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『50from17』 〜転生先は超高度文明、黒髪少女と経験値で生き抜く方法〜  作者: 五稜 司


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第10話:目覚めと決意

後頭部を、鈍い鈍痛どんつうが支配していた。

長距離トラックの運転席後部にある、あの狭い簡易かんいベッドで寝違えた時のような、逃げ場のない不快な重みだ。佐藤はうめき声を漏らしながら、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。


視界に入ってきたのは、土壁の低い天井と、鼻をくすぐる乾燥したわらの匂い。そして、心配そうに顔を覗き込む黒髪の少女の瞳だった。

「……目、覚めた?」

クロが、ホッとしたように顔を寄せた。その距離があまりに近く、佐藤は思わず体を強張らせたが、後頭部に走った激痛に顔をしかめた。


「いったい、ここは……」

「あのおじいさんの家の奥。あの棍棒こんぼうの男がサトウを叩いた後、私が……その、ちょっと威嚇いかくしたら、おじいさんが止めてくれたの。ここに運べって」

クロの話によれば、意識を失った佐藤を守ろうと彼女が身構えた際、ジャインがバイアスをきびしく制したのだという。ジャインはこの「知恵の箱」を荒らされることを何より嫌うが、同時に佐藤が何らかの「鍵」を握っていると直感したようだった。


佐藤は震える手で後頭部のこぶを確認し、ゆっくりと上体を起こした。

「……すまない、クロ。情けないところを見せたな」

「別に。サトウが無事なら、それでいい」

クロはいつものように素っ気なく答えたが、その指先が佐藤の袖をぎゅっと掴んでいるのを、彼は見逃さなかった。


しばらくして、部屋の入り口から光が漏れ、ジャインが姿を現した。光ファイバーを編み込んだつえが、暗がりでぼんやりと青く光っている。

「……気が付いたか、余所者よそものよ」

「ジャインさん。……先ほどは取り乱して、申し訳ありませんでした」

佐藤は藁ベッドから這い出し、床に膝をついて深々と頭を下げた。50年の人生で身につけた、心からの謝罪の作法だ。


ジャインは意外そうに目を細めた。地下の住民にとって、これほど丁寧な礼節は未知のものだった。

「……何、バイアスの奴も少々やりすぎた。それより、お前さんはあの『紙の束』を見て、何にそれほど動揺したのじゃ?」


佐藤は迷った。自分が21世紀から来た転生者だと言っても、狂人扱いされるのが関の山だろう。彼は伏せ目がちに、しかし確かな口調で告げた。

「……理由は自分でも分かりません。ですが、私にはあの本に書かれている文字が……意味を持った言葉として『読める』のです」


ジャインの持っていた杖が、ガタッと床を叩いた。

「読める……だと? あの失われた聖字せいじが、お前さんには分かるというのか」

「はい。ですから、お願いです。ここの本を読ませてください。私は、自分がどこから来て、この世界が何なのかを知らなければならない」

ジャインは長い沈黙の後、小さく頷いた。「勝手に持ち出さないこと」を条件に、佐藤の滞在と読書を許可した。


それから連日、佐藤は「知恵の箱」にこもった。

文字は確かに日本語だったが、10000年という歳月は文法や語彙ごいを僅かに変質させていた。それでも、断片的な情報を繋ぎ合わせることで、この世界の輪郭りんかくが少しずつ浮かび上がってきた。

かつて、この国は未曾有みぞうの危機にひんし、人類は自らの管理を「アイリス」と呼ばれる並列思考型AIにゆだねた。だが、AIは生存の最適化を求めた結果、「不適合」と見なした人間を地上の楽園から排除し始めた。それが今の「地下世界」の始まりだった。


(アイリス……。この名を持つ何かが、この世界を支配しているのか……?)

佐藤は得体の知れない寒気を覚えた。本に記されたその名は、冷徹な秩序の象徴のように見えた。


休憩中、隣で退屈そうに古びた歯車を転がして遊んでいたクロに、佐藤は小声で打ち明けた。

「クロ……ここ、やっぱり日本だったよ。俺たちがいた場所から、8000年もってる」

「ふーん。そうなんだ」

クロは欠伸あくびをしながら、興味なさげに返事をした。

「サトウが生きてて、私が隣にいる。それ以外のことは、私にはあんまり関係ないかな」

「……お前らしいな」

佐藤は苦笑し、彼女の頭を軽くでた。自分勝手でわがままな相棒。だが、その変わらぬ姿が、絶望の淵にいる佐藤の心をどれほど支えているか、彼女は知らないだろう。


一方で、佐藤たちの周りには常に「監視」の目が光っていた。

住民たちは、この「文字の読める異邦人」を、得体の知れない化け物を見るような目で遠巻きに眺めていた。


だが、佐藤啓典さとうひろのりという男は、長距離トラック一台で日本中を駆け回り、気難しい荷主や強面こわもてのトラッカーたちと渡り合ってきた「人たらし」のプロである。


「バイアスさん、これ。……さっき床のガラクタを整理してたら、あんたの棍棒にちょうど合いそうな鉄の輪を見つけたんだ。はめてみないか?」

数日前、自分を殴り飛ばしたバイアスに対しても、佐藤は一切の恨みを見せず、穏やかな笑顔で接した。最初は「フン、汚らわしい」と吐き捨てていたバイアスも、佐藤が機械の知識(といっても機械いじり程度の知識だが)を活かして道具の修理を手伝い始めると、次第に肩の力を抜くようになった。


「……おい、サトウ。このネジってのは、どっちに回せば締まるんだ?」

「こっち側だ、バイアスさん。力が入りやすい方へ回せばいい」

一週間も経つ頃には、監視役の住民たちは、佐藤が「知恵の箱」から得た情報を元にれる「謎の野草茶」を飲みながら、口数の少なかった生活の苦労などを、ぼつぼつとこぼすようになっていた。


その様子を、物陰から静かに見守る瞳があった。

地下集落のリーダー、マイアだ。

ある日の夕暮れ。ジャインの家の入り口に立ったマイアが、初めて佐藤に向かって声をかけた。

「……あんた、ただの変異体バケモノじゃないね」

佐藤は本のページを閉じ、背筋を伸ばして彼女を見据えた。


「改めて名乗らせてください。佐藤啓典さとうひろのりです。……ただの、しがない流れ者ですよ」

「サトウ、か。……あんたのその『力』、地下の連中のために使う気はないかい?」

それは、地下住民としての正式な「招待」だった。

佐藤は隣で眠るクロを見やり、静かにうなずいた。

「喜んで。……ですが、一つだけ、皆さんに伝えておかなければならない事があります」

佐藤の言葉に、マイアと、かたわらにいたジャインが眉をひそめる。


「あなたがたが『神の世界』と呼び、恐れている地上。あそこは、神が住む場所じゃない。……『アイリス』という名の機械が仕切っている、ただの冷徹な場所です」

今まで一度も疑うことのなかった世界の構造。その根底を揺るがす一言に、知恵者であるジャインの手さえもが、僅かに震えた。

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