第14話:静かなる波紋
防壁のハッチを閉ざすと、背後で「黒い狩人」たちの爪が金属を掻く不快な音が遠ざかっていった。通路には、激しい戦闘の後の重い沈黙と、混じり合った獣臭が漂っている。
佐藤は膝をつき、大きく肩で息をした。17歳の肉体は回復が早いが、精神的な消耗まではカバーしきれない。
「……なんとか切り抜けた、な」
「ヒロ、大丈夫?」
クロが駆け寄り、佐藤の腕を支えた。その手はまだ微かに震えている。
「ああ、なんとかな。……バイアスさん、ナナイさんも無事ですか?」
佐藤が顔を上げると、バイアスが血に汚れた電磁棍棒を肩に担ぎ、白い歯を見せて笑った。
「おう、見ての通りだ。……だがサトウ⋯いや、ヒロノリ、よそよそしい呼び方はよせ。お前のおかげで、俺たち4人、指一本欠けずに戻れたんだ。これからは呼び捨てで構わねえぜ」
バイアスはあえて「ヒロノリ」と呼んだ。それは、ただの「上の世界から来た珍客」としてではなく、共に死線を越えた「戦友」として認めた証だった。佐藤は少し驚いたが、その厚意を汲んで小さく頷いた。
居住区の入り口まで辿り着くと、そこにはランタンを掲げた人影があった。マイアだ。彼女は一行の姿を認めると、明らかに安堵した表情を見せたが、すぐにリーダーらしい厳しい口調に戻った。
「……遅すぎるわ。あんまりあなた達が戻らないから、もう少しで捜索隊を出すところだったんだから」
「悪いな、マイア。ちょっとした『大物』に足止めを食らっちまってよ!」
バイアスは豪快に笑いながら、手にした棍棒を戦いの再現のようにブンと一振りした。その風圧にマイアが少し顔をしかめるが、無事な帰還を確認した彼女の口元には安堵が混じっていた。
光ファイバーが壁を這い、ほのかに青白く光るだけの、昼も夜もない地下世界。
居住区の中央、古い機械が唸りを上げる広場では、長老のジャインがいつものように杖を傍らに置いて座っていた。
「おお、戻ったか。怪我人は……なさそうじゃな」
バイアスは身振り手振りを交え、佐藤がいかにして「黒い狩人」の弱点を見抜き、即興で武器を強化したかをジャインに報告した。周囲にいた住人たちからも驚きの声が上がる。
報告を静かに聞き終えたジャインは、一人、深い思索にふけるような表情で佐藤を見た。
「……サトウ。お前さんが持つ知識、それはこの地下では、毒にも薬にもなる力かもしれん。その知識の使い方を間違わんようにな」
ジャインの言葉は、未知なる知識を持った若者への静かな忠告だった。佐藤は、支給された薄いスープのカップを手に、真剣な面持ちで頷いた。
「……ジャインさん。一つ伺いたいんですが、ここから『上』へ行くための道に、心当たりはありませんか? 俺はもう一度上の世界を確認しなければいけないような気がするんです。この地下世界と上の世界が何故こんなに違うのか。その理由を俺は知りたい⋯⋯」
佐藤の問いに、広場にいた住人たちが一瞬、静まり返った。ジャインは困ったように眉を下げ、ゆっくりと首を振った。
「……残念ながら、わしらにそんな道を知る者はおらん。わしらにとって、上はただ見上げるだけのものでな。あそこへ行く方法など、考えたこともなかったわい」
その言葉を聞き、佐藤は悟った。この世界の住人に頼ることはできない。自分の記憶と、地下に散らばる「遺物」を繋ぎ合わせ、自力で道を見つけ出すしかないのだ。
その時、少し離れた場所で装備を整えていたナナイが、意外な声を上げた。
「……ふぅん、誰も知らない道を探す気なの?でも、あんたなら……何か見つけ出しそうね、サトウ」
その響きに、佐藤は持っていたカップを落としそうになった。
戦闘での無口で鋭い戦いぶり、そして男のような身のこなしからは想像もできない、しなやかな「女性」の声音だったからだ。
「え……ナナイさん、あなた……女性だったんですか?」
思わず素っ頓狂な声を上げた佐藤に、ナナイは少しだけ目を細めて、不敵に微笑んだ。
「あら、気づいてなかったの? 目ざとい男だと思ってたのに、意外と節穴ね」
隣でクロが「……フン、今更ね」と呆れたように鼻を鳴らす。
どうやら知らなかったのは佐藤だけのようだった。
かつて少しの間だけ滞在した、清潔で、管理されていて、そしてどこまでも静かだった「上」の世界。
そこへ至る道は、自ら切り拓くしかない。佐藤の脳裏には、元ドライバーとしての「地図を読む」本能が、静かに火を灯し始めていた。




