第3節:日常と告白未遂
魔獣討伐の任務まで、一週間の猶予があった。
その間、僕たちは準備と訓練に明け暮れていた。
「セラ、もっと速く詠唱!」
「は、はい……!」
ギルド裏の訓練場。
リザが、厳しい声でセラを指導している。
「魔法の威力はいいが、発動が遅い。実戦では致命的だ」
「す、すみません……!」
セラが、必死に杖を構える。
そして――
「――炎よ、我が手に!《ファイアボール》!」
火球が、的に向かって飛ぶ。
だが――
「遅い!」
リザが、剣で火球を両断した。
「え……」
セラが、呆然とする。
「実戦では、敵も動く。もっと速く、的確に」
「は、はい……」
セラが、うなだれる。
(……リザ、厳しいな)
僕は、少し同情した。
* * *
(……皇子様、大丈夫かしら)
私――シルヴィア・ド・ノワールは、訓練場の隅で、セラの様子を見守っていた。
リザとマンディの指導は、確かに厳しい。
だが――それは、セラを鍛えるためだ。
決して、虐めているわけではない。
(……たぶん)
いや、たぶんではなく、確実にそうだ。
二人の瞳には、悪意はない。
むしろ――セラを、仲間として鍛えようとしている。
「師匠」
リザが、私のところにやってきた。
「セラの成長、早いですね」
「そうね」
私は、微笑む。
「元々、素質はあったのでしょう。それが、訓練で開花しているだけよ」
「師匠の教えのおかげです」
リザが、真剣な表情で言う。
(……私、何も教えてないんだけど)
私は、内心でツッコミを入れた。
「それで、師匠」
リザが、少し照れたような表情を浮かべる。
「今夜、少しお時間をいただけませんか?」
「今夜?」
「はい。お話ししたいことがありまして……」
リザの頬が、わずかに赤い。
(……え、これって)
私は、嫌な予感がした。
「あ、あの……大切なお話、です」
リザが、視線を逸らす。
(……やばい)
私の予感は、確信に変わった。
これは――**告白の前触れだ。**
「り、リザ……」
私が、慌てて言葉を探す。
だが――
「師匠! 俺も今夜、話があります!」
マンディが、突然割り込んできた。
「え……」
「俺も、大事な話なんです! 聞いてください!」
マンディの瞳も、真剣だった。
(……二人とも、同じタイミング!?)
私は、内心でパニックになった。
「ちょっと、マンディ! 私が先よ!」
「何言ってんだ、リザ! 俺の方が先に言ったぞ!」
「私の方が、先に師匠に話しかけたわ!」
「そんなの関係ねえ!」
二人が、火花を散らす。
(……どうしよう)
私は、完全に困惑していた。
その時――
「師匠、どうかされましたか?」
ルークが、心配そうに訊ねてきた。
「あ、あの……」
私が、助けを求めるように視線を向ける。
だが――ルークには、状況が理解できていないようだった。
「リザさんとマンディさん、何を言い争ってるんですか?」
「そ、それは……」
私が、言葉を濁す。
そして――
「二人とも、落ち着きなさい」
私は、努めて冷静に告げた。
「今夜は、全員で会議がありますわ。魔獣討伐の作戦会議です」
「……え」
リザとマンディが、固まった。
「ですから、個別のお話は、また後日にしましょう」
私は、優雅に微笑んだ。
(……逃げ切った)
内心で、安堵のため息をついた。
だが――リザとマンディの瞳には、まだ決意の光が宿っていた。
(……後日って、いつまで逃げられるかしら)
私の不安は、尽きなかった。
* * *
その夜。
作戦会議は、無事に終わった。
魔獣討伐の計画は、ほぼ固まった。
明後日、北の国境へ出発する。
「それでは、今日は解散ね」
師匠が、優雅に告げる。
「はい!」
僕たちは、それぞれの部屋へと戻ろうとした。
だが――
「師匠、少しだけ……」
リザが、師匠を呼び止める。
「私も……!」
マンディも、続く。
「あ、あの……」
師匠が、困った表情を浮かべる。
その時――
「師匠、明日の準備、手伝ってもらえませんか?」
セラが、絶妙なタイミングで割り込んだ。
「あ、ええ……もちろん」
師匠が、セラに視線を向ける。
「ちょっと、セラ!」
「邪魔するな!」
リザとマンディが、セラを睨む。
「ひっ……!」
セラが、怯える。
だが――
「セラ、行きましょう」
師匠が、セラの手を引いて、部屋を出ていった。
「あ……」
リザとマンディが、呆然とする。
(……師匠、逃げたな)
僕は、苦笑した。
セラを利用して、二人から逃げたのだ。
「……ルーク」
リザが、僕を見る。
「師匠、最近忙しそうだな」
「そうですね……」
僕は、頷く。
「だからこそ、守らなきゃいけない」
マンディが、拳を握る。
「師匠を、支えるんだ」
二人の瞳には、真剣な光が宿っていた。
(……告白は、どうなったんだ?)
僕は、疑問を抱いた。
だが――聞かない方がいいような気がした。
* * *
翌日。
師匠は、ギルドの応接間で、一人静かに座っていた。
「……はぁ」
深いため息。
僕は、扉の前で立ち止まった。
(師匠……大丈夫かな)
最近の師匠は、明らかに疲れている。
Sランク認定。
王宮の後援。
魔獣討伐の任務。
そして――リザとマンディからの、重い期待。
(何か、できることは……)
僕は、考えた。
そして――決意した。
「師匠、失礼します」
僕は、扉をノックした。
「あら、ルーク。どうぞ」
師匠が、優雅に微笑む。
「あの……師匠」
僕は、勇気を出して言った。
「もし、疲れたら、休んでください。僕たちは、師匠の味方です」
「……ルーク」
師匠が、目を見開く。
「師匠は、いつも僕たちを支えてくれています。だから、今度は僕たちが、師匠を支えます」
僕の言葉に――
師匠の表情が、ほんの少しだけ、緩んだ。
「ありがとう、ルーク」
師匠が、優しく微笑む。
「あなたのような仲間がいて、私は幸せですわ」
その笑顔は――
今まで見た中で、一番温かかった。
(……よかった)
僕は、胸を撫で下ろした。
だが――
「ルーク、一つ聞いていいかしら」
「はい、何でしょう?」
「静かに暮らすって、難しいわよね」
師匠が、ぽつりと呟いた。
「……え?」
「いえ、独り言よ」
師匠が、苦笑する。
「私、昔は静かな家を持つのが夢だったの。小さな庭があって、花を育てて、のんびり過ごす……そんな生活」
「素敵ですね」
僕は、微笑んだ。
「でも、今は無理ね」
師匠が、窓の外を見る。
「《黒薔薇の園》のクランマスター。Sランク冒険者。王国の公式クラン」
師匠の声は、どこか遠かった。
「静かな家の夢は――もう、叶わないのかもしれないわ」
その言葉に――
僕は、胸が痛んだ。
(師匠……)
僕は、何も言えなかった。
ただ――
静かに、師匠の隣に座った。
そして――二人で、窓の外を眺めた。
聖王都ルミナスの夕焼け。
美しい街並み。
だが――師匠の瞳には、どこか寂しさが宿っていた。
――静かな家計画は、こうして破綻した。
だが――《黒薔薇の園》の物語は、まだ続く。
そして、次の試練が――
すぐそこまで迫っていた。
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