第3節:ルーク、師匠の笑顔が"演技"だと気づく
(ルーク視点)
王宮。
謁見の間。
今日は――
王国功労者表彰式だった。
「それでは――」
司会が、声を上げる。
「本年度、王国に最も貢献した冒険者として――」
「《黒薔薇の園》クランマスター、シルヴィア・ド・ノワール様を――」
「表彰いたします」
拍手が、響く。
僕たちは――
師匠の後ろに、並んでいる。
師匠が、前に進む。
その姿は――
優雅で、堂々としている。
「すごい……」
隣にいる新人冒険者が、呟く。
「まさに、伝説……」
「……」
僕は、何も言わなかった。
(伝説……)
みんな、そう言う。
だが――
僕は、知っている。
師匠の本当の気持ちを。
師匠が、国王の前に立つ。
深々と、一礼する。
「シルヴィア・ド・ノワール」
国王が、荘厳な声で言う。
「汝の功績は、王国の歴史に刻まれるであろう」
「光栄です」
師匠が、優雅に答える。
「王国のために、これからも尽力いたします」
その声は――
完璧だった。
優雅で、力強く――
誰もが憧れる、英雄の声。
だが――
僕には、聞こえた。
その声の奥に隠れた――
疲れ。
「……」
僕は、師匠を見つめた。
国王が、勲章を授ける。
金色の勲章。
王国最高位の栄誉。
「受け取りなさい」
「ありがとうございます」
師匠が、勲章を受け取る。
そして――
会場に向けて、振り返った。
「皆様」
師匠が、微笑む。
「この栄誉は、私一人のものではありません」
「共に戦ってくれた、仲間たちのおかげです」
会場が――
感動に包まれた。
「なんと、謙虚な……」
「まさに、聖女様……」
「素晴らしい……」
拍手が、鳴り響く。
師匠は――
優雅に、一礼する。
その笑顔は――
完璧だった。
だが――
その時。
僕は、見てしまった。
師匠が、会場に背を向けた――
一瞬だけ。
その笑顔が――
消えた。
ほんの一瞬。
まばたきするよりも、短い時間。
だが――
確かに、見た。
師匠の顔から――
すべての表情が、消えた。
虚ろな、空っぽの顔。
「……!」
僕は、息を呑んだ。
そして――
師匠が、再び――
会場を向く。
その顔には――
また、完璧な笑顔が戻っていた。
まるで――
スイッチを入れたように。
「……」
僕は、固まった。
(今の……)
あれは――
演技。
師匠は――
笑顔を、演じている。
表彰式が終わった。
控室に戻る。
「お疲れ様でした、師匠!」
リザが、嬉しそうに言う。
「素晴らしいスピーチでしたわ!」
「ありがとう」
師匠が、微笑む。
「感動しました!」
マンディも、目を輝かせる。
「師匠の言葉、心に響きました!」
「ふふ、そう?」
師匠が、優雅に笑う。
だが――
僕には、分かった。
その笑顔も――
演技。
「……」
僕は、黙り込んだ。
「ルーク?」
セラが、僕を見る。
「どうした、顔色が悪いぞ」
「あ、いえ……」
僕は、ごまかす。
「ちょっと、緊張して……」
「そうか」
セラが、頷く。
「王宮は、緊張するからな」
「……はい」
その時――
師匠が、僕を見た。
「ルーク、大丈夫?」
「あ、はい……」
僕は、師匠を見る。
師匠の笑顔。
優しくて、温かい笑顔。
だが――
それも、演技なのか。
「……」
僕は、胸が苦しくなった。
その日の午後。
ギルド本部での会議。
師匠は――
いつも通り、優雅に振る舞っている。
「それでは、次の議題に移ります」
ギルドマスターが、書類を開く。
「《黒薔薇の園》の今後の活動方針について――」
「シルヴィア様、ご意見を」
「そうですわね……」
師匠が、考える仕草をする。
そして――
優雅に答える。
「王国の安全を第一に、活動していきたいと思います」
「素晴らしい」
ギルドマスターが、頷く。
「流石、シルヴィア様」
僕は――
師匠の顔を、観察していた。
笑顔。
頷き。
仕草。
すべてが――
完璧すぎる。
まるで――
台本通りに演技しているよう。
「……」
僕は、気づいた。
(師匠は、ずっと――)
(演技してたのか)
会議が終わった後。
廊下を歩きながら――
僕は、考えていた。
(いつから……?)
師匠が、演技を始めたのは――
いつからだ。
最初から?
それとも――
途中から?
「ルーク」
声がして、振り向く。
師匠が、立っていた。
「少し、いいかしら」
「あ、はい……」
僕は、頷く。
師匠が、人気のない部屋に――
僕を、案内する。
扉を、閉める。
「……」
沈黙。
師匠が――
僕を、見つめる。
「ルーク」
「はい」
「あなた――」
師匠が、真剣な表情で言う。
「気づいたのね」
「……」
僕は、何も言えなかった。
「表彰式の時」
師匠が、続ける。
「私の顔、見てたでしょ」
「……はい」
僕は、正直に答えた。
「そう」
師匠が、小さく笑う。
「やっぱり、ね」
師匠が、窓の外を見る。
「隠してたつもりだったんだけど……」
「バレちゃったわね」
「師匠……」
「ルーク」
師匠が、僕を見る。
「一つ、聞きたいの」
「はい」
「あなた――」
師匠が、訊ねる。
「いつから、気づいてた?」
「……」
僕は、考える。
いつから?
