第12話:歪な捕食者
ガラクタの山が崩れる音は、静まり返った地下通路に、終焉を告げる鐘の音のように響き渡った。
影から飛び出してきたのは、佐藤の記憶にある「生物」の定義を根底から覆す異形だった。
「なんだ、あれは……!」
体長は二メートルを優越するだろうか。太く、ぬらぬらと湿った肉の筒――巨大なミミズのそれだが、その先端は悪夢の凝縮だった。頭部には、不自然なほど肥大化した水晶体のような発光器官が鎮座し、獲物を見据えて激しく明滅している。
さらに恐るべきは、その口だ。環形動物にあるはずのない、イカのような鋭利な「カラスビ」が、獲物を細切れにするべく、カチカチと不気味な音を立てていた。
「『閃光虫』だ! 目を伏せろ、サトウ!」
バイアスの叫びが響くのと同時に、ミミズの頭部が爆発的な光を放った。地下の闇に慣れた瞳を焼くような、強烈なフラッシュ。
佐藤は咄嗟に腕で顔を覆ったが、視界は真っ白に染まった。
(しまっ……!)
視界を奪われ、足元がすくむ。その隙を見逃さず、異形が肉の塊を打ち付けるように突進してくる地響きが聞こえた。
だが、その肉塊が佐藤を圧殺する直前、鋭い風切り音が空気を裂いた。
「遅いよ」
冷ややかな声と共に、クロの姿が閃光の中に躍った。
彼女は眩い光など意に介さない様子で、黄金色の瞳をさらに鋭く輝かせ、重力を無視したような跳躍を見せる。着地と同時に、異形の側面に鋭い「爪」を一閃。鋼鉄をも引き裂くようなその一撃に、ミミズの肉壁から紫色の体液が噴き出した。
「ギィィィッ!」
異形が悶え苦しみ、巨体を激しくくねらせる。
「サトウ、下がってろ! ナナイ、横から叩くぞ!」
バイアスが棍棒を構え、視力を取り戻しつつあるナナイと連携して異形の動きを封じにかかる。佐藤は壁際に下がりながら、荒い息を吐いた。ここにあるのは、現代の知識や人当たりの良さなど通用しない、純粋な「生存競争」の最前線だった。
なんとか一体を仕留めた一行は、なおも警戒を解かずに瓦礫の奥へと進む。
佐藤はジャインから聞いた話を思い出していた。この「閃光虫」以外にも、この闇にはさらに歪な怪物が潜んでいる。
視力を失い、その代償としてウサギのような長耳と、鼻先に蠢く花弁状の触手で獲物を探知する「触手鼠」。
自身の体長の半分を超える大鎌を振るい、蜘蛛のような糸で獲物の四肢を絡め取ってから解体する「断罪蟷螂」。
だが、バイアスが最も警戒していたのは、それらキメラのような合成獣ですらなかった。
「……一番厄介なのは、昔から姿を変えずに巨大化しただけの連中だ」
バイアスが苦々しく言った。その視線の先、暗闇の奥から「カサカサ」という、佐藤の背筋を凍らせる独特の摩擦音が聞こえてきた。
現れたのは、一メートル近い漆黒の甲殻を持つ、紛れもない「ゴキブリ」だった。
しかも、それは一匹ではない。二匹、三匹……。
それらは個別に襲いかかるのではなく、まるで意志を共有しているかのように、佐藤たちを包囲するように散開した。
「嘘だろ……あいつら、群れで動いてやがるのか」
「ああ、あれは『黒い狩人』だ。個体じゃなく、群れで獲物を追い詰める。地下で最も忌み嫌われ、最も効率的な殺し屋だ」
黒光りする巨体が、一斉に壁や天井を走り出した。逃げ場を奪うように、そして確実に誰か一人の死角を突くように。
佐藤は手に持った不格好な鉄パイプを握りしめた。隣ではクロが、初めて見るような好戦的な笑みを浮かべ、喉の奥で「グルル……」と低く唸り声を上げている。
50歳の精神を持つ少年と、猫の魂を持つ少女。
二人の地下での本当の戦いが、今、幕を開けた。




