第1話 出発点
国道沿いのサービスエリア。大型トラックのキャビンは、50歳の佐藤にとって唯一の安らぎの場だった。
かつての仕事仲間から譲り受けた自家製の酸っぱい梅干し。佐藤はそれをお供に、手際よく握ったおにぎりを頬張っていた。
「……お前も、腹減ったろ」
助手席で丸まっていた黒猫の『クロ』に、塩抜きした鮭を置く。だが、いつもならすぐに食いつくはずのクロが、今日は妙に落ち着きがなく、外を向いて低く唸っていた。
「どうした、クロ。雨でも降るか?」
佐藤がフロントガラス越しに夜空を見上げた、その時だ。
ぼんやりとした光の渦が、見る間に巨大な塊となって迫ってくる。
それが自分たちの乗る大型トラックを優に飲み込むほどの質量を持った何かだと気づくのに、時間はかからなかった。
逃げる暇などない。何かが起きる。そう直感した佐藤は、隣で必死に「ナー!ナー!」と叫ぶクロを、とっさに抱き寄せた。
「クロ!」
次の瞬間、世界は圧倒的な白光に包まれ、すべてが消失した。
ガツッ! と、後頭部に硬い衝撃が走った。
「痛ってぇ……! なんだ、追突されたか……?」
寝ぼけ眼で頭をさする。トラックの狭いキャビンのはずなのに、肌に触れる空気がやけに無機質で、清潔すぎる。
「おい! いつまでボケッとしてるんだ、このマヌケ!」
鈴を転がすような、だが怒りに満ちた声。
佐藤が重い瞼を持ち上げると、そこには黒髪をなびかせ、腰に手を当てて仁王立ちする美少女がいた。
「……え、誰だあんた。事務所の新しい子か?」
「なっ……! 事務所ぉ!? 私よ、クロよ! 私があんなに『早く逃げろ』って言ったのに、のほほんとおにぎりなんて食べてるから!」
少女――クロは、そのままもう一発、佐藤の向こうずねを蹴り飛ばした。
「アンタ、自分が置かれてる状況分かってるの!?」
佐藤は呆然と辺りを見渡した。
そこはトラックの車内ではなく、見たこともないほど白く、無機質で、空中にホログラムが浮遊する――まさに「未来」としか形容できない部屋だった。




