、このままじゃジリ貧ね。でも、そんな場所がどこにあるか見当もつかないわ……」
「そこは僕がなんとかしてみます」
「どうやって?」
「僕には、向かうべき場所を見失わない特技があるんですよ」
自信満々に言ってみせたが、佐藤自身、確証があるわけではなかった。しかし、かつての運転手時代、どんなに入り組んだ場所でも道に迷わなかった経験だけが頼りだった。何より、目的地があるという事実は、疲弊した仲間の心を繋ぎ止める。
「サトウの言う通り、とにかく動こう。またヤツらに見つかる前にね」
ナナイが周囲を警戒しながら同意する。その傍らで、先ほど力を使い果たしたクロは、いつもの元気を失い、佐藤の足元に力なく寄り添っていた。
「ヒロ……! さっきはアタシがアンタを助けたんだから、今度はアンタがアタシをおぶって行きなさいよね……!」
毒づきながらも甘えるようなクロの言葉に、佐藤は苦笑した。
「はいはい、お姫様。仰せの通りに」
佐藤はクロを優しく抱え上げ、背負い直した。その光景を横で見ていたマイアの胸の奥を、今まで感じたことのない鋭い切なさが通り抜けていった。
「……まずは、こっちへ行ってみましょう」
ナナイを先頭に、佐藤が方向を指示し、しんがりのマイアが後方を警戒する。佐藤の背中で、クロは安心しきったように静かな寝息を立て始めた。
しばらく進んだ時、ナナイが鋭く右腕を横に上げ、立ち止まった。「シッ!」という制止の声に、全員が息を殺す。
「この先に、見たことのないヤツがうろついてる」
ナナイが小声で告げる。佐藤は壁の陰からその姿を盗み見た。
「あれは、さっきの放送で言っていた『PT型』というヤツだと思います。見張り役だ。僕たちを見つけたら、すぐにさっきのデカいヤツを呼び寄せるはずです」
「ってことは、あいつ自身はさっきのデカブツより弱いってことだね」
ナナイが短刀の柄を弄り、鼻を鳴らす。
「ここはこのナナイさんに任せな」
「待って。私も行くわ」
マイアが静かに、しかし拒絶を許さない声で言った。
「一人より二人の方が確実よ。サトウ……貴方はクロをみててあげて。彼女、随分頑張ったんだから」
笑っているのか、それとも泣き出しそうなのを堪えているのか、判別のつかない表情でマイアは佐藤を見た。
実際は、佐藤の背中で眠るクロの姿を直視し続けるのが辛くなっていただけだったが、それを悟られないよう、マイアはすぐに背を向けた。
「さぁ、ナナイ、行くよ!」
二人は影に溶け込むように、音もなく消えていった。
そこからは、死の静寂が支配する時間だった。
二人は一歩踏み出すごとに数秒をかけ、衣擦れの音すら立てぬよう慎重に接近していく。
その「見張り」の姿は異質だった。円筒形の身体から細い脚を伸ばし、青い光を辺りに走らせながら、一点の狂いもなく同じ道を行き来している。
「……どうやら、決まった所しか動かないみたいね。あの青い光に触れたらおしまいよ」
マイアの囁きに、ナナイが目を細める。
「さっきのデカブツに比べれば、あんな細っこいの、やりようはある。どこを突けばいい?」
「さっきクロがやった時、体のつなぎ目にある『あの光ってる丸いやつ』を壊したら止まったわ。アイツにも同じような場所があるはずよ」
「どれどれ、ナナイさんが見つけてやろうじゃないか……あったあった。胴体と腰の切れ目、あの中に丸いのが見え隠れしてる。なんとかなりそうだね」
「それじゃ私がアイツの気を引く。その隙にナナイは背後から一気にやっちゃって」
マイアが小さく呟く。
「……よし、始めるよ」
マイアは這うような遅さで敵の左方向へ回り込む。ナナイは逆方向の死角へと身を隠した。
ヤツが一定の地点で立ち止まり、青い光で周囲を一周照らし出す。そして再び背を向け、歩き出そうとしたその瞬間――。
――カラン、カランッ!
マイアが敵の後方へ放り投げた鉄パイプが、硬い床を跳ねた。
静寂を切り裂く乾いた音。
ヤツが急激にその場を旋回する。その背後を、ナナイは見逃さなかった。
音もなく肉薄すると、逆手に持った短刀を、狙い違わず胴体と腰の隙間へ深く滑り込ませた。
「――っ!」
ナナイが渾身の力で短刀を引き抜くと、ヤツの青い光は激しく明滅したのち、一瞬で消失した。支えを失った操り人形のように、機械の身体が力なく地面に崩れ落ちる。
「……やったね!」
駆け寄ったマイアとナナイが、小声で喜びを分かち合い、力強く手を合わせた。
「結構チョロかったね」
「あれだったら、私たちだけでもなんとかなりそうね」
ようやくこぼれた安堵の笑み。自分たちの力で困難を突破したという手応えが、彼女たちの顔に自信を宿らせていた。
しかし、二人は気づいていなかった。
天井の隅、暗闇に紛れた小さな「目」が、その一部始終を冷徹に記録し続けていることに……。




