第16話:激突
暗がりの奥から、カチカチと硬質な爪がコンクリートを掻く音が響いた。
次の瞬間、換気ダクトを蹴破って、三つの巨体が躍り出た。
それは、地上の鼠とは似ても似つかぬ異形の獣だった。
暗闇に適応した結果、眼球は完全に皮膚の下へ退化し、顔には目がない。その代わり、頭部には音を拾うための巨大な耳が異様に長く伸び、鼻先は効率よく匂いを嗅ぎ分けるため、花弁状に赤黒い肉が割れ開いている。
灰褐色の体毛は針のように硬く、湿った闇の中で鈍い光を反射していた。
「来るわよ! 散って!」
マイアの鋭い声が響く。
三匹の獣は、目が見えないとは思えないほど正確な動きで、四人を包囲するように散った。聴覚と嗅覚をフルに使い、連携して獲物を追い詰める――それがこの地下の捕食者の戦法だった。
「速い……っ!」
マイアが放ったパイプライフルの弾丸を、獣は耳をピクリと動かしただけで、紙一重でかわしてみせる。ナナイが短刀を振るうが、敏捷な動きに翻弄され、逆に鋭い爪が彼女の肩をかすめた。
「クソッ、こっちの動きが筒抜けだ……!」
後方に下がった佐藤は、必死に目を凝らした。
獣たちは、自分たちの足音や呼吸音、さらには衣擦れの音までを完全に把握している。だが、その並外れた聴覚こそが弱点になりはしないか。
佐藤は即座にリュックを降ろすと、前方で敵と対峙してるクロへ大声で指示を出す。
「クロ、少しの間、時間を稼いでくれ! 絶対に一匹もこっちへ通すなよ!」
「言われなくても! アンタはさっさとそれを終わらせなさいよね!」
クロが鋭い爪を剥き出しにし、弾かれるように敵へ飛び掛っていく。
その隙に佐藤は、廃棄場から拾っておいた小型のガスボンベを取り出し、足元に転がっていた空のスチール缶へと無理やり押し込んだ。さらに、手近な石で缶の側面を数箇所激しく叩き、内部に複雑な凹凸を作る。
仕上げに、分解したガスライターの発火装置をボンベのノズルに直結し、衝撃でガスが噴出すると同時に引火して破裂する仕掛けを瞬時に組み上げた。
「……よし。全員、耳を塞げ! 目も閉じてろ!」
佐藤の怒鳴り声に、マイアとナナイ、クロが反射的に動きを止めて耳を覆う。
佐藤は起爆装置を叩きつけるようにして、三匹の獣が密集する中央へとそれを放り投げた。
――カッ!! ズドォォォォン!!
狭い通路を、ガス爆発の凄まじい衝撃音と、歪めた缶が奏でる不規則な金属反響音が蹂躙した。
聴覚に特化しすぎた獣たちにとって、それは脳を直接粉砕されるに等しい暴力だった。
「ギ、ギィィィィィアァァァッ!?」
方向感覚と平衡感覚を完全に失ったネズミたちは、頭を抱えるように地面を転げ回り、壁に激突して悶絶する。
「今だ! 仕留めて!」
マイアの指示が飛ぶ。
好機を逃さず、マイアの長剣が首を撥ね、ナナイの短刀が心臓を貫き、そしてクロの爪が残る一匹の喉笛を深々と切り裂いた。
静寂が戻った廃墟に、獣たちの生臭い匂いだけが立ち込める。
「……助かったわ、サトウ。あのガラクタ、ただのゴミじゃなかったのね」
マイアが剣の血を拭いながら、驚きと感心の混じった視線を佐藤に向けた。




