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ただの悪役令嬢"声優"は静かに暮らしたい ― 超有能な勘違い弟子令嬢から溺愛されて逃げられません ―  作者: 荒瀬 維人
第2章:溺愛包囲網

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第1節:師匠を守る会(してない)

Sランク認定から、三日が経った。


そして――僕の日常は、完全に変わった。



「ルーク、今日も師匠の護衛、頼むぞ!」


「え、あ、はい……!」



ギルドのロビーで、見知らぬ冒険者から声をかけられる。


毎日、こんな調子だ。


Sランク認定以降、《黒薔薇の園》への注目は、さらに高まった。


いや――注目、というレベルじゃない。


"崇拝"に近い。



「師匠、今日のご予定は?」


「師匠、お茶をお持ちしました」


「師匠、依頼書の整理、お任せください!」



応接間には連日、冒険者たちが押し寄せる。


皆、師匠のために何かしたいと目を輝かせている。



「あ、ありがとう……」



師匠は優雅に微笑みながらも――どこか、疲れた表情を浮かべていた。


笑顔の裏で、呼吸が浅い。まるで舞台の幕間、暗転の数秒にだけ許された休息みたいに。



「ルーク」



リザが、僕を呼んだ。



「ちょっと、ついてきなさい」


「え、はい……」



僕はリザに連れられて、ギルドの一室へ向かった。


扉の前に立っただけで分かった。空気が硬い。


会議の匂い――いや、これは戦場の手前だ。



中にはマンディと、セラも待っていた。


マンディは腕を組み、壁にもたれている。筋肉の陰が濃い。


セラは椅子に浅く腰掛け、指先が落ち着きなく膝の上をなぞっている。


その仕草が、妙に“王宮育ち”の品を隠しきれていなかった。



「えっと……これは?」


「《師匠を守る会》の緊急会議よ」



リザが真剣な顔で告げた。



「師匠を、守る会……?」



僕は首を傾げる。



「そう。最近、師匠への接触が多すぎる。このままでは師匠が疲弊してしまう」


「確かに……」



連日の依頼、冒険者たちの訪問、ギルドマスターからの相談――


師匠のスケジュールは、もう糸のように細い。



「だから、私たちが師匠を守る」


マンディが拳を握る。



「不必要な接触は俺たちが防ぐ。師匠にはもっと休んでいただく」


「そ、それは……いいことだと思いますけど……」



僕は、少しだけ不安を覚えた。


(これって、過保護じゃ……?)


リザが机に紙を置いた。


そこに、いくつか太い字で書かれている。



「まず、師匠への接触は、私たちを通すこと」


「依頼の受注も、私たちが事前に精査する」


「休憩時間は、必ず確保する」



マンディが続ける。



リザのペン先が、最後の項目で止まった。


そして、ゆっくりと書き足す。



「そして――不審者は、即座に排除」


「不審者……」



僕は冷や汗を流した。


(“排除”って言葉、今の平和な会議室に似合わない……!)


セラが、恐る恐る手を挙げる。



「えっと……不審者って、どこからが……」


「師匠の“心を乱す者”は、不審者よ」



リザは迷いなく言い切った。


剣の刃より言葉のほうが鋭いって、本当なんだな……。



「心を乱す……」



セラが、そっと復唱する。


その瞬間、セラの眼鏡の奥の瞳が、ほんの少しだけ遠い場所を見た。


王宮の中庭。礼儀作法。婚約者選抜。笑顔の練習。


そんな、逃げ出したくなるほど綺麗で窮屈な檻。


僕は咳払いして場を戻した。



「……でも、師匠って、断ろうと思えば断れるんじゃ――」


「断れないの。師匠は」



マンディがぽつりと呟いた。



「優しいからだ」


「そう」



リザが静かに続ける。



「師匠は、私たちの恩人」


リザの声が、一段低くなる。



「師匠の教えがなければ、私は今の私ではなかった」



マンディも頷く。



「俺もだ。師匠には恩がある。だから守りたい」



その言葉は、重い。


錨みたいに胸の底へ沈む。


でも、沈むのに、嫌じゃない。


(そうだ……師匠は、みんなの恩人なんだ)


僕も師匠を思い浮かべる。


高笑いで空気を支配して、優雅な手つきで場を救って、


その裏で、誰にも見せない小さな疲れを隠す人。



「それで、ルーク」



リザが、僕をまっすぐ見つめる。



「あなたも、《師匠を守る会》のメンバーよ。協力してくれるわね?」


「え、あ、はい……!」



断る選択肢は、そもそも存在しない。


リザの眼光が、“はい”以外を許さない。



「ありがとう、ルーク」



リザが微笑んだ。


その笑みは慈悲の形をしているけど、実態は決議だ。



「さあ、それじゃあ――《師匠を守る会》、始動よ!」



*  *  *


(……え?)


私――シルヴィア・ド・ノワールは、応接間で固まっていた。


目の前には――リザ、マンディ、セラ、ルークが整列している。



整列の仕方が、怖い。


舞台で言えば、最終幕の「断頭台の前の合唱隊」みたいな真剣さ。



「師匠、これより《師匠を守る会》を正式に発足いたします」



リザが、宣言する。


(師匠を守る会……?)