そして――
答えた。
「最近、です」
「最近……」
「はい」
僕は、頷く。
「深夜のバルコニーで――」
「師匠の本音を聞いてから」
「……」
師匠が、黙り込む。
「それから、気になって――」
僕は、続ける。
「師匠の顔を、見るようになって……」
「そして、今日――」
「確信しました」
「……確信」
師匠が、呟く。
「はい」
僕は、真剣に言った。
「師匠の笑顔は――」
「演技だって」
「……」
師匠が、目を閉じた。
しばらく、沈黙が続いた。
そして――
師匠が、口を開いた。
「そうよ」
「師匠……」
「私の笑顔は――」
師匠が、自嘲的に笑う。
「全部、演技」
「……」
「優雅な振る舞いも」
「丁寧な言葉遣いも」
「温かい笑顔も」
師匠が、数える。
「全部、全部――」
「演技」
その声は――
疲れ切っていた。
「私はね、ルーク」
師匠が、僕を見る。
「元々、声優だったの」
「声優……?」
「ええ」
師匠が、頷く。
「演技が、仕事だった」
「だから――」
師匠が、続ける。
「この世界に来てからも――」
「演技を、続けてる」
「……」
僕は、黙って聞いていた。
「最初はね」
師匠が、遠い目をする。
「悪役令嬢の役を――」
「演じるつもりだったの」
「高笑いして、威張って――」
「そうすれば、みんな離れていくと思った」
「でも――」
師匠が、苦笑する。
「逆効果だったわ」
「……」
「高笑いは、カリスマになった」
「威張りは、指導力になった」
「演技は、本物だと思われた」
師匠が、頭を抱える。
「もう、どうしようもないの」
「……」
僕は、何も言えなかった。
「ねえ、ルーク」
師匠が、僕を見る。
「あなた、私のこと――」
「どう思う?」
「え……」
「演技ばかりしてる、私」
師匠が、自嘲的に笑う。
「本当の自分を、隠してる私」
「嘘つきだと、思う?」
「……」
僕は、しばらく――
考えた。
そして――
答えた。
「思いません」
「……」
「師匠は――」
僕は、続ける。
「嘘つきじゃありません」
「だって――」
僕は、真剣に言った。
「師匠は、誰も傷つけたくないから――」
「演技してるだけですから」
「……」
師匠の目が、潤んだ。
「ルーク……」
「もし、師匠が本音を言ったら――」
僕は、続ける。
「みんな、ショックを受けます」
「リザも、マンディも、セラも――」
「傷つきます」
「だから、師匠は――」
僕は、声を強める。
「みんなのために、演技してるんです」
「それは、嘘つきじゃありません」
「……優しさです」
「……」
師匠が、涙を流した。
「ありがとう……」
小さな声で――
呟いた。
しばらくして――
師匠が、涙を拭いた。
「ごめんなさい」
「いえ……」
「恥ずかしいところ、見せちゃったわね」
師匠が、いつもの笑顔に戻る。
だが――
今度は、少しだけ――
本物の笑顔が混じっていた。
「ルーク」
「はい」
「あなたにだけ――」
師匠が、真剣な表情で言う。
「本当の私を、見せられるわ」
「師匠……」
「他の人には、演技を続ける」
師匠が、続ける。
「でも、あなたの前では――」
「少しだけ、本音を言える」
「……」
「だから」
師匠が、微笑む。
「これからも、よろしくね」
「……はい」
僕は、頷いた。
「僕で良ければ――」
「いつでも」
師匠が、立ち上がる。
「さて」
そして――
また、完璧な笑顔に戻った。
「次の予定に、行きましょうか」
「あ、はい……」
扉を、開ける。
廊下に、出る。
「師匠!」
リザたちが、待っていた。
「次は、教会での祈祷会ですわ」
「分かったわ」
師匠が、優雅に頷く。
「準備しましょう」
僕は――
その様子を、見ていた。
師匠の笑顔。
また、完璧な演技に戻っている。
だが――
僕には、分かる。
その笑顔の裏に――
どれだけの疲れが、隠れているか。
「……」
僕は、心の中で誓った。
(いつか――)
(師匠が、演技しなくていい日を――)
(作ってあげる)
その日の夜。
僕は、日記を書いた。
『今日、気づいた』
『師匠の笑顔は、演技だった』
『ずっと、演技してたんだ』
『でも、それは――』
『みんなを傷つけたくないから』
『優しさからの、演技だった』
『師匠は、苦しんでる』
『毎日、毎日――』
『自分を、殺してる』
『僕は――』
『師匠の味方になる』
『いつか、師匠が――』
『本当の笑顔で、笑える日を――』
『作ってあげる』
ペンを置く。
窓の外を見る。
夜の王都。
「……」
僕は、呟いた。
「師匠……」
「必ず――」
「あなたを、自由にする」
その誓いは――
まだ、小さい。
まだ、力がない。
だが――
確かに、僕の心に――
刻まれた。
――第6章第3節、完。
表彰式。
ルークは、見てしまった。
師匠の笑顔が消える瞬間を。
そして――
すべてが演技だと、気づいた。
優雅な振る舞い。
温かい笑顔。
丁寧な言葉。
全部、全部――
演技。
師匠は、元声優。
演技が、仕事だった。
だから――
この世界でも、演じ続けている。
みんなを傷つけたくないから。
ルークは、誓った。
いつか、師匠を自由にする。
だが――
その方法は、まだ――
見つかっていない。
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