第18話:沈黙の扉
巨大な隔壁は、見上げるほどに高く、厚かった。
かつては白く輝いていたであろうその表面は、数千年の時に晒され、泥と油に塗れてどす黒く変色している。佐藤は壁に手を触れ、そのあまりの冷たさに身震いした。
「……なんて大きな壁。こんなの、今まで見たことないわ」
マイアがパイプライフルを握ったまま、圧倒されたように呟く。地下で生まれ育った彼女にとって、これほど巨大な人工構造物は想像を絶するものだった。
「ねえ、サトウ。ここ、ちょっと変だよ」
少し離れた場所で壁を凝視していたナナイが、指を差した。彼女の鋭い観察眼が、泥の層に隠された微かな「凹凸」を捉えていた。
佐藤が近づき、袖でその箇所の汚れを力任せに拭き取る。すると、そこには文字とも図形とも判別できない、奇妙な幾何学模様が数箇所に刻まれていた。
「……これは」
佐藤の脳裏に、転生直後の記憶が蘇る。あの混乱の中、地下世界へと逃げ込む際、視界の端に流れていった景色――その中にあった意匠と、これは酷似していた。
「サトウ? 何か知ってるの?」
「いえ……ですが、これと同じようなものを、以前見かけた気がします。マイアさん、少し壁沿いに歩いてみましょう。この先に、何かあるような気がします」
佐藤はひたすら自分の勘を信じて歩き出した。
錆びた鉄の臭いと静寂が支配する空間。壁伝いに暫く歩くと、佐藤の足がピタリと止まった。なんとなく、何かに引っかかる感覚があったからだ。足元には巨大なガラクタの山が積み上がっているが、その隙間から、壁に刻まれた細く鋭い「溝」が見えた。よく見なければただの傷に見えるが、それは紛れもなく、人が通れるほどの四角い輪郭を描いている。
「クロ、ナナイさん、手伝ってください!」
三人で必死にガラクタを掘り起こしていくと、溝の脇から半球体の突起が現れた。その頂部には、人間の手の形に合わせたような凹みがある。
「……やってみるよ」
佐藤が緊張で湿った掌を、その凹みに合わせるように触れた。
数秒の沈黙の後、――ズ、ズンッ……。
鈍い音が響き、溝のある壁がガクンと一度奥へ引っ込んだ。続いて、壁がゆっくりと上方へと動き出し、漆黒の通路が姿を現した。
「開いた……本当に開いちゃったよ」
ナナイが感嘆の声を漏らし、中を覗き込もうとしたその時。
「待って! 何か来るっ!!」
ナナイの鋭い警告が、通路の静寂を切り裂いた。
四人が弾かれたように振り向くと、背後の暗闇から唸り声と気配が迫っていた。汚濁に塗れ、理性を欠いた瞳を爛々(らんらん)と輝かせる不適合者と呼ばれる者たちが、そこには立っていた。