耳で聞いた単語が、脳内で二回ほど反響して、ようやく意味になった。



「師匠のご負担を軽減し、不必要な接触を防ぎ、健康的な生活を確保する――それが私たちの使命です」

マンディが胸を張る。



(……いや、待って)


私の思考が、必死に舞台転換しようとする。


しかし、次の台詞が容赦なく来る。


「ですので、師匠。今後のご予定は、すべて私たちにお知らせください」



リザがスケジュール帳を取り出す。


舞台小道具のはずの手帳が、拷問器具に見える。



「依頼も、私たちが事前に精査いたします」


「休憩時間も、厳守していただきます」



マンディが時計を指さす。



「そして、不審者の接触は、私たちが全力で防ぎます」



セラまで、杖を構えた。


杖の先がきらりと光って、私の自由が遠ざかる音がした。


(……これ、完全に自由がなくなるやつだ)


内心で絶望する。


でも、四人の瞳は真剣そのものだ。


善意が、まるで聖水みたいに透明で――だからこそ厄介。


(……断れない)


私は深く息を吸う。


腹式呼吸。


声優時代に叩き込まれた技術。


緊張も恐怖も、“息”で支配できる。たぶん。そういうことにしてきた。



「ありがとう、みんな」



私は優雅に微笑んだ。



「あなたたちの気持ち、嬉しいわ」


「師匠……!」



四人が感動した表情を浮かべる。


ああ、これだ。


この“勝手に感動のクライマックスへ行く感じ”、私の人生だ。



「ただ――」



私は言葉を続ける。



「あまり、無理はしないでね。私は、大丈夫ですから」


「いえ、師匠!」



リザが首を振る。



「師匠は、いつも無理をなさっています。だから、私たちが支えるんです」


「そうです! 任せてください!」



マンディが力強く頷く。


(……もう、だめだ)


善意の暴走は止められない。


聖典より強いのは、信者の純粋さだって、誰かが言ってた気がする。



「それじゃあ、よろしくお願いしますわ」



私は優雅に微笑み続けた。


そして――心の中で小さく呟いた。


(静かに暮らしたい……)


*  *  *


《師匠を守る会》が発足してから、さらに三日が経った。


そして――ギルドの雰囲気が、明らかに変わった。



「あ、ルーク。師匠に用があるんだけど……」


「はい、何でしょうか?」


「いや、ちょっと相談が……」


「では、こちらの用紙に記入してください。内容を精査して、師匠にお伝えします」


「……マジで?」



冒険者が呆れた表情を浮かべる。


そりゃそうだ。


ギルドは本来、剣と依頼の場所であって、役所じゃない。


でも、これが《師匠を守る会》のルールだった。


「師匠への接触は、事前申請制」


リザが厳しい表情で告げる。



「緊急の場合を除き、すべて書面で提出すること」


「書面って……」


「ルールです」


リザの眼光が、紙を“誓約書”に変える。


僕は内心で震えた。


(……リザ、怖い)


だが、効果は確かにあった。


師匠への不必要な接触は激減。


休憩時間も確保できるようになった。



「ありがとう、みんな」


師匠が優雅に微笑む。


「おかげで、少し楽になったわ」



その言葉を聞いた瞬間、僕は少しだけ救われた。


僕たちは、ちゃんと守れている――そう思えた。


……その瞬間までは。



「《黒薔薇の園》宛に、書状が届いております」



ギルドの受付嬢が、一通の封筒を持ってきた。


金色の封蝋。


王家の紋章。


王宮からの、正式な招待状だった。



「……これは」



師匠の表情が、一瞬だけ固まった。


リザが封筒を受け取り、開封する。


紙の擦れる音が、やけに大きく響く。



「王宮からの招待……国王陛下が、直々に《黒薔薇の園》を招待するとのことです」


「国王陛下……!?」



僕は思わず声を上げた。



「日時は、三日後。王宮の謁見の間にて」



リザが読み上げる。



「理由は――Sランククランとしての正式な挨拶、および……第二皇子殿下の件について」



その言葉に、セラが青ざめた。


眼鏡の奥で瞳が泳ぎ、逃げ道を探す小動物みたいに肩が縮む。



「え……あ、あの……」



「セラ、大丈夫よ」



師匠が優しく声をかける。



「あなたの事情は、私たちが守るわ」


「し、師匠……!」



セラが、涙目になる。


師匠の声は柔らかい。


だけど、その柔らかさが、僕には逆に怖かった。


柔らかい布ほど、重いものを包む時に、形が崩れる――そんな感じがする。


王宮。


国王。


第二皇子。


そして――《黒薔薇の園》への、さらなる注目。


(これって……大丈夫なのか……?)


その夜。


僕は宿舎の薄い毛布にくるまりながら、目を閉じても眠れなかった。


Sランク認定。


師匠を守る会。


王宮への招待。


すべてが、加速している。


誰かが見えない坂に油を塗って、世界を滑らせているみたいに。


(師匠は……本当に、大丈夫なんだろうか)


ふと、師匠の疲れた表情が脳裏をよぎる。


それは、ほんの一瞬だけ隙間から覗いた“素”の顔。


舞台のメイクの下にある、生身。



僕にできることは限られている。


ただ――師匠を支えること。


それだけだ。



そして――三日後。


僕たちは王宮へ向かう。



そこで待ち受けるのは――


栄光か、試練か。


それとも、さらに絡み合う勘違いの螺旋か。


答えはまだ、封蝋の向こう側にある。


けれど、ひとつだけ分かっている。



――薔薇は、守ろうとするほど、棘が増える。

最後までありがとうございました!


楽しんでいただけたら、

評価やブックマークを入れてもらえるととても嬉しいです。


反応があると更新速度が上がります(重要)

コメント頂ける方はマナーとして好きな声優さんかVtuberを必ず記入してください(超重要)


それでは次回の更新をお楽しみに

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